表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

ラグーダ戦―2

 窓から見える光景は一言で言えば『地獄』であった。

 こんな朝早くから突然村へやってきた歩兵たちが、次々と老人や子どもを捕まえながら連行していく。連続する悲鳴が耳をつんざく。連れていく先は決まって一ヶ所らしいが、霧が濃くてよく見えない。

 こうしてシャーリアと共に寝室の窓から外の様子を覗いていると突然、玄関の方からドンドンドンと激しくドアを叩く音が聞こえた。

 はっとしてシャーリアと共にドアの方へ急ぐ。着いてみるとそこには、ドアの覗き穴から外を覗き込むフィアナの姿があった。フィアナは俺たちを見ると、近くに控えていた子供たちと共に、すぐにダイニングルームへ誘導し、小さい声で話し始める。


「フィアナさん、これは……」

「ええそうです。外にいるのは昨日お話ししたザリアス様の兵士です。私が追い返しますから、それまで子供たちと一緒に、この地下に隠れていてください」


 フィアナがそう言うと、キッチンの近くにある、地面に張り付いた小さい扉を開けた。覗き込んでみるとそこには梯子がかかっているが、その先は非常に暗くてよく見えない。

 すぐにそこへ入るよう、フィアナが催促する。


「さぁ、入って?」

「いえ、大丈夫です。私たちは戦えますし」

「駄目です!きっと侍従魔術師もいらっしゃることでしょう。昨日も申し上げましたが、彼らは魔術においてはザリアス様に認められるほどの優れた力を持っているのです。……こんなことを言うのも失礼ですが、あなた方に敵う相手ではありません」


 フィアナが物凄い剣幕でそう言った。その表情の奥には恐怖の感情も見える。侍従魔術師とやらは相当恐ろしい力を持っているのだろう。


「それじゃあ、ぼくが先に入るね」


 フィオが一番目、続いてリューナがゆっくりと梯子を降りていく。

 ……が、俺は入ろうとはしなかった。シャーリアも同じ考えを持っているはずで、子どもたちが梯子を降りていくのを傍観するのみだ。そんな様子を見てフィアナが首を傾げる。

 ここで隠れることができるのなら、俺はこの危機を逃れることはできるだろう。……が、本来の目的は達成できない。本来の目的は一体何だったか?それは、ザリアスという恐怖の元凶の元へ行き、“死神”としてそれを鎮めることではなかったか。しかもまだブラッディアにもらった“はず”の力も確認できていない。そんな中で隠れてやり過ごすのは、死神としては不名誉ともいうべきことである。

 ……ならば、外に出るしか他はない。


「すいませんフィアナさん。私たちはここに入ることはできません」

「なぜですか!?あなたたちも連れ去られてしまいますよ!?」

「その時はその時です。昨日もお伝えしましたが、私たちの本来の目的は、ザリアスという人間と会うことなんです。結果、私たちが連れてかいれるようなことになったとしても、ここに隠れているよりは、会える確率は高いと思うんです」

「それは……そうでしょうけど……」


 話しているうちにも、ドアを叩く音は次第に大きくなっていく。今のところ、ドンドンドンと叩く音の他にも、ドアが破壊されているような音も混じっているようだ。


「時間がありません。もしよければ、あなた方の服を貸していただけませんか?私がローブを着ていたら、変に間違われるかもしれないので」

「それならありますけど……。本当に行くのですね……?」

「ええ」


 寂しそうな顔をしながら、フィアナが急いで服を取りに行く。その間に、俺がシャーリアの耳元で囁いた。


「自分の力を買いかぶりすぎるなよ……? まだ本当に力をもらったって確定した訳じゃないんだ」

「分かりました」


 とは言いつつも何か裏ありげな微笑を浮かべている。分かっていそうで、分かっていない横顔である。この世界の人間を蔑んでいるようにも見える。


「それで、どうするんですか、先輩? まずはそこにいる人間から片付けるんですか?」


 シャーリアが壊れかけている玄関のドアを見る。


「まぁ、そうなるだろうが……。個人的には無意味な殺傷は控えたいというのもある……」

「それは無理だと思いますよ?」


 シャーリアがそう言うと、笑顔ながら殺気だった表情で、こちらを伺う。この顔は……本気である。


「ま、まぁ最初から手を出すのはやめろ。始めは様子を伺うことが肝心だ。相手の力がどれほどなのかも分からないんだ」


 そうしているうちに、フィアナがやって来た。両手に持っているのはボロボロの庶民服である。少し匂いがきつい。


「弟が着ていたものと、私が以前使っていたものです。これしかありませんが、よければお使いください」

「ありがとうございます」


 俺は両方とも受け取り、女性物の方をシャーリアに手渡した。シャーリアは少し嫌な顔を見せたが、俺が険しい表情で睨むと、シャーリアは参ったように目を背け、承諾した。

 俺はすぐに、ローブとその中の服を脱ぎ、パンツ一丁の姿になって、そしてフィアナの弟の服を着た。少し汗臭い。これも農作業をやってる人間の努力の結晶なのだろうか。まぁそんなことは良いとして、シャーリアの方だが……。

 シャーリアがローブを脱ぐと、そこにはキツめのダンストップスのような服があった。しかもへそが見える。これまで彼女の肌は顔と手ぐらいしか見ることがなかったので、かなり新鮮な光景である。

 そして、俺の目線に気づくと、すぐさま恥ずかしそうにした。


「な、なに見てるんです……か?」

「あぁ、ローブの下を見たことがなかったからな。正直合ってないぞ、その服」

「な、なにを……! 変態ですよ!? 先輩!」


 そう言うと、シャーリアはふんっと言ってすぐに別の部屋へ移動した。恥ずかしいのなら最初から別の部屋に行けとも思ったが、まぁ、そこはあまり突っ込まないでおく。

 すぐに着替えたシャーリアが戻ってくる。そして、それを見送るように、部屋の奥からフィアナがちょこんと頷いた。


「それでは」


 そう言って、目の前にあるドアに向き直す。未だに鳴り止まぬドアの音。もう既に壊れた部分から光が差し込んでいる。そんなドアの鍵をガチャっと開けた。


 ドアを開けて目の前にいたのは鎧を身につけた二人の兵士である。俺たちよりも身長が高く、鎧の頭部にある隙間からギラっとした目がこちらを睨んでいる。見下したような目である。

 刃物を持っていないと思わせるため、大鎌は家の中の玄関付近に置いておいた。取りやすい場所に置いているが、相手の視覚には入っていないはずだ。


「どうも……」


 俺が少し固い顔で会釈をしながら挨拶をするも、二人の男は何も言わない。


「……おい」

「ああ」


 男たちが何か意思疎通をしたように、互いに見合って軽く頷いた。そしてすぐさま二人で俺の両腕を掴み、無理矢理連れて行こうとする。

 流石にこのままではまずいので少し抵抗してみる。


「やめてください」


 身を捩らせて二人の手を離させた。簡単に振りほどけてしまったせいか、男たちは少し驚いたようで、再びお互いに見合っていた。


「なぜ黙って連れていくんですか。理由を教えてください」


 そう言ってはみたが、男たちは何も答えない。その様子は少し不気味なようにも見えた。絶対に教えられない何かがあるのだろう。続けて「教えてもらえれば行く」と言おうとしたが、それは引っ込めた。言っても仕方がない様子だからである。

 すると今度は男の方から口を開いた。


「抵抗したらこの場で殺す。黙って来い。雑魚ども」

「あ?」


 少し頭に来てしまった。完全にこちらを見下している。シャーリアも相手のナメた態度に憤りを感じているようで、彼女の視線が一層鋭くなっている。

 再びこちらに手を伸ばしてきたところでシャーリアが口を開いた。


「おいクズ共。人間風情で調子乗ってんじゃねぇよ、殺すぞ?」


 と、威張りはしたが、そこまで威圧がないらしい。それを聞いた男たち二人はその鎧の中からシャーリアを馬鹿にするような笑い声をあげた。我慢はしているが、こちらとしても非常に居心地が悪い。

 しばらく兵士のうち一人がシャーリアに向かって罵倒を浴びせた。


「おい、馬鹿女。なんだって?『殺すぞ』だって?あはははは。やれるもんならやってみろ。私はかの名高い侍従魔術師、ラグーダ様の……ぐふッ!」

 

 ……何が起きた?何も見えなかった。とにかくこの一瞬で何かが起きた。周りを見渡すとそこには、二つに分断された鎧が転がっていた。その鎧の中に分断されて入っている肉塊は確実に、さきほどシャーリアに対して罵倒を浴びせていた兵士だった。ツーンと鼻をつく匂い。非常に血なまぐさい。


「ヒィ!?」


 誰かの声がして視線を戻すと、目の前には足をガクガク震わせながら一歩一歩後ずさるもう一人の兵士。鎧の隙間からは怯えている声と荒い息遣いが聞こえてくる。

 すると、今度は右方向からもの凄く速い”何か”が兵士に向かって飛んできた。一瞬見えたのは白いツインテール。シャーリアだった。

 高速でもう一人の兵士に近づき、即座に兵士の頭を大鎌で刈り取る。その姿はまさに低い位置から獲物を狙う鷹のようだった。鎧の首のあたりから血が勢いよく飛び出たかと思うと、鎧に囲まれた巨体はすぐさまそこに倒れ伏した。首は遠くの方まで飛んで行ってしまった。

 俺は驚いてその場に立ち尽くすのみだった。とにかく速かった。速すぎた。あそこまで速いシャーリアを見たことがない。


「……どうでした?」


 背後から声がした。気づかぬうちに俺の背後にいたらしい。ツンと俺の背中をつついて反応を求めている。

 俺はこの瞬間確信した。彼女の速さはブラッディアがくれたスクロールによるものだ。ブラッディアは詐欺師ではなかったのだ。


「ブラッディア……」

「え?なんて?」

「え、あぁいや……。ブラッディアって凄いなぁって」

「はぁ!?」


 背後からシャーリアの顔がちょこんと出てきた。怒った顔をしている。


「そうじゃないでしょ!そうじゃなくて……」


 語勢が弱くなったと思うとシャーリアは俺の背後に顔を引っ込めてしまった。


「そうじゃなくて……? なんだ?」

「いいですよもう……」

 

 なぜか不機嫌になってしまった。そういえば彼女の「どうだった?」って質問にまだ答えていなかった。それが原因か……?と考えてすぐに返答をする。


「ああ、そうだ。凄く速かったぞ」


 と、褒めたのだが、振り向いたその時には彼女はとっくに家の中に引っ込んでしまっていた。まぁ人間嫌いのシャーリアのことだ。人間にチビなどと言われて最高に不機嫌なのだろう。

 それはさておき、今回の一件で分かったことがある。それはこの世界の人間も”脆い”ということだ。この世界には前の世界とは違い、『魔法』という概念があるはずだが、それは人間の強度とは関係がないのかもしれない。


「それにしても無意味だ」


 二つの屍人(しかばね)を前に俺はため息をついた。そう、無意味な殺傷をしてしまったのだ。シャーリア以外の他に誰もこの一件を見ていなかったから救われたが、少なくともこの屍人から分離する魂は穢れているだろう。それは少なからずとも世界に負のストレスが溜まったということを意味する。生きている人間がこの一件を見てしまっていたら猶更だ。

 しかし、二つの屍人ぐらいであれば問題ない。『死術』でなんとかできる。玄関にある大鎌を手に取り、屍人に向かってそれを勢いよく振り下ろす。


「『エレメント・クリーン/浄化』」


 振り下ろした大鎌からは緑のパーティクルが出てきた。大鎌から出たパーティクルが屍人ふたつを囲うように広がり、この地を浄化していく。

 俺が前の世界にいたときは、どんな死術を使っても緑のパーティクルしか出せなかった。しかし、今はどうだろう。シャーリアの先ほどの能力はブラッディアのもので間違いない。となれば俺も……。

 体に力を込めて目を瞑り、死術を出すイメージをする。ゆっくりと大鎌を振りかざし、ゆっくりと死術を唱える。


「『スーペリア・クリーン/浄化』」


 熟練した死神でないと出せない死術だ。以前ならばこの死術を唱えても何も起こらなかっただろう。これが出せるなら……俺の力も本物だ。

 しばらくして恐る恐る目を開けた。そして目の前には……赤い光景が広がっていた。期待通りだった。


「できた……!」


 赤い光が再び屍人たちを包む。それだけではない。大地の震動とともに、ぐわんぐわんと光が拡張していく。目の前の家を包み、奥にある林までも包んでいく。これはグリス村一つを包み込む勢いだ。


「すごいじゃないですか! 先輩!」


 先ほどの一件を既に忘れたのか、シャーリアが何食わぬ顔で俺の横へ出てきた。


「ああ」


 感動で胸が押しつぶれそうだった。『簡易魔法』の『エレメント・クリーン/浄化』とは全く規模が違う。俺でもこれほどの死術が出せるようになったのだ。

 赤い光は村一帯を包み込んだ。そしてしばらくして赤い光は空気に溶け込むように消えていった。

 ずっと感動してはいられない。この世界で死神が人間に見えてしまっているのならば、死術だって見えているかもしれない。我に返り、真剣な眼差しでシャーリアのほうを向く。


「よし、行くぞシャーリア。近くにラグーダってやつがいるはずだ」

「はい」


 先ほど殺してしまった兵士は「ラグーダ」という名前を出していた。きっとあの兵士たちは「ラグーダ」というやつの部下なのだろう。

 俺たちは大鎌を持ち、そしてローブに再び着替え、家を出た。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ