04.闇に染った聖女
「レイア、情けなくてごめんね」
眠り続けるレイアに零す。聞こえてるかも分からないが、確かに呼吸して眠っているレイア。彼女を守っていた者達は等に居ない。居るのは、民の不幸を買って処罰された愚かな罪人のみ。
休憩するために木陰に腰を下ろす。万が一の為に隠れられるような場所で休む。
思えば、随分運が味方してくれていた。運飛び越えて何か良くないものから助力を受けているようだが、そこは考えない事にしている。
実際助かったとは言いきれないので、感謝してない。
小さく縮めた体を更に抱え込む。そうすると、自分がこの世で最も小さくて弱いものに思えてくる。実際変わらないが、これでも数日前まで稀代の聖女とまで言われていた。なのに……。
先程の数々を思い出して更に泣けてくる。
自分は助けられてばかりで何も出来ない。これでは何もせずにふんぞり返っていた王族と何も変わらないではないか。
過去の事も、これからの事も、アイリスにとっては地獄でしかない。だいたいよく今まで生きて来れたと思う。クラムウェルは執念深い男だ。レイアをこんな目に合わせた張本人でもある。きっとまたアイリスたちを追ってくる。
もっと私に力があれば、奴から情報を聞き出してレイアを治す方法を見つけられたってのに!
だいたいあんなにいとも簡単に魔法を封じられるんじゃ、稀代の聖女って肩書きは大したことが無い。更に上の肩書きがあったって驚かない。
「はぁ…私もカラスみたいに翼があればな……」
「なんだやっとオレたちの必要性を理解したのカ!バカめ!」
「ほんとに、私ってほんとバカ」
「そのトーリ!大馬鹿者メ」
「流石にそこまで言われると凹むな~」
「お前がいつまでたってもオレを受け入れないのが悪い!白魔法なんぞ捨てちまえ!クワァアア!」
「そんな簡単に元彼切り捨てるみたいにできるわけ、……え」
話し始めて少ししてから気付く。そういえば誰と話してるんだっけ、と。
誰、と?
いやいやいやいやいや!!誰と?
今私誰と話してるの???!
恐る恐る声の方角を見ると、自分の足元に黒い物体が1つ。その正体は1羽のカラスであった。
「え?嘘、カラスが喋ったって事?」
「騒ぐな、バカめが!お前が頑固なばかりに、ようやくこうしてお前の前に姿を現すことが叶った」
「あなた、魔物?アデッ!」
「そんな低欲なもの一緒にするなバカめが」
カラスの嘴に頭を小突かれる。地味に痛い。
「オレはお前の中の闇が具現化したものだ。おまえ、オレに助けを求めただろ?」
「は?そんな覚えは」
「ダァアア!!オレがそうだと言ったらそうなんだ!コノッコノッ!」
「痛い!ごめんて」
説明が地味に説明として成立してない。未だに状況が掴めずにいるが、目の前で偉そうにするカラスは妙に満足気だ。
よく見るとカラスとしては珍しく赤い瞳をしていた。やっぱり魔物かなんかだろうと考えつつ、害がなさそうなのでそのままにしておく事にした。
「喜べ!おまえをオレ様の舎弟にしてやる!クワアァ!」
「え、やだ」
「なんだと!!!」
「イタァ!痛いって」
茶番はここまでにして、本題だ。この喋るカラスの正体は依然として分かっていない。
「大体こんな状態じゃ、舎弟になれるかも怪しいところだよ。今私命狙われてるんだから」
「お前がヨワヨワなのがイケナイ!オレ様が居たらそんな事にはナッテナイ!」
「……は、あなたに何ができたって言うの!?全部私が悪いのよ!自業自得、これは私が招いた事よ!あなたが居たらとか、こうしておけば変わってたとか、そんな事考えたくないよ!」
カラスの言葉に嫌な思いがチラつく。過去は変えられないのに、大きな後悔が付き纏う。考えても仕方ないのに、今更第三者にどうこう言われたくは無い。
「フンッ、またお前はそうして立ち止まるのか?」「は?立ち止まってなんて」
「いつもお前はくだらない理由で立ち止まってる。お前には行き止まりが多くてつまらない。お前のそのデカイ野望は見掛け倒しカ?1回でもオレみたいに飛べばいいクワァ!」
「いや飛べないし、…でも、そうかもね。考えてみれば私、諦めてばっかりだ」
傍らで眠るレイアを再び見つめる。
私はずっとこの人の為に戦うと決めてたのに。道を遮られて、立ち止まってたらいつの間にか枷を付けられて飛べなくなってた。気付けば理由ばっかり先に出るようになって、何もかも諦めてた。
「これじゃレイアに顔向けできないね」
そっとレイアよ頬に触れる。
外気で冷たくなってはいるが、ほんのり温かい。
きっとレイアが起きてたら、馬鹿野郎!って怒られてたかな?
「ねぇ起きてよ……。また声をきかせて。あの時から、ずっと空っぽだよ」
カラスも居るのについ弱音を吐く。
「…ハッ!」
その時何か嫌な予感がした。何かが着々とこちらに近付いているような。
追っ手の兵士かもしれない。
魔導師だったらもっと後がない。
咄嗟にレイアを背に抱え、息を殺す。
まだ近くには来ていないが、逃げる準備をしておかなければならない。
カラスも傍らで周囲の様子を伺っていた。
やはり何か来るようだ。
数分も経たずに遠くでカサカサと音が聞こえた。死角で良く見えないが、腰の剣が揺れる音と集団の足音で兵士だと分かる。物音を最小限にしているようだが、幸い草木の多く音を完全に消すことは出来ていない。
息を殺し、体を固くして音に集中する。
「方角はこちらであっているはずだ。隈無く探せ。草の影も見逃すな」
「はい」
更に緊張が走る。
もし見つかったら、その時は……。
逃げ切れるか分からない。でも逃げないと捕まる。
アイリスには体力も持久力もない。ボロボロの体と人1人抱えた状態では満足にスピードなど出ない。
どうする……。
そうだ!
アイリスはカラスの方を振り向く。
兵士たちが周辺を隈無く探していると、パキッと枝を踏む音が聞こえる。
ガサガサッッ!!
植物のスれる音が鳴り響き、兵士たちが一斉にそちらに集まるのを確認すると一気にアイリスは動き出した。
悪足掻きも長くは続かない。できるだけ距離を離して遠くに逃げなければいけない。
レイアを背中に抱えながら必死で走り抜ける。
「あっ!!」
ふと後ろを確認しようとして躓いてしまう。
前のめりに倒れ、片方の靴が脱げている事に気付く。
「おい!聖女だ!」
「やっと見つけた」
全身に緊張が走る。
ここで立ち止まっては行かない!
アイリスは急いでレイアを抱え直して走る。脱げた靴などもうどうでもいい。
アイリスは死ぬ気で走った。
息切れをおこし、少しむせる。
しかし現実はアイリスを最悪の状況からから手放してはくれない。もうそこまで近付いて来ている兵士たちを確認しながら、アイリスは虚ろな目で諦めを悟る。
「大人しく拘束されろ、大罪人」
その言葉に少し心が乱れる。
「お前に逃げ場などない」
「こいつのせいで何人の命が犠牲になったか」
「裁きを受けろ」
これは私の犯した罪だ。いつか償わなければいけない。その身を削ってでも、私の為に死んで行った者たちの償いをしなければならないのだ。
そう、女神に許しを乞うように。
ここで潔く頭を垂れて命乞いをするか、大人しく拘束されるか。そうすれば簡単だ。最悪死は逃れられるかもしれない。
『 私は聖女なのだから』
その悪魔のような甘い考えは自分で思っている以上に強欲だった。
なんて馬鹿なんだろう。
醜すぎて泣けてくる。いっその事悪魔になってしまえば、こんな苦しい思いは忘れられるのかもしれない。
いや、そもそもなぜ聖者で居続ける必要がある。
なぜ許しを乞うて懺悔する必要がある。
罪を受け入れ事が本当に正しい道なのか。
正しいとはなんだ。
悪とは、なんだ。
ならば私は、悪になったっていい。
この人を守り切れるのなら、女神にだって牙を向こう。
闇に融ける
一瞬力が抜ける感覚がして、目を閉じる。
微かに近くで羽音が聞こえる。さっきのカラスだろうか。何かに包まれたような感覚がした。
暖かいそれを感じ、目を開けるとそこは深い闇が広がっていた。
* * *
アイリスは闇の中に居た。
心地の良い闇だ。暖かくてホッとする。真っ暗だけど、恐怖は勿論感じないし、寂しくもない。
まるで昔からここをしているような感覚だ。とても懐かしい。
でも、ちょっと息苦しい。ちょっと重いし…。
「んん…おも」
目が覚めるとそこは闇…ではなく顔に何かが乗っていた。もふもふした羽毛の塊。
耐えられなくなり、顔面の上に鎮座するその塊を引き剥がそうとする。
ちょっとずっしりとしているその塊はよく見るとカラスだった。
「重いよ!カラスくん」
「クワァ!起きたか寝坊助!」
やっと視界が開けて見えた景色は想像とは違った。
その場所は豪華な一室のベッドの上で、アイリスはその質の良いベッドに横たわっていたのだ。寝巻きも上質なもので、一目で貴族の部屋だと分かる。しかしそれだけでは何の情報にもならない。
「ここどこ?私捕まったんじゃ」
あの時確かに追い込まれる寸前だった。
諦めかけて、それで……。
「あら、お目覚めになったのですね」
気付くと誰かが部屋に入っていた。女中らしき格好の女性がそこに居た。女性は何やらもう1人の女中に何かを伝えると、1人で入室して扉を閉める。
「お嬢様、お身体の調子は如何ですか?昼食をご用意いたしました」
「あ、ありがとうございます。もう何ともない、です」
お嬢様と言う言葉と丁寧な対応に同様してしまう。
罪人として追われる身となった今、このような待遇は有り得ない事なのだから。
「すみません。ここはどこなのですか?私は、どうしてここに。それに!もう一人私と一緒に居た女性は何処ですか?!」
聞いていく程疑問が膨れ上がる。
「お嬢様、まずはどうか落ち着いて深呼吸して下さい。私共は何処にも行きません」
女中さんはアイリスに近付き、身をかがめてそっとアイリスの手を握る。まるで存在を確かめさせるように真っ直ぐ見つめられる。
「ごめんなさい。私…」
「もうすぐ旦那様がこちらにいらっしゃいます。旦那様がお嬢様に直接ご説明するとの事です。大丈夫ですよ。旦那様はお嬢様の味方です」
「旦那様?…この屋敷のご主人様ですか?」
「はい。グランヴィル公爵様の御屋敷です」
「グランヴィル、公爵」
聞いた事ない家名だ。イムシアの貴族ではないのか。はたまたこの革命と同時に生まれた貴族の1人か。いや、この方面は恐らくない。であれば考えられるのはイムシアでは無い国の貴族だと言うことだ。
更に追求しようの口を開きかけた瞬間、入口からノック音が聞こえる。
入るよ、と言う言葉と共に背の高い男性が部屋に入ってきた。
その男性の姿に思わずアイリスは驚愕の眼を見張る。失礼にもその男性の容姿を不躾に凝視してしまう。何故なら、彼の真っ黒な頭髪と深紅の瞳は女神信仰の中では異端とされる容姿そのものだったのだから。
『闇の愛し子』
闇の女神に愛された闇の力を秘めた子供
光の女神に愛された聖なる子供とは真逆の存在だ。
特徴的なのは正にその容姿であり、闇に染まったような黒髪と血のように赤い瞳。強靭な肉体と身体能力を持ち、魔法とは異質な力を扱うという。
イムシアでは畏怖の念からこう呼ばれている。
グリーフシール と。
「私の容姿が珍しいかな?」
「あ!ごめんなさい」
「気にしないで。慣れてるからね」
不躾に見つめてしまっていた事に驚き、反省する。
淑女に有るまじき行為だ。恥ずかしくて俯いてしまう。
「それに、気付いているかい?君も私と同じだよ」
「え?……同じ、って」
直ぐに自分の髪を探るように頭部から触り、スッと下に手を流して髪を人束掴んで視界に持っていく。
視界に映ったのは自分の知っている白髪の髪ではなく、真っ黒に染った髪だった。
「なに、これ」
あまりにも信じ難い状況に、布団から勢いよく飛び出し、近くにあった鏡台に飛びつく。
一部だけということはなく、真っ黒に染まりきった頭髪の自分がそこに居た。黒髪から覗く瞳は深紅に染まっており、美しかった翡翠色の瞳は見る影も無かった。
「なにこれ!こんなの、こんなの私じゃ、ない!」
目を両手で覆い隠し、思わずその場に座り込む。
「それはお前が我等を受け入れた証ダ!お前はネガッタ。染まる事ヲ、抗う事ヲ」
目の前にやってきたカラスはアイリスを見上げながらそう言った。
「受け入れるって、そんなはずは……」
改めて倒れる直前の出来事を事を思い出す。
確かにあの時、悪にだってなんだってなってやるって気持ちだった。兎に角運命が恨めしくて、でもレイアは守りたくて……。
そうか
「そうだった」
「ホラー!!」
カラスが嬉しそうに反応する。
「でもじゃああの時私を襲ってきた兵士たちはどうしたんですか?」
「兵士?居たかな?」
「居ましたよ!私の周りを多い囲んで!それで」
アイリスは鬼気迫る思いでグランヴィル公爵に問いただす。
「大体だぜ私はここに居るのですか?」
「まぁまぁ、落ち着いて」
「落ち着けますか!」
「なーにイッテル!お前がヤツらを消したのだろ!お前はあの時、闇で消し去ったじゃないカ」
瞬時に記憶がフラッシュバックする。あの日の光景が脳裏に過ぎる。
あの時、アイリスの周りにいた兵士たちは、アイリスの暴走と共に足元の影から飛び出る手のようなものに飲み込まれていったのだ。
叫びながら、もがきながら、彼らは何処ともしれない影の闇に埋もれていった。
その光景は思い出したくもないほど悲惨だった。あれをやったのは自分なのだ。
考えるだけで吐き気がする。
「うあああああ!!」
どうする事も出来ず叫んでしまう。声にならない声が木霊する。
「お嬢様!」
鼓動が早くなり、呼吸困難に陥ってアイリスはそのまま倒れた。




