バトルアリーナへ
主人公:綟化 究都 (もじばけ きゅうと)
子供の頃に見ていた記憶。
大きな父の背中と、か弱い母の背中。
それは今でも変わらない。
でも、ひとつだけ――
「おい、コルァ!!! な~にやってんだこのバカタレが!!」
「ごめっ、ゆるし――ってえなぁ! クソジジイ!!」
親父は明らかに暴力的になっていたし――
「コホッ、コホッ……ごめ、んね……コホッ……究都 」
「……ほら、薬……」
母さんはもっと病弱になっていた。
「そろそろ、独り立ちしたらどうだ、究都……母さんは、俺に任せて、自由になったら――」
「うるせぇよ……俺がいなきゃ、誰が飯つくんだよ」
「なんだ、その口の利き方は!」
「父さんは村から必要とされてる……忙しくて看病なんてしてられねぇだろ……それに――」
「うるさい……飯食ったらさっさと寝ろ……明日も忙しくなるぞ」
「…………」
それに比例して、俺の天邪鬼は悪化していく。
自分でも可愛くないな、とは思う。
だけれど、直そうと思っても、直せない。
口から出ていく言葉は、全てが毒づいている。
そんないつもの日常が、今日も終わりを迎えようとしている。
明朝、俺は執筆中の原稿用紙を丸め、机の中にしまって伸びをする。
鳥のさえずりと、か細い陽光おかげで、一睡もしてないのに目が覚める。そんな気にさせて、俺は椅子から立ち上がる。
昨日、いつもの喧嘩をした場所へ戻ると、不器用にも乱雑に片付けられた食器類が目に入る。
それを正し、玄関を開け、ポストの中身を確認する。
もう既に、親父は家にいない。
村1番の大工は、今日も大忙しである。
俺こと綟化究都は、そんな偉大な親父のお手伝いで小銭を稼いでいる。
ほとんど無職で、迷惑ばかりかけて、未だに小説家の夢を追いかけているバカタレだ。
その上、マジで字が汚い。実筆な上に筆ペンで。少しでも長く原稿用紙にペンを押し付けていると、汚い字が潰れて黒丸みたいな文字になる。
そんなんで、小説家を追いかけてるもんだから、周りからはよく馬鹿にされる。
それなのに、親父と母さんだけは、どうしてか――
「夢を追いかけろ」
「夢を諦めちゃダメよ」
なんて言ってくる。ただでさえ、限界も近いってのに。
ポストの中身を拾い上げ、家に戻り、ダイニングテーブルに腰掛ける。
特に代わり映えのしない白黒の新聞と、なんの素材で出来ているのかも分からない程ツルツルな、スーパーのチラシ。
そんな中に一つだけ。羊皮紙のようなボロボロの薄汚れた紙が、長い年月をかけて形を残した卒業証書みたいに丸めてある。
申し訳程度に親展と赤字され、俺の名前が書いてあるとても小さな紙を広げると、そこにはこう書いてあった。
『1ヶ月後の今日開催されるバトルアリーナへの参加者候補に、綟化究都様が選ばれました。これを参加券として、会場にお持ちください――』
「優勝賞品は、世界樹の実……」
世界樹の実……ってなんだろうか。
それに、バトルアリーナって……なんで俺が?
なんて考えていると、後ろから――
「あら、早起きね究都……」
ッフと、咳を我慢する声が聞こえてくる。
「母さん……俺の事より、自分こそ寝てなきゃダメだろ」
「大丈夫よ、いつもご飯作らせてばかりじゃ悪いでしょ……お父さんは……あら、もうお仕事行ったの?」
喋りながら母さんは、手際よく料理の準備を始める。
俺は、そんな母さんの手を止める。
「母さん、寝てなきゃ」
心配……し過ぎだろうか。
母さんの目が、そう訴えてきている。
悲しそうな目の母さんは、コロッと表情を変え、俺の手を見て、口を開く。
「あら、究都。その紙はなあに?」
「……あぁ、これ?」
俺は、参加券を母さんに渡し、その場で読み始めた母さんを椅子へと導く。
やけに正直に従った母さんは、参加券から顔を上げた。
ものすごく心配そうな顔だ。
「……参加、しないわよね?」
「ん? んん……」
正直、悩んでいた。
1位の景品の世界樹の実? とかはどうでもいいんだけど。
「副賞で、お金貰えるかもしれないだろ? だから――」
「ダメ――絶対に、ダメ」
母さんの手が、俺の口を塞ぐ。
「こんなの、燃やしちゃうんだから」
そう言うが早いか、母さんはコンロの火をつけて参加券を燃やしてしまった。
俺も特段、それを止めようとは思わなかった。
母さんが再び眠りに就いたのを確認して、俺はバイトへと向かう。
こんな古びた町なのに、今日はやけに活気づいている。
歩いていると聞こえてくるのは、バトルアリーナがどうとか、優勝賞品がとんでもない代物だとか、そういった話だった。
現場に到着すると、既にお昼休みに入っているようで、俺もそれに合流した。
1人じゃ何も出来ないし、させて貰えないからだ。
「ようやく来たか、綟坊」
俺にそう声をかけてくれたのは、気の優しい大工のおっちゃんだ。
「はい……色々あって」
「いっつも色々あるなぁ、綟坊は」
ハハッと豪快に笑うおっちゃんは続ける。
「そういや綟坊、バトルアリーナって知ってっか?」
「はい? あぁ……1ヶ月後にあるとかいう……それがどうかしたんですか?」
「どうやら完全招待制らしんだがよォ、1位の景品が世界樹の実だとか言う話だぜ! 惜しかったなぁ綟坊――」
「その世界樹の実って、何が凄いんですか? みんな話してましたけど……」
「なぁんだ、知らねぇのか……てっきり、おめぇの母親のために調べてるもんだと思ったんだけどなぁ」
「? どうして母さんが?」
「なんでも、その実を食ったヤツぁどんな病気でも治っちまうし、その上、不労になるってぇ話だぜ」
「…………」
「まぁ、噂の範疇に過ぎねぇし、実際に食ったヤツが周りにいるわけでもねぇから、知んねぇけどよォ! 別のやつの話によると――」
おっちゃんの話を遮り、俺は自分の家に向かって思いっきり走った。
後ろから、おっちゃんの豪快な笑い声が追いついてくるが、いつしかその笑い声もいなくなっていた。
家に帰り、そっとダイニングへと向かう。
自分でも驚くが、息が全く切れていない。汗もかいてない。つらっと、平静の状態だ。
コンロの周りをよく見てみる。
燃えっカスの破片だけでもいい。
参加券が、欲しかった。
もう心は決まっている。
絶対に、世界樹の実が欲しかった。
その時。
キッチンの下、少しできた溝の部分に、誰かが隠したみたいに不自然な状態で、参加券の切れ端が残っていた。
『綟化究都』と書かれた部分だけ。
そこだけが綺麗な状態で残っている。
母さんが、やったわけじゃないよな……全部燃え切るのを俺もこの目でしかと見届けたし……。
そして、俺がその切れ端に触れた時。
ボウと音を立てて激しく燃え、一瞬にして見覚えのある参加券が、手元に現れた。
……まるで、紛失することが分かっていたみたいな、ヤラセドッキリみたいに完璧な演出だ。
俺はその参加券を丸めてポケットに突っ込み、自分の部屋へと向かった。
部屋に到着後、簡単な身支度だけを済ませ、部屋を飛び出した。
と、いっても。持っているのはトンカチ1本。
格好はといえば、動きやすそうな親父から授かった法被と……ねじり鉢巻。巻いてはいないが。
……どんな規模の大会か知らないが……大丈夫、だろう……多分。
それと、今までバイトで貯めたお金をダイニングテーブルにぶちまけておいたし、それに――
「はい、お願いします。半年もかからない筈なので……はい、では。よろしくお願いします」
信頼できるお手伝いさんも呼んでおいた。
これで、母さんは大丈夫なはず……。
仕事バカの親父は間違いなく。
玄関のドアノブに手をかけて、立ち止まる。
この家に、帰ってこれない気が……。
いや、やめよう……。考えれば考えるだけ不安になってくる。
家を飛び出し、道を歩く。
しばらく歩いて気がつく。
どこで開催されるんだ?