03.黒い翼
「聖女を見つけたぞ!」
「はっ!!」
「アイリス様早く!こっちです!」
脱出に成功し、助けてくれたリンとヤンが先行してくれる。ヤンの背にはレイアが担がれており、3人は必死に森を走っていた。
魔法が凝縮された爆発により、時間は稼げたが兵士に対して体力の差は大きい。近くに付けていた馬車も森の中では途中で捨てるしかない。足元は悪くとも視界の悪い夜の森では、見つけにくいと判断したが、僅かな痕跡と音を頼りに探し当てた兵士たちがすぐ近くまで追いついていた。
セオやアレクが加担しているということは、少なくとも聖騎士も加わっているということだ。魔法騎士は一般な騎士や兵士に比べて格段に身体能力が高いため、一番厄介である。
「ダメです!このままじゃ追いつかれます!」
すぐそばまで迫る敵兵に、ヤンがリンに叫ぶ。
ヤンはレイアを担いで走っており、疲労は人一倍だろう。
「大丈夫です!魔力爆弾がもうひとつあります。今からこれを投げます!」
「分かりました」
「アイリス様!走ってください!」
「分かった」
リンが勢いよく立ち止まり、勢いよく再び魔力爆弾を振りかぶった。
ドンッ!!!
兵士たちの足元に落ちた衝撃で大きな音とともに爆発する。
余波が大きく、吹き飛ばされそうになるのを木にしがみついて何とか耐える。
「アイリス様」
「リン!今のうちに行こう!」
「先に行ってください!」
「は?……何言ってるの!一緒に行くの!」
「なりません!この程度ではまた追っ手が来ます。私が時間を稼ぎますので、今のうちに!」
「どうして!そんな事したらリンが!」
「アイリス様!レイア様を、守って下さい!お願いします」
「そんな」
それでもなおうだうだと動かないアイリスに痺れを切らしたのか、リンはアイリスの背中をドンと押す。
「アイリス様にしか出来ない事です。どうか急いで」
「アイリス様行きましょう!」
背後でヤンに急かされてアイリスはやっと駆け出す。怖くてもう後ろを振り替えれなかった。リンの顔を見たら引き返してしまう。涙が込み上げてきて視界が悪くなるのを無理やり袖で拭う。
なんでこんな事に!
アイリスはヤンの背中に背負われたレイアを視界に捉えて、改めてレイアを守らなければと思った。リンが繋いでくれた命を決して無駄にしてはいけない関係。何がなんでも生き延びなければ。
距離を少し離したのか、追っ手の声が聞こえなくなった。きっとリンが上手くやってくれているのだろう。
「アイリス様!近くに洞窟があるようです!一旦ここで身を隠しましょう」
「ええ、そうね。ヤンもずっと抱えてて疲れたでしょう」
「ですが、まだ気は抜けません。寒いでしょうが焚き火はやめておきましょう」
「ええ、そうね」
ずっと走っていたから、森の中が酷く肌寒い事に今気が付いた。汗をかいている分一気に体の寒さが広がる。元々監獄服だったためか薄着で、上にローブを羽織ってるだけの状態だ。洞窟内の突起した窪みの中に身を隠し、全員でレイアを囲んで暖を取る。
じっとしていると次第に恐怖が後から込み上げてくる。寒さのせいなのか、震えが一層強くなる。
リンは無事だろか。
せめて生きてくれてさえすれば。いや、これは甘い考えだ。罪人とは時に、生きている事の方が辛いのだ。拷問を受けて苦しんで死ぬより、いっその事殺してくれた方が幸せな時もある。罪人として捕まるとはそういう事なのだ。
リンはレイアの事を死んでも話さないだろう。そういう人だ。ここにいる4人は皆、レイアに恩のある者たちだ。
今は深い眠りに落ちているレイア。
2年前の事件からずっと寝たきりになってしまっていた。後から知った時には、城の離れに監禁され、国王と手下の宰相によってその身柄を人質にし、アイリスを操るようになった。アイリスはレイアの命と引き換えに忠誠を誓わされた。
一月に一度監視付きで会いに行くことが出来ても、詳しい事はリンからも聞けずじまいだ。
「ヤン、巻き込んでしまってごめんなさい」
「何を言ってるんですか!私たちはお二人のおかげで今があるのです。救われた恩をやっとお返しできます」
「本当にありがとう」
ヤンとリンは元々王宮に務めていたメイドと庭師だった。リンはレイアのお母様レイシア様に仕えていた。ヤンは盗人だった時にレイアに助けられてからずっとレイアに仕えている。二人ともずっと昔から一緒にいた家族のような存在だ。
アイリスにとってかけがえのない人たちだ。
「眠れないかもしれませんが、暫く休みましょう。何かあれば起こします」
「ごめんなさい、ありがとう……」
どっと力が抜けて、急に眠気に襲われる。
レイアの体温が心地よく、アイリスは瞼が重くなるのを感じ、徐々に眠りに落ちていった。
* * *
一体どのくらい時間が経っただろうか。
目が覚めると、暗い洞窟でレイアに身を寄せていた。ヤンの姿はなく、変わらず絶望的な状況がそこにあった。
「ヤン、どこに行ったのかしら」
恐る恐る入口の方に顔を出し、外の様子を内側から伺う。まだ夜が明けておらず、そこまで時間が経っていないことが分かる。シンと静まり返った森の奥を眺めながら、微かな音がないか確認する。
今は無闇に外に出る事は得策じゃない。
身を隠しているだけで、決して距離を離せているわけではないのだから。
その後また少し経って、アイリスは様子を見に行こうと決心する。
おかしい。ヤンが帰ってこないのもそうだが、生き物の声が異様に聞こえない。時間が止まったかのような夜の森で、何かがさっきとは違う事に何となく気付く。
これ以上ここに留まるのも危険だ。この洞窟の奥に何があるのかも分からない。行き止まりなら尚の事話にならない。どっち道この洞窟を出て外に行かなければ。
そう思った直後、ガサッと入口の周辺から音が聞こえた。
直ぐに身構えたが、顔を出したのはヤンだった。
なんだ……。そう思ったのもつかの間、ヤンよ様子が明らかにおかしい。
思わず影から飛び出し、ヤンを迎えると、ヤンは更に緊迫した面持ちで駆け寄ってきた。額には汗が滲み出ており、急いだ様子もある。
「ヤン、どうしたの?」
「アイリス様…お逃げ下さい!魔導師たちがそこまで来ています!」
「どうゆうこと?魔道士って…なんで」
「分かりません、ですが魔導師とあれば話は別です」
「でも何処へ!私たちは痕跡を断つためにここに留まって居るのよ」
魔導師に余計な小細工は効かない。魔力に人一倍敏感な魔導師が魔法を使えるアイリスを見つけない筈がない。
どうしたら。
何か方法はないのかと辺りを見回す。私たちが居る場所はほぼ一方通行だ。外の危険性はもう予想できない。かと言って洞窟の中に入る事は博打だ。
「どうすればいいの」
つい弱音を吐いてしまい更に焦りが増す。
アイリスは迷いながら両方に視線を向けてから、ふとある事に気が付く。
あれ?
「アイリス様?」
無言で洞窟の奥を見つめるアイリスに、ヤンは不思議な様子で見つめる。
アイリスは先程何らかの違和感を感じていた。何かいつもと違うような感覚がしていた。
自分は魔法を使っていないはずなのに、洞窟の中の奥がよく見えたからだ。先程まではそれが普通に見えていた。でも考えてみればありえない事だ。ここは本来光の入らない真っ暗な場所だ。灯がない限り何も見えない闇の巣窟だ。なのにアイリスには、地面や洞窟の中の構造が鮮明に見えていた。
暗い場所に慣れすぎて夜目が聞きすぎのか?
そう思ってヤンにも確認してみる。
「いえ、洞窟の中の状況は暗くて私には見えません」
やはり、この違和感はアイリスにだけ発生しているらしい。だがこれはチャンスかもしれない。よく見ると洞窟の中は奥まで続いていた。アイリスが先頭を歩きヤンを誘導しながら進めば進めなくはない。光魔法を使えばバレてしまう。
「ヤン、洞窟の中に行ってみましょう」
「え?ですが……」
「中に行ってみましょう。大丈夫、私が先行するわ」
ヤンを説得し、今度はアイリスがレイアを背に抱える。ただでさえ視界の悪い中で人を運ぶのはリスクが高すぎる。ヤンには手を握ってもらって、慎重に着いてきてもらうことにした。
慎重に音を立てないように中に入っていく。
ヤンを気にかけてレイアを抱えながら進んでるはずなのに、妙に安心感があった。不思議と疲れがなく、身震いも収まった。
アイリスの中で小さな自信が生まれる。
後ろでたどたどしく着いてきてくれるヤンは、足元に注意しながらアイリスを身を寄せてくれている。
きっと凄く心配な筈なのに、信じて託してくれることが、まだアイリスを奮い立たせる。
洞窟の中は思いの外空洞で長い道が続いており、風が微かに通っていた。恐らく続く道の先には外に続いていると予想する。
暫く洞窟をぬけ、風の通りが強くなるのを感じ、出口が近付いていることな分かる。
「ヤン、もうすぐ手口に着くわ!もう少しよ」
「はい」
その先に見えたのは、大きな樹木の根裏側だった。根と岩の隙間には光が抜けており、恐らくそこの何処かに出口がある筈だ。
「ヤン!出口だわ!あそこの光が見える?」
「見えます!アイリス様。あそこが出口ですね!」
「ええ、行きましょう。また外に注意しましょう。もう夜が明けてるから、早急に国境を越えなくては」
出た場所が何処かは分からない。私たちは只管北に向かっていたが、出た場所はもうどこか分からない。それでも信じて進まなければいけない。
出口と呼ぶには小さな穴から様子を伺う。光に慣れていない目は少しチカチカして、よく見えないが人の気配は無さそうである。
「よし、出ましょう!」
アイリスは早速隙間を掘って這い出る。最初にヤンが出て。レイアを出してからアイリスが出る。体勢が悪いので時間がかかる。手や足は想像以上に悴んでおり、鈍い手足を無理やり動かす。
「アイリス様、日の位置と月の位置から見て恐らく北があっちですね」
「ええ、そのようね」
ヤンが指さした方角はまだ森が続いており、私たちは意味で隆起した岩の中を通っていたみたいだ。後ろは高い崖になっていた。
「この辺は地形の凹凸が激しいようです。急な崖にお気をつけ下さい」
「分かったわ」
そうしてまた2人で走り出す。
ここまで来たら国境の近付いているように感じた。距離も大分離した。もうすぐでイムシアから出られる。
この時私たちは気付かなかった。国境を越えるということの意味を。
「ヤン!大丈夫?」
「はい、私は行けます」
「無理しないでね」
足はもう限界に達していた。疲労とストレスも続いていた。
ヤンを先頭に走り続けて数分、目の前が少し明るくなり、開けた場所に出る事を察した2人は僅かに安堵してそこまで走った。
あそこまで行こう!
2人は同じ気持ちだった。
目的の地点に差し掛かる手前まで来た時
バンッッ!!
何かに弾かれたように後ろに吹き飛ばされた。
僅かに電撃のようなものに触れた痛みが襲った。
最初は何が何だか分からなかったが、直ぐに何か結界のようなものに弾かれたと分かった。
「どうゆうこと?なんで!」
まさか、国境の境に結界をはられているの?
そんなのは知らない。でもこれができるのは魔導師だけど。まさか彼らがこれを。
間違いなく行動を読まれている。
「ヤン!大丈夫?…ヤン?」
どうにかするべくヤンの方を振り向くと、ヤンはうずくまって何かに耐えていた。
「ヤン!大丈夫?何があったの」
ヤンはさっきの衝撃で片腕に大きな怪我と、頭部を打ち付けた後がある。アイリスが無傷な事が驚きなほど、ヤンの状態は良くなかった。
アイリスは直ちに治癒魔法をヤンに行う。
「何これ、おかしい。治癒が、上手くできない」
なんと治癒魔法が上手く使用できない。発動しているのに、魔力がコントロール出来ないかのように上手く反映されない。治癒が行き届かず、これでは回復に相当の時間がかかる。まるで何かに阻まれているかのようだ。
普通ならありえない。これまで何度も治癒魔法を使ってきて、稀代の聖女と呼ばれる程の魔力を持っているはずなのだ。
「なんでよ!なんで、なんで!」
恐怖と無力さに苛まれ、自然と涙が零れる。
「アイリス様、…私は大丈夫です。まだ走れますから」
苦痛に耐えながらそう言うヤン、アイリスはいたたまれなくなる。
こうゆう時こその聖女じゃないの!
「…さぁ、急ぎましょう!」
「もう君たちに逃げ場なんてないよ」
その時聞こえたのは、この場にいるはずのない第三者の声。男の低く掠れた声が妙にハッキリと聞こえた。
そこに居たのは小紫色のローブを着た魔塔の魔導師たちと、王族専属魔導師のクラムウェルだった。
彼は国王に使え、魔塔の公使として城に留まっていた魔導師だ。彼は国王に仕えていたにも関わらず、解放軍に傾きアイリスたちを裏切った。
昔からアイリスが最も嫌いな人間だ。
それだけではない。彼はレイアに執着していた。2年前レイアが昏睡状態になった鍵を握る人物でもある。
恐らく彼の狙いはレイアだ。
クラムウェルは何度も国王にレイアの体の調査を進言していた。けれどレイアはアイリスの人質だ。アイリスがいる限りレイアに手を出せずにいた。彼にとってアイリスは邪魔な存在なのだ。
「お久しぶりですね、聖女様。いえ、元聖女様」
「クラムウェル、どうして貴方がここに」
「貴方が逃亡を選択することも、国外に向かうことも分かっていました。貴方は第二王女が大切でしたものね。だから、国境に結界をはらせていただきました。本当に貴方たちは素直で純粋で、美しく馬鹿な人たちだよ」
これぞ絶対絶命と言うべきか。
現状手は無い。これだけ囲まれてしまえば抵抗など虚しいだけ。
「大人しくしなさい。そうすれば命だけは助けてあげますよ」
彼の言葉は信用出来ない。どうせ殺される。アイリスはそう思って必死に策を練る。どんな小さな奇跡でもいい、起きて欲しかった。
そしてふと、先程の自分たちの結果反応の違いに違和感を感じた。
何故アイリスだけ無傷で済んだのだろう。怪我をするほどなら、結界をぶつかったアイリスにも同じく被害が及ぶはず。多少の衝撃はあれと、アイリスには結界の作用が少ないのではないか?
「もうおしまいですよ。何をうだうだ考えているのやら…まだ足掻くか、情けない。」
アイリスは直ぐに結界まで走り出し、一か八かもう一度体当する。
「うっ!ッツ」
再び身体に電流が走る。しかし我慢出来ない訳では無い。地面を思いっきり蹴り、結界に向かってる身体を押し込む。
爪を立て、指を食い込ませる。爪から血が滲む中脇キメも降らずに身体を押し込む。
「ぐあああああああッッ!!」
もう女神様じゃなくてもいい、なんにだって縋ってやる!だから!!!
「滑稽だな。ずっと見ていても面白いが、時間もないのでな、全員捕らえろ」
もう力が着きそうになったその時、指が一瞬黒く染まり、その瞬間結界に一気に食い込んだ。隙間が開いた瞬間、結界に大きくヒビが入った。
「大変です!結界にヒビが!」
「ありえない!こんな女のどこにそんな力が…。直ぐに貼り直せ」
「再びはるには時間がかかります!」
さらに力を入れると一気に割れ、結界が粉々に分散する。アイリスは勢いで前に傾く。最初は自分でした事に驚いたが、直ぐに後ろにいる2人に振り向く。
「ヤン!動ける?!」
「そうはさせないよ。肝心の私たちを止めないで逃げようなんて無理だよ」
結界は割れたものの状況は変わっていない。次にどうするべきか思考する。
これ以上はどうすることも。
アイリスはヤンを支えるために地面に肘を着く。ヤンの状況を確認していると、地面が少し揺れていることに気が付く。それは強さをまし、明らかにただ事では無いほどの地鳴りが起こる。
今度は何が起きてる?
魔導師たちを見ると彼らも動揺していた。では彼らにとっても予想だにしない状況だ。
揺れが激しくなる、が地面が問題では無いことがすぐに分かった。大きな風が吹き、物凄い量の黒い塊が勢いよく波のように押し寄せてきていた。
「あれは、なんですか?!」
「分からない」
ヤンが恐怖と驚きでアイリスに疑問を投げる。
得体がしれずただ恐ろしさだけが襲う。黒い塊は黒い暗雲と化してこちらの頭上に近付く。近付くにつれて鳴き声のようなものが聞こえる。それは人の中ではありふれたカラスの鳴き声だ。尋常じゃない量のカラスが、群れを成して押し寄せる様は天変地異にも勝る。死の鳥と言われる黒いカラスが大群を成していること自体災いと呼ぶのだろう。
これは一体何が起きている。
カラスの大群はアイリスたちの頭上に差し掛かると、一気にアイリスたちまで急降下してくる。まさに黒い津波と言ってもいい。
「おい!バリアを展開しろ!」
「はい!」
「なんなんだあれは!」
クラムウェルたちも逃げきれないと悟ったのか、魔法で防ごうとしていた。アイリスは咄嗟に白魔法を使おうとするが、何故か使えなくなっていた。結界は破ったはずなのに!
「アイリス様!」
そうこうしてるうちにカラスの大群がこちらにおしよせ、ヤンが身を呈してアイリスたちの前に出る。
カラスは波の如く落下しきた。
咄嗟にアイリスたちは目をつぶる。
「……、あれ?これ、なんで?」
カラスの大群に囲まれた感触はある。荒い羽毛が体の至る所を掠め、カラスの大きな鳴き声が耳元に響いている。けれど、痛くない。
ゆっくり目を開けると驚く事に、カラスは私たちを囲み、運ぼうとしていた。埋もれるように持ち上げられた私たちとは反対に、向こう側ではクラムウェルたち魔導師がカラスに害されていた。身体中を嘴で続かれ、鋭い爪で為す術もなく攻撃を受けていた。
「なんだかよく分からないけど、どうか私たちを逃がして!」
「カァァ!!」
浮遊感とともに持ち上げられた私たちは、カラスの黒い絨毯に揺られながら飛んだ。
アイリスはしばしば感動した。死の鳥と言われたカラスだが、小さくてもその優れた知能と攻撃力を持っている。鳥の中で最も秀でた存在は、カラスなのではないかと思った。
「カラスさんたち、本当にありがとう」
「クァァ、クァ!」
お易い御用だ、と言いっているようにカラスが自慢げにアイリスの肩にとまった。
「逃げられてたまるか!」
アイリスがカラスによってこの場を切り抜けようとするのに気が付いたクラムウェルは、周辺のカラスたちに向かってる魔法を放つ。次にアイリスのいる場所目掛けて魔法を連発する。
魔法を受けたカラスたちはバラバラと郡から崩れ落ち、アイリスたちの姿が露になる。
なんてことを!
アイリスたちを庇って落ちていくカラスを見てさらに怒りが増す。
「私は見誤っていたようだ。あなたもまた使徒の1人だったのですね。あなたも私の研究対象に加えて差し上げます!」
そう言って笑いながら魔法を連発する。
「もうやめて!!」
笑いながら攻撃をし続ける姿は、最も悪魔に近しい。何も出来ない事にも腹立たしく感じる。
どうにかして防げたらいいのに。
でもここで引けばみんなの思いは全て無駄になる。犠牲に犠牲を重ねてはいけない。
戸惑いはここでは命取りだ。命を託して繋げ!
「みんなごめん!頑張って逃げて!」
「カアアア!!!」
思いが通じたのか、カラスたちは羽ばたきを強くした。彼らが何を考えているかは分からない。でも仲間の死を悲しむ彼らが、一番今の状況をわかっている。
どうか私に、みんなを守れる力を下さい。
もう一度魔法を展開しようと魔力を練る。一貫して魔法は出ない。だがここで諦める訳には行かない。
「出て!出てよ!」
「アイリス様!!」
バンッッッ!!
強い音がして何かが弾ける音がした。
気付くと目の前の壁は開けており、アイリスは顕になっていた。遠目に見えるクラムウェルがニヤリと笑ったような気がした。
その瞬間、鋭い魔法がアイリスに向かって一直線に放たれ、一瞬のことで動けずにいた。
まずい!そう思ったその時、視界で自分に覆い被さるヤンが見えた。
瞬間、光の線がヤンの胸を貫いた。
「へ?」
アイリスを庇ったヤンは正面に倒れ込み、アイリスは咄嗟に支えようとした。しかし、すんでのところでヤンにそれを拒まれ、ドンッと押された。何が起きているのか状況が掴めなかった。
反動でヤンは後方に傾き、そのまま地面へ落下して行った。
「待って!!」
手を伸ばしてももう遅い。一瞬で落ちていくヤンを皮切りに瞬時にカラスたちの郡がアイリスを覆う。カラスはさらにスピードを上げて進み始める。
「カラスたち!ヤンが!ヤンを!」
助けて
そうハッキリ言うには、彼らの被害が大きすぎた。
もしかしたらヤンは、分かっていたのかもしれない。私たちを守り、3人分を抱えながら空を逃げるのは容易なことでは無い。犠牲も大きい。
少しでもスピードをあげるなら、軽くなる必要がある。
押された時、ヤンはうっすらと笑みを浮かべていた。心底ほっとして、安心したように。
アイリスはそんなこと分かりたくもない。
随分遠くまで遠ざかった事で的が定まらなくなり、とうとう放たれる攻撃が亡くなった。
等々諦めたのだろう。
アイリスはカラスたちの隙間から見える後方を眺めながら、虚しさを感じていた。
2人だけになってしまった。
アイリスは横たわるレイアをじっと見た。
自分たちは犠牲の上で生き残った。リンも、ヤンも。恐らく今までも、アイリスが知らないところで多くの犠牲な出ていたのに、知りもしなかった。実感した事で思い知る。無知で無力な自分に。
暫く飛んでから、アイリスは深い森で降ろされた。
距離がそこまで開いている訳ではないが、結界を国境に貼ったというクラムウェルの言葉から察するに、国は越えた。
しかし、アイリスたちが向かおうとしてる北の帝国との間には、ベルムスの森という境目がある。帝国に向かうには、正規の道を通るか、ベルムスに入るしかない。まだ帝国圏内では無いため、イムシアの介入は容易だ。恐らくイムシア側も、アイリスが国境を越えようとするならベルムスに向かうと想定しているはず。ならば見つからないように渡りきるしかない。ベルムスは迷いの森とも言われ、鬱蒼とした光の届きにくい植生と淀んだ空気から、迷い込むと中々出て来れないと言われている。
しかし珍しい薬草などが取れるため、多くの者は万全な準備を施して入っている。
現在は日が上がりきった時間。薄暗くとも見えなくはない道だ。ここからは自分たちの足で歩かなければいけない。
アイリスはレイアを背負い、淡々と歩き始めた。靴はボロボロで、逃亡中の負荷で所々に穴が空いている。とても歩きにくかった。
走る体力はない。元々体力のないアイリスにはこれ以上の持久力は見込めない。この身体が動かなくなるまで歩き続けよう。
次回からは週1で投稿します。




