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05.イサナ


アイリスが次に目を覚ましたのは夕方だった。

 周囲は暗くなっており、静寂に包まれていた。


 アイリス自信大分落ち着いてきており、先程よりはいくらか幾らか気分は穏やかだ。あの事を思い出すのは嫌だが、受け入れるしかなかった。


 これが、アイリスが選んだ道なのだから

 聖女としてのアイリス・ヴァンスタインは死んだ。

 残ったのはただのグリーフシールのアイリスだ。


「貴方たちは、何者なの?」


 アイリスはずっと隣のカラスに横目で話しかけた。カラスはアイリスが起きた時からずっと横に留まっていた。ここまで来ると正体に大方想像がつく。


「貴方、グリーフシールと関係があるの?」

「ケッ!そんなふざけた蔑称のものと一緒にするナ!オレは女神の神使、美しき闇の獣だ!」


 格好付けてポーズを決めながらカラスは訂正した。


「じゃあ、なんて呼べばいいのよ」

「ウム、この屋敷の者はエレハンド(闇の女神の使徒)と呼んでいたな」

「エレハンド…そっか」


 先程公爵にグリーフシールと言ってしまったことを後悔した。彼等はいつの世も恐れの対象で、差別されてきた。


「エレハンドと貴方たちの関係はなに?」

「オレはお前の中の闇ダ!お前が赤子の時からお前の中にずっとイタ。お前がオレを受け入れるまでナ」

「だから、私の事知ってたのね」

「お前の事なら何でもシッテル!」


 つまりこのカラスは、アイリスの中に眠っていた闇で、それが何らかの原因で解き放たれたということ。けれどそれではどうしても腑に落ちないことがあった。

 その理屈で言えば、全ての人がエレハンドになり得るという事だ。


「ねぇそれって、みんな誰しもがエレハンドの因子を持ってるってこと?」

「半分アッテル!半分チガウ!」

「はぁ?」

「確かに全ての人間には闇がイル。でもお前の闇は特別。女神が愛した闇ダカラナ!」

「違いがあるのね。だから、闇の愛し子」


 まだ分からないことだらけだが、何となく理解した。後の補足は公爵に聞くことにしよう。


 問題なのはこれからだ。


「これから、どうすれば良いんだろう」


 溜息を付きながらそう零す。

 もう自分は聖女に戻ることは出来ない。母国すら失い、またあのような事が起きかねないと思うと、満足に力すら扱えない。


 アイリスは今もまだ、無力だった。


 このような手厚い対応をしてくれたということは、公爵はこの国でアイリスを保護してくれているという事。この国で新たな1歩を踏み出すのが幸せな道なのだろう。

 けれど引っかかるのは、大切な友人であるレイアがずっと眠り続けているという事。


 彼女が目覚める鍵は恐らくイムシアにある。それを見つけるためには、戦う必要がある。


 でもそんなこと私には


「お前、まだ立ち止まるのカ」

「…!そんなこと」


 まだ迷ってる自分に反吐が出る。いつからこんなに優柔不断になってしまったのか。


「よし決めた!」

「ノワッ!なにする!」


 今度は固く決意を固め、隣のカラスを鷲掴みする。

「私はもう立ち止まらない!道は自分で切り開く」


 高く掲げたかと思うと目下まで下ろされ、カラスは目が点になっていた。それにクスッと笑ってしまう。


「貴方名前はなんて言うの?」

「フンッ!お前が好きに呼ぶといい」

「私が名前を付けていいの?」

「いつまでもカラス呼ばわりされても面倒だしナ」

「そっか、じゃあ…」



 * * *


「やぁ、気分はどうだい?」

「お陰様で大分良くなりました。助けて頂きありがとうございます」

「ああ、良いんだよ。君達を安全に保護する事が目的だったからね。混乱するのも分かる。改めて、レオナルド・グランヴィルだ。よろしくね」

「アイリスです。公爵様」


 立ち上がって手を差し出すレオナルドの手を軽く握り返す。


 次の日の早朝、アイリスはグランヴィル公爵の執務室に通された。


「さて、まず君は色々私に聞きたいことが沢山ある筈だ。何でも聞いていいよ」

「ありがとうございます。まず第一に、私と一緒にいたもう1人の女性は無事ですか?」

「無事だよ。別室で眠っている」


 アイリスはそこで取り敢えずは安心する。


「ここは何処ですか?」

「エレジア帝国首都近郊、私の屋敷だ」

「やはりここは、隣国エレジアなのですね」

「君たち国有地の手前にある国境の森で倒れていたんだ」

「そうですか…。助けて頂きありがとうございます」

「良いんだよ。むしろ無事で良かった。私たちエレハンドはね、長年虐げられてきたせいで随分数減ってしまった。私は彼らを密かに保護しては、安全な生活送るように支援しているんだ。君たちが望むなら安全な生活を保証するよ。この国は最近だけど、徐々に差別的な意識も減ってきているから。最低限の教育を受けてる君たちならどこでもやって行けるよ。そうだろ、イムシア王国元大聖女アイリス様」


「……そこまでご存知とは、ではクーデターが起きた事も、私たちが逃げている理由も」

「とあるツテから少し、ね」


 つまり、彼はアイリスたちが罪人である事を知った上で保護したという事になる。未だ公爵の真意が掴めず、アイリスは不安を募らせる。恐らく間者がいたのだろう。エレジアにとってイムシアは脅威にはならないが、それでも戦を未然に防ぐために送ったのだろう。

 つくづく踊らせれているものだ。

 でもこの人の助力を得られれば。


「公爵様、どうか教えて下さい。エレハンドの事について」

「……いいよ、どこまで知りたい?エレハンドのこと?それとも君たち2人のことかな?」

「どちらも、です。やはり、公爵様は知っているのですね。レイアがどうして眠っているのか」


 すると公爵は少し悲しそうに目を細めた。まるで哀れなものを見るように。


「ああすぐに分かったよ。彼女のような症例を何度か見たことがあるからね。それに、彼女はエレハンドだから……」


 アイリスは2年前の事を改めて思い出す。


 その日はアイリスが正式に聖女に就任した当日の夜だった。王宮から国王直々にアイリスへと召集がくだった。伝令の内容は第一皇女が魔力暴走を起こしたとのこと。血の気が引く思い登城したアイリスに待っていたのは、眠ったままのレイアと、それを引き合いに出され言いなりとなることへの要求だった。


 そこからアイリスの人生は地獄だった。監視の目も強くなり、国王からの圧力に疲弊して行った。教皇もアイリスがいいなりになったと分かると態度を一変、高圧的な態度を見せるようになった。

 いや、教皇は最初からか…。


 元々アイリスは孤児だ。孤児院出身で身よりもない。だから聖女見習いの時から教会ではあまり良い扱いをされなかった。


 それでもレイアを守りたかった。

 彼女は恩人であり、アイリスの唯一無二だった。

 彼女に助けられ、救われたその命はレイアのものだから。それに、彼女はこの世界に必要な人だ。


 私なんかよりもずっと。


 再度今までの事を思い出してから、数秒閉じていた目を開く。


「私はレイアを助けたい!そのためなら何でもする。例えこの身が真の悪となり得ても、この復讐が揺らぐ事はありません。公爵様、どうかお願いします。私に、知識と力を授けて下さい。」


「復讐、ね。面白い答えだ。いいよ、君が何処に向かうのか興味ができた。そうだ、紹介しておこう。私の相棒のアルマだ。彼女が君たちの第一発見者だ」


 どこからともなく現れたのは真っ黒な大きな狼だった。紅く切れ長な美しい瞳と隠しきれない優美な所作からメスの狼だと分かる。

 未だ嘗てこれほど美しい狼を見たことがあるだろうか。


「きれい……」


 アイリスは思わず感嘆の声を上げる。


「随分と嬉しいことを言ってくれること。カラスのお嬢さん」

「…へ?今喋って」


 美しいアルトボイスが聞こえ、アリスは目を見開く。


「当然でしょ?貴方のカラス坊やだって話してるじゃない」


「ナニッ!坊やってヤメロ!」


 確かにそうだ。

 ここでやっと少し掴めたような気がする。

 エレハンドの力を覚醒した者には決まって、私のカラスや公爵の狼のような黒い動物たちがついている。

 カラスは自分の中にある闇の部分と表現していたが、それが具現化した者たちが動物の姿で傍に居るのだろう。

 

「失礼しました、アルマさん。私はアイリスです。どうぞよろしくお願いします」

「ええ!歓迎するわ。そちらのカラス坊やもね」

「グワァー!そのイイ方ヤメロー!」


 優しく微笑み、快く受け入れてくれるアルマの姿に、アイリスは心底ホッとした。


 それにしてもどういった原理で、アイリスたちエレハンドの動物は決められているのか、謎である。

 そもそも動物の姿で具現化する意味とは…。


「彼女の事や君の相棒についても、改めてちゃんと教えてあげるよ」

「あ、ありがとうございます」


 つい顔に出ていたようだ。

 恥ずかしい。


「それじゃあどこから話そう。エレハンドは光の女神と同等の歴史を持つからね__」



 * * * *


 その夜、アイリスは出窓の屋根上に登って星を眺めていた。

 想像以上に居心地が良く、既にそこはアイリスの特等席となった。


 風が僅かに吹いており、外は大分冷えるが、そこまでじゃない。今は頭を冷やしたい気持ちもある。


 公爵から大体の事は聞いた。これからの方針も定まった。でもどうしても残る僅かな躊躇いは、聖女としての意識が残っいるからだ。ずっと憧れていた聖女に、結局なれなかった。それがとても悔しかった。


 もう二度とアイリスは聖女を名乗れない。

 とうに覚悟は出来ていた。もう戻ることの出来ない道だ。アイリスは変わらなければいけないのだ。


「ねぇ、どうしてキミは私の元に来てくれたの?」


「おかしな事を聞くナ!お前が私を呼んだンだ!」

「私が?」

「ウソじゃない。お前は俺様と同じダ。羽が無いカラスダ」

「ハハ、相変わらず訳わかんない」


 でも、きっと私がずっと渇望していた(自由)は、ここにあったのかもしれない。


 アイリスは星を眺めながら、これからの未来を想像した。











 ”イサナ“




「イサナという名前はどう?北東では、自由と勇気と言う意味の言葉なんだって。伝説では、大きな大きな海の神様の名前がイサナと言うらしいの。君は私にとってきっと、自由の象徴になるから」

「ウむ、悪くないナ!この俺様に相応しい」

「それは良かった」


 イサナは羽を広げて肯定の意を見せる。

 その姿が何とも愛らしい。


「これからよろしくね、イサナ」



「クワァ!」



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