第10話 『始まりがあれば終わりがある(急募、頑張る誰か他の人)』
ファリスさんは色々諦めて、流されるままに全国駆けまわります。
でもまあ、結構楽しんでますw
休み明け、ファリスは通勤途中既に疲労困憊だった。
シャブナムとのデートの次の日、父と祖父、なぜか奉公先から帰って来ていた次男にシャブナムの事を散々問い詰められ、何とか追及をはぐらかそうとするも母と祖母に、おまけで次女まで参戦して追い詰められた。
多勢に無勢、その場でシャブナムとの馴れ初めと、昨日プロポーズをされて前向きながら返事は待って貰っている旨を吐かされる。
母と祖母はついに長女に春が来たとはしゃぎまわり、次男と次女にはいなくならないでと泣いて縋られ、父と祖父は連れ立って行きつけの酒場に消えた。
帰ってこない父と祖父を迎えにファリスが酒場に行けば、近所の知り合いや噂を聞きつけ集まっていた幼馴染たちからどういう事だと問い詰められ、家族に話した内容をもう一度繰り返す羽目になった。
彼らに説明するのも確かに大変だったが、飲み潰れて子供みたいに駄々をこねる父と祖父はもっと大変だった。
ファリスが家に帰れたのは、日付が変わって心配した母と次男がやって来てくれたからだ。
翌朝の父と祖父の土下座謝罪まで含め、ファリスは気の休まる時を得られずに職場の扉を開ける。
「おはようござい……ます?」
四日ぶりの考古学研究所には相変わらず人の気配がない。
ちらほらいる所員は停滞した自分の研究をこの隙に進めようとしているようで、ファリスに見向きもしない。
つい昨日までの喧騒に満ちた日々との落差にファリスも戸惑う。
人間関係や出世、名誉に結婚なんかより自分の研究という、変わり者だらけの部署の本来これが日常なのだが……
『あれ?私自分の研究続けてもいいん……だよね?』
少し埃っぽくなっていた自分の机の清掃をしつつ、上司不在で特に指示される事もなく、山積みになっていた回覧や承認書類をこなしてゆく。
昼になって書類の山を粗方片付けてしまうと、久々に母が作ってくれたお弁当の味に舌鼓を打ち、研究途中の付箋を見つけては、書類を読み返して自分が何をやっていたか思い出す。
ようやく取り戻したかに見える日常に、ファリスはほっとした気分を味わっていたが、誰かのペンの音や紙をめくる音しかない空間に、落ち着かない気分を抱く。
思いつく理由は二つ。
一つはもう一年に及ぼうかという街道騒ぎに翻弄されるうち、静かな時間を過ごす事が随分と無かった事。
もう一つの理由は、一昨日のシャブナムからの愛の告白、というかプロポーズの言葉が不意に思い返され、そのたびに机に突っ伏して一人両腕をぎゅっと抱えて身を捩るようになった事による。
後者の理由に至っては思い出すたびに赤面し、シャブナムの声が蘇っては頬も緩む。
時折変な声を出して悶絶しつつ、書類の山に顔を埋めて胡麻化していた。
けれどそもそも誰もファリスを気にしていないようで、周囲の反応は全く無い。
研究バカの同僚しかいない事や、上司が出張中で本当に良かったとファリスは思った。
それから四日間は同じような毎日が繰り返される。
職場に一人また一人と長い出張から同僚が帰還してくるが、逆に突然出勤しなくなる同僚もまだいる。
いつ声がかかるか判らない状況は気持ちのいいものではないけれど、出入りする所員はどこか諦観の境地に達していた。
もしかしたら自分は運よく研究に集中する環境に居続けられるかもしれないという淡い思いは、その週末に見事打ち砕かれる。
明日はシャブナムとデートだと浮かれていた所に、我らが宰相殿からの手紙が舞い込んできたのだ。
*
「休暇は楽しめたかね?タリーズ君」
「おかげさまで……それでその……」
明日会う予定のシャブナムと、いつの間に王都に戻って来ていたアニマが執務室に既にいたため、ファリスは嫌な予感と会えた喜びがないまぜになった複雑な表情になってしまう。
「ああ、彼らはタリーズ君の護衛なんだろう?一緒に話を聞いてもらいたくてね、もちろんコミュ―ネス伯の許可は既に頂いているよ」
それはソツが無い事ではあるが、ファリスにはあまり関係ない話っぽいので、好きにしてもらいたいと思った。
問題はなぜ二人がここにいるかなのだから。
「タリーズ君、ここ一年ばかりの陛下発案による街道の整備、君にはどう見える?」
「どう……とは?」
返答によっては不敬罪に問われかねない質問に、ファリスの肝が冷える。何とか冷静を装ったが、一瞬で握った掌には手汗が噴き出す。
「ああすまない、別に不敬罪に問うたりはしないよ。おそらく君は今回の街道整備の現場をこの国で一番見聞きしてきた人間だ。作業の進み具合や整備の必要性、計画が実現可能かどうかの意見と、整備にあとどれくらいかかるか、そう言った事を確認したかったんだ」
他のお貴族様ならいざ知らず、我らが宰相殿がそう言うならきっと裏はないと安心して、ファリスは宰相殿の質問内容を反芻する。
「そうですね……街道整備の進み具合は三割出来ていればいい方かと思います。今のところ手を付けやすい所を工事をしているので、この先は時間もお金もかかる所ばかりになるでしょう」
「ふむ……一年ではその程度か……」
「むしろ頑張っている方かと。商人の方々も、立ち上げ時に積極的に融資や借り入れに応じてくれたと聞きますし、国民も工事に優先的に人を出して協力しているかと……」
「まあ、過去の事例になぞらえれば、もうすぐ商人は今まで融資したからという事を盾に、これ以上の貸し出しは渋るだろう。そうなれば貴族が自腹で負担せねばならん」
「ああ……彼等ならまあ、そうですよね……」
その商人の行動パターンはすでにリヴィエレ・プロフォンデやストレンデ・ハーフェンの街で目の当たりにしていた。
そして商人たちが密かに残した余力は、街道整備の頓挫した後を見据えてのものに違いない事も。
その辺は宰相殿に報告もしているから把握はしているだろうと、ファリスは推測する。
「それで、この街道整備、本当にすべて必要なのだろうか?」
それを陣頭指揮している人が言いますかと、ファリスの喉まで出かかった。が、そう言えば発案者は国王陛下だったと思い出す。
「もちろん走りやすい道路となれば誰もが喜びましょう。ただ、残念ながらわが国にはモルト・クリオソほど進んだ技術はありませんので、山を削ったり池や湖を埋め立てて道を作るにも、大して規模の大きな事は出来ないかと」
「そうであろうな」
「はい。ですのである程度緩やかな峠道くらいは改善出来るでしょうが、山越えの険しい道はまずもって不可能かと。コミュ―ネス領にできたサブメルサ湖のお仲間が、全国各地に出来上がる事となるでしょう」
「今以上に物流網がずたずたになるという事かな?」
「残念ながら、仰る通りです。なので何とか工事可能な部分に手を入れるだけに留めるとして、あと五、六年は優にかかると思われた方が良いでしょう」
「工事にかかる資金は?」
「『天文学的な数値になる』としか、お答えできません」
専門じゃないし、どうせ予想外のトラブルや追加の工事が発生するのは目に見えている。予想するだけ無駄とファリスは考えていた。
暫く我らが宰相殿は顎に手を当てて考え込む。肌の色艶がすっかり失せて、死相が浮かぶとはこういう顔だろうかと、ファリスは痛々しい思いで宰相殿を見る。
先日新聞のコラムに宰相殿の奥方様が寄稿し、『最近家に帰ってきた記憶がない』とか、『もう色々と諦めてます。何が?ですか?……色々です』とか、『すべて片付いたら新婚旅行先をもう一度二人で廻る旅行に行こうって、手紙をもらいました。生きて一緒に行ければいいなあと思っています……』という、悲痛な内容が綴られたものだった。
そのため頑張り過ぎな宰相殿に全国民の同情が集まっており、奥方の膝枕が宰相殿の一番好きなスキンシップという話も暴露した記事ではあるが、その点については誰もがそっと見なかった事にして心に留めた。
「よし、やはり陛下をお止めしなければならないだろう」
そう結論を出した宰相殿に、執務室の一同は「どうやって?」という至極当然な疑問を頭に浮かべ、宰相殿を凝視する。
あの頑固で意固地で気まぐれで、お人好しなくせに妙に用心深い国王陛下をどうやって説得するのか?そもそも唯一言って聞かせられそうな宰相殿が詰めても翻意しないのだ。
国家破綻まで突っ走るしかないのではないかと、誰もが諦め半分で考えてしまうほどに…………
「そうなるとまずは証拠集めだな。やはりタリーズ君に来てもらって良かったよ」
「あの……私めに一体何を?」
「いやなに、そこの気心知れた護衛二人を伴って、ちょっと旅行に行ってもらいたいだけだ」
「旅行……とは?」
「ん?読んで字の如くだよ。そして見聞した事を今までの要領で私に報告として上げてくれればいい」
なるほど、いずれ来るであろう事業の頓挫だが、その期限となる時計の針を進められるだけ進めてしまおうという魂胆のようだ。
宰相殿にとってファリスのこの一年の功績は、巻き込まれた多くの官吏や文官の中で、飛び抜けた功績と評されていると耳にしている。
旅行なんて小綺麗な言い方をしていても、やる事は国王陛下を諦めさせるための『あら捜し』以外の何物でない。
その後は具体的な行程や報告内容のまとめ方、路銀や装備についてシャブナムとアニマを巻き込んで詰めてゆく。
ああ……もう受ける前提で形式的な意思確認すら省くんだと、段々我らが宰相殿の性格が判って来たファリスも脳内で呟く。
打合せの結果、出発は三日後、まずは南西のヒガキ、ついで北西のタルカイ方面に向かい、その後東のコミューネス方面を確認して戻って来る算段となる。
それぞれの方面に行ったあと毎回王都に戻る形になり、総行程も一年弱は掛かるのではないかという長丁場だ。
「さすがにこれは……怖気づいてしまいます」
体力に不安のある女の身でもあり、ファリスは気後れしてしまう。
「まあ、王都に戻って来た時はゆっくり休んでくれればよい。私も予定を詰めてすぐに次に行けなどとは言わない」
「ありがとうございます」
礼を言うしかない状況に、やはりお貴族様と平民なんだなと、こういう時にファリスは実感する。
「まあそれにしても、タリーズ君とサンマルク君も良い仲だと聞くし、一年かけてゆっくり親密になれば良いだろう」
「んなっ!」
してやったりという宰相殿の顔に驚愕しつつ、そんなことまで調べ上げられていたとは思いもよらないファリスは一気に赤面する。
横のシャブナムはいやあ参りましたねなどと言いつつ、満更でもなさそうな顔で宰相殿に更にからかわれている。
諜報機関に何調べさせてんだと思いつつも、『良い仲』と言われたシャブナムが嬉しそうな表情をしているのを見て、ファリスはちょっとだけいい気分になった――――
*
翌日のデートはアニマが準備を買って出てくれたおかげで二人で過ごす事が出来たが、タリーズ家の父や次女が視界の端をチラチラするため、どこか不完全燃焼で終える事になる。
その日帰宅したファリスに二人は延々一時間お説教され、この家で一番怒らせたらヤバいのが誰か、家族や従業員が思い出す機会になった。
そんな事もありながら準備は淡々と、出発は予定通り行われ、三人はタリーズ商会の面々と集まってきた近所の人々に盛大に見送られて王都の城門を潜る。
「なんでご近所総出で見送るんだよう……」
「ノリのいい人たちだったなあ。ファリスはいろんな人に愛されてるな」
「恥ずかしいだけだよ、あれは」
「まあ、少々シャブナムへの当てつけや一目見てやろうという輩もいたっぽいけど」
「アニマ、あれは『少々』じゃないと思うけど……」
賑やかに囃子立てる面々とは別に、物陰やうっすら開いた窓の向こうから突き刺さる視線は、ファリスが一緒に居なければ冗談抜きに命の危険に晒されていただろう。
シャブナムにプロポーズした事への後悔は無かったが、下町の人気者に手を出したプレッシャーがどんなものか、その身で十二分に感じる事となった。
とはいえ王都を出てしまえばそんな輩はいなくなる。
ようやく人心地着いたファリスはいつもの調子を取り戻し、野宿で夕食の準備を買って出る頃には見慣れた雰囲気に戻っていた。
「それにしても、一年近くは長いなあ……」
「宰相殿も言っていたけど、ファリス、コレジャナイ王国全体をこの二年で制覇しちまうんだな」
「どうしてだろう?ひとっつも嬉しくない」
「ハハハ、仕事が絡んでなきゃなあ」
「あと、街道整備絡みでなんでか知らないけど巻き起こるあれこれ、あれなんなの?」
「流石としか言えないな。なんせ、ファリスが自分から絡みに行くんだし」
「むぅぅ……」
ファリスはおかわりを鍋から掬い上げると、ちょっと乱暴にぱくつく。
食事後、気を利かせたアニマが先に仮眠を取り、ファリスとシャブナムは束の間ゆっくり話をする時間をもらった。
まだ少し肌寒さを感じさせる春先に、二人で同じ毛布に包まってファリスは上機嫌になる。シャブナムは何か色々手を出しそうになるのを自制しつつ、こっそりファリスの髪の匂いを嗅いでみたり、毛布の中なのをいいことに腰を抱き寄せてどぎまぎしたりして過ごす。
やがてまどろみ始めたファリスはシャブナムの太ももを枕に寝入ってしまい、「役得だねえ」と起き出してきたアニマにからかわれつつ、その日は一晩同じ姿勢で過ごす羽目になった。
それから街道の整備状況を確認しながらヒガキの街に到着したのは六日後。比較的平たんな道が続く王都からヒガキまでの間は、真っ先に工事が始まった区間でもあり、快適な旅程をこなす事が出来た。
「うーん、ここまでは順調に整備してるんだけど、きっとこの先だよなあ」
「キノタケ商人が土地の買い占めやってるんだっけか」
「らしいね。そこの調査員でうちの所長が来たんだけど、交渉役一人じゃ手に余るとかで、ずっと拘束されて……あ、もしかして……あれかなあ?」
そう言って街中の領主館前に来たところで、通りの向こうからくる一団と鉢合わせになる。
「…………タリーズ君か?」
「あー……お久しぶりです。バックス所長」
半年ぶりに見る上司のアルン・バックス所長は、随分とくたびれていた。
もしかしなくても宰相殿にファリスがぶち込んだ、調査員にバックス所長を巻き込んだ策に見事嵌ってしまったようだ。交渉相手の性質の悪さも相まって、苦労が重なりやつれているのが見ただけでもわかる。
ファリスを眺めるバックス所長の目に力は無く、どこか縋りつくような雰囲気すら漂わせていた。
「地獄に仏とはこの事か……まあ、なんだ、中で話そうじゃないか……」
「は、はい……ほとけ?」
そう言って先に領主様の所に向かうバックス所長は、王都を闊歩していた時の覇気もなく、ただただその背中に疲労を漂わせていた。
「あれがファリスの上司か?」
「うん。でもなんか、萎れちゃってる……」
「まあ、キノタケ商人を相手すれば、大体の奴はああなってしまうからしょうがない」
「うわあ、そうなんだ……」
「どうせ俺たちもここの領主様に挨拶あるし、ついていくか」
「そうだね……」
三人は何の咎めもなく領主様の執務室に入り、当たり前のようにバックス所長たちの交渉結果の報告を同席して聞いている。
ああこの流れはアレかなあとファリスが天井のシミを数え始めたあたりで、領主様が腕を組んで考え込む。
「それで……使者殿はどうお考えかな?」
「あの、私ただの調査員です」
「ハハハハ、そういう肩書で全国を飛び回っておられるそうではないか。聞いておるぞ?各地で様々な問題に取り組んで解決して見せた話を」
「買い被りが過ぎます。偶然が重なった結果が私の功績に見えただけですから……」
「これはまた謙遜を。使者であればもっとこう強気に振る舞われても……いや、そうか、相手を油断させ、懐に潜り込むのか……どうもいかんな、領主などやっていると力と意思のぶつかり合いが交渉事と思ってしまう」
ああ、またかとファリスは抗弁する気力すら湧かなくなった。
どうしてこう領主クラスのお貴族様たちは、訳の分からない解釈で自分の世界に入ってしまうのだろうかと、栓無い事を考える。
ヒガキから国境方面までの課題は、街道の予定地をキノタケ族の商人たちが買い占め、資材も在庫をため込んでともに値段を吊り上げに入っている事だ。この辺りの状況は、王都でも把握していた。
その後『別ルートになるかも』というデマで揺さぶりを掛けようとしたら、商人たちは大して慌てる事もなく、のらりくらりと様子見に徹してしまったようだ。
痺れを切らした領主様たちが用地の買収交渉を再開してしまい、結果以前より値を吊り上げられる結果となっていた。
策に溺れた不味い流れだなあとファリスは思ったが、一連の話を聞いて少々違和感を感じていた。キノタケ商人たちの反応に、情報の漏洩を思わせるものがあったのだ。
「あのう……発言させて頂いてもよいでしょうか?」
「なんだね使者殿」
「恐らく情報が外部に漏れています。なので対策を立てても確実に裏をかかれるように思います」
「ぬう……常日頃間者の対策は取っているのだが……」
「もしかしたらですが、政治がらみの間諜と商人の内通者は少し手口が違っているかもしれません」
「ほう、商人は独自の情報網を持っていると?」
「可能性はあります。なので、少し焙り出しをやってみるのもいいかと……」
ファリスの話に一同は身を乗り出すように聞き入る。
ファリスにしても父や祖父、弟たちから聞いている情報戦の話を元にしているだけなので、こんなに前のめりに聞かれて肝を冷やしているのだが、今更ここで話を止められず、いくつか状況を確認して献策を行う――――
次の日から界隈に様々な情報が錯綜するようになった。
どうやら王都から新たな指示が来たとの噂は共通するものの、中身がまるで違う話が複数出回っていた。
当然街中は混乱し始めるが、とりわけ地上げや資材高騰目的の商人たちは気が気じゃない。そのため続々と領主の館に面会を求めてやって来た。
領主の館では彼らの不安を拭うべく、担当文官は懇切丁寧に話を聞き出し、『これはまだ公表されていないので、扱いに気を付けて欲しいのですが……』といった新たな情報をお土産にお引き取り願う。
二週間もすると、結構な数の領主の館への出入り業者が入れ替わる。
文官や武官は、出入りする酒場や床屋を変えた。
印刷所の活字拾いは、身元検査を厳正に行うよう通達と指導が出る。
直後からキノタケ商人たちの動きが混乱し始める。情報源を失ってしまったらしく、焦って精度の低い情報を掴まされては混乱を深めた……
そんなある日、資材の買い占めを行っていた商人たちは街道整備の突然の工事中止発表に大パニックとなり、暴落した資材を抱えて倒産したり、赤字覚悟で損切りの上国外逃亡する輩もいた。
土地の買い占めを行っていた商人たちは出遅れる。しかし別ルートの測量や調査が始まった段階で、彼らも損切りの叩き売りを始める事となる――――
結果、たった三か月でキノタケ商人は散々に資産をすり減らし、彼らの商人組合の会員数は三分の一に激減する事となった…………
「いやあ……ファリスの意外な一面を見たよ……」
「でもあれ、全部父さんやじいちゃんたちのやってたことの受け売りだよ?」
若干引き気味のシャブナムの一言に、ファリスは事も無げに答える。
「情報ルートを特定して違う情報を流して、どこから話を洩れるのを探すか……そう簡単にできる事じゃないのに、よくこんな短い間に流れを作ったな……」
「キノタケ商人さんたちの目的と泣き所はわかりやすかったから、情報が漏れなくなったら結構やりやすいはずだよ?」
アニマはファリスの献策と的確な指示に舌を巻く。前々から回転も速く頭が切れるとは思っていたが、聞きかじりの知識でここまで罠を作り上げるとは思ってもいなかった。
しかも情報漏洩の穴を塞いだら、あとはお任せとばかりにさっさと出立してしまったのだ。
結果功績は領主様やファリスの上司たちに譲る形となったが、別段恩を売るという意識は無いようで、これ以上面倒ごとに巻き込まれたくないだけみたいだ。
後日王都へのヒガキ領からの報告と、ファリスの上司のアルン・バックス所長から絶賛と感謝の言葉が宰相殿に届くことになる。
その際この功績を手土産に、ファリスへの貴族位の授与とバックス所長がその後ろ盾になってもいいという破格の申し出があったが、窮屈な貴族になんぞなりたくないファリスは丁寧にお断りを入れ、バックス所長を落胆させる事になる。
その後ヒガキから先の街道整備が行われる事は無く、キノタケ商人が溜め込んだ資材はヒガキの商人に買い叩かれ、港湾整備や快速船建造の資材に廻された。
この頃、ヒガキの商人たちはこっそり快速船建造を始めたのだが、発端はキノタケ商人対策での密談中、ファリスから他の港で進めていた快速船の話をした事だった。
この快速船建造、ファリスがヒガキを離れた後に領主様黙認の元、街道整備そっちのけで商人たちが進めていたらしい。
この時期各地で進められた快速船の建造は、その実績だけでファリスを救国の英雄扱いをされてもおかしくないものであった。
しかし当の本人にそんな大それた意識は欠片もなく、自分の考案した船がたくさん出来て嬉しいくらいの感覚でしかなかったようだ――――
そんな実にコレジャナイ王国らしい理由で、ファリスは図らずも歴史的な変革期の主役として、国内を駆け回っていた。
つづく
次回更新は5/29(木)の予定です。
よろしくお願いいたします!




