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風俗枠ですから  作者: 無夜
戦争編
1/57

戦争とお試しさん

心が汚れていないと、楽しめません


 性描写の直接表現はたぶんないかなと・・・

 あわててイベント会場へと向かう公爵クラスの男の背後に、おっとりと、だが足早に白服のコック姿の男がついていく。

 不似合いな長い槍を抱え、頑丈さ最優先の、シンプルな鉄兜や籠手などを入れた袋を肩に引っかけて。

「急がなくても。鎧を整えてからでも、よかったのでは」

 と、コックが言った。

 見た目はコックだが、バトラー(執事)の役職を兼任している。丸い顔と体格は、厨房が似合う。

「いや、もうみんなきてるから。現地で着替えるよ(上半身の鎧だけは着用している)。トラブってるらしい。なんなんだよ、久方ぶりに10皇帝揃い踏みの昇爵(作者注・本来は陞爵であるが、ここではこちらである)イベントで」

「だからでは。みんなこの戦争に参加したがるでしょうし。EU星系が連休らしいですから。大公目指されるんですか?」

「いやだよ。うちの盟主と奥さんが大公で、もう支えてるじゃないか。いやまあ、感度上がるのは興味ないわけじゃないけれど」

「おいしいですよ」

「いやー、知ってるけど」

「さらにおいしいですよ」

「困るんだよ、リアルにかえったときに食事が、寝ぼけた味になるから」

 飾り気は皆無だが、大理石風の床や重厚な木製のドアのある広々とした玄関。微妙にあってない大きな花瓶はイベントでの賞品を無作為においたからだ。絵でも飾るような洒落気もなかった。

 汚れの一つもついていない真っ白な割烹着を着用した、中年の女がすっと頭を下げて、いってらっしゃいませとドアを開く。こちらも、ふくふくとまあるい。

 公爵はすっきりと細身だ。

 リアルでは、所属会社の専属医から『美食もいいけれど摂生って言葉知ってる?』と微笑されながら、血液検査の結果を画面で提示され、肝臓のレントゲン画像を見せられ、10年後にはこんなかなーと脅されたので、がんばって痩せた(涙)。

 少ししゃれたハーブ園のような庭が開ける。裏手には果樹があるが、玄関あたりには背の低いものしか植えていない。植えてる植物名の名前が記載された札ぐらいしか、飾り気がない。

 空は設定を買えない限りは快晴で、時間によって明るさが変わる。外に出ても、実は屋内なのだ。

 玄関を出て、左手にシンボルツリーであるオリーブの大木。その真ん前にある転移の円陣は起動している。すぐ飛べるだろう。

 転移システムに足を乗せて、ぐらりと酔うような一瞬の不快感。普通の生身の人間は使えない。この使っている体がミゼル(my self)というロイドだからできること。ESPユーザーは生身で転移できるという噂があるが、都市伝説のたぐいである。

 そもESPユーザー発生率10万人に一人、流産、死産率が極めて高く、乳幼児期の死亡率も高い。万一育っても、差別主義者からの誘拐殺害で、ほとんど成人しない幻の存在と言われている。

 転移できるのかもしれないが、実験もできていない、らしい。

 だから、人間の転移は不可能である、とされている。

 前後左右、視界も体もぐらついて、

「失礼」

 と、コックが肩を掴んで、体を支えた。

 転移システム利用時には、己の所有するロイドの同行を推奨されているのは、こういうことだ。転べば痛い。自分で荷物を持たないのも、バランスをとりやすくするためだ。

「ありがとう」

 胸のあたりにもやもやしたむかつきが、しばらく残る。酸味のある飲み物や食べ物でましにはなるので、転移先にはあめ玉や梅干しなどがサービスで置いてある。

 馴れているので梅干しを口に放り込み。

「んーん、しみいるなー」

 と、味わう。甘みもある、ほどよい酸っぱさ。レモン(飴)も良いが、こちらも好きだ。

「よぉ」

 と、あちらこちらから声をかけられる。

 どんな欲望も受け入れる惑星型風俗施設『アムリタ』が正式オープンして十年以上。

 開発から携わっている連中であり、特に味覚の開発と初期の広告に参加したことで有名な、『悪食同盟』と呼ばれる食い道楽の趣味人の集まりだ。

「ってか、人多いな。それも、騎士爵ばっかり」

 鎧を着込んだ男たちがわらわらと荒野に集まっていた。

 昇爵のためのイベントとはいえ、痛覚があるガチな戦争である。

 村を焼き払うなどしたさい、下劣なお楽しみも出来はするが、村人Aは鍬や鍬などの農具とはいえ本気で刃向かってくるし、何人かは短刀やもっとよい武器を所持している。

 村娘を襲っていて、村人に背後から頭をかち割られるという可能性も高いのだ。

 端的に言えば、お試し(騎士爵)のお客がくるのはハードすぎる。

 高石製医療ポッドのレンタル(1ヶ月ごと更新)で男爵、リース(1年更新)で子爵というクラスから始まり、それぞれ30日ログインすると、自動で一つ昇爵、イベントに7つ以上参加するとさらに一つ自動昇爵するので、ランクが昇らなくなってから参加するのが普通である。

 なのに、騎士爵がざっと見たところ、半分以上。これではベテラン陣でも押さえきれない。

「たぶん、EU支店がやらかした」

 と、答えた彼は辺境伯である。

公「は?」

辺「対応しきれなくて、参加者の多いイベントに自動で振った結果じゃないかって。ほら、連休だったから」

公「あー、俺USA星系なんであっちの休みよくわらないんだが、そんなに大型連休だったっけ」

 コックもそう言っていたが。

辺「俺もUSAだっての。EU星系到達二百年を祝っての、6連休らしい」

公「うおう。他星系ニュースも見るべきだな。6連休あったら、また鯨取りにいく」

辺「俺だって、よその休みに興味ないからな。鯨なー。この前、深海まで引きずられて、ミゼルの回収大変だったって事故あったな」

公「ああ、新人の、そりゃ、伯爵になったばかりがやるからだろ、反射神経まだおっつかないってのに。ん? うちの、盟主さまはいるな。このカオス、まとめてんの? サト君、じゃなくてソドム帝は?」

 大公二人が、騎士爵たちから質問攻めにあっている。公爵になっている自分もいくべきか迷う。

辺「サトさんは緊急皇帝会議。でも、戦争開始時間もあるから、すぐ戻ると思う」

公「じゃ、偉い人に、任せるとして(仲間を見捨てた)。今日、どこ食う?」

辺「あー、たまにはユーザーもいいかなって(ひどくもめたら助けに行くけどね、とアイコンタクト)」

公「仲間もいいかな、背徳感があって」

辺「(今見捨てたくせにw)お互い、死者になった方が食われるんでどー?」

公「ははは。肩と舌と頬を貰おうかな」

辺「モツのみで」

公「臓器は再生代高いのに。あーもう、しかたねえな」

辺「費用よりメンテ時間がな。不自由」

公「スペア起動させればいいから、それはまあ」

辺「さすが侯爵以上(スペアが割安で購入できる)。死ぬときは胃をかばってくれなー。胃酸で焼け溶けたにおいのするモツ、あんまり好きじゃない」

公「そんな努力するぐらいなら、死なない努力するだろ、普通。おまえまだそんなに痛くないだろうけどさー」

辺「いやー、痛いって。感覚フィードバッグ100%なんだから」

公「俺、今120%だよ」

辺「そこまで絶対、いきたくねぇ。アップドラッグレベルにしか思えない」

公「昇爵しようぜ、いいかげん」

辺「おまえだって大公は拒否してんじゃん」

公「150はリアルに支障出るわー。盟主さんたちなんで普通に生活できるのか」

 子供に返ったように身軽に跳ねながら、仲間の輪に入っていく。鎧をつけても、その程度に動ける。なにせ、公爵はここで草野球チームにも入っている。着替えながら、質問受付に参加した。

 あらゆる欲望をかなえる『アムリタ』。

 伴侶登録していないユーザーに対してのプレイが出来るのは、こういう大規模イベントのみ。

 殺し合いも、人肉食いも、陵辱も、すべてプレイの一環ですまされる。

 コックに籠手や臑当てを装着して貰いながら、どこかの居酒屋で仲間と猥談するレベルで、今日食らう肉の話をし、『悪食同盟』以外の者から若干引かれ。

 場を落ち付けているさなか。

 祭壇のように置かれた転移陣から銀髪のおかっぱ髪の少年が姿を現した。背後にスタッフの男と、執事らしき青年もいる。

 ミゼルの仕様を自分の本来の体のサイズと変えると、かなり扱いにくくなるのだが、実になめらかに自然に動かす。

「あれがデビュタントの君」

 と、囁きが騎士爵たちの中から漏れた。

 10年前の広告動画で、今は正規に流していないが、確かに彼はそれに主演していた。ラフ画像なんだ、イメージだ、本当にちゃんとした俳優さんを使えと、抵抗したが、押し流されて。

 どこかで監禁されて陵辱されていたまま、な姿で、不愉快そうに立つ、ソドム帝サトである。

 レンタルユーザなら一体、リースユーザーなら二体がついてくるセクサロイドの、基本6体のうちの、一体とほぼ同じ顔をしている。背が縮められ、相応に幼くはなっている。

 『アムリタ』で遊べるのは20歳以上なので、子供はありえない。

 昔は駄目だったが、10皇帝の一人プロフェッサー(本職大学教授。正体隠す気なし)が、ゼミの子を連れてきたいとごねて、年齢に達していれば学生でも許可が出ている。

 体の変更は動かすことに支障が出るが、容姿や色は皆が頻繁に変える中、ソドム帝は銀のおかっぱ髪に青紫の瞳、透き通る白い肌で、その弟属性の愛らしい顔のまま固定している。


「皆様、高石の誇る娯楽の殿堂『アムリタ』へようこそ」

 と、ソドム帝の背後にいた黒服のスタッフが語りかけた。

 その隙に、大公二人がソドム帝をさらった。

「ちゃんとした服、きてきてくださいよ」

「ぎりぎりまで遊ぶつもりだったんだよ。会議入らなきゃ」

 ぎゃいぎゃい言いながら、バトラー役たちが早着替え用幕を設置したので中に押し込む。

 円筒状のその中に押し込められた少年はフリルのたっぷりついた、中世の貴族のような姿になって出てきた。戦争だが、鎧は着ないようである。

 大公二人はがっちりと、博物館展示の鎧見本みたいな頭からつま先まで鉄に覆われている。ちなみに、盟主が黒鉄鎧で、奥方は鏡面仕上げ(ステンレスっぽさが多大に出てる)の白っぽい鎧。

 それを横目で見たあと、スタッフはここにいるユーザー全体に頭を下げた。

「わたくし、スタッフ長のハーメルと申します。このたびはお試しにいらしたお客様に多大なご迷惑をおかけいたしましたこと、深くお詫び申し上げます。おそらくは皆様、イージー軟派街にゆかれたいのだと思われます。選んで三分、口説いて三秒、徒歩五分でモーテルへ。ベッドダイブまで平均十分以内。わがアムリタ名物の軟派街は、あちらの転移装置へ」

 すっと指さした。

 転移装置が、ハーメルと同じ顔をしたスタッフ数人で設置された。スタッフ男性と女性が居るが、顔は男用と女用の二パターンしかなく、身長等統一規格である。ちなみに中に人がいる。

 クレームは仕方ないが、風俗ということもあり、特定の人間スタッフに粘着してくる客が居るので、可能な限りスタッフは個性を潰している。責任者のハーメルだけは、仕方ないので名乗り、名札もつけている。

「そうそう、それそれ。ここでどうしよーって思った」

「あ、手違いだったんだ。よかったー」

 と、ざわめきが起きる。

「四月一日の馬鹿騒ぎ並に、スタッフ不幸だ」

 と、公爵はコックに囁いた。

「4・1は毎年の試練日」

 右も左もわからない新人スタッフのために用意される、酷いイベントがあるのだ。

「また、別の無料イベントを楽しまれたい方はカタログ番号でお申し出ください。マイホームなどの、リース・レンタルで得られる特典の確認をされたい方はこちら」

 スタッフが添乗員のようにマイホーム行き旗を振っている。英語と日本語と絵でわかりやすく主張。

「はい、マイホームっ、シンボルツリーとか、ガーデニング、見たいっ。あと服っ、それからペット、猫にゃんっ」

 ほぼ男ばかりだが、中には女性もいる。

 登録数だけなら圧倒的に男性が多いが、毎日こつこつログインし続けている男女比率はなんと6(XY)対4(XX)である。ちなみに、アムリタ公式では、男女のくくりではなく、例外なく染色体で区別している。

 デビュタントの君、と呼ばれる広告で、着せ替えが楽しめるのを全面に押し出したので、女性やトランスセクシャル、ひっそり生きてきた異装愛者が多く流入し、居着いたのだ。これで、男性女性と呼ぶと、面倒事が起きやすい。

「ペット関係、お洋服はこれからいく閲覧用マイホームにサンプルおいてありまーす」

 流れが出来ると、人をより分けるのはさすがにうまいスタッフ衆。旗振り含むいずれもベテランらしい。

公「軟派街のハードの方、フルーツパーラーがあってさ。あそこのパフェうまい」

辺「知ってる。季節限定の葡萄のがおいしい、あとプリンがもう少し、かたければ」

公「口説けるんだよ、パーラーの親父」

辺「え、なにそれ」

公「口説いて成功すると、こちらの注文通りのパフェを。むろん、プリンの指定も可能。8回口説き成功するとマイホームまで出張クッキングしてくれる」

辺「おま、、ほんとに、食うためならなんでもするな……」

公「そのために生きてる。そのために息してる。そのために仕事してるんだから。だからリアルでドクターストップかかったけれどもねー」


「ハード軟派街で、パフェ食べるツアーはありませんかね?」

 騎士爵の一人が話を聞いていたらしく、スタッフに尋ねていた。

 ちなみにハードとは、激しいプレイが出来るのではなく、軟派の成功率が著しく低い。中間にノーマルがあり、ここがリアルに近い軟派成功率となっている。


 あらかたの騎士爵が去ったあと、ソドム帝が言った。

「じゃ、残りは戦争行くよー?」

 遠足レベルの気安さで。

「おー」

「いつもの説明いきますねー、男爵・子爵はユーザーも含む、村人なロイド一人殺害で1昇爵。伯爵に至れば、爵位どれでもユーザー1殺害で、1昇爵。辺境伯は伯爵以上のユーザー1殺にて、1昇爵。侯爵は辺境伯以上、公爵は侯爵以上、大公は公爵以上、皇帝は上がないから皇帝同士で一応やるけれど、デモンストレーションでしかないというか、つぎの広告用かな」

 そういうイベントなので、どうして騎士爵(お試し)こさせてしまったのかと。もはや事故でしかない。

「お試しの騎士爵さんけっこう残ってるので最初に村焼きます。ベテランさんはわかると思うけれど、ここで発散すると、今回アイアンメイデンさんと戦闘なので、だるくなるから、気を付けてね。拷問道具、あれ、史実は使ってないって話じゃないの? ご褒美で拷問器具にはいるってなんだろ。捕虜になっても入るから、痛いよ。あとは、味方同士で討っても、カウントされて上がりますが、お勧めはしないです。遺恨と禍根って消せないから。なんか質問ある?」

「今回の騒動どうなりました?」

「EU支店統括本部取締役には、厳重注意とともに、200%フィードバッグ・ハードモード設定で、『白濁汁(病)』風呂に頭から浸かってもらっています。悪意を感じたので。皇帝会議、総意でした」

「うへぇ」

「え、病み? ノーマルと健康以外もあったんだ」

「辺境伯以上しか購入できないし、すぐ売り切れるから知られてないだけ」

 え、売り切れ、と健康な精神の人たちが首をかしげているが、擦れきった連中は、そうだよねー、病みがあったら使うわーと呟いた。

「最終確認ですけれど、騎士爵のお試しさんたちは、このイベントさしたるうまみないですが、かまいませんか? あと、ゲームと違って、丸腰の普通の村人殺したりします。ベテランさんとかは目的有るけれど、ぶっちゃけ突っ込んで出すだけなら、イージー軟派街のが早いし気持ちよくクライマックスできますよ」

 と、ソドム帝は見た目は幼い容姿のわりにえぐい問いかけをする。

「戦争イベントが、年に二回しかないって聞きました」

 騎士爵の一人が答えた。

「そうです」

「だったら、珍しい方に参加しようかな、と」「うーんなら、槍と兜は支給します? ナイフもあった? うん、その備品三点貸与です。返却とかは考えなくて良いです。時間が来たら、あなた方はそのミゼルから出て行くので、適当にこっちでやります」

いろいろ周りから聞いて、やはりやめておくとなった脱落者が出て、騎士爵は七人になった。

 ソドム帝の元に集ったのは、辺境伯以上32名、それ以下は142名。今のところ、これだけだが、おっつけやってくる連中もおり、予定通りなら220名前後にはなるだろう。と、思っていたら、やはり連休は偉大で、未曽有の千六百人に達した。

 とはいえ、旗頭が少年の姿であり、同性愛的なイメージが強いため、所属する人間が多くない。どちらかというと、性的な色合いより、『悪食同盟』が所属したせいで、食い道楽の集まりなのだが。ついでに女大公とソドム帝のリアル本職のせいで映画道楽など撮影好きも多い。

 アイアンメイデンも青年の姿だが、ぶっちぎりのサドマゾ気質で、なんやかやと人が多く集まり、被虐プレイに馴れているので、心臓を打ち抜いても、意識を保てて、しばらく暴れるので、不死の軍団と呼ばれている。

 曰く、痛みは馴れる

 ほか、皇帝にはプロフェッサー、傭兵王、腐女帝、触手姫、がいる。実のところ二つ名持ちで暴れる皇帝たちのうち3人は運営側や企画制作に絡んだ連中でもあった。

 名前を出すのも、異名をつけられるのも全力で拒否している皇帝も当然いる。ここは一応、風俗なので、一般の普通の感性のお客様は目立ちたいわけもないのだ。一応、仮面帝1~4と名乗っている。戦争は代理で、バトラーないしハズバンド役のロイドを立てて行っていた。

 そんな隠れたい連中も珍しく参加するということで、今期のイベントやたらめったらな盛り上がりであったのだ。

 騎士爵はお気の毒であったが、ベテランユーザーもイライラさせられるトラブルであった。



 辺境伯以上は子爵以下の者に対して親切にするよう、一応規約がある。

 それゆえ、見れば爵位が一発でわかるようにされていた。意識して顔を見れば、頭上に爵位が表示される。伯爵以下が新人の世話をすることは、基本的に禁止である。何故かというと、高い確率でトラブルになるからだ。

 セクハラ、強姦、逆セクハラ(本当に親切なのに、受け取り手が邪推してトラブルになる)と、嫌になるぐらい起きる。

 辺境伯になっているユーザーは長年ここでトラブルを見てきているので、地雷回避に長けている。

「えっと、銃でなく槍や剣だけれど、大丈夫かな?」

 手に感触がダイレクトにくるのだ。

「大丈夫っすよー。裏のバチャゲでめっちゃぐろぐろなのやってきましたしー」

 あ、これ駄目な奴だ、とベテラン陣は思った。

 ここは自分でミゼルを動かして遊ぶ、リアルバーチャルという空間だ。不思議な話、データや映画などの映像はどれだけリアルでも、冷静に見られるのだが。

 粗画像でも、現実は、インパクトが違う。

 あとでカウンセラーにかかるんだよ、となま暖かい眼差しを向けた。

 医療の高石、医術の高石。

 医療界に君臨し、支配するハイウイング(高石が住む居住型大型船。元は移民船)。

 それの本気の事業である。




 村を焼く、というが比喩でなく、火をかける。

 火矢を放ち、村を襲う。

 とはいえ、一部の植物ぐらいしか生息できない、無酸素惑星であるから、火はつかない。

 火はすべてホログラフィーなので、普通なら熱くないが、ミゼルが熱く感じて、ユーザーに感覚をフィードバックするようになっている。建築材も焼けたという信号を得て、ランダムに炭化していくように装い、最後に折れたり崩れたりする。

 村人たちが決死の形相で、農機具に包丁やナイフをくくりつけたものを構えて、出てきた。

 みんなロイド、機械仕掛けであるが、そうとは見えない生身のような作りだ。

 ちなみに村を焼くのに、なんの意味もない。キャンプファイヤーのようなものだ。定型美というか、惰性というか、あったほうが戦争らしい。

「いくよ?」

 騎士爵たちは十五分程度の移動でへばっていた。

「なんで、こんな」

 画期的なのは、この『ミゼル』は痛みだけでなく、運動もフィードバッグされるのである。なので、ゲーム感覚でいると、ペース配分できなくて疲れてしまう。疲労度の数値化等ないわけではないが、疲労度10で元気な気分な人間と、10でもう一歩も歩きたくない気分の人間が存在するので、無意味である。

 まして、歩いているのは舗装されていない荒野であり何度も足をとられ、槍と兜という重たい装備着用でえっちらおっちら歩いてきた。

 疲れるのは無理もなかった。


 唐突に全体にアナウスが響いた。


「『アムリタ』スタッフ長ハーメルです。今回の戦争イベント、1戦場参加者1万人を突破する場所も出ました。混乱等予測されます。申し訳ありませんが、辺境伯以上の皆様、特には公爵位以上の皆様、なにとぞお力添えを」



辺境伯「うちは平気かな。見知った顔ばかりなりけり」

公爵「プロフェッサーと帝1さん戦うから、あそこなんでか人多い」

辺「プロフェッサーはゼミの学生連れ込んでるから若くて元気が良くてな新人が毎年着実に増えるんだよ」

女大公「1(帝1)さんは人が良いのですよ。あそこ園芸同好会とお茶会の人たちだし」

公「いや、なぜ、帝1さん、このイベントに出てきた?」

女大公「今回、勝者1位には希望二つ、二位には1つ、叶えられる要望なら叶える約束したからです、運営が。植物が病気になる仕様がほしいそうです。より難易度の高い園芸ライフを求めて。勝たせるわけにいきませんね」

 彼らが勝つと庭の手入れが面倒になるから。

女大公「あと、薔薇と桜を植えるから、適当な死体調達したいって」

辺「え、捕虜になったら、ミゼル返してもらえないかも」

女大公「1の人たち、高位層がそんな欲望を発散しに来ます。トラブルの気配しか感じません」

公「普段参加しないから、暗黙の了解的なの無視しそうだな。姉さん、どこで聞いてきたんですか、それ?」

女大公「この前のシンフェス(シンデレラフェスティバル、もう一つの昇爵系イベント)で、出くわしたから雑談で」

 肥料ゲットだぜ、的に殺されるのもいやだわ、とソドム軍の人たちは思った。



 さて余談である。

 焼けた村が多数出たが、仮面帝1軍の攻めた村からは死体はほとんど出なかったという。

 そして。

「目的果たしたし、もういいかなとか(園芸の難易度あげるのは、なんか風当たり強そうだからやめておく程度の良識も空気読む力もある、半端な常識人の集まりである。死体はもって帰るけどっ)」

 と、1の軍は棄権したい意向を示したが。

 プロフェッサーよりもその配下の若い人たちが、嬉々として死体をもっていく1の軍に恐怖を感じて唐突に開戦、そして乱戦混戦になってしまったのだった。

「制御できない軍も困りものだな」

 と、プロフェッサーは1を下したあと、暴走したかつての教え子たちを虫箱刑にして、次に備えた。もっとも、教え子にはこれがなんの痛痒も感じない猛者(昆虫採取フィールドワーク経験者)も多かったので、その肝の太さをなんでいかせなかったのかと懇々と説教も続いたという。

「それはともかく帝1の捕虜さん方は、ハサミムシのお母さんの人生を堪能してください」

「この前も味わったから、もういいのにっ」

「そういわずに。園芸と虫たちは切り離せないでしょう。害虫とひとくくりころしたりせずに愛でてやる気持ちを育んでほしい、と私は願うのです」

 プロフェッサーはお尻のハサミをくいくいっと開け閉めさせて、前脚を器用に振った。

「では良いハサミムシライフを」

「やだからっ、飲まず食わずで世話したお子様にかじられて人生終わるの、つらっ(正しくは虫生ですよね)」

「それが幸福だとわかるようになりますよ。何度体験しても、素晴らしい終焉です」

 ハサミムシの雌の一生をバーチャルで体験させられる刑に処されるおかげで、プロフェッサーに敗れて捕虜になった人たちは虫はみんな「バグ」という認識から、種類があることを理解して、虫を積極的に殺せなくなったという。

「教授、アムリタにくると完全に、人間やめちゃうんですね」

 巨大ハサミムシの皇帝に、教え子たちは飽きれたような目線を送りながら、自分の腕を振り回し、

「どうやったら、六本脚と複眼とハサミ、そんなに動かせるんですか?」

 身長を少しいじるだけで、著しく動かしにくくなるのに。

「ハサミムシへの、愛だよ。触手姫だって、そうとうだよ?」

「あと、そのミゼル、おいくらだったんですか?」

 余談だが、後日、仮面帝1の軍の人たちから他の軍の人たちにメッセージが届いた。

 冒頭が、

「桜がきれいに咲きましたので」

「薔薇が今までになく美しく咲きましたので」

 等々で始まり、

「花を愛でるお茶会にいらっしゃいませんか?」

 で締めくくられていた。

 さらに余談だが、持ち去られたユーザーの死体(ミゼル)の返却は72時間後であった。土に埋められたのを、運営スタッフがひっそり回収して、代わりの素体を入れ、持ち主にメンテして返却、というスタッフとしても面倒くさいことこの上ないため、嘆願がなされたが。

 仮面帝1グループは聞きやしなかった。

 たちが悪いことに、すごくきれいに、たくさんの花が咲いたらしく、以後、戦争で人さらい(死体の持ち帰り)が横行した。



 初戦を体験した新人さんとお試しさんがゲーゲー吐いている脇で、ベテラン陣が村に入っていく。

「村の中、オールクリア。殲滅完了です」

 ものの二十分程度で、しらみつぶしにして全員殺し尽くした。慣れた作業である。

「お疲れ様ー。二時間後、アイアンさんと戦闘だよ。やることさくっとしてしまって」

 と、ソドム帝は折り畳み椅子に座って、子供っぽく足をぶらぶらさせながら言った。

 バトラーとハズバンドの二つの役職をつぎ込まれたロイドがかいがいしく世話をしている。

 騎士爵の男は、涙をぼろぼろこぼしながら吐いている。

 もっとえげつないゲームで、子供や動物をなぶり殺したことがあった。本物と見まがうリアルだったが、たしかにそれはこうだろうという、予想された反応と悲鳴と、血しぶきで。爽快感しかなかった。

 ここは、生ぬるい、血が。

 槍を伝って手に触れた。

 腹を突いた槍は胃を破り、肉に食い込んで引いてもなかなか抜けず、ようやく引っ張り出したとたん、胃の内容物が飛び跳ねて。

 吐き気のするにおいになっていった。

 同じにおいが、自分の吐いたものからする。

 なにより。

 ゲームならそんな目をしなかった。

 憎しみのこもった、目。

 絶命した瞬間の、意志がぷつんととぎれる、虚無になるその目。

 あんなものを見たら、もう眠れない。

 疲れと吐き気と、取り返しのつかないことをしてしまった、感触が。

 そして、村人突きだしたナイフが抉っていった腕の傷がどくどくと痛みを訴えている。

 ついた血が、ぬるぬるとして。

 やがて乾いて、こびりつく。

 この状態で女を襲うとか、そんな元気はない。足ががくがくする。

「撮影します、ここいらへんから、はいらないでください」

 と、なにやら区画を区切り始めた。ロイドが足りないので、公爵のところのコックもかり出されている。

 そしてぴょんと、ぺらい麻布をきた女の子が飛び出してきて、血糊をかぶって地面に倒れ伏した。

 弱々しく、

「おにいちゃん・・・・・・たすけ、て」

 つぶやき、小さな手はぱたりと、地面に落ちる。

 と、村の入り口から駆けてくる鎧姿の男が、女の名前を叫びながら大股で歩いてくる。走っていないのは、がれきの影をいちいちのぞき込んだりと、探している風だからだ。

 そして、男の、兜から見える目が力尽きた少女を捕らえた。

「うぁ、そんな。神様、どうかっ」

 悲痛な声を絞りだし、駆け寄り、血まみれの少女を抱き上げた男は、彼女を揺すり、心臓に手を当て、そして理解すると、号泣した。

「俺は、またまにあわなかったのかっ」


「はい、ご協力ありがとうございました。『復讐のルーン第二章』 映画公開は夏予定です。映画館はとれてますので、あとは完成させるのみです。編集頑張りまーす。よろしくー。いやー、イベントは臨場感あるから、一番撮影に向くわ」

「お兄ちゃんの物語、よろしくねー」

 死んだ妹役が血まみれで元気よく起きあがった。

「仲間のよしみで投げ銭いくからー」

「おー、サンキューです」

「伯爵の撮影終了しました。続きまして侯爵による撮影、南側にて行われます。皆様、ご静粛に願います。北部、小屋にて別の撮影もございます、ご配慮ねがいます。エキストラ募集もあります、希望者はお集まりください」


「すいません、何してるんですか?」

 騎士爵が吐き仲間の子爵(戦争初参加。空気だけ知りたかったのに・・・)に問うと。

「あー、あれ? 自前映画撮ってる。ここアムリタ内の街の中の映画館にかかったり、配信されたりするよ。ベテラン元気だねぇ。体力の配分はともかく、痛みのプレッシャーは、きつい。あ、お水わけようか?」

 水を飲むとだいぶ落ち着いた。

 飲んだらまた吐いたけれど。

「ゆっくり飲まないと胃が刺激されるから」

「そんなのまで、反映されるんですね。えーっと、戦争なのに、女襲ったりとかしないんですか?」

 子爵は目を回しているようだったが、ゆっくり水を飲み、答えた。

「してもいいけど、先輩方からのお勧めは死姦だよ? 生きてると噛みつかれたりするし、鼻食いちぎられてごらんよ、痛みが騎士爵40%ですむっていったって。鼻全部のところが半分囓られるだけになったって、めっちゃ痛いじゃないか。あ、手足の骨砕いて、口に詰め物してからなら、安全だけど。やってる最中に窒息するから死姦とかわらない。まあ、安全確保のためにベテランさんが全部殺したあとだから死体しかないはずだけれど。痛覚あるから、お遊びで危険なことは、まあしてるけれど、やんないのが無難」

 言っていることは理解できたし、まじめな忠告だろう。

 世界が違うんだ、と思った。

 確かに。戦争物でよく陵辱シーンがあるが、一発の快楽で、もし相手の抵抗で目でも抉られたら、わりに合わない。

 だから、ここの連中、やらないのだろう。抵抗されるのを知っているから。

 やりたいだけなら、軟派街にいけばいいし、そもそも専用セクサロイドがあてがわれているわけだから。

「ここに来て良かったです」

「そう?」

 こんなに吐いてるのに?と不思議に思う。

「俺にはまだ早い、というか、俺には、俺は、普通だったんですかね、そこまでいけません」

 この騎士爵は二度とアムリタにこなかったという。あと、違法VRGもやらなくなった。

 暴力性皆無の穏やかなゲームに落ち着いたらしい。



公爵「女騎士アイリーン(侯爵が撮ってる映画)、続編は無理だけれど(完結してる)、過去編が出るわけだ。今回、くっころ何回言うのだろう。ネタばれみれて、ラッキーというか、上映前だから損しているのか。やつがこんな頃から絡むとは」

辺境伯「くっころ言う割に濡れ場は、毎回10分程度(2時間枠)。あ、やっぱり、やつだったんだ。若返ってる」

公「エロは1割ぐらいでいいだろ。映画館で抜くわけにもいかない。あ、いいのか、アムリタなら?」

辺「そこまで良識捨てたくない」

公「(人肉喰うくせに・笑)よかった。コーヒーがうまい館とポップコーンの塩加減が良い館が違うから、毎度悩む。アイリーンならコーヒーの方で、ルーンはポップコーン館にって感じか」

辺「(人肉は合意じゃん)いや、俺、キャラメル味派でコーラがいいんで。時事ネタ疎いのに、どんな話題もうまい店絡めてくるのすごいな」

公「たいていの場所で食う。どこへでも行く。コーラなら、炭酸がめっちゃ効いてるの売る店が映画館隣の公園にあるけど、うちのコック二人が作るのも良い(クラフトコーク)」

「ありがとう存じます」

公「う、帰ってたの? あと、キャラメル系は映画館ではなく、遊園地のミラーハウス横のが味の絡まり方が、俺は好きだけれど」

辺「アムリタの生きたグルメマップになってきてるな」




 映画道楽と食い道楽と、デビュタントの君のファンで構成されているのがソドム軍である。

 ソドム軍がわりとなんでも受け入れ体質になっており、他軍のこだわりが強すぎて、ついていけないこぼれてきた者を回収しているのだ。

 ただ、新人さん方、友人知人がいないユーザーは、名前からして同性愛者の集まりだと思っている。

 たしかに、ソドム帝サトは同性愛者なのだが、ソドム帝という名の理由が、サド著のソドム百二十日をモデルにした城の所有権を持っているからで、持つ羽目になったのはフランス古典文学研究会、別名サド愛好会の連中が城についていちいちうるさく運営に問い合わせたりしてきたため、運営側が面倒になって皇帝預かりにしたせいである。


 クレームのほとんどが。

「こんな絨毯、執筆時には流行っていなかった。変えろ」

「玄関に飾られている石像はサドの趣味ではない」

「召使の顔も姿もおかしい。きちんと原作やサドの物語を読み込んだのか」

 ほんっとに、面倒くさい時代考証とマニアックな指摘ばかり・・・。

 運営が嫌になるのはわかろうものだ。

 あちら様の言い分としては『マルキ・ド・サドの研究第一人者に諮らずに、こんなものを作るなど許し難い』というものだが。

 でも、作ったときに、打診したら「はっ? 風俗に協力しろ? 舐めてんのかっ」という態度と返事だったから、こっちは和訳された本をこねこねして作ったのである。

 いや、本当に。

 めんどうくさい連中であるっっっ

 


 その面倒くさい連中。いつもは三十人規模なのだが、連休に重なったせいか八十人以上で現れた(騎士爵を除く)。さらに人数合わせの背後の騎士爵は、彼らのセミナーとか講義とかの参加している押しに弱い学生さんが無理につれてこられたのであろう。

 プロフェッサーの学生達は自分の意志で参加しているのだが(別に単位くれるわけでもないが、ここで鍛えられた学生さんの就職率が異様に高いので)。


「今日こそ、ソドム城の所有権を渡してもらおうか」

「もう、これからアイアンさんと戦闘なんですよ、ほんっと面倒な人たちだなっ。大公、いつものように三分の一ずつ、兵の指揮任せるからっ」

 悪食同盟主体の、グルメ好き系ユーザーは男の大公に。一番数が多い。

 撮影等が好きなグループは女大公に指揮が任される。女大公は、リアル本職は有名な雑誌編集者(引退、復帰、引退を繰り返している)で、彼女がテコ入れすると半年で売り上げが2割増、という伝説所有者である。なので、そういう絡みで人がいついている。サトも広告屋のデザイナーなので、そのせいもある。

 残りはデビュタントの君ファンクラブ。


男大公「では。突撃ーっ」

 そこには、技巧も戦略もない。

 ソドム軍が圧倒的な人数であったから。

 ソドム帝さえ守り抜けば勝ちでもあるし。つぎの戦もある。

辺「うなれ、草野球チーム」

公「きっと戦のあとのビールもおいしい。樽で用意してくれるぞよ。黒いので(彼のコックが自作している黒ビールは仲間内でも好評)」

伯「やっりー」(ゲーゲーしていた子爵が村人殺害を承認されて爵位上がった。わりと元気になっている)

 ちなみに、野球など運動関連でつながっている連中も多い。


女大公「餌ですね。アイアンさんとこの不死身の連中倒すより楽ですから、昇爵しちゃいたい人、頑張って」

 こちらも突撃する。

 はっきり言えば、蹂躙である。

 それでも、フランス古典文学研究会幹部は何度もしつこく対戦をしかけているせいで、公爵と大公かおり、うまく乱戦をくぐって。


 くぐって。


 結局、物理的につぶれた。

 多人数で飛び掛かり圧殺戦術。


 ソドム帝近辺にも兵が温存されている。

 あと、室内で完結する学者さんたちは圧倒的に運動不足。

 何気に悪食同盟の関係者はおいしく食べたいということで、運動する。アムリタでの健全な運動は、草野球とバスケとは社交ダンスが三大トップである。



 大公は殺されなかった。

 もったいないので。

 彼を殺して昇爵するのは侯爵以上の方が割が良い。

 そんな感じで今は生かされている。

「ねえ、二・三人で敵軍突っ切ったら、やられるでしょ。ヒーロー物語じゃないんだから」 皇帝になるのは面倒だから、大公夫婦はパスした。公爵もこれ以上上がりたくないと、拒否し。

 首落とし用の大斧を手にした少女姿の侯爵が、なんかすいませんとぺこぺこ周囲に腰低く挨拶しながら、捕虜に寄ってきた。彼は名乗らないが、リアルはわりと有名な映画監督であった。女騎士アイリーンがアムリタ屈指の人気を誇るのは、つまりは本職がシナリオを作って撮影しているからだ。

 ちなみにアイリーン(十代の娘)の姿をしているが、中身はおっさんというか、もうじいさんである。

候「じゃ、昇爵、ありがとうございますー。そのお命、大事に頂戴しますねー♡」

仏古典大公「おまえたちのそのくそみたいなノリ、きらいだわっっっ」

 と、叫んだ途中で。

 首ががんっとはねられた。重たい斧なので、首に振り降ろせれば綺麗に切断できるのである。

「お見事」

「さすが」

 と、周りがはやし立て、候爵は腰が低そうにぺこぺこっとお愛想のお辞儀をした。

 鮮血が傷から吹き出すが、それに動揺する者は少ない。

ソドム帝「シェイクスピアの昔から、敗者よ、語るなかれというでしょうに」

 ころころと転がった、機械とは到底思えないリアルな断面の生首に語りかけると、生首はまだ何かを言おうとして、唇をわななかせ、しかし、急速に目から光を失い、こと切れた。

 新人とお試しが吐くのはこういう、不必要なまでのリアルさであった。

 血しぶきは、たいていのところで過剰に演出されているので、こちらは逆に物足りないぐらいらしい。


辺「はー、大公だから痛覚、150%なんだよなあ。成仏してほしい。また会う日まで」

 痛覚を伴う殺し合い会場なので、遺恨が残らないように身バレしないよう、名前でなく爵位で呼び合うのだが、古参連中は顔がばれているのでなんら意味がない。遺恨はめっちゃくちゃ残る。



 そんな終わった空気のところに、アイアンメイデンと呼ばれる十皇帝の一人が拡声器で呼びかけた。

「サートー。サド愛好会と決着ついたなら、そろそろ戦争しよう」

ソドム帝「あー、もう、時間だよっ」

元候爵(殺害が承認されたので公爵に昇爵)「目的を達成してしまったから、やる気が出ない♡」

ソドム帝「アイリーンってそんな感じでセリフいうキャラなのでしたか」

元候「この顔のモデルのアイドルはこんな感じ。売れなかったけれど、私、この娘、大っ好きだったよ」

 大好きだったのに、くっ殺ストーリーの主役なんだ、へー。

 という大人の事情を摘まみ食いしながら、慣れあった戦が始まった。


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