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08.暗影の死神

 生物の声が一斉に途絶え、静寂が生まれた瞬間が合図だ。この世で最も穢れた存在が、近くまで迫って来ている。研ぎ澄まされた野生の勘が、身体の奥から振動する。


 時刻は乙夜、町民の大半が寝静まった後。


 それは、一斉に悲鳴と共に始まる。


「リオーネさん!もう、敵がそこまで来ています!」


 シトロンが小声で遠方の木の上で構えたリオーネに話しかける。灯りひとつない暗闇でもリオーネにはハッキリと見えていた。


「ええ、分かっています。体制を整えて下さい。隙を与えてはいけません」

「はい!」


 リオーネが同じく囁くように答え、シトロンは間髪入れずに返答を返す。

 その様子を、驚いたようにシトロンの隣でダレンが伺っていた。

 本来お互いの位置から会話などできない。勿論ダレンにはリオーネの声が聞こえるはずもない。無線を使ってる様子もない。ただ、彼らの聴覚が以上に良いのだ。


 シトロンもそれなりに目が良い方だが、リオーネの方が夜目が効くため、遠く離れた見晴らしの良い木の上に控えてもらっている。シトロンたちは教会の傍らにある草むらで息を秘そませる。


 あれからシトロンたちは、"餌"というものが匂いであることが分かった。その匂いは、食料に含まれる何かによって、花のような香りを身体から体臭として放出されている。一見ハーブに近く、香りはシトラスのような爽やかな香りを放つという。

 これが今回伯爵が食料物資として渡してきたものの中に混ざっていたのだ。

 伯爵お得意の慈善活動では、食料の配布も行っており、それに意図して混ぜられていたから、今まで不定期で魔獣の被害が出ていた。


 過去の被害者を調査した結果。全員伯爵に反発していた者たちだった。経歴や噂は書き換えられているが、伯爵が邪魔者を嬉々として餌にしているのであれば、恐らくシトロン達にも知らぬ間に含ませていると推察した。


 この匂いについては、極微細な香りで、人間を遥かに凌ぐ嗅覚の持ち主でなければ感知できなかった。


 恐らくだから、シトロンとリオーネだったのだ。


 その匂いの元となる食料を突き止めたシトロンたちは、食料を全て教会から出し、離れた場所に撒いた。保険のためにシトロンたちも口に含み、魔獣の意識を反らせるようにした。


 念の為協会の人間も餌を摂取している可能性があるため、教会に身を潜めてもらい、シトロンたちからあまり離れないようにしている。


 しかし、正直分が悪いのはこっちだ。応援を呼んでいるにしても、魔獣がどの程度攻めてくるのか予測できない。殆ど気分で人間は悪意を働くことが出来るくらいだ。予測なんて結局当てずっぽうだ。

 それに、未だにひっかかる部分もある、


 暫くして、地鳴りが起き始め、何か不穏なものがこちらに向かってきているのが分かった。


 来た


 シトロンは身を潜め、その時を狙う。


 協会の方に一直線に迫る生き物は、およそ魔獣と呼ぶに相応しい姿だった。

 魔獣や魔物には種が存在しない。かつてはあったのかもしれないが、交配を重ねた結果混じりものが増えていった。今では特に多く知られるゴブリンはまじりものの代表格だ。名が付けられているだけまだ良い。

 それが下位になるにつれて強く混じり、いつしかこれら下位の魔獣たちのことを、‘‘キメラ”と呼ぶようになった。


 今こちらに向かっている魔獣も正しくそれだ。

 頭が2つ、手足が複数など、それぞれ奇天烈特徴を持っていた。更には理性を無くしたのか、ただ涎を垂らして獲物へと向かっているように見えた。


「なんてことだ…キメラだなんて!」


 近くでダレンが悲痛に漏れる。

 キメラとは、複数の生き物が混じりあった形をしており、混合生物「キメラ」と呼ぶことがある、



「気を付けてください!」


 魔獣たちが走りより、もうすぐの所まで差し掛かった瞬間、一気に魔獣たちの足元が抜ける。大きな落とし穴により、数匹中に落ち、残りの何匹かは立ち止まって警戒し始める。だがその間すら与える事無く、落とし穴の中と周辺に炎が一気に立ち込める。


 燃え盛る炎は、魔獣たちを一気に焼き付くし、塵一つ残さない。


 あまりの大きな炎に、ダレンは呆気にとられる。離れているのに、火傷しそうな熱さだ。


 炎の勢いは止まらない。

 しかしシトロンは徐々に疲弊していた。

 額から汗が滲み、全力の炎をその身から出し続けた疲労で、ほんの僅かに揺らぎが生まれる。そのゆらぎを感じ取った生き残った魔獣が4匹、再度前進する。


「リオーネさん!」


 バンバンバンバンッッ!


 その呼び声とほぼ同時に、リオーネが持っていた二丁のハンドガンを連続で撃ち的確に魔獣の目と急所を当てる。


 魔獣がやや怯み、その隙を狙って、今度は魔法弾が連発する。先程とは違い、レーザーのような砲弾が魔獣の胴体を貫通する。


 魔獣たちの敵意がリオーネの居る木の上にむきはじめ、いよいよ対面での戦闘だ。リオーネも身構える。残った魔獣が血だらけの状態で突進する。





 シトロンは勢いよく駆け、魔獣の前に滑り出る。

 際限なく遅いかかる牙に既のところで受身を取る。キンと剣と爪が交差する。


「……くっ!」


 狙撃有利のリオーネは近接戦に持ち込まれた。シトロンがどうにかするしか他ない。

 やはり図体が大きいだけに重く、簡単に跳ね返せない。


「…ぐあああら!」


 渾身の力で魔獣を剣で跳ね返す。


 ダメだ。

 真っ向から受けていては力負けしてしまう。


「俺、対面戦闘向きじゃないんだけどなぁ…」


 数秒睨み合ってから、お互い同時に攻め入る。

 再び迫る大きな爪を今度は受け流し、素早く魔獣の視界から死角である横に回り、一気に切りつける。


 ギャアアア!!


 浅い。

 もっと確実に急所を狙える場所に行かなければ。


「はぁはぁ、」


 しかし、先程大規模な炎を出したせいか、消耗が激しい。試しに片手に小さな炎を出してみるが、これ以上の炎は出ないと確信する。


 どうする……。


 その瞬間も魔獣は待ってくれない。再度迫り来る魔獣の攻撃をどうにか否して交わす。


 いや、今こそ頭を使え。

 考えろ。


 魔獣の特徴を観察する。

 顔はライオンに近い。頭にはヤギの角、胴に鱗、爬虫類のような尾が2つ。

 まず鱗を狙うのはダメだ。硬くて時間がかかる。ならば考えられる最も最適箇所は鼻、そして目だ。

 この手の生き物は嗅覚に頼ることが多い。最初に潰しておいた方が良い。しかし頭上を狙うには大きな角が危険だ。


 再度体制を整え、今度は頭突きで迫る魔獣。シトロンは剣で受身をとる、と見せかけて頭上高く跳んで攻撃をかわす。それでも角を使おうとする魔獣の鼻を思いっきり掴む。


 その瞬間シトロンの手から炎かボウ燃え出て、魔獣の湿った鼻を一気に焼く。


 ギャアアアア!!


「痛いよな。気持ちは分かる」


 飛ばされないよう角にしがみつき、魔獣が怒りで目を見開いた瞬間、眼球に剣を突き刺す。

 更に角を強く蹴り上げ、落下の勢いで首元から一気に一突きする。


 そこで魔獣は息絶え、ズシンと大きく倒れて絶命した。


「…やったか」


 ふとリオーネが気になって探すと、向こう側で2匹の魔獣を倒していた。

 本人からは疲れが感じず、余裕そうに武器の手入れをしていた。


 凄いな。

 そりゃあそうか。

 あんなのとずっと戦ってるんだもんな。


  「シトロンさん!ご無事ですか!」


 いつの間にか草陰から出てきたダレンがシトロンに駆け寄ってきた。


「ダレン様こそ」

「私は隠れていましたので。ご無事で何よりです」

「ありがとうございます。もう大丈夫です。教会の安全を確認しましょう」

「ええ…」


「きゃあああ!!」


 咄嗟に教会の方へ駆け出す。

 リオーネもいつの間にか後方に続く。


 悲鳴のする方へ行くと、なんと先程よりも大きな魔獣が5~6匹建物を破壊して今にも子供たちを襲おうとしていた。

 シスターと神父が決死に子供たちを庇い、神父は既に怪我を追っていた。


「なんてことを…」


 明らかに違う方向から来た痕跡がある。それも時間差で。

 シトロンたちが応戦して気が逸れているうちに、狙ったかのように別方向から襲うなんて。

 思考はないはずなのに、計算されたような動き。

 実に気持ち悪い。

 まるで何者かに覗かれている様な感覚だ。


 直ちに魔獣の前に出て神父たちを守る。

 リオーネも応戦しシトロンの補助をしてくれている。


「くっ…」

 だが、先程よりも素早い魔獣がおり、シトロンは徐々に押されていた。


 一瞬足元を取られた瞬間、そこに気を取られて魔獣の攻撃に反応しきれず強く吹き飛ばされた。

 受身はとったものの、距離を離されてしまった。


 やばいっ!そこには人が!


 シトロンが間に入って守っていたシスターらが顕になり、今にも襲いかかろうとしていた。


 リオーネが咄嗟に前に出ようとした瞬間、誰かの手に肩を取られ、止められた。


「え…?」


 そして突如魔獣の足元の影が浮き出て変形し、鋭い棘となって魔獣の体を刺し貫いた。


 シトロンもこの状況に咄嗟の判断が出来ないでいた。それほど、今の出来事が一瞬だったのだ。


「良い動きだけど、異能の消耗が激しいね。荒削りでひたむきなのはいい事だけど、いつか身を滅ぼすよ」


「……え、た、隊長?」


 そこに居たのは先日初対面を終えたばかりのアイリス・グランヴィルだった。


「申し訳ありません。姉様」

「別にー。だって、どっちみち私が来るって分かってたんでしょ?」


 横目で言われたその言葉に、リオーネは萎縮したように身を縮める。何か言おうとしたが、言葉を飲み込み、はいとだけ発した。


「……、とりあえずここはサクッと私が殺るよ。2人は一旦待機ね」


 そう言って、アイリスは腰に下げていた刀は抜かず、影から人ぐらいある大鎌を取り出した。


 シトロンはそこで思い出した。

 第4部隊の隊長は、影を操ると。


 リオーネは瞬時に姿勢を変えると、残りの魔獣に向かって一気に加速した。


 異常な速さと身軽さで、あっという間に間合いを詰めたかと思うと、その大きな魔獣の首を一刀両断する。その勢いのまま、次々と他の魔獣も倒していく。

 だが流石に数では部が悪い。隙を見て攻めかかろうとするのに対し、なんと突如消えたかと思うと、いつの間にか後ろから素早く斬りつける。


「ッ!今のって……」

「影移動です」

「影、移動?」


 いつの間にか近くに来ていたリオーネに、聞き返す。


「姉様が影の異能をお持ちなのはご存知ですよね。あの方にとって影は事象ではなく物質であり、闇という概念から生まれる空間でもあります。だからあの様に、影を物質に変換して使用することも、空間として移動することも可能です。全ては意識と高度な操作技術によるもの。あの方の姿をしかと目に焼き付けるべきです。現状異能の技術であの方に勝る者は居ません」


 シトロンは改めてアイリスの戦闘する姿を見て、その洗練された技術に感嘆してしまう。シトロンには『炎』の異能がある。けれど、未だ"出す"という事のみに神経を注いでおり、制御しきれずにガス欠を起こすのが現状だ。

 だがそれでも、レベルの差がありすぎた。


 アイリスは一瞬で2、3体切り倒すと、遠くに居る魔獣に鎌を投げて倒し、後ろに迫る魔獣の攻撃を軽くかわすと、そのまま高く飛び上がって持っていた刀で四方八方に斬りつける。


 最後に鎌の方まで一気に影移動を行い、鎌の位置に戻ると一気に後ろから間合いを詰めて最後の魔獣を仕留める。


 洗練された無駄のない身のこなしと異能の操作技術。それに加え洞察力と判断力は一流。


 影は闇を含み、闇は影にありて。という言葉がある。影は光によって人や物の近くに生まれ、最も身近にある闇と言われている。この事から転じて、誰もが闇を抱え、影を含む。

 そしていつしか人はこう考えるようになる。


 闇を支配する死神は、常に影に潜んで様子を伺っている。


 死神ネヴィンの逸話が有名だ。


 死神ネヴィンはカラスとなって、闇からこちらを覗いている。

 決して光の届かぬ場所に迷い込んでは行けない。

 ネヴィンに魂を奪われてしまうから。


 子供の夜の出歩き防止に使われる寝物語だ。


 しかし、ネヴィンがもし存在するのなら、きっとこうに違いない。

 だっておまりにも、美しいのだから。


 これが、暗影の死神(ネヴィン)


「これで全部か?」


 そうアイリスが零してから、リオーネがアイリスに駆け寄る。


「お疲れ様です。姉様」


「リオーネもお疲れ。随分と溜め込んでいるようだね。どれ、噂の真相を確かめるとするか」


 パチンッと指を鳴らすと、一斉に闇夜からカラスが団体で押し寄せてきた。そして一斉に魔獣の死肉に嘴を突き立てた。


「な!何をしているんですか!?」


「ん?見て分からない?人間を食った魔獣の魔石が本当に大きいのか、この目で確かめてるんだよ」


 確かによく見ると、抉られている部分は皆等しく魔獣の心臓部、胸の当たりに集中している。


 すると幾羽かのカラスが魔石を見つけたようで、カァー!とひと鳴きして嘴に魔石を加え始めた。

「もう見つけんだ!良い子ね」


 アイリスが手の平を前に差し出すと、カラスはそこにくわえた大きな魔石をポトッと落とした。そのうちにまた近付いてきたカラスも、アイリスの手に同じように落とす。

 一通り両掌に溜まると、その大きさと希少性を確認する。

  「うーん、別にそこまでの違いはないね。まぁ噂は噂でしかないか。それとも、食べ足りなかったか…。見た目じゃまだ判別つかないね。魔獣が思考した点も気になるし、これ全部鑑定に回してくれる?」


「承知しました」


 そう言ってリオーネは直ちに行動し始めた。


 そうしてアイリスは壊れた教会の中に入って中を確認し始めた。

「また、貴方様に命を救われてしまいましたね」

「…老けたね、神父様」

「ほほ、お陰様でまだこの歳まで生きながらえておりますよ。貴方が居なければ、今の私はおりません」

「大袈裟。それに、今の神父様は、神父様が自分で作り上げたものなんだから、余計な恩つくらないでよね、迷惑だから」


 酷い言い様である。

 シトロンは思わずギョッとする。


「実に貴方らしい。シスターや子供たちを守ってくれた、ありがとうございます」


 想像とは違って、アイリスの強い言い方に対し神父様は心底嬉しそうに微笑み、深々と礼を告げた。

 対してアイリスは言葉を返す事はなく、背中を向けて行った。


 なんだかシトロンには理解できない絆が、あの二人にはあるのだと気付き、黙って見ているだけに留めた。


「あの、隊長…。俺」

「何気を許してる。まだ来るぞ!」

「え?……ウッ!!」


 その瞬間、強烈な悪臭が響き、シトロンは思わず鼻を押さえる。


「…これは、下か」


 その言葉を皮切りに、地面からおぞましい程の血の匂いが放たれ始めた。悪臭の酷さにシトロンは朦朧としてしまい、一瞬の判断が鈍る。


 気付くと地面に亀裂が入っているのが分かった。


「やれやれ、面倒なペットを隠し持ってるようだ」


 アイリスは瞬時にシトロンの背中部分の服を掴み、一気に投げて遠くへ飛ばされる。シトロンは投げ出された事に朦朧とした中で気付き、已の所で受身を取る。

 シトロンを投げ飛ばしたアイリスは、一気に上空に飛び上がり、カラスの群れに飛び乗る。


 亀裂は大きく開き、その穴の内部には大きな牙が一周していた。それは、地面に落ちていた魔術の死骸を丸々取り込むと、パクッと食べてしまった。

 それはミシミシと地面から浮き上がり始め、四方八方から触手が付き上がり、その姿を顕にし始めた。


「これは一体」

「なんでもかんでも合体させ過ぎ。これじゃあ元がなんだったか分からないね」


 強大な体には大きな口と複数の触手、鱗のような硬い表皮、一言では表現できないおぞましい身体は、キメラと言うにはあまりにも混ざりすぎていた。


 アイリスはそう言いながら腰の刀を抜き、戦闘態勢をとる。

「リオーネ、目を欺け」

「はい、姉様」


 その言葉と共に、リオーネの赤色の瞳が光だし、瞳孔が鋭く変形する。

 瞬間、魔獣が動揺を見せて目を回し始めた。大きなひとつ目がギョロギョロと動き、大きな口からは涎が溢れた。まるで脳内に衝撃を与えたかのように。


 それに抗うように、大きな体が無作為に暴れだした。

「シトロン」

「っ!はい!」


 いきなり名を呼ばれてハッとする。


「お前がこの場全ての者を守りきれ」

「…?!、……分かりました!ご命令とあらば」


 シトロンはすぐさま剣を取り、暴れ狂う触手から子供たちやシスターらに被害が及ばないようにした。彼らは餌を摂取したため、他に狙われないとは限らない。


 それを確認したアイリスは、再び刀を構えた。

「斬りたくないだろうが、お前が一番切れ味が良いんだ。許せよ」

 そう、刀に向かって零すと、魔獣の懐に向かって一気に刃を進めた。



 * * *



「一体、どういうことだ!」


 新たな魔獣の出現のすぐ後に影から様子を伺っていたノース伯爵は、驚きを隠せずに居た。あの魔獣は魔術師から貰った特注品の自身のペットだった。そこらの魔術とは違い、中級の魔獣を混ぜ合わせたキメラで、見た目は兎も角、他の魔獣を圧倒し捕食する強さを持つ。


 しかし、その魔獣でさえ討伐されそうになっている。これは由々しき事態だった。


 距離のある辺境のため、王都からの目が届かず、やりたい放題していた伯爵だが、第4部隊の轟く名だけは聞いていた。だが、侮っていた。エレハンドは人間より下位の存在で、虐げられるべき存在だ。そんなエレハンドが集まる寄せ集めの部隊が、魔を倒すどころか、役に立つなどと思っていなかった。


 しかし、ひとたび魔物側に着いた時、その存在は脅威でしかなった。


 ここで流石の奴らも勝ち目はないだろうと踏んでいたが、どうやら次の手を考えなくてはいけない。


「魔術師どもめ、役立たずの魔獣を寄越しおって!!」


 だが、流石にあの魔獣を奪われる訳には行かない。魔術師が保険をかけているとは言っていたが、どうも信用出来ない。


 いや、それもこれもあの女が来てからだ。


 第4部隊隊長アイリス・グランヴィル。

 忘れもしない、あろう事か皇太子主催のパーティでこの私に恥をかかせた!

 必ずここで目にもの見せてやる!


 伯爵は懐から紫色の魔石が着いた転移魔道具を取り出し、魔獣の召喚を行おうとした瞬間、頭に何かが突き付けられたような感覚を覚えた。


「え?」


 伯爵は瞬時に防衛本能で身体が硬直した。間違いなく何者かに背後を取られている。


「動かないで下さい。流石の俺でも、この照準は外さない」


 いつの間にか背後に居たのは、シトロンだった。


 伯爵は来る数分前から、伯爵の匂いがしていたため、直ぐに気が付いた。シトロンは持っていたハンドガンを伯爵のこめかみに突き付け、トリガーを指でカチッとやや推す。


「ヒッ!!」

「貴方が来る事は分かっていました」


 そう言って取り出したものを見て、伯爵は驚愕する。

「これは、証拠としていただいていきます」

「この、化け物風情が」

「その化け物に、まんまとおびき寄せられたのは貴方です。貴方の、いえ、貴方たちの企みは終わりです」


「キャアアアアア!!!なんで!私じゃない!!」


 瞬間、アイリスたちがいる方向からシスターの叫び声が聞こえた。

 シスターはなんとアイリスが戦っていた魔獣に襲われていた。触手に巻かれ、今にも食べられそうになっていた。


「これと似た別の物にすり替えました。元々持っている魔獣を従えるものとは違って、彼女の持っているものは引き寄せる餌の成分を混ぜ合わせています。それも大量に」


 餌と言われる薬物の素は、魔力から生まれる香りにあった。これを魔香と呼ぶ。生き物には必ず魂に魔素を宿しており、量や適正で魔法使いが生まれる。しかし魔物の魂となる核には魔香が出ない。これが魔物との明確な違いだ。これによ。、魔物は無意識から人間に惹き付けられる。これが魔物が人間を襲う理由だ。


 伯爵やシスターが持っていたのは、魔物の核に人間の魔力を込めた魔除けのようなもの。恐らく魔獣を操っていたのは彼らの背後にいる魔術師だろう。


「貴方たちのせいで、どれだけの子供が犠牲になったことか!分かっているんですか?!」


 怒りを露わにするシトロンを見て、伯爵は心底可笑しそうに笑う。


「お前は何を勘違いしてる。これはこの国のためだにやった事だ!私はこの国の苦労者だぞ!私が魔石を量産すれば多くの人間が生活に困らなくなる!魔法を使えるようになる!魔獣を飼い慣らせば、この国の威厳は更に高まるんだ!!この国の皇帝は愚かにもそれを拒否したから、私が陰ながら行動してやってるのだ!この国の子供をどうしようと勝手だろ!ましてや孤児など、捨て置いてもどうせ消える命だ」


「馬鹿げた奴だ」


 いつの間に近くで聞いていたアイリスがそう零した。

 未だに悲鳴を上げて魔獣に襲われておるシスターの姿を黙って眺めている。シスターが恐怖し抗う姿を、魔獣は弄んでいた。


 どいつもこいつも悪趣味だ。


 シトロンは持っていたハンドガンを再度伯爵に向かって構え、狙いを定める。


「や!やめろ!本当に撃つ気か!この私を撃ったら…!」


 伯爵は今度こそ撃たれると感じ、伯爵は必死に命乞いをし始めた。


「お前のような外道が生きる道なんて、この世のどこにも無い…」


 バンッ!!!!


 響いた銃声は、伯爵の頭部ではなく、今にもシスターを食べようとする魔獣の触手に当たった。それは打たれた場所からみるみる内に燃え上がり、魔獣の粘液で更に広がった炎で魔獣を覆い尽くした。


 シスターはその拍子に開放されたものの、両足と片腕が喰われて無くなっていた。


 アイリスと殺りあったことで数十本ほど生えていた触手は、数本ほどに残り、体中に無数の傷を残していた。まるでシスターが襲われると分かっていたように。それだけでアイリスが恐ろしいと感じた。


「あなたは拘束します。皇帝陛下と国民の前で罪を裁かれて下さい。死ぬのはそれからです」


 シトロンの決定を、アイリスは黙って聞いていた。



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