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エピローグ 『人生は面白おかしく続く(のがコレジャナイ王国民)』

投稿ラストです!

読んでいただいた皆様ありがとうございました!


 ファリス・タリーズは現国王陛下の戴冠式の年に、シャブナム・サンマルクと結婚してファリス・サンマルクと名を改め、プエルトス・コミューネス領に移り住んだ。


 移住の決定打はプエルトス・コミューネス領の、未だ地盤の安定しない国境の山岳地帯で古代遺跡が発見された事だ。

 これを好機と見たコミューネス伯は、ファリスがシャブナムのプロポーズを受けたことを踏まえ、今や腹心の一人となったアニマを通じてコミューネス領への移住を勧めた。

 館付きの文官として提示されたのは、平民出身の文官に出すには破格の条件で、王都の貴族出身の文官が耳を疑う程だったという。


「勝手に話を進めないでもらいたい!」

 戴冠式から二か月後、前宰相の執務室に押し掛けたアルン・バックス考古学研究所長は、コミューネス伯と前宰相が進めていたファリスの処遇話に嚙みついてきた。

 それはまあ、当然と言えた。

 なにせ彼はファリスの上司であり、周囲に漏らしている話を総合すると、ただの上司と部下以上の関係を望んでいる節もあったのだから……

 バックス所長から見てみれば、街道騒ぎに翻弄されているうちに、いつの間にかぽっと出の平民田舎騎士に意中の部下を搔っ攫われたばかりか、自分の組織からも引き抜こうとされていたのだ。

 多少八つ当たり気味とはいえ、相対する前宰相殿も少し同情する。


「そうは言ってもな、選ぶのはタリーズ君だし……」

「考古学研究所としても、将来有望な彼女を無条件に掠め取られるのは承服しかねる」

「バックス、これは友人として言う事だがな、彼女、君の事は『研究者としては優秀だけど、無茶振りしてくるだけの大変な上司』以上に思っていないだろうよ。なにより君、全然アピールしてなかっただろ……」

 そう指摘されると、バックス所長は一瞬たじろぎ、反論しようと身を乗り出したが、そのままなんお言葉も出てくることは無かった。

 やがて俯いて悔しそうに言い訳を絞り出す。

「……情けない話、年の差とか身分差とか諸々が気になって、中々言い出せなくて……」

「…………まあなんだ、一杯飲んでいくか?」

 思いの外クリティカルな指摘をしたらしく、文字通り意気消沈となった友人を流石に哀れに思い、前宰相殿は飾り棚から蒸留酒とグラスを二つ取り出す。

「…………初恋だったんだよ…………」

そう呟くバックス所長の肩を軽く叩き、ソファに促して座る。

 バックス所長は素直に向かいに座り、前宰相殿が心の中で『始まってもいない失恋に乾杯』と唱和してグラスを鳴らした――――


  *


 ちなみに考古学研究所に籍を残してほしかったバックス所長の発案で、コミューネス領には考古学研究所の分所を置き、そこの所長にファリスが収まる形で決着がつく。

 その内示を貰ったとき、ファリスは前宰相殿から預かっていた『なんでも一つ願いを叶えてくれる』権利を行使し、自分の采配で遺跡の発掘や研究ができる立場と条件を手に入れた。

「君のような有能な部下を、どうにか繋ぎとめる事が出来たよ……」

 そう呟いて辞令を渡すバックス所長の複雑な顔を、部下に昇進レースで追いつかれたからと解釈したファリスは、神妙な態度でよそよそしく対応してしまう。

 バックス所長の気持ちなど、彼が下手に本心を偽装しすぎたせいで匂わせる事もなかったため、ファリスは惻隠(そくおん)の情など気付く事もなく、この後も過ごす事になる…………


「いやっほう!これで自分の自由に研究できる!」

「良かったな、ファリス」

「うん!これでプエルトス・コミューネスに行っても無職にならなくて済むよ!」

「……そんな事気にしてたの?」

「そりゃあ、持っていく財産もないし、仕事見つかるか不安だし……気にするよ」

「ははは、女の身でそういう事気にするの、多分この国じゃファリス位だと思うぞ」

「そうかな?」

 きょとんとするファリスの頭を優しく撫でながら、シャブナムは面白い人と出会えたよなあとしみじみ思った。


 さて、一波乱あったのは仕事に関する事だけでなく、結婚式とファリスの家族や近隣の知り合いとの攻防でもあった。

 何せファリスの知らない水面下で、王都の彼女の関係者は『誰がファリスに告白するか』で熾烈な争いが繰り広げられていたのだ。

 しかし遠いコミューネスという辺境からやって来たクソ田舎騎士に告白どころかプロポーズまでされてしまい、あまつさえコミューネスにファリスを連れて行こうとしている。

 シャブナムが結婚の許可を貰いにタリーズ家に挨拶に来た時、その場の空気は煉獄の入り口もかくやという重々しさを漂わせていた。


「あ、あのぅ……改めて、紹介しますねー、こちらはシャブナム・サンマルクさんです」

「しゃ……シャブナム・サンマルクです。本日はお時間いただき有難うございました」

 殺気の籠った目のファリス父と、自分たちを残して行ってしまうのかという思いを滲ませる祖父と二人の弟、あら意外といい男と興味深そうに見ている母と祖母、そして質問攻めにしたいが家族全員から『お前は喋るな』と釘を刺されてしまい、拗ねて黙っている次女……

 さすがのファリスもカオスな空気に次の言葉が出ない。

 シャブナムも一言も話さないタリーズ家の面々の態度もさることながら、何故か外商隊まで含めて全員集合した従業員や、店の外から殺気も混じった人の気配が充満しているのに頬をヒクつかせる。


「それで、サンマルクさん、ファリスとはどう言ったご関係で?」

 絞り出すようなファリス父の声に、シャブナムは鉛を呑み込んだような気分になる。

「ファリスさ……し、失礼、タリーズ女史とはその、結婚を前提として、お付き合いをさせて頂いて……おります。それでですね、今日はその……」

「あ、ちょっと待って、お願い……」

「は、はあ」

 ファリスの名前を言おうとしたら、ファリス父をはじめとした男性陣から凄い目で睨まれ、慌ててシャブナムは言い直した。

 その時にこれはもう命懸けと覚悟して最後まで言い切ろうと肚を括ったのだが、肝心の所でファリス父から待ったが入る。

 先ほどまでの殺気はどこへやら、ファリス父は何も聞きたくないと言わんばかりに虚空を見つめてシャブナムの方も見てくれない。

 その時左に座っていたファリス母から肘鉄が脇腹にめり込み、油断していたのかカエルが潰れた時のような呻き声を出して丸くなる。

「お待たせしましたねシャブナムさん、どうぞ、続きをお願いします」

 にこやかなファリス母にそう言われ、ようやくシャブナムは訪問目的が結婚の許可を貰いに来たと告げた。

「認めん!認めんぞ俺は」

 子供の駄々のようにファリス父はそう言って暴れようとしたが、ファリスの母と祖母にいい角度で急所を更に殴打されて再び丸くなる。

「姉ちゃん、遠くに行ってしまうん?」

「姉さん、王都は嫌いになったのか?」

 弟二人は捨てられた子猫のような縋りつく目でファリスを見て、祖父は昔ファリスが描いた似顔絵を取り出して懐かしそうに見る。

「あのそれで……結婚の許可の事なんですが……」

 ファリスが対処に困る横でここは強行突破とシャブナムは言い募る。

「大事な娘の結婚相手だ、俺が見定めた後でなきゃ許可なんて出せうわいててててて、母さんやめてお願い……」

「お父さん、ファリスももう結婚するには遅いくらいなんだから、いい加減諦めなさい!ファリスが片付かないと下の三人も結婚し辛いでしょ?四人とも婚期を逃したらうちはご近所の笑い者よ?それにサンマルクさん、手に職持ってて領主様の覚えもめでたいんでしょ?申し分ない、いい男じゃない。どこに不満があるの?」

 関節を決められたままそんな説得をされて、ファリス父は涙目になる。シャブナムはその涙は、きっと関節がミシミシ言ってるくらい決まってるからだろうと思う事にした。

「だって……ファリスが遠くに行っちゃうだろ!王都の中ならまだいいけど、コミューネスは、遠いんだよう……」

 めそめそ泣きながらまさに泣き言を言うファリス父に、家族も従業員も呆れつつも少し同情はしていた。


「あ、それならコミューネスにお店出せば?」

 それまで『黙っていろ』と言われた通りにしていた次女が、その何とも言えない空気の中で思いついたようにそう言うと、家族と従業員、お互いに顔を見合わせて最後に次女を見る。

 全員、その時に同じことを思っていた。

『ああ、その手があったか……』


  *


 そこからは話が早かった。

 結婚の許可はスムーズに降り、結婚式と披露パーティーはお互い離れすぎているので、王都とコミューネスの街の両方で行う事にして、互いの家族は両方に出てもらう事になった。

 タリーズ商会は総力を挙げて二つの式を取り仕切る事にして、タリーズ家の宝物たる長女の結婚式を盛り上げるため一丸となる。

 もはやファリスの意思とか意向はどこかに行ってしまい、二人を放置して周囲が凄まじく盛り上がっていった。


 その準備中、タリーズ商会はあっというまにプエルトス・コミューネスに支店を出して、ファリスの祖父母と次女が家庭内の熾烈な争いを勝ち抜いて取り仕切る事となった。

 なんでも祖父母は「ひ孫の顔を冥途の土産に持って行きたい」という老人力を発揮して、他の家族を黙らせたらしい。

 ちなみに次女はくじ引きでしれっと当たりを引いた。


「私はドレスと装飾品を選んでいれば良いって言われたけど、本当にこれでいいのかな……」

「他にやる事と言えば来月のうちの両親との顔合わせか……」

「ごめんねえ、うちの家族が全員行く事になって……」

「万に一つもないけど、断られる事全く考えてないの、すごいよなあタリーズ家」

「あの絶対の自信がどこから来るのか、私にも分からない」

 式場や出席者については、タリーズ家の面々は二人に完全に秘匿していた。

 気分を害するようなことはしてこないとは思っているが、何をしでかすか分からないという怖さは当然ある。しかも必ず介入してくると二人で予想していた、コミューネス伯や前宰相殿がやけに静かなのだ。そっちも怖いことこの上ない。


 そんな心配をしつつも、サンマルク家での結婚の許可は諸手を挙げて歓迎され、家族同士の顔合わせも、何の問題もなく賑やかに行われた。

 その後の準備も、時には二人が二つの街に離れ離れになる事はあったものの順調に行われ、まずは王都での式と披露パーティーを迎える――――


  *


「こんなの……聞いてない……」

「ハハハ……お貴族様の式でも滅多にないよなこれ……」

 結婚式を執り行うのはなんと隣国ブエン・ヴェシノ王国にいる近隣諸国の教会を束ねる大司教。なんでもパドレの教会を崩壊の危機から救ったという事で、コレジャナイ王国の教会が熱心に招聘したらしい。

 当日その話を聞かされた二人は凍り付く。ファリスにしてみれば立役者どころか立ち話の雑談程度の認識で、解決にあたったのは教会や建築バカのプロント氏だろうと思っていたくらいだ。それがなんで大司教様のお出ましなんだという話である。

「それで式の出席者と披露パーティーの参加者ですが……」

 リストをファリスは二度見して、見間違いだと消えていて欲しかった名前が並んでいるのを確認する。

 ヒガキ、パドレ、リヴィエレ・プロフォンデ、ストレンデ・ハーフェンから領主様が出席するらしい。しかも全員、なんでか知らないが夫人帯同だ。シャブナムと二人で、ファリスはお貴族様への挨拶の作法を、泣きべそをかきながら式直前に練習する羽目になった。


 なお、他にも重鎮の方々は列席する。王城からも前宰相殿夫妻、前侍従長様、そして……

「あの、このフォーティーン・ベル・カーゾさんって……誰です?」

 錚々たる面々と商会の取引先や王都の商人の重鎮方、ご近所さんやファリスの友人はまだわかる。しかしカーゾ氏なる知り合いはファリスの記憶にない。

「ああ……それは……」

 聞いた後、知らなかった事にしておけばよかったと、ファリスとシャブナムは激しく後悔した。


 式自体は非常に素晴らしいものだった。

 花嫁衣装は母と祖母が知り合いのお針子と有名店のデザイナーを総動員して仕上げた逸品で、新しい流行を作り出さんと、パーツごとに分割してアレンジできるなど、予算に合わせてあれこれ選択の利く新機軸も備える、工夫を凝らしたものだった。

 タリーズ家一同はファリスの面映ゆくも気恥ずかしそうな姿を見て言葉をなくし、エスコートしたファリス父は本気でファリスを手放したくなかったらしい。

 今までありがとうという目元を潤ませたファリスの心からの言葉に、ファリス父は滂沱の涙を流しながら手を放し、シャブナムに引き渡した。

『これもう一回コミューネスでやるんだよなあ……』

 お父さん大丈夫だろうかと心配になったが、直後コミューネス領騎士の礼服をアレンジした花婿衣装の凛々しいシャブナムに釘付けになり、すっかり二人の世界に入って式を楽しんだ。


「あれが『宰相殿の密使』という訳か。本当に女だったのだな」

「ああ見えて切れ者です。全くそうは見えませんが……女性で平民で助かりましたよ。野心家の男だったらどんな脅威になったかと思うと空恐ろしくなりましたから」

「前宰相にそう言わせるのであれば、余程であろうな……そうか。私はあの女に引導を渡されたと言う事か……」

「その事につきましては、未だ申し訳なく……」

「よい、責めている訳ではない。結果的とはいえ、破綻した計画の後始末まで行いつつ、小領主の問題を片付けて国を富ませたのだ。何を恨みに思う事があろうか」

「ご寛恕(かんじょ)、感謝に堪えません」

 かつて国の方針について何度も衝突し、舌鋒鋭くやり合った二人も、第一線を退いてようやく物事を冷静に眺められるようになっていた。


「しかしまあ、平民の結婚式に貴族が列席とは、滅多に見れる光景ではないな」

「彼女の功績を考えれば妥当ではありますが、私もこの先こんな光景を見る事はないでしょうな……」

 式は結婚宣誓が終わり、晴れやかな二人がキスを交わし、祝福の拍手の中退場してゆく所だった。

「前宰相も披露パーティーは出席するのだったな」

「閣下を一人にしておけませんからなあ」

「隠居の身とは気楽なものだな。こんなことなら早めに退位すれば良かった」

「ご冗談を。為すべきことを為したからこその今の時間でありましょう」

「相変わらず……前宰相は堅っ苦しい」

「誰のせいだとお思いで?」

「おお怖い怖い」

 おどけるカーゾ氏は列席者と共に聖堂から二人を送り出すと、案内人の誘導に従い披露パーティーの会場に向かう。


 参列者の華々しい雰囲気に、道行く人は今日は何のお祭りだったかと不思議そうに眺める。そんな通行人に道化たちが手にしたバスケットから菓子包みを渡し、賑やかな楽隊の演奏が始まると共に、街角でワイン樽が開かれて振る舞い酒が配られ始める。

 前宰相とカーゾ氏も、集まって来て笑顔を弾けさせる人々を満足そうにひとしきり眺め、周囲の人々と共に歩き始めた――――


  *


 その後ファリスとシャブナムは賑やかな披露パーティーで多くの人から祝福の言葉を掛けられ、シャブナムはファリスの友人知人からはさんざんに恨まれた。

 タリーズ家の面々と商会従業員は、普段のファリスの人気と一部のヤバい信奉者の事を考えると、結婚後のファリスが王都を離れるのは正解ではないかと思いはじめていた。


 式の二日後、ファリスとシャブナムは祖父母や次女と一緒にブエルトス・コミューネスに向かう。

 コミューネスの街に新居を定め、一月後に今度はコミューネスで改めて式と披露パーティーを行った。

 教会の司教はコミューネス領で長年勤める人だったが、子供時代のシャブナムやアニマの思い出話でファリスを散々笑わせるような人物で、式も随分とアットホームな感じで行われた。

 もっとも参列者にはアットホームさに染まらない重鎮たちも列席していて、「こっちでもか……」とファリスとシャブナムが少々げんなりするような状態だった。

 

「いやあ……コミューネス伯様はわかるけどさ、タルカイの領主様とか、ブエン・ヴェシノのガッフェさんはどういう経緯であそこに居たの?」

「知らない……多分領主様が冗談半分で呼んだんだと思うけど」

「なんだろ、土砂崩れで助けたお礼みたいな感じかな?」

「あー、その線はありそうだ。あの人結構義理堅いって聞くし……それはそうと前宰相様は何でこっちでも参加を?」

「王都だと前国王様のお守りでゆっくりできなくて、こっちではちゃんとお祝いしたいからだってさ……」

 理由はそれだけではなく、コミューネス伯がぼちぼち始めていたサブメルサ湖の観光化にあたり、湖畔にゲストハウスを作ったらしく、永年の宰相職を務めた事への慰労という名目で奥方ともども招待したからのようだ。

 今回の街道騒ぎで海運に力を入れ、中央とのパイプを太くしたコミューネス伯。やはりやり手だなあとファリスは感心する。


 その後の披露パーティーには、港に帰って来ていた領地船の乗組員も混ざる。

 彼らも領主様からファリスのおかげで領地船が出来たとあって、ぜひお祝いをと土産持参で乱入してきたようだ。

 おかげで何かの祭りかのように、街中が随分あけっぴろげなパーティー会場と化してしまう。

 アニマも道化師に仮装した騎士団を引き連れて現れ、それまで見た事のないはしゃぎっぷりで二人の結婚を祝福してくれた。

「これで俺も解放される!」

 と、何度も言うアニマが何から解放されるのか、二人には分からず仕舞いだったが、まあなんか嬉しそうだから良かった事にして、三回くらい乾杯を重ねた。


 その後も大量の飛び入り参加者を巻き込みながら、会場の店の中だけでなく、港の船着き場や道路に(しつら)えられたテーブルで、歌えや踊れやで誰もが屈託なく笑い、一晩中宴は続いた…………


「ぬー、朝……というかもうお昼?」

 翌朝、ファリスを抱き枕にして毛布に埋まっていた次女を引き剥がし、シャブナムの腕枕から抜け出すと、死屍累々の惨状となったパーティー会場を見る。

「こりゃまた皆さん、幸せそうなことで……」

 少々二日酔いで痛む頭を徐々に覚醒させながら起き上がると、井戸で顔を洗ってひと伸びして体をほぐす。

 アニマや祖父母だけでなく、シャブナムの友人知人に混じって領主様たちお貴族様も同じように酔い潰れて眠っていて、この緩い感じは王都じゃ無理だなあと思い、ファリスは改めてこちらに引っ越してきて良かったと思った。

 

 これからシャブナムと新婚生活が始まるのかと思うと、頬が緩むのをどうにもできないで一人でファリスはニヤつく。手持無沙汰だったので、お祝いしてくれたお礼に片付け位手伝おうかと思い、手近な所から食器を集め始めた。


 十分後、主賓が何やってるんだと片付けにやって来たおば様方にひとしきり説教を食らい、ファリスは手荒に叩き起こされたシャブナムを連れ、少ししょんぼりしながら新居に向かった。

 新婚初日からそんな風に始まったコミューネスでのファリスの生活は、その後もまあ、コレジャナイ王国民らしく、結構面白おかしく過ごしていく事になる――――


  *


 十二年後――――


「ただいま……あれ、母さんは?」

また(・・)遺跡行ったよ」

 シャブナムの問いに答えた長男は、妹に付き合ってしていたお絵かきの手を止め、問いに答える。

「はあ?なんでまた……」

「なんかー、どうにも解読できない所があるからって……」

「また自分の世界に入ってんのか……じゃあ迎えに行ってくるわ」

「父さんじゃないと帰ってこないから、よろしくねー」

 シャブナムは騎士服のまままた馬に乗ると、峡谷地帯入り口にある遺跡に向かう。

 ここはファリスが専属の調査員として長年発掘を続けており、たまに世の中を変える革命的な発見をされる事もあって、近年徐々に知名度が上がりつつある場所だった。


「それにしても、ホント何か見つけると家に帰ってこないのはどうしたものか……」

 ファリス自身は仕事をしつつも家庭を大事にし、子育てにも家事にも手を抜かないまさに良妻賢母であるが、こと遺跡の発掘品が絡むと、普段の評価を全て投げ捨てて自分の研究に没頭する所がある。

 なので普段の完璧超人ぶりを知る人からすると、遺跡絡みさえなければね……と、残念な人扱いされる事も多い。

「おーい、ファリス、どこだ?」

「あ、シャブナムおかえり。今日もお疲れ様」

「ただいま。ファリスはまだ時間かかりそうか?」

「ん、もうちょっと考えさせて……」

「了解」


 こういう時無理に引き剥がすと家に帰っても延々思考から抜け出せなくなるので、納得するまでシャブナムは付き合う事にしている。

 帯同していた所員は先に帰ってもらい、一人シャブナムが残ってファリスを待つ。

 相変わらずな愛妻の横顔を楽しそうに眺めつつ、シャブナムは二年前の騒動を思い出していた。


 二年前、この遺跡からやたら四角い人型の人形が発掘された。

 色々調べるうち、それが『コレジャナイ・ロボ』という名称だという事が判明する。『コレジャナイ』は通称国名と同一単語という事はすぐにわかるのだが、『ロボ』とはなんだという事で研究所内で長い事議論になった。

 その後ファリス以外の所員一同は『ロボ』とは『神』であり、この人形はその神をかたどった神像ではないかとの結論に達する。


 『コレジャナイ』の本当の意味を知っている庶民のファリスは、国の守護神と盛り上がる貴族出身の所員たちの喜びように水を差すのも悪いと思い、首を捻りながらも発掘品を王都に送り、『コレジャナイ』『神』の神像ではないか?という報告を行った。

 そこからこの『神像』があれよあれよと独り歩きを始め、いつの間にやら『コレジャナイ王国は太古の時代から祝福された存在であり、先日その守護神像が発掘され、我ら王国の正当性が改めて証明された』という事になっていた。


 しかも発見者ファリス・サンマルクの名と共に…………


 ファリスが明後日の方向に事態が進んでいたのに気づいたのは、大発見と浮かれる王都からの叙勲の連絡に訪れた、バックス所長の嬉しそうな訓示を受けた時だった。

「王国の正統性を考古学的見地から見出したサンマル…………ファリス君の功績はまさに空前絶後と言えるだろう」

 わざわざコミューネスまでやって来てそんな訓示を行うバックス所長。一度は惚れた女性への未練からやって来たのだが、相変わらずファリスは全く気が付かない。

 一人甘酸っぱい思いを抱えてこれ以上ないという賛辞を述べるバックス所長に、栄光どころか惨事になる未来しかファリスには思い浮かばなかった。


 数々の経験から、こうなってしまったお貴族様たちは何を言っても聞かないし、自説を曲げる事はないと骨身にしみている。

 故にファリスは発見者を貴族出身の所員にすり替え、名誉と褒賞もすべて彼ら彼女らに押し付けた(・・・・・)


と、言うのも……


「あのあと『説明書』が出てきてね……『ロボ』って『人型の機械』って意味と分かったのよね。それとあれは神像じゃなくて、子供向けのおもちゃ……」

 ベッドで毛布に包まって頭を抱えてそう泣きべそをかくファリスを、シャブナムはそうかそうかと毛布の塊ごと抱きしめて慰めたものだ。


 コレジャナイ王国は、古代人の子供向けのおもちゃを国家守護の神像などと祭り上げてしまった。尚且つ名誉と褒美に(あずか)った貴族出の所員たちから、彼ら彼女らの実家の地位と名声を高めた事で、ファリスは大感謝をされる。


あまりの話の大きさに、ファリスは…………証拠を隠滅した。


  *


「よしっ!多分これだ!」

「大丈夫そうか?」

「うん、待っててくれてありがと……っと」

 周囲をきょろきょろして、誰もいない事を確認するとシャブナムを見る。

「他の所員は先に帰ってもらったぞ」

「お、気が利くねえ、さすがシャブナム」

「ま、誰もいない遺跡でロマンチックに二人きりだ」

「あは、そういういい方されると照れちゃうじゃん」

 子供が二人生まれたのに、二人の仲は相変わらず良好なままだ。


 二人の結婚後、前宰相殿がサブメルサ湖を気に入って移り住んできて、やがて生まれた二人の子供の祖父枠に収まった。

 だがファリスの両親がそれを面白く眺めている訳もなく、対抗すべくコミューネス領に移り住んで来て祖父母を隠居させた。

 その後正統なじいじとばあばはどっちかで争いを続けたが、肝心の二人の子供はシャブナムの両親に一番懐いてしまった。

 四人はファリスの普通に接してあげてという要望も耳に入らず、状況を巻き返すべく様々な画策を繰り広げているようだ。結果は勿論(かんば)しくない。


 跳ねっ返りの次女は国境の向こうのコタ・ヤンマランの街に嫁に行ってしまった。

 次女は婚家をすぐさま牛耳ると、ブエン・ヴェシノ王国内でも地位低下が著しかったコタ・ヤンマランの商人たちを統合し、コレジャナイ王国商人と組んで北東の海で海運業を独占するようになっていった。

 度々手を焼かされた子供時代を知るファリスにしてみれば、コタ・ヤンマランの女傑呼ばわりされる次女の噂と実像の落差に、日々首を傾げている……


 帰り道の街道はすっかり整備され、去年ようやくこのシャンルー峠も陸路で行き来できるようになった。おかげでサブメルサ湖周りは徐々に避暑地としての知名度も上がりつつある。


 コミューネスの街に入ると、街路の向こうの湾内に家紋を掲げた領地船が舳先を並べ、活発な往来と取引の様子が街に賑わいをもたらす…………


 そんな繁栄を連れてきた張本人であるファリスは、自分の業績なんぞ一切気にすることなく、馬を並べて歩くシャブナムと、今日の出来事を楽しげに話す。

 そうやって築き上げてきたコミューネスの街での生活を、ファリスは大好きな家族に囲まれながら全力で楽しんでいた。


 だから多分、明日からもこんな感じで自分の人生を楽しむに違いない。

 多大な功績も地位も名誉も、ファリスにとっては自分の欲しかった生活を手に入れる手段に過ぎない。まさにコレジャナイ王国民を象徴する、『それはそれ、これはこれ』の精神の顕れのようだ。


 自宅前まで戻ると、長男がちょうど家の明かりを灯す所だった。

 おかえりなさいの子供二人の唱和に、ファリスとシャブナムもただいまとにこやかに答えた――――


  *


 およそコレジャナイ王国の国民性というものは、陽気で前向き、細かい事にはこだわらず、くよくよ考えない人たちだ。

 その国民性を産んだ土壌は、突発的な思いつき行動で国家を危機に陥れる王族と、必死にそれを支える貴族諸侯、そしてその様を眺めてああはなりたくないと自衛に走る平民たちの奇跡的なマリアージュによる。


 今日も今日とて王族は革新的な業績を求め、貴族は少々妄信的に王家を支え、平民はその日その日を楽しみながら、不測の事態に備える用心を怠らない。


 そうやってこの国は命脈を保ち、それどころか発展させてきた。

 

 もっとも近隣国家にしてみれば、定期的に自爆してその癖焼け太りするこのはた迷惑な隣人なんぞ、困った存在でしかないのは間違いない――――


おしまい

エピローグでファリスさんがやらかしたこと一覧

・平民の結婚式にお貴族様が参列

・やんごとなき方がしれっと混ざってる

・式と披露宴2回やる

・叙爵は全力回避

・功績は地雷扱い

というかこんなんでよく国体保ってるよな、コレジャナイ王国w


それではまた別作品でのご訪問、お待ちしています!

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