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ラグーダ戦―1

 霧立ち込める朝。まだ太陽が地平線の下に隠れて出てこないという時間帯に、20人ほどの黒影が森の中に潜んでいた。それはまるで獣が捕食をする前ような静けさである。


「ラグーダ様。この村は……?」


 一人の若い魔術師見習いのような男が小声で尋ねる。


「ふん。グリス村だ。このぐらい出発する前から覚えておけ」


「はい」


 ローブを着た魔術師はラグーダと、この若い見習いのみで、他は王国の紋章が胸に刻まれた鉄の鎧をまとう歩兵である。

 森の出口が近づいていくと、もうすぐで出られそうというところでラグーダが立ち止まり、後ろを振り返った。


「皆の者、良いか。我々の班は、まずは予定通りグリス村から農民をかき集めていく。それから東に東にと村々を伝っていく」


「はい」


 ここにいる全員が威勢よく返事をした。

 農民を従わせるのは簡単で、とある魔術をかける。

 それが『マインド・コントロール/精神操作』である。

 この魔術は文字通り相手の精神を自分の思うままに操作する魔術である。魔術師のランクの違いによって、その支配力の強さは異なれども、魔術耐性が全くない農民に使うのであれば、それほど問題はない。

 これを農民に使用することで、彼らの精神を操作することができるため、兵役から逃げてしまうような事を防げるのである。

 ただしこの魔術は、戦争のような非常事態以外で使用することが王国によって禁止されているため、普段から表立って使用することは不可である。


「それでは行こう」


 ラグーダがそう呼び掛けるとすぐさま前を向き、森の出口に向かって歩き出した。それに続いて彼の部下たちも歩き出す。


 森と村をつなぐ道を、濃い霧をかき分けながら進むと、そこには静寂な空気が漂う村が広がっていた。まだ起きている人はいない。

 ラグーダが再びその部下の方へ振り向くと、静かな声で語りかける。


「作戦は前回同様、二人組で家に侵入する。そこに女共しかいなければ次の家へ。男がいれば連行し、私の元に連れて来い。そいつらには私とこの見習いで『マインド・コントロール/精神操作』をかける」


「私もですか?」


「あぁ、まさか体得しているだろう?ザリアス様に雇われたということは、王国の魔術学校を卒業しているはずだ」


「まぁ……ええ」

 

「まさかとは思うが“背徳感”を感じてはおるまいな?」


「……」


 見習いが黙り切ってしまったのを見て、ラグーダは大きなため息を吐いた。この見習いは魔術学校を卒業して間もなく雇われた者で、戦闘経験がない上に、まだ人を拐うというような行為を堂々と出来ないのだろう。

 そう考えたラグーダは厳しい顔をして見習いを見つめる。


「お前、名は何という」


「はい、アルフィンドと言います」


「顔を見せろ」


 ラグーダがそう言うと、アルフィンドは、自分の被っているフードをゆっくりと外した。

 金髪。整った顔。16歳ぐらいか、首筋から頭までのラインがまだ少年っぽい美しさを帯びている。しかもまだ純粋な目をしている。


「ふん。そうか。面白いな」


「……?」


「まぁいい。今からすることをしっかりと見とけ」


 そう言うとラグーダは、後方にいる歩兵たちに首で「行け」と合図した。それを見ると歩兵たちは駆け出し、家一つ一つに二人で向かっていく。あちこちからドンドンドンという扉を叩く音が聞こえる。

 先程までの静寂は、一気に殺伐な雰囲気へと変貌した。声を荒げて歩兵に抵抗する女の声、逃げ回る子どもの声、そして扉を破壊する音。良く見えないが、アルフィンドにとってそれは初めての光景だった。

 そして、それほど時間も経たないうちに、まずは一人の老人が連れてこられた。


「さぁやれ」


「は、はい。ど、どのような洗脳をするんですか」


「二度と抗わぬようにしろ」


「……はい」


 老人は何か言いたそうにしているが、歩兵によって口を抑えられているためモゴモゴ言うことしかできない。そんな老人に対して、アルフィンドは両手を自分の胸の前に出し、全身に力をこめる。そして言い放った。


「『マインド・コントロール』」


 すると、老人は力なく地面に倒れ伏してしまった。それと同時に、アルフィンドの体から血の気が引いていく。やってしまったという罪悪感で自分の手をただ見つめることしかできなかった。


「あ、あぁ……」


「成功だ。しばらくすれば勝手に立ち上がる」


 アルフィンドにそう言うと、ラグーダは老人を連れてきた歩兵に対して再び首で「行け」と合図した。そして姿勢を低くして、倒れ伏した老人に、看病するように優しく撫でながら、アルフィンドに語りかける。


「どうだ、すんなり出来ただろう。お前は魔術耐性のある人間にしかこの魔術をかけたことがないかもしれないが、農民ならこんなもんだ」


「……」


「……魔術を極めようとする人間ならば、こういうことも必要だと知れ。この世界じゃ、純粋に『平和のために』と魔術を使う人間はすぐに死ぬ。それがこの世の(ことわり)だ」


「……」


 アルフィンドは完全に黙ってしまった。それを見たラグーダは不敵な笑みを浮かべ、「ここにいろ」とアルフィンドに指示すると、霧が立ち込める殺伐の中へと姿を消していった。




 



読んでいただきありがとうございました!

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