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婚約者の予定表に「婚約はき!!」と書いてあった時はどう対処するのが正解なのだろうか

作者: へんりん

4月11日


「最近予定を紙に書くようにしているんだよ。こうすることで物忘れが防げるからね」


 そう言ってロンドは小さな紙の束をカバンから取り出す。一番上の紙には今日の日付である「4月11日」と何やらたくさんの文字が走り書きされており、よく見るとその走り書きの中に「ルカとデート」という文言があった。

 一体何日先まで予定が書かれているのかしら。ロンドってば本当に几帳面よね。きっとトイレに行く時間までメモされているに違いないわ。

 でもデートって響きは悪くないわね。これから結婚しても二人でお出かけするときは「デート」って言おうかしら。


「ルカもやってみたらいいよ」

「私三日坊主だから、多分すぐ止めちゃうわよ?」

「確かにそうかも」


 ロンドは口元を押さえて笑った。

 そこは「ルカは賢くてかわいいからそんなことないよ」ぐらい言うのが礼儀ってものでしょ!まったくロンドってば紳士の「し」の字も理解できていないんだから。


「私だって頑張れば出来るわよ……ロンドは他にどんなことを書いているのかしら」


 私はロンドの予定表を数枚ひょいっとめくり、覗き込む。

 どれどれ一体何が書いてあるのかしら……って何これ!?


「そ、そんなたいしたことは書いてないよ。日付とやることだけだよ」


 ロンドは少しあわてた様子で私の手から予定表を素早く奪い、手持ちのカバンにしまう。

 明らかに挙動不審なロンドの動き。だけど私にはそんなこと気にしている余裕はなかった。


 4月14日、つまり今日から3日後の予定表。そこに「婚約はき!!」と書かれているのをはっきり見てしまったのだ!


 ……ど、ど、どうしましょう!!!



          *****



4月12日


「ウッフ~ン。私、大人の女性なのよ~。ロイドってば分かる?この大人のい・ろ・け」

「……ルカ、どうしたの」


 昨日「婚約はき!!」のメモを見た私は一晩中悩んだ結果、一つの結論に達した。

 そう、ロンドは私に飽きてしまったのよ!!


 私のロブレス男爵家とロンドのグロビアン子爵家は領地が隣同士で親同士も仲が良いため、許嫁(いいなずけ)になる前からよく遊んでいたし、私が七歳の時にロンドの許嫁となってもう十年が経とうとしている。どんなにおいしい料理でも十年以上食べ続ければ他のご飯が食べたくなるものでしょう。まあ私は毎日唐揚げでもかまわないのだけれど、というか毎日唐揚げを食べたいのだけれど……ゴホン。つまり、ロンドは他の料理に目移りしてる真っ最中なのだ!

 このままでは4月14日に婚約破棄を言い渡されてしまう。それは嫌!回避するためにはどうすれば良いのか。

 そう、私がロンド好みの女性に変化すれば良いのよ!味変をするのよ!


 その結論にたどり着いた私は昨晩母に相談をした。もちろんロンドの話は伏せた上で、男はどのような変化に喜ぶかを聞いたのだ。母は「男ってのはね。大人の色気に弱いの。ロンド君だってイチコロよ」と言っていた。

 何故ロンドの話だと……まあいいか。

 というわけで私は今大人の女性を演じきっているのだ!


「ウッフ~ン。今まで抑えていた私の色気がとうとうあふれ出してきてしまったのよ~」

「色気ってそんな封印されし物だったんだ……」

「ウッフ~ン。どう、ロンド?大人の魅力、分かったかしら~?」

「……そうだね。もうちょっとかな」


 ロンドがニヤニヤ笑いながらそう言った。

 もうちょっとって、私の色気の何が足りないっていうの?おかしいわね……予行演習したときは、母が色気で気絶しそうになっていたのに。


「もうちょっとって?」

「う~ん。多分キスしてくれたら大人の魅力、分かると思うんだけどな」

「ウッフ……え?」

「だからキス」

「キ、キス!?」


 お、おちつけ。おちつくのよ私。

 キスってあれよね。唇をくっつけるとか言う、あれよね。大人の女性なら出来ておかしくない、あれよね。


「ほら、どうする?」


 そのニヤけ面を止めろ!いいわ。やってやるわ。やればいいんでしょ!キスなんてたいしたことないじゃない。ただ口と口をくっつけるだけよ。肌と肌が触れあうのと同じよ……いやそれはそれで緊張するわね。で、でも一瞬くっつけて離せばいいだけよ。実際今も空気を介して間接キスしているような物だし、簡単な事よ。

 ロンドの唇に私の唇を近づける、唇に唇を近づける、くちび……


 やっぱり無理!!



          *****



4月13日


「ロンドなんて好きじゃないんだからね!」

「ど、どうしたんだ一体」


 母は父に一途で、百戦錬磨でもなんでもない。それに親世代の恋愛術は今の若い世代には通用しないのかもしれない。

 そのことに気がついた私は、侍女の中で一番モテると噂のマリアンヌに話を聞くことにした。

 マリアンヌ曰く「男はギャップに弱いのです。普段好きだとアピールされている子から冷たい態度をとられると追いかけたくなるものなのです」とのこと。


 別に私は普段ロンドに好きだとアピールしたことはないのだけど、マリアンヌ曰く「ルカ様はロンド様に大好きオーラを出しすぎです」と注意をされてしまった。

 なんだろう大好きオーラって……あとなぜ皆ロンドだと決めつけるのだろう……

 まあいいか。


「今日の私は冷たいんだからね!」

「……今回はそういうコンセプトなんだ」

「ロンドなんてちょっと賢くて、ちょっと優しくて、ちょっと素敵なだけなんだからね!」

「あ、ありがとう」

「褒めてなんかないんだからね!」

「僕もルカのこととても素敵だと思ってるよ」

「……例えばどこよ」

「コロコロ表情が変わるとことか、ご飯を美味しそうに食べるとことか、困っている人がいたら放っておけないとことか、ちょっとぬけてるとこ」

「うわぁぁぁぁぁ!!もうやめて!!もう十分だから!!」


 私はあわててロンドの声をかき消す。

 なんなの、こいつ!!こんなすらすらと恥ずかしがらずに言いやがって!そんなに私のこと……あぁもう!じゃあなんで婚約破棄なんてするのよ!……というかあいつ最後ぬけてるって言ってなかった?それ褒めてる?


「あれ?今日は冷たくするんじゃなかったっけ?」


 だからそのニヤけ面やめろ!!


「今日のとこはこれで勘弁しといてやるわ!明日は覚悟しなさい!!」


 明日は吠え面かかしてやるわ!



          *****



4月14日


「では、本日は私と婚約しているメリットについてお話させていただきます」

「……ルカ、熱でもあるのかい」


 昨日は結局途中で逃げ出しちゃったけど、勝ったと思わない事ね!今日はとびきりの作戦があるんだから!

 前回失敗した原因は女性に相談した事だ。ロンドは男。男の気持ちの知るのはやっぱり男しかいない。だから今回は執事のバトラに相談したのよ!覚悟しなさい、ロンド!


「ロブレス男爵家とグロビアン子爵家は国境付近にあるため、協力関係が必要不可欠となってきます」

「まあそうだけど」

「そこで、我々が付き合うことによって社交場にロブレス男爵家とグロビアン子爵家は仲良しだとアピールすることが出来るのです!」

「でもその理論だと、別に僕たちである必要はない気が……」

「そんなことはないです!そんなことは……ないからないです!」

「勢いだけで乗り切ろうしすぎでしょ……でもそっか」

「どうしたの、ロンド?」

「いや、ルカは僕の事が好きだから婚約してくれたわけじゃないんだなって」

「そ、それは」

「貴族の婚約なんてそんなもんだけどさ、僕はせっかくなら好いて欲しかったんだけどなあ」

「で、でも婚約破棄しようとしてるのはロンドの方じゃない!」


 ……言ってしまった。

 さっきまでいつも通りニヤニヤしていたロンドの顔が一瞬で凍り付く。


「……そんな出鱈目(でたらめ)どこで聞いたんだ」


 ロンドの周りの温度だけ下がっていく。血の気が引くような感じがする。

 これは……怒ってる?なんで?


「えっと、その、あなたの予定表の中、見てしまったの……」

「……予定表?」

「今日の予定に『婚約はき!!』って書いてるでしょ?だからそれを知って……でも私、出来れば婚約破棄なんてしたくないわ!私に何か悪いところがあれば直すし、他の人に目移りしてるんだったらその人よりも魅力的になるから!だから、だから……」


 私は目からぽろぽろ涙がこぼれてくるのを感じる。泣く気なんてなかったのに、前もって準備してあったみたいにボロボロたくさんこぼれ出る。多分今の私は見るに堪えないほど不細工な顔をしているのだろう。

 でも、嫌だ。ロンドとこんな所でお別れなんて絶対嫌!どんなに惨めでも、どんなに醜くても、ロンドと一緒じゃなきゃ嫌だ!!


「あの、ごめんだけど、そんなこと書いてない……」


 ロンドがものすごく気まずそうな顔でそう言った。


「ふぇ?」


 やばい、変な声出ちゃった。


「ど、どういうことよ!私しっかり見たわよ!!」

「えっと予定表ってこれだよね」


 ロンドはいつものカバンから紙の束を取り出す。一番上の紙には4月14日と書いてあり、その下にはたくさんの走り書きがあった。そしてその走り書きの中に「婚約はき!!」が……あれ?


「これ『婚約はき!!』じゃなくて『婚約はっきり』だね。ごめんね字が汚くて」


 えっと……つまり私は婚約破棄されると勝手に勘違いしてたって事!?

 ……恥ずかしい。どんな顔してロンドを見ればいいのか分からない。ロンド、そんな哀れむような視線をこっちに向けないで!穴があったら入りたい。というか地球の中央で引きこもりたい……


「……その、ごめんなさい。勘違いで……」

「大丈夫だよ。本当にルカはルカだね」


 ロンドは笑いをこらえようとしているのか口の端をヒクヒクさせている。そんな顔をするぐらいなら、いっそ盛大に笑って欲しい……


「本当にごめんなさい……あ、でも『婚約はっきり』ってなんなの?私とロンドの婚約はすでに父様達によって結ばれていると思うんだけど」

「ああ、それね」


 そう言うとロンドは唐突にカバンの中から大きなバラを一本取りだした。

 え?何?今日なんか記念日だっけ?


「ルカ。今までの婚約は親の都合による物だったけど、僕はあなたと過ごす日々を通じて本気であなたのことを愛するようになりました。親や家の事は関係なく、僕はあなたと婚約したいです。改めて僕と婚約していただけませんか?」


 い、今、愛してるって!ロンドが私の事愛してるって言った!!

 ど、どうしましょう!!顔にどんなに力を入れてもニマニマがとまらないわ!


「えっと、その……こんな私で良ければ喜んで」



          *****



4月14日


 あれから二年が経った。

 目の前には少し大人びたロンドが、両手いっぱいのバラの花束を持って立っている。


「ルカ。僕と結婚してくれないか」


「喜んで!これから一生よろしくお願いいたしますね」


 今日のロンドの予定表には「結婚はっきり」と書いてあるのかもしれないわね。

 私は昔のことを思い出し、クスリと笑った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全体的にまったりな雰囲気なのに、主人公が右往左往している様子が可愛らしかったです。 [一言] 楽しく読ませていただいました。ありがとうございます!
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