01.王様のお人形
イムシア王国首都に聳え立つ厳かな神殿の片隅には、誰も立ち寄らない小さな小さな庭がある。
手入れは一応されているが、庭と言っても小さな花壇が2つと小さなガゼボが建っている。近くには細長い小川がチョロチョロと流れ、日差しがあまり入りにくいために芝生はやや湿っていた。
そんな場所には、決まって同じ人物が居座っていた。ガゼボのイスに体を横たえて目をつぶる少女が1人眠っていた。
「聖女様、そろそろ時間ですよ」
ほんの僅かな芝生の踏む音と共に、一人の騎士が少女アイリスに話しかけた。
「お祈りの時間です。皆が待ってますよ」
「……」
「狸寝入りは分かっています」
「……もう少しダメ?」
騎士の圧力に耐え兼ねたアイリスは、目を閉じたまま言葉を返す。
「ダメです。民も貴方が来るのを待っております」
「分かったわ」
ゆっくり起き上がり、当たり前のように騎士セオから差し出された手を取る。
ここイムシア王国は古代から光の女神エルシリアを信仰しており、白魔法の性質を持った女性を女神の化身・聖女として崇めてきた。聖女は人々を癒す治癒魔法と闇を払う光魔法の使い手だ。代々多くの聖女を輩出し、力の強い少女を聖女として国を繁栄させてきた。今代の聖女アイリスもまた、7歳から神殿に召し上げられ、聖女候補としての人生を歩み始めた。成人となる14歳で正式に大聖女として認められ、国王への忠誠を誓った。
決して切れぬ契約として。
アイリスは大聖女になってからの2年間、王の命令に背くことなく生きてきた。それがどんなに無理な命令であってもである。
「どうせ、民衆の大半は祈りに参加出来ないわ。治癒だって…重症かどうかは問題でないのだもの」
ついつい不満を零しながら思い足を進める。
「……少しでも多くの民をお救いできるのですから、そう仰らないでください」
「貴方も思わない?こんなんじゃ聖女って、いる意味あるのかしら」
「教皇庁の者が聞いていたらどうするのです。お控えください」
「貴方の前だから言えるのよ!それに、ここには誰も来ないわ」
アイリスは足を止めてセオの背中を注視する。
「セオ、ねぇ教えて。国民は本当は私の事、どう思ってるのかしら」
この国は国王と教皇を筆頭に長らく栄えてきた。聖女は国民の平和の象徴であり、イムシアは統制の取れた平和で強固な国だと、そう幼い頃から教えられてきた。だからこそ、アイリスは子供の頃から憧れた聖女になれたことを誇らしく思っていた。
けれど現実はアイリスが想像してた煌びやかなものとは違っていた。
アイリスが寄り添い、治癒を施しているのは実際貴族が殆どで、多額のお金が必要だった。戦争に出ていても、位の高い者が優先して治療される権利を持つ。一番先頭で決死の覚悟で戦う者たちの方が、よっぽど重症なのに。
満足に外に出ることも出来ず、アイリスは第一王子の王妃候補として教育を受けている。アイリスはこんな事のために聖女になった覚えは無い。
国王は稀代の聖女と謳われたアイリスを独占しているのだ。
国民がそんな国王とアイリスに、不満を持たないわけが無い。実際、民衆は諦めたような顔でアイリスを見る。恨みの念すら感じる時がある。
アイリスはそれが耐えられなかった。
「……そう思われるのなら聖女様がご自分で国王様に進言なさることです。実際貴方の願いを何度かお聞きになられている」
「それは!…陛下の政事には口を出せない決まりなの。私には無理よ」
「それではどうも出来ませんね。私からは何も仰ることはありません」
ため息と共に諭され、アイリスはぐうの音も出ない。アイリスの今の状況は戯言でしかない。それはアイリス自身も分かっている。けれどこの愚痴は、どうしてもアイリスが本心でさらけ出したい気持ちでもある。セオにだけは、アイリスが非道な人間だと思って欲しくないのだ。
「民の状況を一瞥も出来ないのは問題ね。それでもこの力は結局陛下のモノ。私は陛下に忠誠を誓ったから、陛下の命令は従うしかない」
あの子の命を握られているから。
その言葉をグッと飲み込み、アイリスはまた進み出す。セオは黙ってやや後ろを付いて歩く。
神殿中心部には大きな講堂があり、煌びやかなステンドグラスと女神の銅像建っている。
聖女は一日に二度女神へのお祈りを行い、礼拝の儀の後に人々に祝福を捧げる。
アイリスは誰よりも着飾り、宝石の散りばめられた真っ白なドレスが、彼女の銀髪と反射して光り輝く。
女神の御膳に跪き、祈りのポーズと共にこの国の繁栄を祈る。アイリスは女神への祈りだけは欠かすことなく行ってきた。例えそれが無意味なこと出会ったとしても、女神への願いが通じることを信じて。
女神様、我が民をお救い下さい。
どうか罪深き私たちをお見守り下さい__。
礼拝の儀が終わると教皇庁の会議に参加する。アイリスはただ黙って話を聞いているだけだ。
…なんてつまらないんだろう。
早くシーナたちとお喋りしたい。
教皇庁のお偉い方の大半は最近の自分の事や子供のことが多い。近辺の情勢や住民の生活なんてこれっぽっちも興味がなさそうだ。
アイリスは今でこそ伯爵家の令嬢だが、かつては孤児なので、アイリスを良く思わない者が多い。ただアイリスは国王のお気に入りだから、丁寧に扱われているだけだ。
今も、アイリスが口出ししようなら嫌味たらしく無視されるだけだ。アイリスはあくまで国王のお人形さんどあり、それ以上もそれ以下でもない。アイリスが国王に逆らえない事をいいことに、随分な扱いだ。
「聖女よ」
「はい、教皇様」
「しかと励め。決して陛下の意にそぐわぬ行為はするな。よいな」
「はい、分かっています。教皇様」
教皇の冷たい声と共に、周囲の者たちから冷たく尖った視線が送られる。肩身が狭まい思いをするのは慣れっこだ。アイリスはあくまで人形なのだから。
* * *
「え?!また戦争するんですか?」
「ええ、次は帝国に仕掛けるらしいわ」
「あの帝国にですか?そんな、この国では……」
「勝ち目がないわね」
午後の昼下がり、親しくしている友人たちとお茶会を楽しんでいた。特に同い年で聖女見習いのシーナは、アイリスに気兼ねなく接してくれる数少ない一人である。
シーナの幼馴染のアレクは、セオと同じく聖騎士の一人で、せオを含めた4人との時間が、アイリスにとったかけがえのないものだった。
「無謀にも程があるでしょう。帝国の戦力は計り知れない。俺たち聖騎士が束になってかかっても蹴散らされるだけですよ。第一あそこでは、闇魔法を扱う秘密組織がいるって噂ですよ」
「そうね、人や物資も差がありすぎるわ。このままでは兵士が無駄死にしてしまうかもしれない」
「そんな、戦争なんてもう嫌ですよ」
長らく栄華を極めたイムシア王国だが、その理由は戦争が大きく、領地開拓のための侵略によって、多額の費用がかかるものの、それ以上の儲けが得られる。そのため戦争を意欲的に起こしている。
けれど今回挑もうとしている強国エレジア帝国は、莫大な土地と戦力、経済成長が進む革新的な国と言われている。周囲の国家とは一歩先を行っており、周辺国は安易に手を出すことをしないのだ。
けれどイムシア王国は勢いに乗じたのか、帝国に戦争を持ちかけようとしている。これは国に、引いては国民に危険が伴う。
税はかさむ上に多くの若者が戦争に駆り出される。
セオやアレク、シーナの父だって戦争に行く事になる。
暫く皆無言になり、何も言えずに押し黙る。
アイリス自信、聖女でありながり戦争を止めることは出来ない。彼らに対し、アイリスは何も言う権利はない。
私って本当に、役ただずだわ……。
「みんな、ごめんなさい。こんな暗い話持ち出しちゃって。私にはどうする事も出来ないのに…」
「良いんです、アイリス様。私たちにそんな重要な話を教えて頂けて嬉しかったです。アレクもセオも、黙ってないで!折角のケーキが不味くなっちゃうじゃない!」
「おい!俺らはお前と聖女様に付き合わされてるだけなんだが?!セオもなんか言えよ」
「私は聖女様の意向に従うだけです。アレクも黙って席に着け。聖女様に入れていただいた紅茶が冷めるだろう」
「俺だけかよ?!」
アレクとシーナによって雰囲気が和み、笑いが起きた事にアイリスは安堵する。
「私みんなとこうしてるのが好きよ!こうゆう毎日が続いていけばいいな!」
「何言ってるんですかいきなり」
「私も好きです!ケーキ美味しいですから!」
「本当にシーナは甘いものが好きね!」
「はい!」
ケーキが好きと言って美味しそうに食べるシーナを仕方なそうにアレクが見た。アイリスはシーナに自分のケーキを上げながら嬉しそうに食べる姿を眺めていた。
今はまだ、このままで_____。
私は思い上がってたのかもしれない。
平和ボケして、肝心な事からは目を逸らして、一番近くにいた人間のことすら考えられない。
まだ大丈夫。まだ時間がある。今じゃないって。
これはその罰だ。
「アイリス・ヴァンスタイン、身柄を拘束する」




