表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/44

第1話 創造主ベルフェ

「——————————、——よ」


 何か聞こえた気がするが、目覚ましのアラームではない。ぼんやりとした意識は眠る事を選ぶ。


「目を覚ましなさい、勇者よ」


 聞いた事の無い優しい声だ。

 もっと聞きたくなるような落ち着いた甘い声。

 これは夢の中ではないのか?


 薄く目を開けると白い世界が広がる。

 まぶしくて眉をひそめた。


「これは、夢ですか?」


 思ったことが口から零れる。

 寝起きなので頭が働かない。


「あなたは、誰ですか?」


 真っ白な世界に真っ白なドレス、真っ白な肌。

 いや、あれはドレスか?

 良く見ると修道女が着ている衣装に似ている。

 整った顔立ちは誰に聞いても美しいと返ってくるような神がかったものがある。


 俺の反応が面白かったのか、満面の笑みで彼女は答えた。


「私はゴールの創造主ベルフェ、これは現実です」


 目が離せないその笑みと声は俺の正気を取り戻すのに十分だった。


 これは夢だ。こんな美女が居るわけない。


「神様という事ですか?聞いたことが無い名前ですが」


 夢ならば楽しめば良い、悪夢なら覚ませば良い。

 美しい女と語らう、それは良い夢だ。


「あなたの世界とは異なる世界の神です」

「なるほど…」


 漫画や小説で流行の異世界ものの夢のようだ。最近異世界ものばかり見ていたからその影響だろう。俺は設定を全て理解したとばかりに話をすすめる。


「たしか勇者と仰られたと思いますが、俺は今年で38歳。さすがに老けすぎだと思うのですが」

「勇者に年齢は関係ありません、異世界から神が転送する者を勇者と呼ぶのです」


 子供の憧れ、勇者という肩書の魅力が途端に消え失せる。着ぐるみの中の人を見てしまい現実を悟った子供の気分だ。


「なるほど、では転送というのは?また目的は何ですか?」

「あなたの住む世界から私の世界への転送です。目的は世界の均衡を取り戻す事」

「均衡とは?」

「平和です」

「どうやって平和を取り戻すのですか?」

「わかりません」

「…魔王がいるとか、そういう話では」

「そういう簡単な話ではないのです。ただ、そうですね。あなたの世界にあるファンタジーという世界感に酷似した世界だと思います」

「剣と魔法と殺し合いの世界ですか?」


 彼女の表情が初めて曇った。


「私はゴールの産みの親ですが、ある事情から一度手放してしまいました。世界を調整する者がいなければ神の手から離れた世界は神の性質が濃い世界へと自然と変化してしまいます」

「神の性質?」

「あなたの世界にも学問の神や商売の神、そういった神がいますよね。それが神の性質です。私の性質は【怠惰】と【好色】の二つですが、これらは私が求めている平和な世界に向かないものです。私が世界の管理を怠った事と、この2つの性質が原因となり繁栄を極めたゴールから文明が失われ、荒廃が進んでしまいました」


 寂しそうな笑みを向けられ俺の心は締めつけられる。


「今はあなたの言う殺し合いの世界と呼ばれても仕方ない世界になっています。ですが、私は今一度この世界の平和を、かつての繁栄を取り戻したいのです」


 自分で創造した世界というのはやはり愛しい世界であって欲しいものなのだろうか。平和を取り戻したい気持ちが痛いほど強く伝わってくる。

 

 しかし、俺にも俺の意思や都合がある。


「神様、私はただのサラリーマンです。それ程過酷な世界では神様の力になる前に死んでしまうでしょう。確かに独身で彼女もいませんから俺が消えても悲しむ人はたぶん親くらいなので神様が転送しやすい気持ちも分かりますし、休みの日でも仕事をしてるような社畜なので確かに異世界への憧れもあります。とはいえ!日本での生活を選びたいのですが」


 これから待っているだろう当てのない旅と、責任の大きさからこの仕事は受けたくないと思えた。それに夢ならもっと苦労とは縁のない夢を見たい。


「今は『勇者転送』の最中にあります。『勇者転送』は66年経つと一度使えるようになる『神の切り札』と呼ばれる力。あなたには悪いのですが私とこうして話している以上、拒否権はないのです」


 薄く笑う彼女を見て俺は察した。


 『神』は『神』であるのだと。


「そう、ですか…」

「その代わりと言っては何ですが、勇者たる力、神の恩寵おんちょうを2つ授けます。この力を自分が思うまま使い、ゴールで生きると良いでしょう。

 平和を取り戻した後、世界の王となってもかまいません、神の力があればきっと願いは叶うでしょう」

「………では、いくつか質問したいのですが」

「許しましょう」


 予定外の仕事が入ったり、急な人員不足に陥った時でも仕事は仕事としてある。

 取り掛かるしか解決策は無いのだ。

 無理難題を押し付けられたとしても逃れられない以上、今ある条件から最善を尽くすしかない。


 それがサラリーマン務めというものだ。


 俺は仕方なく転送される前に最低限の事を聞き出す事にした。


①言語は通じるのか?

 神の性質『怠惰』の影響でゴールは全種族共通語となっているようだが、会話に問題が無いように言語スキルを付与して転送されるようだ。


②神の恩寵おんちょうとは?

 勇者として神の力を2つ分けてくれるそうだ。

 例えば剣・槍・弓・格闘の才能から何か突出して1つなど。

 火・水・風・雷・土・光・闇の属性から突出して1つなど。

 魔法や錬金術の類などもあるようだ。ただし世界のバランスを考えてある程度までという話だ。

 また人間界最強の武器防具などの物品から選んでも良いらしい。

 それら合わせて恩寵おんちょうは2つとなる。


③転送場所は選べるのか?

 荒廃した世界に残る『始まりの街アーク』に転送されるようで選べないようだ。


④持ち物は何か貰えるのか?

 前の世界の自分の部屋にある物を転送前に取り出してくれるそうだ。


⑤ベルフェとはこの先も一緒なのか?

 転送中だけになるという事だ。


⑥元の世界に戻れるのか?

 薄い笑顔をもらった。


⑦俺が選ばれた理由 

 わからないそうだ。


「選ばれた理由が分からないというのは納得がいきません。親を残して異世界に行く以上、それなりの理由が欲しいのですが」

「すみません、本当に分からないのです。ただ、何かしらの突出した適性を感知して選ばれるようなのです」

「神様でも分からない事があるのですか?」

「そのあたりは私の担当ではないのです、全てを司る主神なら分かると思いますが」

「なるほど、畑違いの仕事はできないわけですね…」

「そういう事です。それで大事な事なのですが、このまま転送されると知力、筋力、体力、外見などは今のあなたのまま転送されます。

 何か恩寵おんちょうに希望はありますか?『不老不死』や世界を破壊するような強すぎる力は与えられませんが、その辺りも含め将来を見据えよく考えて下さい」


 ここまでの話から考えて、たとえ神の恩寵おんちょうがあったとしてもやはり異世界転送は俺にとってメリットが少なすぎる気がする。

 話のテンポを崩したくなかったので言われるまま聞いていたが、突っ込みたくなる返答がいくつもあるのだ。

 

 転送された瞬間、新たな世界が視野に入るタイミングで夢が覚めるの《《だろう》》と。

 そんな風に考えたい、俺は早く目が覚める事を望みながら話をすすめる。


「では、未習得のものを早く習得するような事は可能ですか?

 あと能力の最大値や取得技術(スキル)の限度を無くすような事も希望したいのですが」


「面白い事を希望しますね。今まで勇者にその様な事は試したことが無いのでどこまでできるかわかりませんが、とりあえずやってみましょう。その中なから可能な2つの恩寵おんちょうを授けます」


 彼女はそっと豊かな胸の前で手を握りあわせる。神というよりは礼拝をするシスターのような、慈愛溢れる姿だ。

 彼女の性質は【怠惰】と【好色】という話だが、それらを感じる事はこれまでの姿からも全く想像がつかない。


 そんな無礼な事を考えていると突如として俺の体は光に包まれた。

 何も見えなくなるほどの強く明るい光だ。

 これはきっと朝日だ、このまま目が覚めるパターンを俺は強く強く願った。


⁺共通言語

⁺取得経験値増加

⁺能力限界値突破

⁺オーバースキル


 頭の中でスキルが付与された事を認識した。


「言語以外の恩寵おんちょうは2つになると思っていたのですが、あなたから発せられる強い精神が影響したみたいで3つとも叶えられたようです。希望通りになってよかったですね」


 彼女は我が子を見るような優しい眼差しをくれた。


「それは…ありがとう、ございます」


 残念ながら朝日で夢から覚める事はなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ