第1話 『物流発展のためには街道整備を!(だれが?と、普通思うよね?)』
本日UPしたあとは、月木で分割して1話上げる形になると思います。
エピローグ含めて全14話の予定です。
よろしくお願いします!
とある大陸の東方に、大小さまざまな国が割拠する場所がある。
或いは肥沃な大地に、或いは恵まれた鉱物資源に、或いは流通の要衝や交易拠点を発展させて、はたまた山岳地帯を巧みに開発して酪農を発達させて――――
様々な国が特色を持った発展をしている。
時には飢饉の発生や、勃興する覇権国家が騒乱の種となる事もあったが、互いの領分が割合ハッキリしていたので、他の地域や国家がいがみ合っている間も、この西方域では何となく平和を保っていた時代も少なくない。
ウン・レーニョ・ドゥヴェ・レ・スフィデ・スペリコラーテ・スィ・リベラノ・ブオネ・ペル・カーゾ王国という、国名を公文書に書くだけで誤字を誘発する文官泣かせのこの国も、西方国家の一員として長い歴史を刻んできた。
ヒガキとタルカイという天然の良港を持ち、港と各国を結ぶ街道のいくつかが交わる流通の要衝として発展してきた。
穏やかな地形は農業の発展も促す事となる。活発な交易ルートを使い、生産された農作物は各国に輸出され、重要な外貨の獲得源となっていた。
売るものがあるというのは流通を担う商人の勃興を促し、流通の発達はトマトやナスと言った日持ちの浅い作物の販路を伸ばす。今やこの国は近隣国家をけん引するわが世の春かという時代を築きつつある。
しかしこの国家、正式名称があまりに長いため、正式名称より通称の方がはるかに通りが良い。
その通称は『コレジャナイ王国』、という。
いつの時代とも知れぬ古文書に記された単語を用いたこの略称、意味を知らない三代前の国王は『なんかカッコいい』という厨二的センスで耳心地良く受け入れ、誰も真面目に意味を考える事無く定着した。
正しい意味についてだが、この古文書の研究をしていた研究家は知っていた。
だがノリノリで通称にしてしまった王様に何も言えなくなり黙る事にした。
しかし我慢できずに王都の居酒屋でとぐろを巻いている最中、看板娘に『誕生日に欲しかったおもちゃそっくりのパチモンを貰った子供の嘆き』という意味だと教えてしまう。
看板娘が嬉々として『コレ内緒なんですけど』と言いつつ撒き散らす、真の意味を聞いた平民はさもありなんと深く納得する。
彼らは王侯貴族の方々には黙っておこうと衆目一致して、『コレジャナイ王国』の名を国内外に通称を定着させていった。
前置きはこのくらいとして…………
それでは、打ち出す政策や戦略が悉く裏目に出るくせに、何故か結果は当初の思惑以上のより良いものになるという宿命?を背負い、周辺国家にとばっちりや余計な苦労を撒き散らす、迷惑千万な王国の栄光の記録をお伝えしようか――――
*
ウン・レーニョ・ドゥヴェ・レ・スフィデ・スペリコラーテ・スィ・リベラノ・ブオネ・ペル・カーゾ王国の現国王は、今年めでたく即位二十周年を迎えた。
その祝祭は本日、滞りなく晴れやかに、そして賑やかに行われている。
中央広場に面する公会堂のバルコニーに現れた王室一家は、にこやかに人々の歓声に応える。
『平和万歳』『国王陛下万歳』『コレジャナイ王国に(それなりに)栄光あれ!』と、人々は連呼し、特に三つ目の掛け声は色々な他意を含みながら市井の民が好んで声を合わせる。
「いやみんな、もう少し国王万歳とか言おうよ」
「何を言うか、国王も王国あってこそだろうが!」
「しかしだなあ……」
ああこいつがサクラか……
周囲にいた人々は先ほどから熱心に歓声を上げていた男をチラチラ見ながらそう得心する。
王都で古文書解析官として考古学研究所に勤めているファリス・タリーズにしても、このサクラどもは一体演技する気はあるのか、プロ根性を見せて見ろという思いを抱かずにはいられない市民の一人だった。
自信なさそうでお粗末な工作に、いっそ憐れみが浮かぶ。
「サクラを使って盛り上げるにしてもねえ……」
思わず助言や協力の申し出をしたくなる位、この国の世論工作はお粗末過ぎる。
それをあざ笑うでもなく同情を込めた視線で眺め、いつの間にかサクラに合わせて協力してしまうのは、彼の国民思いの宰相閣下の手による策と、誰もが理解しているからに他ならない。
「やあ、タリーズ君、楽しんでいるかい?」
「…………バックス所長、ごきげんよう」
休みの日にまで会いたくはなかった上司に、ファリスは内心で舌打ちする。
「堅苦しいなあ、向こうで振る舞い酒が出ているよ、もらってくると良い」
「へえ……それはそれは……有益な情報、ありがとうございます」
「飲みすぎちゃだめだよ。それじゃあまた明日」
相変わらず固いなあとバックス所長は赤ら顔で笑いながら、群衆の熱狂に身を任せつつ去っていく。
ファリスが言われた場所に来てみれば、振る舞い酒の樽の前に行列が出来ていた。
タダ酒に預かり、見知らぬ人と乾杯を重ねながら、ファリスはこの国の将来を憂う。
二十年間大きな戦争や自然災害、飢饉もなく、王様は後継ぎにも恵まれて立太子も済ませた。
確かに大きな実績はないがまあまあ堅実な治世と言える。歴代十四人の王様の中でも安定感は上位となるのは間違いない。
でも……なのである。
普通の国なら現状で全く問題ないのだが、ここは『コレジャナイ王国』なのだ。
歴代の王様はバカな真似を一度や二度は引き起こす。その度に国内は大混乱となったり、致し方なく団結して必死に努力したりを繰り返してきた。
あの王家に連なる人間が、このまま大人しく代替わりするだろうか?
誰もが薄々疑念を持ち、身構えているはずだ。
「…………また、治世を支えてくれた宰相に感謝を。そしてこれからも国の根幹たる貴族を中心に、国民皆の協力の下、この国の繁栄を支えてもらいたい」
隣国からもたらされた拡声器なる道具により、王様の演説は王都中に響き渡る。一節話す度に沸き起こる拍手は、きっと動員のかかった下級貴族と庶民の一団が、広場で必死に盛り上げているのだろう。本当にご苦労さまだ。
「そして私は、この二十年温め、検討を重ねてきた一大事業を始める事をここに宣言する!」
『来た……』
ファリスは直感的に理解する。ここから先は言わせてはならない事を。
きっと今頃安心しきっていた宰相閣下も慌てて王様の口を塞ごうとしているに違いない。
「王都より各国に通じる四つの街道は、国の発展と共に往来も増えて流通の妨げとなりつつある。私はこれらの街道をよりまっすぐ走りやすいものとし、残りの治世で完遂する事をここに誓う!」
それまで賑わっていた振る舞い酒のまわりの人々は、王様の宣誓を聞くとぴたりと動きを止め、数多ある建物の向こうにあるはずの公会堂に視線を向ける。
「王よ、いきなり何をっ!……」
「離せ宰相、私はやると言ったらやるぞ!なんの事蹟も残さず王位を譲れるものか!王の言葉は重いのだ!」
「誰がその金用意するんですか!先立つものもなくそんなことできる訳……」
「国民がおる!私の愛するコレジャナイ王国民であれば、この熱き思い汲み取ってくれようぞ」
なんとまあ無責任極まりない発言かとファリスも呆れたが、問題はそれをしているのがこの国で一番偉い人という点だ。
ファリスは改めて喧嘩の模様を聞いている人々の顔を見る。
おバカな喧嘩をしている我らが王様と唯一の良心たる宰相閣下とのやりとりに、誰もが先ほどまでと変わらず盃を交わしているように見える。
しかし明らかに飲むピッチは上がり、表情からは微笑みが消えていた。
「やっぱ今代もコレジャナイ王家の血族という事か……」
誰かが盛大な溜息と共にそう漏らすと、周囲の数人が無言で盃を打ち付ける。
「どうする?」
「どうするもこうするも……王様たぶん止まらないだろ?」
「だよなあ……」
「そしてどうせ失敗する。約束された失敗だ、それは別にどうでもいい」
「うん、金を出すのは王侯貴族、ついで商人か」
このような王様の暴挙は代々繰り返されてきており、国民はみんな慣れっこになっていた。ただ、この程度の発言で不安に襲われるほど国民はヤワではない。
「前の王様はなにやらかしたんだっけか?」
「綿花を栽培するとかでため池大量に作ったな」
「あぁ、それでやたら池がいっぱいあるのか我が国……」
二十代と思しき男性が、隣にいた年配の男性に声を掛けて、先代の偉業に耳を傾ける。
「綿花って結局どうなったんだっけ?」
「一年目は水不足で不作、二年目は水まき不足で不作、三年目は作りすぎで綿が暴落。その三年間で食い詰めた農家の救済で国が救援物資を出して、備蓄倉庫は空になった」
「それだけ聞くと呪われてるよな、王家」
「そのあと自棄になって作り始めた夏野菜がえらく高品質で市場を席捲。コレジャナイ王国は飯が美味くなって今や野菜は輸出品にもなった」
「うん、なんでそうなる?」
年若い方の男は首をひねる。そばで話を聞いていた人々も思い思いに盛り上がり始める。
「さすがだよな、コレジャナイ王国」
「でもそれ良く王家の権威失墜とかならなかったな」
「ある意味安定しているからな」
「まあ……そうか、いつものアレ込みで王家の権威だからなのか」
その後先々代が築いた国境防衛用の砦が余計に隣国を刺激して、戦争になった話になる。
いきなり侵攻を受けた我が国は簡単に攻め込まれ、この時作られた砦を無視して王都付近で決戦して辛くも勝利。賠償で領土が広がった結果、作った砦の前から国境が消えてしまう。
砦としての投資は全て無駄となったが、港としては非常に優秀な地形と立地と判明し、のちにタルカイの港と呼ばれる交易拠点に化けた。
「ああ、そういやあれも棚ボタ案件だったなあ……」
棚ボタとは言いえて妙だなと、ファリスの呟きに周囲の賛同が集まる。
何となく集まった人々は、段々と話題が歴代王様の実績に話題が集まり始めた。
「タルカイはまあ、国の中の話だからまだいいけど、四代前の王様がやらかしたキノタケ族の件はひどかったな」
「ん?あいつらはユイン・グオ連合の一員だろ?」
「四代前の王様の頃はコレジャナイ王国民だったんだよ。その時の王様、結構破格な自治権をキノタケ族に与えてなあ。それまでも自治権寄越せとかすごい煩かったらしいからね」
「優しいじゃないか、王様」
「その筈なんだがなあ……そもそもキノ族とタケ族の連合だったろ?自治領の領都どっちにするかとか、部族の境界の川のどのへんで線引くかとか、あいつら無闇矢鱈と争い始めてなあ……」
徐々に対立がエスカレートして武力抗争となり、仲裁に入った王国軍と内乱になるのに一年かからなかったと学者風の男が語る。
当時の王様の泣き言と愚痴が詰まった私信を、研究資料として見たことがあるファリスも、うんざりした風の男にうんうんと頷く。
「それからキノタケ族がユイン・グオ王国に寝返って、当時のユイン・グオ王が好機とみて我が国に攻め込み……」
「なんとか撃退したのか」
何かを察した聴衆の一人がそう答えた。
「なぜわかる?」
「今も昔もきっと変わらないんだろうなと……」
「まあそうだけどな。それでまあユイン・グオ王国に取り込まれたキノタケ族は、我が国にいた時と、言う事もやる事も変わらずで言いたい放題。その領地はこれと言って特徴もないし、軍事的にも微妙。つまりまあ、大して国にとって役にも立たない」
「俺もキノタケ族の商人嫌いだわ。平気で吹っ掛けてくるし、秤は胡麻化すし」
「連中それなりの勢力だから、ユイン・グオ王国に随分と入り込んだらしくてな」
「察するに賄賂だろ?」
「ご明察。お前頭いいな、俺んとこで働かねえか?」
「遠慮しとくよ、俺商人だぞ?学者なんて向いてない」
冗談とも本気ともつかないやり取りをする二人に、周囲のからかいの言葉が飛ぶ。
それは残念と言う学者風の男も、肩を竦めて降参する。
「あー、話が逸れたな。それで賄賂まみれになったユイン・グオ王国は国が正常に機能しなくなり、不正は横行するわ犯罪はもみ消されるわ国民にどんどん税金かけるわとなり、八十年ほど前に内乱で王国は倒された」
「なるほど、その時にユイン・グオ諸侯連合になったと」
「ま、そういうこった」
誰も式典の中継が中断したことを不思議にも思わず、この近辺ではコレジャナイ王国の歴代の王様の事績の話題で大いに盛り上がり続ける。
ファリスも酔いが回るにつれ学者先生たちに絡むようになり、昔々の王様たちの手紙ネタで聴衆の喝采を幾度となく買いながら夜は更けていった――――
*
「おはようございまーすぅ」
翌朝職場にやって来た時、ファリスは頭の片隅に居座ったワインの残り香をどうにもできず、通りすがる人々に青い顔を晒していた。
「これはまた、昨日は随分楽しかったんですね、タリーズ君」
「あー、すみません……」
「まあ、昨日は色々ありましたから仕方ありません。他の市民の皆さんと盛り上がっている所に声を掛けるのも忍びないですしねえ」
見られていたかとファリスは知らされ、吐き気が一気に登って来る。
しかしレディとしてここでリバースをしたら一生お嫁に行けなくなる気がして根性を見せた。
ファリスの上司であるアルン・バックス所長は、学者肌で有名なバックス家の次男坊だ。
家督は長男が継ぎ、自身は気楽な身分として考古学研究所に職を得て、好きな研究に明け暮れている。
時折発掘される古の文明に連なる書物や文化に詳しく、明晰な頭脳が生み出す閃きや研究内容『のみ』を考えれば、ファリスにとって憧れであり、理想的な上司だった。
「それじゃあ二日酔いのところ悪いけど、至急書庫から国内の貴族の皆さんがまとめた地誌をあるだけ持って来てね」
そう、上司としては理想でも、学者バカなため人の心の機微に疎く無神経、学究のためとなれば遠慮もわが身すらも神に献上してしまう人格破綻者でもある。
これまでもこの理想の上司が積み上げる輝かしい功績の陰には、ファリスをはじめとしたスタッフが死屍累々となる段取りや下調べが常にセットとなってきた。
昨日王様がぶち上げた街道整備も、土木工事なんざ考古学とは縁のない部署と高を括っていたらこれである。
「そんな資料、一体何に使うというのです?」
この上司なら何らかの情報を掴んでの発言と思ったが、せっかく座った椅子から立ち上がりたくなくてファリスは抵抗を試みた。
「いーぃ質問だね」
瞬間ファリスは後悔する。上司は既に構築した理論を持っていて、誰かに披露する機会を窺っていたのを察したからだ。
さながら罠に自ら飛び込むネズミの如く、その後理由について二十分ばかりの講義を受ける羽目となる。
「…………しかしその資料役に立つのでしょうか?お話からすると三十年は前の書類ですよ?」
「この三十年で気候や地勢が大きく変わった訳でないから、問題ないでしょう。恐らくたまに発生した領主の減封や転封で、資料の読み込みが大変という程度ではないかな?」
それは『程度』などで済まされる話でないとファリスは思ったが、迂闊にそんな事言うと何倍もの反論が返ってくるので賢く沈黙した。
その後他の同僚と共に、一週間もの間書庫と執務室の往復が繰り返される。
確か自分は文官登用試験に応募したはずだと自問自答しながら、地下一階から二階までの往復を一日何十回と行い、合間に上司が気になる点を地図に落としていく。
考古学研究所がまとめる『歴史的見地からの街道整備の課題点について』と題したレポートは、毎日途切れることなく宰相閣下の執務室に届けられた。
ファリスも運悪くバックス所長の横にいた時に、何度か宰相殿の執務室までお使いをする羽目となる。
宰相閣下の目のクマが日に日にどす黒くなるのを見ながら、閣下の健康を祈念して週末は教会に行こうとファリスはひそかに心に誓った。
「どうやら宰相閣下も近年の物流の状況を見て街道整備は必要というご認識だったらしい」
「はあ」
王様の街道整備のぶち上げから十日ほど経った頃、考古学研究所古文書解析課の面々は、上司たるバックス所長に集合を命じられる。
昼から始まった会議では、バックス所長から報告書を元にこれまでの調査報告の経緯の説明を受けた。
ファリスは昼食後にやると高確率で夢の世界へ誘われるのに、なんでこの時間にやりたがるんだと上司の方針に首を傾げる。
「以上が文献上の問題点として挙げた報告です。街道整備を行うにあたり、『出来るだけまっすぐに』となると、難易度と工費が文字通り桁違いになる……そのため文献を元に問題点がどこか確認しなければならなくなりました」
瞬間的に同僚全員の意識が覚醒するのが分かった。とはいえ怖くて『誰がいくんです?』なんて一言を質問できない。
この一週間、仕事か筋トレか不明な運動を繰り返し、健康維持目的はもう十分に果たした。なにより『考古学?』と言わんばかりの調査や事務仕事から、そろそろ解放されたいと思った矢先の『旅行のご案内』である。
無駄な抵抗と思いつつ誰かが期限の迫る研究について説明したが、バックス所長の返答は発言者の出張先の説明であった。
その段階で全員、これは決定事項なんだなと悟って諦めた。
ファリスも東方の国境地帯への調査を命じられ、嫌々ながら準備を進める。
陸路では時間がかかるので、途中国境付近まで船便を使う事になる。次いでとばかりに名所旧跡と古い文献のありそうな書庫や城館をチェックして、気の進まない出張先に自らニンジンをぶら下げて、なけなしの職業意識を鼓舞しようとした。
逐次レポート郵送を義務付けられた一カ月の長丁場。恐らくスケジュール通りに進まないよねと覚悟する。
しかしファリスも正しくコレジャナイ王国民である。
旅行自体は嫌いではないので、暫く上司の顔を見ずに済むことを喜ぶ事にした。それはそれ、これはこれ、の精神である。
だからこの段階では、心のどこかにまだ旅行気分があった。
なにせ船を降りた後の大騒動なんて、知る術はなかったのだから……
つづく!
それではまた月曜日に!