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第12話 『情熱と現実の狭間で、諦められない戦いがある(人生諦めが肝心)』

 ファリスさん、強引に宰相殿に引き抜かれて最後の戦いへ!


 と、言ってもやることは事務仕事w


「こんなものか……、宰相、其方(そのほう)という者が陣頭指揮を執り、それでいてこの結果だと申すのか?」

 報告の内容を聞き、手元の資料に目を通しつつ、怒りに紅潮した表情で国王陛下は宰相殿を睨み付ける。

「力及ばず、誠に申し訳ありません……」

「我が聞きたいのは言い訳でも謝罪でも無いわ!其方も判っておろうが!」

 御前会議の列席者は国王陛下の悋気(りんき)に触れて全員が縮み上がる。


 ここ一年半の街道整備騒ぎで随分と評価を落としはしたが、国王陛下の在位二十年、治世はそれなりに安定し、幾度か外国の侵略も退け、打ち出す政策は目立つ物こそ少なかったが、時勢の変化に柔軟に対応した理に適ったものばかりだった。

 故に国王陛下の言動や判断に臣下一同、末端の貴族に至るまで大きな不平不満もなく、既に立太子を済ませて次期国王と定まった第一王子の下、後継体制も揺るぎない。


『しかしながら、国王陛下も建国以来脈々と継承されてきた王家の血に連なる一員であり、その宿命から逃れることは出来なかった』

 宰相殿はそう思いながら、睨み付ける国王陛下に白波一つ立たぬ海原の如き平静さで向かい合う。

 すでに商人はこれ以上の融資を渋り、国外への資産流出の真っ最中。このまま国王陛下の暴走が続けば、早晩市中から流通可能な貨幣が消える可能性すらある。過去の事例から政府がどれだけ流出阻止を図っても、抜け目ない商人連中が網の目を潜るのは朝飯前と言った所だろう。


 資金供出の肩代わりを始めた地方領主たちはさておき、資金力の乏しい子爵・男爵たちからは、これ以上の負担は不可能という相当数の悲鳴が聞こえてきている。

 比較的余裕のある伯爵以上の領主たちも、手を付けられそうな場所で工事は行っているようだが、莫大な費用が必要となる山間部や大河川周囲での動きは鈍い。

 いずれも王家への忠誠は未だ奇跡的に保たれているが、小領主の財政破綻などを招けばそれすらいずれ揺らいでくるだろう。

「…………半年だ」

「……」

「半年以内に、少なくとも完成の目途は付けよ。それ以上は譲れん」

「では、関係各員に通達を出しますが、無い袖は振れぬことはご承知いただき……」

「これは王命である」

「…………」

「国内様々な問題や課題がある事は承知しておる。だが、王命である!何よりも優先し、我の治世の間に、何としてもこの街道計画を成し遂げよ!」

「……」

 否も応も答えず頭を下げる宰相殿に、国王陛下は鬼の形相で席を立ち、退席する事で答えた。


 二人のやり取りを固唾(かたず)を飲んで見守っていた一同は、おろおろと互いを見遣る。

 本音では宰相殿に追従したい所であるが、国王陛下には王命とまで言い切られてしまい、その命令に従わなければならないという貴族の矜持に関わる状況に立たされた。

「あのぅ……宰相殿」

「……仕方あるまい」

「え?」

「王命とまで言い切って覚悟を示されたのだ。我らも一蓮托生。地獄の底まで付き合うしかあるまい」

 答えた宰相殿に全員が絶句する。

 今までの我らが宰相殿であれば、こういう時は断頭台に登る覚悟で諫言(かんげん)するのが見慣れた情景であった。

 そうやって命懸けで国王陛下を支えてきた人物だったからこそ、貴族平民問わず『我らが宰相殿』と称えられ、尊敬を集めていたのだ。


 その人物から『諦めて一緒に地獄行こ』と言われた訳で、その後の国内の混乱は当然と言える――――


「それで、私はここで書類仕事を続けていてもよろしいんですか?」

「タリーズ君以上の適任はいない以上、よろしく頼むよ」

「はあ……」

 コミュ―ネス領から王都に帰り、宰相殿に報告を上げた翌日、ファリスは宰相殿から『宰相付き臨時書記官』なる役職の異動命令を受ける。

 ようやく帰ってきたバックス所長の激しい抵抗を跳ね除け、宰相殿はファリスを強引に引き抜いた。

 どちらにせよ宮仕えの平民がその任官を拒否出来る訳もなく、こうなれば一蓮托生で宰相殿には是非ともこの難局を乗り切って頂こうと覚悟を決め、ファリスは結構気合入れて執務室に通っていた。


 しかし任されているのは街道整備の進捗報告のまとめと、国王陛下の計画実現のためにかかる資金額と期間の概算の作成だった。

 そんなの誰でも出来る仕事だろうと思っていたが、そう思っているのは任された本人だけだった。


 ファリスは自分のマルチな能力が、コレジャナイ王国文官の標準だと思っている節があるが、勿論そんな事はない。

 これまでは体面を取り繕うのが上手い貴族出身の官僚や文官が、この平民出身の女性文官の前でボロが出てこなかっただけの話だ。


 その平民出身の女性文官は、最近仕事以外に持て余した余力で宰相殿の雑事もこなすようになった。おかげで宰相殿の腹心たちが自由に工作を行う時間を手にしたことに、これまた自覚がない。

 加えて臨時秘書官として執務室に詰め、ちゃっかり執務室近くに寝泊まりするようになった宰相殿の奥方とも仲良くなり、暇を持て余す奥方様の話し相手としてすっかり気に入られてしまっていた。


 それどころかファリスをどこかの貴族の養子に入れて、息子の嫁にならないかと勧誘され、ファリスが必死に追及をかわす羽目になってもいる。

 ちょっと前にバックス所長からも似た様な事を言われていて、ファリスはほとほと困り果てたが、ある日この二者を互いに牽制してもらえばいいかと思って誘導し、見事に両方の誘いを封殺する真空状態を作り出していた。


 宰相殿も奥方とのひと時、頻繁にファリスの名前が出てくるようになり、その人誑(ひとたら)しっぷりに軽く戦慄を覚えている。

 ファリスの身辺調査をした際、やたらとファリスを持ち上げる話しか聞けなかった。また、老若男()問わず求婚の申し出が凄まじいとの話ばかり聞こえて来て、相当に情報操作の上手い人物かと(いぶか)った事も思い出す。

 だが身近に接してみれば、奥方は瞬時に虜になり、宰相殿も娘でも出来たかのような気分にさせられる人物だった。

 飾らない人柄と、謙遜も傲慢も感じさせない自然体な為人(ひととなり)に、自然と警戒も疑念も溶けてしまい、いつのまにどうやって彼女を自分の手元に取り込もうかと考えてしまう……


『バックスやコミュ―ネス伯が必死で囲い込もうとするのも頷ける』

 一人いれば考古学研究所はかつてない勢いで発見や貢献を生み出すだろうし、コミュ―ネス伯の領地に行けば、文官や技術官はほとんど必要ない位の働きを見せるのは確実だ。


 その渦中のファリスは宰相殿から任された作業を日々淡々とこなしていた。

 ファリスが『誰でも出来る、片手間でやる感覚の作業』と思っているのは、膨大な量の情報を整理し、体系立てて組み立て、必要かつ的確に伝える資料を作る事だ。

 特筆すべきは、まだこの世界には普及していない表やグラフを使った視覚的に情報を伝える技術を、ファリスが解析した古文書から自然に身に着けている事にある。

 それは書類の厚さを誇り、表現の『てにをは』ばかり気にしていた文書を、簡潔な表現と適切な視覚効果で伝える形式へと改め、これまでの書類文化そのものを根底から破壊する存在となっていた。


 普通の調査官であれば、ファリスの行ったような長期視察は、帰還後次の段階まで数カ月かかるのが通例だった。

 これがファリスの場合、まず数日で報告書が上がって来る。たった十数ページの薄っぺらな報告書なのに、必要十分な情報のみが書かれ、即決可能な提案が最後に列記されているのだ。

 宰相殿付きの腹心や文官が、合理と効率の固まりの様な内容に色めき立ったのは必然と言える。

 とはいえ彼らもそれまでの書類文化を捨て去る事も出来ず、ファリスが特別なんだと無理やり納得させて、焦る思いを誤魔化していた。


「……という訳で、タリーズ女史の書面に一同感銘を受けてね、簡単に手ほどきをお願いできればと思うんだが?」

 とある日、宰相殿の腹心と文官は、以前から気になっていたファリスの作る書類のノウハウを聞こうとして、彼女に時間を貰って教壇に立たせる。

「あのぅ……そうは言っても特別な事は何もやってないんですが……」

 困ったように笑いながら言うファリスは、それでも自分が彼らの役に立つならと、資料を準備をして臨んでいた。

「それではこちらの資料に沿って説明しますね。…………ええと、時間は二時間でしたっけ?」

「あ、ああ。それ位でお願いできればと……思う」

「わかりました。それでは全力で解説させて頂きますね……」

 宰相殿の側近や文官は、軽い気持ちで求めた手ほどきが、その後のファリスの濃密な情報を繰り出すマシンガントークになって帰って来る事になる。

 結果、彼らのプライドと慢心を焼け野原にされてしまった。


 後日宰相は、意気消沈した文官から集団で辞表を出されて慌てて遺留する羽目になり、その顛末は夜の夫婦の語らいの酒の肴になたっと言う……


  *


 我らが宰相殿はこの半年間、王命がもたらす貴賤を問わない災厄と、諸外国への悪影響がどういう風に積み上がっているかを集めるために使った。

「それだけで国王陛下は自らの宿願を取り下げて頂けるのでしょうか?」

「まあ、大事なのは事実の羅列と、いかに現実と理想が乖離(かいり)しているかを思い知らせる事だよ」

 宰相殿が最近、ファリス相手に相当国家機密に切り込んだ話をするようになった。

 ファリスも巻き込まれたくはないが、普段聞く事のできない話に否応なしに惹き付けられてしまう。

 宰相殿は弱音交じりの質問も段々漏らすようになり、ファリスは意気に感じて思いついた事をぺらぺらと語って聞かせた。その弱音が偽装したものとは気づかずに……だ。


 結果、期限の半年間、王室への兵糧攻めがえげつなさを増す事となる。

 一か月目、王妃様の衣装代が前年の十分の一になった。

 二か月目には国王陛下の小遣いがゼロになる。陛下は渋々その通達を了承した。

 三か月目には王妃様の茶会や行事の経費がゼロになり、王妃様の自腹となる。王妃様は大好きなお茶会の経費を血涙を流しながら抑制したらしい。

 四か月目には両陛下の衣装代がお二人の自腹となり、遊興費の政府支出も当面ゼロ、経費関係も容赦なくメスが入れられた。


 折悪くこの時期に着任した他国の大使を歓迎する式典も、貧相な飾りつけの会場に申し訳程度の料理が並び、気の抜けた様な管弦楽団の演奏の下、場の白けた空気を繋ぐための王室や公爵、侯爵などの必死のスピーチが寒々とした会場に響き渡る惨状となる。


 この状況に国王陛下夫妻は眉を(しか)め、宰相殿に抗議を行った。だが、ファリスのおかげでこれ以上ない理論武装をしていた宰相殿に隙は無く、陛下たちはコテンパンに論破されてしまった。

 そうして国王陛下自ら設定した半年という期限を迎える前に、無理や無茶を強要した強気の発言はどんどん後退してゆき、どんな無理を押し通してもどうにもならないという事を、直接的な言葉以外で見せつけられる事となる。


 そして期限の半年が経過した時点で、国王陛下の肝いりの街道整備計画は、事実上とん挫した形となった――――


  *


 計画とん挫の大きな原因は、王妃様が兵糧攻めに遭い、その逆恨みを国王陛下にぶつけるようになったのが発端だった。

 国王陛下も宰相殿に王命というカードまで切った手前、相次ぐ経費削減を拒否する事も出来ず、王妃様と王命の板挟みになる。


 そして残り三か月の時点で小規模領主たちの財政破綻が激増、路頭に迷った貴族たちは一家を引き連れ王都に押し寄せ、救済の申し出を行う状況となっていた。

 また、工事を急がせた影響で、いくつかの峠道では土砂崩れが発生する。増水期に強行された架橋工事では、鉄砲水により作業員も多数行方不明を出してしまった。

 災害は物流の停滞を生み、庶民どころか貴族たちの生活も不便や物価の高騰に苦しめられることとなる。

 庶民の抗議の声も勢いを増し、近衛騎士団からは警備増強や武装強化の申し出が相次ぐ――――


 そんな中行われた期限の半年後の御前会議は、参加者の誰もが沈痛な表情を浮かべ、浮上する事が無いと思われる絶望的な空気の中で始まる。

「それではまず、陛下にはこちらをお預けして、会議を始めたいと思います」

 そう宰相殿が冒頭発言をして、懐から一通の書状を差し出す。

「これは?」

「辞表でございます」

「宰相貴様、逃げるつもりか?」

「そのようなつもりは毛頭ありません。ただ、ご説明申し上げるまでもなく、陛下の進めて来られた街道整備計画は未達成と相成りました。つきましては、わが命に代えてそのお詫びをさせて頂きたく。その辞表は、今生のお別れの暇乞いです」

「ぬう……」

 そこまでの覚悟を言われてしまえば、叱責も簡単に突き返す事も出来ない。

「それでは議事に移ります。お手元の資料を確認しながら、説明させて頂ければと――――」


 この日の議事内容はファリスが全てまとめたものだった。

 御前会議の手元資料は二十数ページ程度の資料しかないが、説明を求められた際提出される詳細と根拠資料は、隣室にうず高く積み上げられている。

 宰相殿の腹心や文官はその資料の山の脇に控えていた。

 彼らも連日の激務の終わりでいつ声がかかるか解らない緊張状態となり、もうどうにでもなれと言わんばかりに立ち尽くしていた。


 会議は街道計画以外の議題が先に処理されてゆき、詳細説明を求めるたびに隣室から詳細な資料やバックデータが現れるため、暫く進行すると国王陛下すら詳細資料を求めなくなった。

 ぐうの音も出ないほど理路整然と詰め込まれた内容は、確認する気力が失せるほどの出来だったからだ。

 当初は手元の薄っぺらな議事のまとめに宰相殿のやる気を疑っていた面々は、鷹の隠している爪はとんでもなく深く鋭く突き刺さると察し、表情一つ変えず議事を進行する宰相殿を、国王陛下を含めて畏怖の念で眺る事となる。


「さて、それでは本日の主要議題である、街道計画の進捗報告と今後(・・)について話し合いたいと思います」

 宰相殿はその後も淡々と資料に書かれた数字について説明をする。

 

 街道の整備工事が名目上は全体の半分程度は完成したとまず宰相殿は報告する。

 しかし、山地や大河川はほぼ手付かずで、この整備状況では費用対効果が望めないどころか、平野部と山間部で格差を助長する可能性すらあると続けた。


 小規模領主は王命に応えようと無理を重ね、百を超える下級貴族家が破綻に追い込まれた。彼らの多くが王都に流れ込み、治安悪化の要因となっている事と、将来的な反乱の中核になる可能性も危惧した。


 また、商人たちがリスクヘッジを目論んで資産の国外移転を進めており、最近は物価の上昇や為替レートの悪化、通貨の不足が経済活動全体の低下を招きつつあり、過度な街道工事などへの人と資源の投入で、それ以外の経済分野で人不足と物価の上昇が発生している事も説明する。


 対外関係では、ブエン・ヴェシノ王国との国境が実質的に封鎖されてしまい、危うく戦争になりかけた事が報告される。ユイン・グオ諸侯連合がキノタケ商人を使って経済侵略を仕掛け、危うい所で撃退した件は、事実を知らなかった閣僚も多く、撃退の報告で露骨にほっとした表情を浮かべる。


 そして結論として、すべての街道整備が完成したとしても、その経済効果を回収するまでに完成後百年以上はかかってしまう事を報告し、宰相殿の説明は終了する――――


「以上、今回の街道整備事業による損失の累計と、今後の整備に必要な費用の概算は資料に記載されている通りです。詳細を説明しても構いませんが、隣室の資料の半分はこの街道計画に関する資料となりますので…………軽く一週間は皆様にお時間頂くこととなります」

 当たり前のように、誰一人として質問の声を上げなかった。

 ある意味戦場で降り注ぐ矢衾(やぶすま)よりも恐ろしい事実の羅列が待ち受けていると知れば、誰もそれを求めようなどと思いつきもしない。

 すでに手元資料の数字の羅列を眺めるだけで、とてもじゃないが事業継続は困難だと理解できる。

「ああそれから、今後事業を推し進めるとなりますと、あと二年で我が国は破綻します。私からは説明は以上となります」


 その後軽く十分、誰も発言をせず、溜息と紙をめくる音が空しく響く時間が過ぎる。

 沈黙を破ったのは、深い溜息と共に吐き出された国王陛下の一言だった。

「…………もうよい」

「よい、と、申されますと?」


 苦虫を百匹は噛んだような表情で、国王陛下は言葉を捻り出す。

「――――街道整備計画は、一時中止とする」


  *


 ファリスは隣室で聞き耳を立てながら会議の経過を見守っていた。

 街道計画の説明となったら自分にもお鉢が回って来るので、出来ればそれは避けたいなあと思いつつ、どこか他人事な気分ではあったが覚悟は決めていた。


 国王陛下は中止の発言後、足早に会議室を後にし、宰相殿も国王陛下に続いて退室する。

 直後会議室ではどよめきと安堵の溜息が溢れ、待機していたファリスや宰相殿の腹心と文官たちもその場にへたり込む。一気に緩んだ場の空気に、ファリスもようやく人心地を付け、椅子に深々と腰掛けて大きく息を吐いた。


 その後興味を持った大臣数人がファリスたちが待機していた部屋にやって来て、積み上げられた資料に唖然として、宰相殿がどんな言葉にも即反論をしてきた根拠はこれなのかと感心する。

 少々誇らしげに資料の全容を説明しようとするファリスの親切心は、説明が長くなると察した大臣たちが他の用事を思い出して退散した事で、不完全燃焼で終わる事となった。


 とはいえこの日のために結局全力を尽くしてしまったファリスは、家に帰った途端に緊張の糸が途切れたのか、晩御飯を食べ始めて数分で舟をこぎ始め、食卓に頭突きをかましたところで慌てた家族によってベッドに放り込まれた。


 なお、宰相は毒杯を賜る事も暗殺者を差し向けられる事もなく、引き続き国王陛下の無二の臣下として地位を保った。

 もっとも今回の計画頓挫で国王陛下も譲位の意思を固め、後始末と引継ぎを終えた一年後に、戴冠式を行って王太子に代替わりをする事に決まる。

 宰相殿は国王陛下の退位に合わせて宰相の地位を令息に譲り、他の重臣たちもそれに合わせて代替わりや次代の候補者に引継ぎを行う段取りを始めた。


「陛下にとっては不本意であろうが、これまでに積み上げた事績は最大限に活用する。タリーズ君はそういう意味でも実に良い働きをしてくれた」

「まあ、たまたま上手く物事が(はま)っただけですし」

「こういう事はな、引きが強い者とそうでない者がいる。才能が有っても機会に恵まれない事があるし、能力が足りなくても流れに乗って功績を上げる者もいる。運不運というのも、中々に事を成す人間には重要な要素なのだよ」

 私も最後の仕事でタリーズ君を麾下に置く事が出来たのが最大の幸運だったなと、宰相殿が続けたが、ファリスは話半分にしか聞かない事にした。

 上流階級の誉め言葉には、その裏に何か他の意図や策謀が潜んでいるのが常だからだ。


「まあ、何にせよ今回の計画に決定的な働きをしたのがタリーズ君なのは間違いない。宰相として礼を言わせて頂く」

「ちょ……畏れ多いです。頭を上げてください!」

「妻にもちゃんとご褒美をはずんであげてと念押しされていてね、私の出来る範囲ではあるが、約束通りタリーズ君の望むものを何でも一つ送る事を確約するよ」

「ああぁ、その、ありがとうございます。ですがいきなりそんな事を言われても、すぐに思いつくものもなく……」

「ハハハ、そんな急かすつもりはない。よく考えてみて欲しい」

「わ、わかりました」

 孫や子供を見るような宰相殿の温かい視線にこそばゆいものを感じながら、どうやら打算や罠の無い純粋な『ご褒美』らしいと思えたので、ファリスも真面目に考えてみる事にした。

 しかしいざ何を自分が望むか考えると思いつく事もない。

 その後も後始末という名目で相変わらず臨時書記官として、宰相殿の執務室に詰める日々が続いた。


 そんなこんなでファリスが日々忙殺されているうちに、一年なんてあっという間に過ぎる事になる。

 ファリスがそろそろ色んな事に答えを出さないといけない思いつつ過ごすうち、王太子殿下の戴冠の日を迎える事となった――――


つづく!

次回更新は6/5(木)の予定です。


よろしくお願いします!

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