09.ストレイドッグ
「どうやら逃げられたようだ」
伯爵を拘束し、彼らが持っていた魔力石から跡を辿ったものの、全てもぬけの殻だった。
「仕方ない、奴を徹底的に尋問しろ。決して殺すな。魔術師の事を洗いざらい吐くまで死ぬことは許さない」
「分かったわ」
応援に来ていた第4部隊の1人ローエンが、捕らえた伯爵を連れながら返事をする。体の一部を無くしたシスターミラは、身体を覆う程の布で包まれて抱き上げられた状態で運ばれた。応急処置は済んだものの、精神的な傷が大きく、落ち着くまで療養になる。ノース伯爵は現状身分剥奪の上領地没収。ノース家は貴族席から抹消、平民降格となる。勿論義弟のダレン・ノースもである。後に引き継がれる領主は後日決められる事となる。
罪状には機密漏洩と国家反逆罪が挙げられ、情報を吐かせ次第死刑となるだらう。
ノース夫人は共犯となるものの、間接正犯であるため、東部僻地の修道院送りとなった。
ダレンは直接的な関与が見られなかったため、貴族席剥奪呑みとなる。本人は元々平民出身だったため、昔の生活に残ると笑っていた。
ノース伯爵の息子も平民となり、成人しているため、一部の給付金を元に開放となる。
伯爵が裏で糸を引いていた密輸組織は、1部を覗いて一斉に捕らえられた。魔術師が1歩早く策を講じて撤退したため、魔術師関係の情報がごっそり消えていた。しかし大勢の奴隷たちは開放される事となり、それぞれに救済措置が取られることとなる。
協会に居た子供たちとハリス神父は、一先ず治療施設で治療を行い、直ぐに新しい協会が立てられるまで執行猶予中のダレンが引き取ることになった。
「神父さま、いつからシスターの事を、…その」
シトロンは怪我の治療を終えて、子供たちの治療を見守っているハリス神父に話しかけた。
「…シスターミラことは、つい最近です。彼女は私が入る前からここに居て、前の神父とは折り合いが悪く暴力を振るわれていたと聞いていました。献身的で子供たちにも分け隔てなく、気弱で優しい方だと思っていいたのですが。ちょっと前に旅立って行った子供が、ボロボロになって私に助けを求めに来たのです。それで初めて彼女の本性を知りました。しかし、まさか食事にまで餌を仕込んで居たなんて、私が迂闊でした。子供たちを助けられなかった私にも責任があります」
その手は震えており、堪えてやや滲む涙を隠すように手を顔に置いていた。
「第4部隊の皆様、この度は本当にありがとうございました____ 」
「……」
「どうしたの?辛気臭い顔して」
帰りの馬車の中でシトロンは考えにふけっていた。戦いで疲れているだろうとアイリスが馬車を手配してくれており、罪人が入れられた馬車と共に乗って帝都まで帰ることになった。向かい側にはアイリスとリオーネが座っている。やや狭いが、窮屈な程ではない広さだ。
「……すみません」
アイリスの問いかけにシトロンはやや遅れて反応する。
「僕はどうすれば良かったのかなって、ずっと考えていました」
「…今回に関しては、結果は決まっていた。気に病む必要はないよ。結局どうする事も出来ないのだから。私たちに出来ることは、少しでも相手の筋書きから外れる事だけ」
「隊長は、どこまで知っておられたんですか?」
シトロンの質問にアイリスは意味深にニコッと微笑む。
シトロンは改めて読めない人だと感じた。きっとだからあの時、アイリスはシトロンにハンドガンを渡して、あの場の全員を守る命を下したのだろう。
「僕は、まだまだ未熟です。躊躇って、迷ってばかりだ」
もっと強くなりたい…。
シトロンは深くそう思った。ただ力の強さを言っている訳じゃない。何にも左右されない鋼の精神と決断力。意志を力に変えることこそ、真の強さに繋がるのだ。
「悩むのはいい事だよ。負けて躓くと、それだけ成長する。ただ、己の正義を決めないことだよ」
「え?どうゆう」
「正義も不義も人の数だけ千差万別だ。その者の正義が、相手にとっては不幸となることもある。よく考えて正義を見極めるのではなく、自分自身の過ちを問え」
自分自身の過ち……。
シトロンはしばしばその言葉の意味を考えていると、正面のアイリスが少し笑った。
「難しく考えなくてもいいよ。いつか分かる時がくるから」
「僕は、この隊に居てもいいのでしょうか?」
「居るべき場所というのは、本来自分で見つけるものだよ。ま、今回は縁の繋ぎ合わせだ」
優しく微笑んでそう言うと、アイリスは何となく窓の外を見る。
風景が流れるように変わっていく様子を見ながら、時は一瞬で過ぎ去って、流れて行ってしまうのだろうと思った。
「私はね。日頃から第4部隊の者たちは共通して、二面性を持っていると思っているの。己の理想の姿と現状が融合する実体と、内に秘める私欲と懐疑心が付随する自我にだ。この2つの面をどちらか一方に傾けるのではなく、相互させる。それが私たちの価値観だ。決して自我を納めるな。己が心を他者に左右されないように。どうか覚えておいて、お前が持つ優しさは美徳だが、自己犠牲になる前に自我をふるい落とすな。歓迎しよう、我が親愛なる同胞よ。お前のその自我は我々には必要だ」
そう言ってアイリスが差し出した手に、シトロンは覚悟を込めて握り返す。
シトロンはその言葉に救われたような気を感じた。
この人はありのままのシトロンを見ている。見ようとしている。それを心から必要としてくれているのだ。
なんという高揚感だろう。
この人は美しき正義の騎士でも、親愛なる聖者でもない。誰もが憧れるそんな存在を否定するような言い分は、正しく人そのものの姿に思える。
「これからよろしくお願いします。隊長」
* * *
「あーらら、言わんこっちゃないよ!まっ!どうせもう要らなかったし、実験材料もいい具合に揃ったから結果オーライ!」
フードを被った魔術師は、そう言って陽気に笑う。
ここはイムシア国内西部の魔塔イーデン。
その一室で色とりどりのお菓子をつまみながらソファでくつろぐ小柄な魔術師。そして、その近くの本棚で魔導書を読む背の高い魔術師が1人。
「奴に口封じの魔法はかけたんだろうな」
「勿論かけてあるよ!」
「なぜ殺さなかった。あのままではヒントを与えたのと変わらないだろ」
「えへへ!かわいーかわいーボクたちの死神が、そろそろボクたちを恋しがってる頃だと思ってね!」
小柄な魔術師はまたひとつ菓子をひとつまみする。
「早く欲しいなー!あの子はどんな輝きを見せてくれるんだろうね!きっととびきり綺麗なんだろうなー」
「お前の手に渡ることは有り得ないな」
「えー!なんでさー!他の奴らは皆持ってるだろ!」
「アレを欲しがる魔術師は多いからな。間違いなく奪い合いになるぞ。俺は参加しない」
「勿体ないなー!とか言って、君もこっそり狙ってるくせに」
「……」
図星かのように押し黙る背の高い魔術師を横目に、小柄な魔術師は鼻歌を歌いながら摘んでいたお菓子を2つの指でいとも簡単に砕いた。
「また会おうね!死神姫」
1章終了
ここまでお読みいただきありがとうございました。
シトロンは将来、アイリスの忠犬的ポジションにおさまります。と言っても、アイリスの隣には忠実な秘書がいるので、隣に立つのははなから諦めてるみたいです。
2章からは第4部隊のメンバーも続々と登場します。
このメンバーの設定を考えるのが一番楽しかったりします。
第二章はアイリスちゃん遂に帰国します。
次回は少しだけお待ち下さい。