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06.蔵匿の臭い

「本日付けで第4部隊に入隊します。シトロン・クラークと申します!」

 着慣れない黒い軍服となれない敬礼をし、心做しか上がる肩に力を入れながら、シトロンはこれから自分が配属される部隊の先輩隊員に挨拶をする。


「よろしくっす〜。俺はクレイ!クレイ・ディートリヒっす。同い年だし、気安くクレイって呼んでよ!」

「え、あでは、クレイさんと」

「あはは!硬いな〜。宜しくシトロン!」


 シトロン・クラークは今日から、夢にまで見た帝国騎士団の第4部隊に入隊する。

 シトロンたちエレハンドにとって憧れの存在である第4部隊への入隊を、シトロンは努力の末勝ち取った。これ以上嬉しいことは無い。


 が、それ以上に恐怖が彼の中で先行していた。


 * * *



 ここ、エレジア帝国は、数十年前から大国と名を轟くほどにまで成長し、人種を問わず実力のある者が上に立てる実力者社会である。珍しく血や身分は問わず、女性に対する偏見もない。

 全てが革新的で、他の国より産業の面では一歩先を行っている。魔法に頼らない機械工学の研究を進め、生活水準も年々著しく向上している。

 だからなのか、他国からの入国者は絶えず、年々人口は増加している。

 しかしこの国にも唯一、周囲の国から称賛ではなく、奇異の目で見られていることがある。

 それはエレハンドの社会進出である。不吉とされる闇の女神から愛され、得体の知れない力と色彩。どれをとっても悪魔と称されても何ら不思議では無い。

 およそ神話の時代から、彼らは迫害を受けてきた。

 忌み子とされ、人とは違う強靭な肉体と身体能力、また不気味な使い魔と異能を持ち合わせている。


 "忌み子"


 そんな不吉な生き物を野放しにして、良い顔をする者はそこまで多くない。

 しかし近年、皇帝の一族であるグランヴィル公爵家の嫡子がエレハンドだと公表され、世間が騒然としたのは記憶に新しい。彼はその不吉な身でありながら、瞬く間に地位を築き、帝国の最も硬い壁と言われるウォーリア騎士団の団長まで上り詰めた。皇帝とその一族の頼れる味方として、彼の存在は国にとって最早手放せない存在となった。

 そんな公爵が行ったもうひとつの取り組みが、エレハンドの社会進出だった。

 皇帝への進言の下、彼はエレハンドが帝国で普通の生活を送れるように援助し、彼らの実力を帝国の力として用いた。

 エレハンドは決して無能な存在では無い。その力は並の兵士数十人分の力を発揮し、闇の女神から与えられた異能は各方面で利用出来る。


 そうして間もなく、グランヴィル公爵家に一人の少女が迎えられたことで、新たな波乱をもたらす事になる。

 身元が不明なその少女は、公爵と同じエレハンドだった。


 今まさに、シトロンはその少女に謁見することになっている。


「うちの団長は優しいから、緊張しなくて大丈夫っすよ!怒らせないようにしなければ!」

「……もっと緊張するんでその言い方やめてくれませんか?」

「だ〜い丈夫だって!」

「ちょっ!イタ!」


 クレイはシトロンの背中をバシッと叩く。


「俺だってこうして元気に生きてるし!」

「あなたさっきから慰める気ないですよね」


 ヘラヘラ笑いながら話すクレイに、シトロンは更に心配になる。明るい雰囲気と話し方の彼は、見た目こそエレハンドだが、噂の第4部隊の雰囲気にマッチしていない。

 いや、これは自分の憶測に過ぎないが、第4部隊はもっと暗いイメージを想像していた。


 なんだか上機嫌のクレイの後を、やれやれと大人しく着いていく。


 第4部隊の本拠地はウォーリア騎士団本部から1番遠い人気の無い場所にある。これは最近できた部隊であり、素性をあまり赤裸々にしたくないからという理由があるらしいが、それも本当かどうか分からない。


 噂では、表立って公表出来ないことも行っているという噂もある。だがこれは憶測に過ぎず、エレハンドを恐れた周囲の者が流していると考えられる。

 なぜならこの第4部隊は、エレハンド呑みで構成された騎士団団長直轄の先鋭部隊なのだから。


 しかし、エレハンドだからと言って誰もが入隊出来る訳でもない。厳しい審査が待っている。それもそのはず、命を懸けているのだ。決して甘い考えでは入れない。第4部隊は先遣隊とも言われており、戦闘が特に多い部隊と言われているのだ。


「ここが隊長の執務室っすよ!ここからは頑張って!」

「え!クレイさんは入らないんですか?」

「あー俺、この後任務なんだよ。後の事は隊長と他の隊員が良くしてくれるから。じゃあ!」


 手を振りながら駆け足で走り去っていくクレイの背中を恨めしく見つめながら、一人扉の前で深呼吸する。


 コンコンコンッ


「はい」

 数秒置いて扉が開き、出てきたのは肩よりやや短い黒髪の少女がだった。ややつり目な猫目で小柄な容姿が特徴的なエレハンドだ。

 少女はシトロンの存在を確認して、直ぐにドアを開いて中に誘導した。


「どうぞ」

 言われるがままに入室すると、執務室の1番奥のデスクに鎮座する一人の女性。彼女の後ろには大きな出窓があり、大きく解放された窓からは風がやや吹いていた。


 その女性は黒く長い髪を後ろに流し、伏し目がちな冷たく鋭い深紅の瞳が、シトロンにはとても冷たく感じられた。左腕で頬ずえを付き、右手をデスク上に置いた状態で正面の資料を酷くつまらなそうに見つめていた。


 アイリス・グランヴィル


 若干19歳にして第4部隊を率いる部隊長であり、グランヴィル騎士団長の右腕でもある。

 先遣隊として常に自らが先陣を切り、機密任務や情報収集まで多岐に渡る任務をこなす。

 人からも魔物からも恐れられた『死神』。


 噂では残忍で冷酷であり、暗殺も請け負っているのではないかと言われている。


「これ、上に断るって言っておいて」

 アイリスが見つめる書類を隣にいる先程の少女渡す。

「良いのですか?」

「こんなもの、私たちを見世物にしたいだけ。そんなのにうちの隊員は派遣できない。大体いくら私たちが黒いからって、聖騎士と白黒で神殿の式典に参列って舐めてるの?」

「まぁ、そう受け取れますね」


 溜息を吐きながら隣の少女に資料を渡すと、腕を組み直し、今度はシトロンを正面に見つめる。


「それで、君が新人の確かシトロンくん、だっけ?」

「はい!シトロン・クラーク。本日から第4部隊にお世話になります!よろしくお願いします!」


 やっと自分の姿を捉えられた事で、緊張しながらも改めて姿勢を整える。


「よろしく。私がこの隊の隊長をやってるアイリス・グランヴィルよ。団長のお墨付きと聞いてるけど、期待してるよ」

「ご期待に添えるよう、頑張ります!」

「早速だけどこの後私は団長の補佐に行かねばならないんだ。すまないね。後のことはここにいるリオーネに聞きなさい。リオーネ、後はよろしく」

「はい。お気を付けて行ってらっしゃいませ、お姉様」


 そう言うとアイリスは立ち上がり、開かれた窓辺に足をかけると、体を黒い影の様なもので覆ったかと思うと、一瞬で姿を消した。


 会って数分で消えてしまったアイリスに、シトロンは思わず呆然とする。思っていた以上にあっさりとした入隊だったため、恐怖などいつの間にかどこかに行っていた。

 忙しい人だとは聞いているが、もしやシトロンの為にわざわざ時間を作ってくれていたのかもしれない。


 行った事を確認するとリオーネは早急に窓を閉じて、デスクの上に置かれた資料を一部持ってシトロンの元まで来た。


「改めて、よろしくお願いしますクラークさん。私はリオーネ・キャンベルです」

「シトロン・クラークです。こちらこそよろしくお願いします」


 フランクとは言い難いあっさりとした自己紹介に、シトロンは変に緊張した。


「これから簡単に施設の案内と第4部隊の役割について話します。この後の任務にも動向して頂くので早めに行います。着いてきてください」

「はい!」

 スタスタと歩き始めるリオーネの後ろを、シトロンは慌ててついて行く。


 第4部隊の主な仕事は汚れ作業に近い。


 この世界には多くの魔物が生息しており、騎士団は帝国の盾として、他国や魔物などの害意からその身を持って守るのが使命だ。

 神獣や妖精のような純粋な者たちとは対象の魔族や魔獣がこの世に跋扈している。かつて魔物を統べる魔王と呼ばれる存在がこの世界を揺るがし聖女と勇者がそれに打ち勝ったという記録がある。


 魔物は自我を持つが理性はなく、利口でずる賢いが欲望のままに人を襲う。だから和睦は難しい。


 この魔物や人の脅威から国民を守り、国への被害を最小限に抑える。騎士団は戦場に赴いて敵を一掃しながら、帝国内の治安を守っている。


 ウォーリア帝国騎士団は第1部隊から第4部隊はそれぞれ役割を持っており、第1部隊はグランヴィル公爵率いる帝国の剣。主に平和の象徴たる皇族の護衛と戦地前線の統括指揮を行う。実力派揃いで、忠誠心の高さが騎士団の中でもトップクラスだ。アイリスは元は第1部隊に在籍しており、今も騎士団長の補佐を兼任している。


 第2部隊は帝国の武装と呼ばれる、重機武器を扱う部隊だ。産業革新の要とも呼ばれ、機関銃や機会鎧の開発も進められている。研究者や機械工学に優れた者が多く、逞しくタフな印象だが、その実知能派だ。


 第3部隊は魔法に特化した帝国の盾だ。主に結界を張っての防御と遠距離攻撃に秀でており、従魔や妖精を従えた戦い方など、その戦闘方法は多岐にわたる。


 最後に最近出来たばかりの第4部隊は、騎士団長直轄の部隊であり、主に隠密作戦や情報収集、闇に紛れた戦闘が主だ。エレハンド呑みで構成されており、隊員一人一人の能力が突出しているため、扱いが難しいとも噂されている。そのためか個人任務が多く、それぞれが己の能力を駆使して動いている。このような状況でありながら驚くほど団結力が強く、戦場では先遣隊として先頭に立つ事が多いが、美しく連携のとれた動きを見せていたという。これらの事から、第4部隊は騎士団長の懐刀と呼ばれており、第4部隊の存在により騎士団長の基盤は強固なものとなる。


「第4部隊は基本的に極秘任務が多いので、ここでの事や、ご自身の素性はできるだけ隠して行動して下さい」

「分かりました!」

「それと、」


 リオーネがいきなり立ち止まって振り向く。


「クラークさんは残酷になれますか?」

「……はい?それは、つまり」


 シトロンは思わず生唾を飲み込む。


「別に暗殺や拷問の類を強要している訳ではありません。先んじて言った起きますが、表立って公表されていない事件も我々は対応しますので、多少のことには冷酷でなくてはいけません。まぁ、これ以上の説明は不要ですね。貴方もその事は分かってここに入られたのでしょうから。ただ、貴方はこちら側の人間には見えないと思ったので…」


 それは、お前は残酷になれるのかという問だった。

 生まれてこの方人を殺めたことなどない。魔物を倒したとて、人型を倒した訳ではない。ずっと騎士になる夢を持ち続ける一方、騎士が実際には何を行っているのか深堀る事はしなかった。綺麗な部分は嫌という程見た。

 運良く第4部隊に入隊できたものの、シトロンは実際にここで任務をこなす自分を想像出来なかった。


「すみません。ご忠告痛み入ります。自分はまだ未熟ですが、その分頑張ります」

「…頑張りますという言葉ほど、信用出来ない言葉はありませんね」

「あ、…すみません」


 リオーネは小さく溜息を吐くと、シトロンに背を向ける。


「すぐ謝るのも考えものです。早く行動で示して、我々を力ずくで分からせて下さい」


「はい!」

 シトロンはリオーネの言葉に強く反応する。


 リオーネの冷たい態度に、何だか本当にここでやって行けるのか、心配になるシトロンだった。



 * * *


「シトロンさん!後方右30度です」

「はい!!はァァ!」

 リオーネの指示で剣を傾け、敵の攻撃を避けながら攻撃を加える。


「ギャアアア!!」

 小柄で俊敏なゴブリンのナイフがシトロンに及ぶ前に跳ね除け切りつける。

 その瞬間、後方にもうひとつの殺気を感じるが、シトロンは黙って避ける。

 大きな巨体で大きな剣を振り上げる2匹目のゴブリンは、シトロンに向かって勢い良く振り上げるも、大きな銃声と共に脳天へと撃たれた弾で動きを止める。


 港町として栄えるグリーテリア領に魔物が出るという噂が立った。

 どこからともなく現れた魔物によって、街の人間を襲われる事件が多からず起こっていた。


 魔物とは、存外頭の回る生き物である。決して無謀な戦い方はしないし必要とあらば共闘して戦闘も行う。罠をしかけることなど造作もない。

 今回のような場合、魔物が日を跨いで単独で動く事は珍しくあり、何らかの理由が予測できる。

 魔物の巣が近くに生まれたか、魔物たちを従えているボスの存在が近くで糸を引いているか、である。


 このような魔物の出現は珍しくない。しかしボスの出現や人間の介入は、市民への被害を最小限に、犯罪なれば隠密に処理する。これが第4部隊の役目。


 シトロンはリオーネの付き添いとして、初の任務に向かった。


 美しい海が特徴的な港町で、北の地方の中では比較的暖かい気候と適度な海温で漁業が発達しており、非常に多くの輸入物が入ってくるため商人の街でもあった。


 帝国領の港町の一角を持つノース伯爵家は、皇家とも長年懇意にしており、現皇后とも遠縁のこともあり、商人の斡旋も行っていた。グリーテリア領の利益は計り知れなく、損失があってはいけないのだ。


「ようこそおいでくださいました。第4部隊の方々。どうぞごゆるりと我が屋敷でお過ごしください。短い間ではございますが、おもてなしさせて頂きます」

 

 ノース家の屋敷でシトロンたちを迎えたのは、優しそうな雰囲気の現当主夫妻だ。初老の柔和な面持ちと、ややふくよかな体型のノース伯爵の第一印象は、誰が見ても優しげだった。


「非常にありがたいですが、屋敷の中でも一番目立たない部屋をお願いします。何処に敵が潜んでいてもおかしくありませんので、あまり目立った行動は控えさせて頂きます」


「そうですか。私どもの為にそこまで、大変ご迷惑をおかけします。ですが折角のお客様です。どうか最低限の善意は尽くさせて下さい」


 リオーネの言葉に、ノース伯爵は残念そうにしながらも、そう言った。

 リオーネはそれくらいなら、と軽く承諾した。


「良かったです!とても優しそうなお方で」


 部屋に案内される途中、小さくリオーネに呟く。


「ノース伯爵は、領民にも大変慕われた人格者です。特に最近では伯爵の手腕によって急速に発展を遂げています。伯爵が垣根なく様々な文化をこの地に受け入れたことで、ここは商人の町として有名になりました」

「へー、本当に凄い方なのですね」

「ええ。ただ、一部では海賊や不法な密輸が危険視されており、輸入物に制限をかけて欲しいという市民の声を無視しているという噂があります」

「そんなことが、あの方からは想像できませんね」

「存外、人の見た目なんて大した情報になりません。容姿は時に嘘の道具として使われます。あまり、人を信用しない事です。痛い目を見るだけですから」


 リオーネはそう言って、さっさと自室に入っていった。


  シトロンたちはそれぞれの部屋に案内され、言われた通り晩餐に参加しつつ、ひとまず夜の見回り時間になるのを待った。


 人々が寝静まった夜。満月の光が煌々と辺りを照らしており、明るすぎる外の光景に少しだけ不快さを感じる。今日は闇夜に紛れるには、少し動きにくい。


 静かに窓から外に降り立ち、周辺の様子を軽く伺うと、気配を消した状態でリオーネが現れた。


「見回りは二手に分かれて行います。が、無理はせず、魔物の深追いはしない事です」

「え!ですが、」

「無理をして仕留めた所で、本命を絶たねば状況は変わりません。街に寄せつけない事が第一です。それと、魔物以外の動きも見ておいて下さい」

「…分かりました」


 リオーネはそう言うと背中を向け、森林の闇に溶けて行った。


 シトロンは1人になると早速街に向かった。人々が寝静まった真夜中、出歩くのは酔っ払いや夜商売の者、行き場を失った放浪者ぐらいだ。年中賑わう事で有名なこの街も、今だけは魔物の脅威に身を潜めている。

 シトロンは今だけ煌々と明かりが付く酒場に立ち寄った。念の為にローブを深く被る。多種多様と人間が出入りする港町では素性を隠す事などよくある事だ。躊躇うことなく店内に入り、酒を一杯注文する。

「なぁ今度のオークションの目玉聞いたか?」

「なんだ?とんでもなく高価なものでも出るのか?」

「いやなんでもよ、魔物が出品されるらしい」

「ッ!!」


 シトロン驚いてジョッキの取ってを思わず強く握りしめた。


「しかもただの魔物じゃねえ。魔獣だ」

「んなおっかねぇもの何に使うってんだ!」

「いやおめぇ、最近は魔獣が貴族にめっぽう好評 らしいぜ!中でも取り分け見目が良くて能力の高いやつぁ高く売れるんだとよ。お貴族にとっちゃ魔物も飾りと変わんねぇってことよ」


 とんでもない話を聞いてしまった。

 これが本当なら一大事だ。


 シトロンは直ぐさまほんの少し口に付けただけの酒を残して、外に出た。

 路地に入り、誰の気配も無いことを確認すると闇に向かって小さく呟く。


「リオーネさん」


「はい」


 気配や音もなく闇から浮き出たのは真っ黒な黒猫だ。赤い目が闇に浮き出て、シトロンを見上げた。

 そして瞬く間に姿を人間の姿に変えたリオーネがそこに居た。


「何か掴めたようですね」

「…それが」


 シトロンは先程起こったことを全てリオーネに説明した。


「……、興味深い話ですね。その闇オークションが行われている現場に行ってみましょう」


 向かった先はしがない商店の地下だった。一件気付かないが、夜になると頻繁に商店の脇へ入っていく者が居た。恐らくセキュリティも徹底しているだろうが、第4部隊に取って隠密は朝飯前だ。


 この程度の施設は簡単に潜り込める。

 慎重に内部へ進むと、商品の運びを行う者や、奴隷を一斉に折に入れる後継など、まさに闇市の典型を見せていた。


「!!、リオーネさん、あれ」

「……今さら、珍しい事ではないでしょう」


 たまたま見つけたり奴隷の集団の中には、シトロンたちと同じエレハンドも混じっていた。それもひとりやふたりではない。顔立ちは地方によって違えど、その色彩は見まごうことなど出来ない。


「酷い光景ですね」


 リオーネの発言に、思わずシトロンは目をつぶりたくなった。

 奴隷たちはどれも見目の良い者や、色彩の珍しい者が集まって収監されていた。扱いは非常に乱雑で、奴隷たちは痩せ細り、ボロボロで、皆諦めたような表情をしていた。


 シトロンは彼らをどうにか助けられないのかと苦悩した。今ここで現状を変えたとしても、本質は決してシトロン一人の手で変えることは出来ない。

 今ここで奴隷を助けても、また次の奴隷が流れてくる。仮にこの地の奴隷商人を取り締まっても、世界の在り方が変わるわけじゃない。


 人が変わらない限り、これはずっと続く。

 俺たちは時として、見捨てる選択を迫られる。その状況に対して最もと必要な事は、見切りを付けること。


『冷酷になれるか』

 リオーネの言葉が痛く頭に響く。


「このオークションに多くの貴族が関わっているとなれば、これを伯爵が知らないはずがないでしょう。徹底的に洗って素性を洗い出します」


 更に調べを進めようとシトロンは意気揚々と道の角を曲がると、たまたま通りかかった人間に気付かずにぶつかってしまった。


「失礼」

「あ、すみません」

 考え込んでいた事で目の前に人がいることに気が付かなかった。シトロンはすれ違いざまに男を見やる。

 黒いローブを深く被り、目元だけの仮面を被った男だった。身なりや所作からはどことなく品の良さが感じられる。恐らく貴族だろう。


 何となく気になり、癖で鼻をクンとさせる。


「どうしましたか?」

「いえ、何でもありません」

「行きましょう」


 次の日、朝食をいただいた後で、改めて伯爵との会談が行われた。


「伯爵様、その後何か不自由はございますか?」

「お陰様で魔物の心配も無くなり、胸のすくような思いです」

「いつからこのような事が頻繁に怒り始めたのですか?」

「半年前からです。それまでも魔物の出現はありました。大変人の多い街です。魔物が狙うには絶好の場所なのでしょう。ですが、半年前から魔物の出現率は格段に上がりました。これまで街に入り込む事など殆どなかったはずなのですが」

「なにか、心当たりなどは」

 

 すると伯爵は迷ったような、なにか言いにくそうに表情を見せ始めた。

「これは、言ってもいいものか、確証はありませんが、半年前からあまり見かけない船が港に留まって

 いました。……見てしまったんです。我が弟ダレンが、他国の国旗を携えた男たちと何やら怪しげな密会を行っている所を」


「!!、その、ダレンさんとは、どう言った方なのですか?」


「ダレンは、父の再婚相手の子供なのです。血は繋がっていませんが、両親が他界してからはずっと2人でこの領地を守って来ました。領主となった私を支えるため、治安部隊の取締役を勝手でてくれました。ですが、……いつの日からか、弟は変わってしまいました。もし弟が他国が危険な魔獣を他国から呼び寄せているのであれば、いくら弟でも街を危険に晒す行為は許す事が出来ません!」


「これが本当ならば、国家反逆罪とみなして極刑。最悪死刑です」

 伯爵はそれを聞いて心底悔しそうな表情を見せた。


「他国が絡んでくるとなると、確かに治安部隊は無闇に手を出しにくいですね」

「ええ!そうなのです!」


 シトロンの言葉に、伯爵は前のめりで肯定した。思わず後退りする。


「して、その他国とは」

「…イムシア王国です」

「ッ!!」


 長い歴史を持ち、エレジアの次に大きな国であるイムシアは、3年前のクーデターより、国の代表が一気に変わった。和平交渉の末、こちらに害を及ぼさないと約束し、着々と復興を進めていた。前国王が暗君であったため、王家と貴族の殆どが弾圧され、ほほ無害となったイムシアの変化に期待と好感を抱く者もいた。


 そんなイムシアに未だ非人道的な行為を行う貴族が居るとなれば大問題だ。下手すると両国の関係に亀裂が入りかねない。


「一先ず、元凶となりうる可能性のあるダレンさんの動向を探り、隙を見て拘束するしかありません」


「ありがとうございます!」

 そう言って感謝と共に微笑む伯爵の柔和な顔を、シトロンは初めて禍々しいしいものに見えた。


 この人、臭いなぁ


 その後伯爵との会話が終わり、やっと2人になった事で、シトロンはやっと落ち着く事ができた。


「やはり、伯爵は黒ですね」

「はい……」


 伯爵は間違いなく、嘘をついている。


 そもそも伯爵の話には抜け落ちた部分がある。

 まるで何かを必死に隠しているように弟への罪のなすりつけ。


「想像以上に、我々を舐めているようですね」

「…、自分はダレンさんについて、もう少し調べて見ます」

「分かりました」


 * *

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