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第5話 『面子ってそんなに大事なんですかね?(ないと貴族は死んじゃう)』


‘’考古学的見地から見る街道整備に関する留意事項の報告書 第9報

報告者:考古学研究所古文書解析課 ファリス・タリーズ二等調査員


プエルトス・コミューネス東方のシャンルー峠にて発生した土石流による湖(以下「サブメルサ湖」と呼称)は、雨期を経て満水位となった。

現段階では堆積した土砂の流失は起こっておらず、元の川筋にも水流が復旧しつつある。


雨期を経てサブメルサ湖より上流域はさらに水没地域が増加したが、恐らくこれ以上の水域の拡大はないと思われる。

しかしサブメルサ湖の水が及ぼす影響と雨期の降雨によって周辺の山は非常に崩れやすくなっており、先日のブエン・ヴェシノ王国軍による強硬偵察行為(・・・・・・)の際も、ブエン・ヴェシノ軍は構築した陣地が水位上昇で孤立し、更に発生した土石流により甚大な被害を出した。


今後も周辺は地盤の不安定な状況が続くと思われ、十年単位の長期にわたり、ブエン・ヴェシノ王国との往来は海路もしくはストレンデ・ハーフェン方面から行うのが現実的な状況となっている。


そのため今後は街道整備よりも造船技術を向上させ、積載量と帆走性能の向上が交易ルートの復旧に資すると考える


幸い報告員が昨年解析した古文書に帆船に関する資料があり、今後の船舶の改良に適用が可能と考え、現在コミューネス伯にも提案を行って検討を進めている所である。’’


 *


 ヤンマラン伯軍の壊滅から十日が経過し、三日ほど寝込んだファリスもようやく本調子になり、今回の騒動の後処理に追われていた。

 最近はまるっきりコミューネス伯直属の文官状態になっていて、書類仕事が苦手な家臣団のサポートや書類作成の手伝い、上がってきた資料のチェックやまとめなどに大活躍している。

 そして――――


「あのう、ヤンマランの皆様、もう少し行動の自重をですね……」

「ん?我らは戦闘による敗北の結果ここにいる訳では無いぞ?それを虜囚扱いするのはどうかと思うが?」

「確かに戦闘は無かったですが、それを言うならコレジャナイ王国のルールに従って頂いてですね、許可なく越境されてきた扱いというものを守って頂きたく……」

「我らとて好き好んで国境を超えた訳では無い。交易が途絶え、隣国から何やら怪しげな轟音が何度も聞こえてきたとあらば、こちらも身の安全を守るべく、状況の確認に乗り出しても何の不思議が有ろう?」

「あー、あくまでも状況確認のための確認視察と言い張られる訳ですか」

「事実、そうである。確かに多少は(・・・)国境から入り込んでしまった訳だが、確認すべき事象がこう次から次に判明しては、そう簡単に撤収したりできなかった。それだけの話である」


 よくもまあいけしゃあしゃあと言えたもんだとファリスは思わず感心する。

 国境から二日以上も進軍しておいて『ちょっと越境しちゃいました』などと言い張っているのだ。しかも完全武装で。

 これが政治や交渉というものかと感心するとともに、こんな世界にどっぷり漬かりたくはないと思いつつ、ファリスは虚空を見つめる。


「しかしクリエ団長、表向きの発表はさておき、現実は敵地で武装解除した軍隊という事になってしまいます。そこをご認識頂かないと、我々も報告というものが出来ないのです……」

 その後もファリスは両国にとって丸く収まる形にする事を保証し、コレジャナイ王国側の言い分として、『土石流により戦闘継続不可能な状態に追い込まれ、ブエン・ヴェシノ王国軍はやむなく降伏する事で、双方の無用な死傷者が出る事を防いだ』という形でにさせてくれと説得する。


 今のファリスの内心を一言で表すなら『面倒臭い』に尽きる。

 失敗や非を認めても命を落とす訳でないと何度も保証しているのに、クリエ団長は首を縦に振ってくれなかった。

 あの手この手で説得を試みて、そろそろ策も尽きようかと焦りも出始めた所だった。

 それまでの取り付く島もないやり取りから、ああ今回もダメかなと思ったら、唐突に「よかろう」という単語と、ヤンマラン領への言い訳も考えてくれるんだよなと(すご)まれた。

 ようやく前に進む安心感と、そこは自分で考えてと言いたいのをぐっと(こら)え、ファリスはそれっぽい言い訳を考え始めた。


「まずはこんな前提で如何でしょう?」

 ファリスは中身はスッカスカだけど、とにかく体裁を取り繕う書き出しと綺麗事を並べた文章を書いて、ガッフェ氏に渡す。

「まあそこはほぼ事実であるから、何の問題もない。で?その先は?」

「ええとですね……」

 途中でなんで自分がこんな事しているか分からなくなりつつ、ファリスは報告内容を考案する。

「うーん、ちょっと長くなってしまいますが、大丈夫ですか?」

「構わん。武官は読みもせんし、文官は文字数が多ければ喜ぶ」

 それは誰も中身を読まないという事では?と思ったが、ファリスは何も言わない事にした。口は災いの元である。


『……文字通り背水の陣となり、決死の覚悟で敵陣に切り込もうかというその時、兵が大規模な土砂崩れの兆候を察知。被害はコレジャナイ王国にのみ及ぶものであるが、人道の見地からコレジャナイ王国の軍に急報し、無用な被害の拡大を防ぐべく協力を申し出る。その際こちらが調査した上流域の情報が大いに役立ち、コレジャナイ王国に被害は発生しなかった。ただ、発生した土石流により、わが軍から四人の犠牲者が出た事と、コレジャナイ王国の村が三つ湖底の下に沈んだことには、心の底より哀悼の意を捧ぐ』

「……と、いう筋書きでイカガデショウカー」

 よくもまあこんな事が考えつくと自分でも思いながら、ファリスは心を殺して文案を示す。

「フム、そなたファリス・タリーズだったか?」

「はい、まあ」

「見事である!」

「……それはどうも、お褒め頂き、ありがとうございます」


 ちなみにこの後、クリエ団長から帰国時の報告内容を考えてもらったことを自慢された領主様は、ファリスに王都への報告でこちらに『都合のいい』報告内容を考えさせる。

 クリエ団長の謎の自慢が面白くなかったのと、ファリスに任せれば楽が出来ると思いついたかららしい。


 このくだらない後処理に二週間ばかり付き合わされた結果、ファリスはシャブナムとアニマに飲み屋で散々毒を吐く結果となった。


 *


 更にこの後二ケ月間、散々やり取りする羽目になったのが『お金』についての応酬だ。

 両王国の政府も王室も『地方が勝手にやっただけ』というスタンスでびた一文出す気はなく、コミュ―ネス領とヤンマラン領で解決しろとお達しがあった。

 コミュ―ネス側は、捕虜になった兵士たちの賠償金を『災害救援、傷病の療養、帰還支援』の名目で、相場の四割増しの請求書をヤンマラン領にお届けした。

 それに対してコミュ―ネス側には『街道不通に伴う経済損失の損害賠償』という名目で水増しし過ぎだろうという請求書が届く。

 『このままでは捕虜を返還するわけにはいかない』とカマを掛けてみれば、『損害賠償として差し上げます』と返って来る。

 『いいから引き取れ、攻め込むぞ。お前ら兵士居ないだろ』と吹っ掛けてみれば、『お前の母ちゃんでべそ、バーカバーカ』と帰ってきた。


「……なんなんです?いつもこうなんですか?」

「ん?いつもこんなものだが?」

 一連の交渉も付き合わされているファリスは、領主様に失礼承知でうんざりした顔を見せる。

 仕事柄歴史絡みの知識も豊富なファリスだったが、文献に残っている外交交渉といえば、互いのメンツがぶつかり合い、鋭く対立する利害を破綻寸前の状況で綱渡りのようにまとめてゆく…………当時の当事者たちの、命を削った苦悩や決断が垣間見えるものばかりだった。


 しかし自分が関わるこの外交交渉は一体なんだろう?

 文書のやり取りは伝統的なしきたりの中で交わされているが、その内容は子供の喧嘩の延長みたいな代物だ。理性のかけらもなく、幼稚な罵倒や主張が当たり前のように交わされて、誰もそのくだらない口上に疑問を持たない。


 ファリスの機嫌を損ねるさらに大きな要因は、交渉当事者同士が行っているその幼稚なやり取りから、存外面白味を感じている事だ。

 脚色や改変の無い素の交渉事というのは、結構こう言ったものだったような気がしてきている。

 後世で歴史家が真面目に研究や討論をしている出来事を、『頭でっかちな連中が何か言ってら』と、当事者がニヤニヤ笑いながら見ている様なむずがゆさを感じていた。


 クリエ団長や領主様の面子を守るために行った工作が史実になるのだとしたら、現場のあのぐっだぐだの顛末が、ブエン・ヴェシノとコレジャナイの関係史の一編として記録されることになる。

『歴史ってこんな出来事を見栄と面子で塗り固められたものが史実なの?』

 と、ファリスは改めて考える。自分の信じていた『連綿と人が積み重ねてきた誠意と犠牲の歴史』という認識が、きれいにぶち壊されるのを感じていた。

 今ファリスの目の前では、逆境に負けず艱難辛苦を乗り越え、団結して耐え忍びつつ祖国の出迎えを今か今かと待つ戦士たちがいる。…………はずなのだ。


 何も知らなければ、敵軍とはいえ礼節と秩序を失わず、敵ながら天晴な立ち居振る舞いを成し遂げた一団と映るだろう。

 それが例え面従腹背で要求は遠慮なく、小姑じみた指摘をネチネチ繰り返す、虜囚の自覚は本当にあるのか(はなは)だ疑問な一団だったとしても、だ。


 ヤンマラン側も、軍事行動を起こして戦費で懐事情が怪しい所に装備一切を失っている。この上将兵の身代金を要求されているから、懐が苦しいには違いないのだ。

 いきなり軍隊を送り込まず、口の悪い使者でも寄越していれば、こんな大損をする事も無かったのだが……

「困りましたね、あまり交渉が長引くとヤンマラン領軍の将兵の食費だけでも結構な負担となります」

「そんなもの賠償金に上乗せで良かろう」

 当たり前のように言う領主様に、ファリスは困った顔になる。

「払えるお金のめどが立っていれば金額交渉に入ってますよ。それが無いという事は資金的にかなり困っているのではないかと」

「……ふむ、一理あるな」


 さてどうしたものかとファリスも頭を抱える。

 自分が考古学の研究員だという事実もうっかり忘れるくらい、ファリスはコミュ―ネス領で領主様の腹心並みの仕事量をこなしていた。

 そもそも今やっている戦後処理なんて門外漢もいい所だ。ここに来た頃、街道調査で文句を言っていたのが可愛いものに思えてくる。


 おまけに最近は街の造船所に顔を出し、快速船の計画にも関わり始めていた。

 もっともこちらはファリスの専門分野でもある古文書の技術解析の結果を伝えて、趣味で船を作るのを画策しているので、どこまで仕事かは怪しかったが……

 この快速船の計画、運用効率を上げて需要を捌こうという、領主様の意向が乗っかる公共事業になり始め、色々と風向きが変わり忙しくなっていた。

 ファリスは本来の仕事の知識を現実化するので結構楽しいのだが、戦後処理の片手間にやるような仕事ではない。


 その後も特に妙案も浮かばず、領主様も気を利かせて今日は休みにしろと言われてファリスは館を追い出された。

 訓練中だったシャブナムとアニマに護衛を頼んで街に出ると、休めと言われたのについ気になって造船所に顔を出す。

「ファリス、今日は休みって言ってなかったか?」

「…………ごめん、気になって」

 呆れた様なシャブナムの疑問に、自覚のあるファリスは塩をまぶしたキャベツみたいにしんなりとして答えた。

「いやまあファリスが良いんならいいけど、……無理してないか?」

「心配してくれてありがと。でもね、落ち着かないんよ……忙しいの、当たり前になっちゃって」

「ファリス、そういう発想、早死にするからやめたほうが良いぞ」

 今度はアニマにツッコミを食らう。


 それで更に落ち込みながらも造船所で職人たちと話し始めると、ファリスは自身の知識が役に立ちそうなのが嬉しいのか、実に活き活きと意見を戦わせはじめる。

 シャブナムとアニマはたまに職人の手伝いをしながら、ファリスはあちこちに首を突っ込みたがる、仕事中毒の困った文官なんだなと意見の一致を見る。

 彼らの姫様は誰かが手綱を引かないとどこまでも走り続けるから、適当な所で羽交い絞めにしないと止まれないようだった。


「…………うん、それで?ファリスはきっと解ってるんだろうけど、俺とアニマは何のことかさっぱり解らん」

「ああごめんごめん、ちょっと整理する……」

 そう言ってぶつくさ独り言を言い始めたファリスは、散らかった説明内容の整頓を始める。


 ついさっきの事だ。ファリスがシャブナムに抱き着く勢いで駆け込んできて、鎧兜だ賠償だと興奮して話し始めた。一から十まで意味不明な状況にアニマのフォローも入る余地がない。

 まずはシャブナムがファリスの両腕をさすって落ち着かせ、どういう話か改めて聞いたのが先ほどの出来事だった。

 アニマにはファリスの行動がテンション高い時の愛息の行動そっくりで、そのうちファリスを娘扱いしてしまいそうだなとちょっと遠い目になる。


 その後ファリスが筋道立てて話したのは、ファリスの意見を入れた快速船を作ろうとすると、大量の釘が必要になる話から始まる。

「つまり釘が足りない、という事か?」

「うんそう。コレジャナイ王国は街道整備で資源使いまくりだし、船に資材がなかなか回って来なくて、親方さんたちも困ってたんだ」

 それで鉄の調達をどうするかの話になり、またぞろファリスの悩みが増える結果となった。

 それで途方に暮れそうなときにファリスが思い出したのが、ちょっと前に街中で聞いたヤンマラン領で鎧兜の大量在庫があるという噂だ。

 先日までのクリエ団長との交渉の中でも、商人どもが欲を掻いて武器や鎧を買い占めて、ヤンマランどころか王国内で売り惜しみをしていた話は聞いていた。

 しかし彼らの予測していた戦争は起こらず、下手をすればヤンマラン領の経済が終わるレベルで大ピンチらしい。

 ちなみにクリエ団長がこんな暴露をしたのは、商人がヤンマラン領主をけしかけて、ここを起点にコレジャナイ王国へ大規模侵攻作戦を推し進めようとした事への意趣返しらしい。

 大義より実利優先だったという意味で、今回の戦闘は不本意だったようだ。


「それでね、その鎧兜や武器、こっちで買い取る形で賠償の一部に当てたらと思って」

「そんなにもらっても使い道、ないだろ?」

「あるある、鋳つぶして釘にすればいいじゃない!」

 ナイスアイディアと自画自賛してはしゃぐファリスを、シャブナムとアニマは切ない目で見遣る。

『そうか……ファリスには武人の誇りや憧れ、矜持なんてものは釘と同等なんだな……』

 と、二人して思ったのだ。

 確かにファリスの思考は合理的な考え方ではあったが、その割り切りは二人には少々冷たいものに映った。


  *


「世話になったな」

「亡くなった兵士の皆様も、無事に帰って頂きたかったのですが……」

「よい、どんな形であれ戦場で命を落とすのは戦の常である。タリーズ密使殿が気に病む事では無い」

「ありがとう、ございます。あと私密使ではないです。考古学研究の文官です」

 ああ、そういう設定であったなとその後クリエ団長は含み笑いと共に言葉を付け足す。

 『儂は判っているよ』と訳知り顔なのは、きっと領主様の意味不明なファリスの密使設定話を聞かされた結果だろうと思う。

 その妄想がこれ以上広がらない事をファリスは切に願うが、無駄に顔の広い領主様の影響力は、きっとその願いを無にするだろうとも思っていた。


 ようやく迎えの船もやって来た。ヤンマラン領軍の兵士たちが帰国の途についたのは、コミューネス領で抑留されるようになってから三カ月も経ったあとだ。

「あーあ、明日からヤンマランの飯かぁ」

「良かったですね、懐かしい故郷の味じゃないですか?」

 荷物をまとめてよっこいしょと立ち上がった兵士の呟きにファリスが答えると、兵士は眉を(しか)めて反論してくる。


「とんでもねえ。飯に関しちゃコミューネスのが遥かに美味い。ヤンマランはなあ……」

「そうそ、商人の話に聞いちゃいたが、何なんだよお前ら、野菜まで甘いとかずるいだろ」

「そうなんです?」

「瑞々しいトマトにかぶりついたり、塩振っただけのキュウリがごちそうになるのも、もう味わえないとなると帰るのが嫌になる」

「いや、いったん帰って下さい」

「わーってるよ。別に帰らねえとか言ってねえだろ」

 ファリスは何人かの兵士が野菜の種や苗を持ち出しているのは知っていたが、見ないふりをしていた。


 彼らは栽培に大量の水がいるのを知らない。

 コレジャナイ王国の野菜はかつての綿栽培の挑戦という怪我の功名である、大量のため池あっての作物だ。井戸や川から汲んできた水を撒いていたらとても追いつかない。

 なのでせいぜい帰国後に美味しさを広めてもらって、コレジャナイ王国産の野菜たちをたくさんお買い上げ頂こうと領主様に説明したら、手を叩いて笑い転げ、末端の兵士に至るまで食事に手を抜かなかった。


「まずはこちらが第一陣です」

「数は?」

「明細でご確認を。あ、検品後に受け取りのサインいただけます?」

 ファリスはリストをすばやく確認すると並べられた木箱の中の鎧兜や刀剣を数えてゆく。これらは賠償の代わりに寄越せと要求した所、諸手を挙げて船に詰め込んできたものだ。卸値の三割くらいで買い叩いたのでほぼくず鉄扱いだが、倒産危機の商人にすれば金になるだけマシという所か。

「ハイ、確かに数は合ってます。ご苦労様。それと責任者はあっちの白い服の人ですんで、サインはそっちでお願いしますね」

「え?あなたじゃないんです?」

「私は考古学研究所のただの研究員です」

「はぁ……なんでそんな人が港の検品係やってるんです?」

「うーーん…………なんででしょうね?」


 ちなみにヤンマラン領主は商人に現金を渡すのをケチってしまい、買い上げの証紙で済ませたらしい。ブエン・ヴェシノ王国に二重通貨を作ったようなものだが、政府から怒られないか他人事ながら心配になる。

 責任者ではない事に船長から変な顔をずっとされていたが、どうせ二度と会う事もないだろうと思ったので、それ以上説明する気にもならなかった。


 書類の内容に疑問を抱いた責任者がファリスに寄って来て色々質問し、それに答えて指示を出す様を見ながら、船長はやっぱファリスが責任者じゃね?という表情でその後も手続きを行う。

 ファリスとしては責任者殿に毅然として貰いたいのだが、どうにもコミューネス領の家臣たちは、ファリスに頼ろうとするきらいがあった。

 このままでは引き抜きに遭いかねないと危惧しつつ、我らが宰相殿の負担を減らすためだとファリスは自分に言い聞かせ、その後も作業を続ける。

 幸いその日の夕方、無事に兵士を乗せた船は出港してくれた。


「やれやれ、やっと帰ってくれた…………」

「なんであいつら帰りたくなさそうな顔してたんだ?」

 横でシャブナムが船上の兵士たちに手を振りながら、微妙な表情の兵士たちを不思議そうに眺める。

「ごはんが美味しくなくなるからだって」

「え?そんな理由?」

「割と理由は、そんだけっぽい」

 シャブナムはどうにも納得できなかったが、ファリスにコレジャナイ王国の食料関連の特殊性をかいつまんで説明される。それでも子供の頃からの当たり前が、隣の国にしてみれば特別なんだと言われても、いまいちピンとこない。

「うーんまあ、よくわからんが俺も亡命するとしてもブエン・ヴェシノは避けるようにするわ」

「あはははは、平民が亡命とか、ないから」

「はは、それもそうか」

 

「ファリス、シャブナムお疲れさん。領主様から慰労会資金の小遣い貰ってるぞ。三人で打ち上げしてこいだとさ」

 少し重そうな小袋を揺すってチャリンチャリンと言わせながら、アニマが二人の元にやって来る。タダ飯タダ酒が嫌いな人間はここにはいない。全員がすこぶる上機嫌な顔になった。

「おぉっ!領主様、そういう所よく気が付くいい上司なんだよなあ!」

「ファリスは現金だなあ」

「シャブナムも頬が緩んでるよね?あ、私お魚食べたい。香辛料利かせて焼いたのにがぶってかぶりつきたい」

「ハイハイ、姫様の仰せのママに」


 しばらく続いた重責から解放されたファリスは足取り軽やかに二人の護衛に挟まれて港を後にした。

 確かにこの日は解放感に浸って大いに飲み食いして、溜まった憂さを晴らす事が出来た。

 次の日は久々に帰還した宿屋の部屋で二日酔いになって過ごす。

 だがさらに次の日、軽い足取りで領主様の館に出仕してみれば、我らが宰相殿からのお手紙をポンと渡されて固まる。


 非常に嫌な予感がしながら封の切られた手紙を確かめれば、国境紛争と街道整備の現況を王都に戻って報告せよという、宰相殿と直属の上司たるバックス所長連名での署名付きの命令書だった。


 ああ、これはきっと宰相殿大ピンチなんだろうなと察し、一体いつになったら研究生活に戻れるのだろうかと、ファリスは途方に暮れた。


つづく!

ファリスさんにしてみれば、


実利>>>>>貴族のプライドとか男のロマンとか


その辺は商人の娘なんです。


次回更新は5/12(月)の20:00ごろの予定です。


よろしくお願いいたします!

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