02.命より大切な人
「アイリス・ヴァンスタイン。身柄を拘束する」
次の日の午前、外の喧騒と共に神殿内に兵隊が押し入ってきた。教皇庁の神父たちや教皇の姿はなく、アイリスが一人で礼拝堂に居るタイミングを見計らってのことだろう。
たまたま今日はセオも聖騎士育成のための訓練に参加しており、アイリスを守れる護衛騎士は居ない。いや、たまたまとも言えないのだろう。
「何が、どうなっているのですか?」
「国王と教皇が死んだ。国王派の関係者は全員捕縛が決定されている。聖女も対処だ」
「は?それって、クーデターですか?」
驚くアイリスを横目に兵士たちはアイリスを拘束し始める。両手を縛られ、身動きが取れないように体を抑えられる。15歳の少女を決して離すまいと男性数名で抑えらている非常に不明瞭な状況だ。
陛下と教皇様が殺されたって事は……。
「あの、王族の方々はどうなりましたか!」
「婚約者が心配か?だが悪いな、皇太子と皇女は既に処刑された。不穏分子は取り除くべきだからな」
「……へ?そんな」
「いいから行くぞ!心配するな、お前もどっちみち奴らと同じ場所に行けるんだから」
呆然として動きの止まったアイリスを兵士たちが無理やり連れていく。
外に出ると多くの市民たちが集まっていた。神父や聖女候補の一部は同じく捕縛され、アイリスとともに連行されようとしている。それ以外の者は恐らく無関係のものとして捕縛を免れ、保護されている。
アイリスを見つけた市民たちは一斉にアイリスに罵声を浴びせ始め、持っているものを投げつけた。
「人殺し!」
「国王の犬どもめ!娘を返せ!」
「聖者の皮を被った悪魔め」
たまたま石が頭に当たり、アイリスの頭部から血が滲む。雑な扱いで連行されているため、綺麗にまとめられた髪はボサボサで、真っ白な髪や服はくすんでいた。
罵声を浴びせてくる市民たちが集まる街の大通りを見世物のように歩きながら、アイリスはこれからどうなるのかと不安になる。大切な人たちの安否も心配だ。自分のせいで巻き込まれてしまわないか、その事で頭がいっぱいで、体に物を投げ捨てられても気付かない程だった。
あっという間に地下の牢獄に投げ込まれたアイリスは、なすがままにじっとしており、諦めたように壁に寄りかかっていた。
国王と教皇が死に、聖女が捕縛されたということは革命がほぼ成功したと言ってもいい。アイリスに手を出せるだけ国王派の者たちを捕縛し、見せしめのように民衆の前に晒した。教皇が無くなれば教皇庁の統括が無くなり、全ての指揮を失った国王派の連中は為す術がない。
逃げるにも民衆の数は多い。この国は民衆の怒りを買いすぎた。革命とはそういうものだ。
「無様だな」
知った声が聞こえて、ゆっくり顔を上げる。
鉄格子を挟んで目の前にいたのはアレクとセオだった。
無事でよかったと思いたいところだが、彼らが捕縛されていないという事は、こちら側ではないということ。
「なんで二人が」
「俺らはこのクーデターに加担してたんですよ。聖女様、あんたは最後まで気付きませんでしたね」
アレクの言葉にやはりそうかと思ったが、それでも訳が分からなかった。
「いつから……、まさか、シーナもなの?」
「そうですよ、聖女様」
今度はセオが答える。まるで現実を突き付けるように淡々と、冷たい目をアイリスに向ける。
「私たちはずっと計画していた。貴方が教えてくれていた情報のおかげで、王国に終止符を打つことが出来ました」
「そんな」
「俺たちはな、ずっと耐えてきた。この腐った国なんかに従って、あんたの下らないお茶会に参加して、ずっと機会を伺ってたんだ。あんたは、一度でも国民の為に身を削ったことがあるか?ないよな!あんたは、国王の言われるままに行動して、本当に助けが必要な奴のことを助けなかった。不満ばかり俺たちに垂れ流してる暇があったら、改革を一つや二つ起こせよ!俺はあんたみたいなやつが心底大嫌いなんだよ!」
言い捨てるようにアイリスに言うと、アレクは居ずらくてなったのか、早足でその場から離れていった。
アイリスにはアレクの言葉から、ずっと耐えていた言葉をようやく言いのけたもののように聞こえた。だからこそ、受けた衝撃は計り知れなかった。
裏切られた気持ちよりも、後悔と自責の念にかられる。自分の無力さに深淵絶望する。
アイリスはさっき以上に肩を落として、考える事も無駄なように感じた。これ以上何を思う事がある。
罪を逃れる事など出来ない。聖女として、民を守れなかった責任はアイリスにある。
「貴方は、本当にこれでいいのですか?」
「へ?そんな、私にはどうする事も」
「貴方はいつも私に自分は無力だとおっしゃいましたね。国王の命令には背けないと。ですが、こうやって、国王の命令に背いた者たちが居ます。未来を変えようと大きな驚異に立ち向かった者たちが居ます。貴方は何故、それを選ばなかったのですか?」
「…それは、勿論命令に背けばどうなるか」
「貴方はそんな考えで聖女になった訳では無いでしょう!初めて会った時、どんな驚異からも先陣を切って人を救える聖女になるって言ってたじゃないですか。だから国王の政治にも反対していた、どうにかしようと動かれていたではありませんか。なのに貴方は、いつからそうなってしまったのですか?何をそこまで恐れているのですか?」
やめて
何も聞かないで。詮索しないで。
アイリスの真意を知ってか知らずか、セオの言葉に同様してしまう。彼が何を探ろうとしているのか、そこまで聞かれれば想像が着く。アイリスが最も秘密にしている事を、彼は暴こうとしているのだ。
それだけは絶対に言わない。言いたくない。
言ったらどうせ彼も
「聞いてどうするの?言ったら何かが変わるのかしら。もう過ちは変えられない。あなたに何ができるって言うの?ずっと騙していた癖に、今更温情をかけてくれるの?気付いていたのでしょう?貴方にまんまとうつつを抜かしていた私は、さぞ愚かに見えたでしょうね」
跳ね返すように言った言葉は、思った以上に冷たく、突き放すようになってしまった。
私でもこんな冷たい言葉言えるのね。
思えば、セオと喧嘩したことなんてあったかしら。
「……そうですか。ただ貴方の考えを最後に聞きたかっただけですので。それではこれで。……さようなら、聖女様」
セオをアイリスの返答に対し、心底覚めたような表情で返すと、別れの言葉と共に去っていった。とてもあっさりと、これが一生の別れとは思わないほどに。
アイリスは自暴自棄になっていた。生きる希望が見いだせず、真っ暗な地下牢で何も考えないように目をつぶる。
なんだか疲れた。
もう全てどうでもいいや。
「アイリス」
「アイリスってば」
あれ?誰か私の事を呼んでる?
誰だろう、暗くて見えないや
「おーい!アイリス」
誰かに肩を叩かれ、ハッとして振り向くと、後ろに居たのは一人の少女で、周囲は屋根裏部屋のような古びた一室。大きな出窓からは日が差し込めており、鳥のさえずりが聞こえる。
「起きた?もう、最近無理しすぎなんじゃない?」
「ごめんレイア、寝ちゃってた」
「レイア様、今アイリス様は大変な時なのですよ。もうすぐこの国の新しい聖女様に就任されるのですから」
「もうすぐか〜。アイリス、この国を支える者として、頑張りなさいよ」
「言われなくても、分かってるわ。そしたらレイアの待遇も、もっといいものにしてみせる」
「私のことよりまず民の事を考えなさい。貴方にまだそんな余裕あるの?」
茶化されながらも、お互い心底楽しそうに話している。近くにいるメイドのリンも、レイアのお茶菓子を準備しながら気さくに2人に話しかける。
決して豪華とは言えない部屋の作りと、たった一人のメイド。窓辺からの音が一切なく、見えるのは青々と生い茂った森の景色だけ。
こんな場所で唯一軽装で動く少女は、この国の隠された第一皇女レイアだ。亡くなった前皇后の娘であり、呪われた皇女。生まれながらに強力な魔力をその身に宿しているが、それに体が耐えきれず体に大きな負荷がかかっている。本当は魔塔に要請を出して直ちに治療を行いたいが、それには国王の許可と莫大な費用がかかる。居ないものとして幼い頃から塔に隔離され、城と隔絶された環境で育ったお姫様。
アイリスにも直せない病気と、レイアは一人この塔の上で戦っていた。
アイリスがレイアの元に通っている事は誰にも言っていない。一度知られればアイリスの大きな弱点になる。アイリスの唯一無二の親友であり、家族のように支え合ってきたレイアを、アイリスはどうしても助けたかった。その為にはこの関係は決してバレては行けない。そう言う場所に、これからアイリスは向かっていくのだから。
「レイア、待っててね。私がこの国を変えてみせる。国王様の考えではいずれこの国は崩壊する。そうならないようにこの国を、国民を守って見せる。いつか誰もが平等に治療を受けられる世の中にしてみせる。その為にも、私は先頭に立って戦うわ」
「ええ、楽しみに待ってる。あまり無理はしないようにね。私がこんな身体じゃ無ければ貴方を手助け出来たのに」
「何言ってるの!私にいつだって助言をくれるじゃない!それに何度助けられたか」
決してバレてはいけない関係。ほんの僅かのこの時間が、アイリスを勇気づけてくれる。
レイアはアイリスの命そのものだ。
幼い頃救ってもらった命は、ずっとレイアに捧げると決めていた。
本来なら魔力を発散し使いこなせれば、この国一の魔道士にだってなれる。オマケに理知的で頭が良い。こんな所に閉じ込められていい存在じゃない。
アイリスはそんなレイアの状況をどうにか変えたかったのだ。
「もうこんな時間!レイア、そろそろ神殿に戻るね」
「あら本当に早いわね」
「また来るから」
「今度はお土産を持ってきてほしいな」
「分かったわ!じゃあまた」
「行ってらっしゃい」
「いってきます」
正午に差し掛かり、そろそろ戻らないと抜け出していた事がバレてしまう。アイリスは別れの挨拶をして急いで塔を駆け下り、その場を離れた。
明日からまた忙しくなる。
次に会えるのは就任後だろう。
それまでに少しは落ち着いて、新しい土産話も沢山出るだろう。そう何時ものように考えていた。
だからその時は知らなかった。
これがレイアと交わす最後の会話になる事を。
____そのせいで私は結局、王様の人形になってしまった。
* * *
気付けば辺りは更に暗くなり、代わりに小さな窓から月の光が微かに室内を照らしていた。僅かな視界と牢獄を照らす唯一の松明だけがゆらゆらと揺れている。アイリスはそれをただぼーっと眺めていた。
食事には一切手を付けられず、一層このまま餓死した方がまだ幸せなのではないかとさえ思った。
涙もとうに枯れて、目の周りは赤く腫れて、地面や床に顔を擦りつけたせいで泥がいくつもついていた。暴れたって仕方ないのに、1人になった瞬間、思いっきり泣いた。どうせだれも来ないし気にもしない。罪人とはそういうものだ。投獄された瞬間に人ではなくなるから。
ただ動くものを眺めるだけこの時間すらいつまで続くのか、今は一体何時なのか、それすらも考えられない。
そんな時、ふと月の光に僅かな影が刺す。
最初は目が自然と動いただけだったが、だんだんと人の形をなしている事に気付く。
え?誰か窓の外にいる?
意識がそこで戻り、窓の外にいる人影に急に疑問と恐怖を覚える。こんな時間に何故。
考えられる答えは2択。
暗殺か見物か。
じっと寝たフリをして時が過ぎるのを待つ。もし暗殺だとしても対応のしょうがない。大人しく過ぎていってくれるのならそれでいい。
「アイリス様」
ほんの僅かに聞こえた音は人の声だった。
とても小さく囁くように誰かがアイリスの名前を呼んだ。ここで疑問に思ったのは、今のアイリスに敬称を使うものなど居ない。呼ぶならば蔑称の意を孕む。けれどそれでも、アイリスを聖女ではなく名前で呼ぶ人間は限られる。
一体だれ?
「アイリス様、聞こえますか?私です、リンです!」
その言葉を聞いた瞬間に、アイリスは飛び起きた。転びそうなおぼつかない足を必死に動かし、縋るように窓辺に張り付いた。アイリスより数センチ高さのある小窓からは、間違いなくリンがしゃがんでこちらを覗いていた。
「リン!何故ここに?ここは危険よ」
「アイリス様、監視の目をかいくぐって来ました。どうか聞いて下さい。今しかないのです」
鬼気迫るリンの表情に、リンが何か覚悟を持ってここにいることに気が付く。本来レイアの塔に居るはずのリンがここに居るという事は、そちらでも何が動きがあったということ。そうでなければ、リンは主人の傍を離れるはずがないのだから。
「リン、分かったわ。でもその前に教えて。レイアは生きてるの?」
「……生きております。私どもが、必死にあのお方を隠し通しました」
泣きそうになりながら答えたリンの表情で、アイリスは心底安堵した。どっと体の力が抜け、寄りかかって居ないと倒れるほどだった。
目からは自然と涙が零れた。
「良かった…良かったよ。レイア、良かった…良かった」
何度も諦めかけた。どんなに心配した事か。
「アイリス様、よく聞いてください。どうか我々と逃げて下さい」
「そんなことできるの?」
「我々が命に変えてもお二人を逃がしてみせます。その為にどうか、力をお貸しください」
「そんな、万が一見つかったら。今はまだレイアの存在に気付かれてないのなら、あなたたちだけでもレイアを連れて逃げて!」
「なりません。あのお方が目覚めた時に、何より貴方が居なければ!」
まるでもう覚悟は出来ていると言った表情に、アイリスはどうしても想像したくない未来に戸惑う。彼らは命懸けで私たちを外に出そうとしてる。
「今近くでヤンがレイア様を担いで期待してます。今の時間は兵士も気が緩んでいます。今からこの窓を一気にこじ開けます。いいですか?」
「リン、それってまさか」
「伏せて下さい!」
ドンッッ!!!
大きな音が深夜の地下牢獄から響き渡る。
激しい音に気付いた兵士たちが一斉にそちらに向かう。音がなった先は地下牢獄。これは脱獄だと誰もが思った。
遅れを取って向かったが、既にもぬけの殻であり、破壊された室内は煙がたっており、視界が悪くなっていた。この部屋に居た者を確認した一同は驚愕した。
「元聖女が逃げたぞ!!!!」




