仲良くなりたかっただけなのに隣の杉浦さんからの擬音語がうるさい
唐突だが……誰もが自分と他人は違う、そう思う時期があるだろう。
そういう俺も、他と違う人生を歩んできた。
もちろん、これは自意識過剰なんかじゃない。
「っあ゛ぁ゛ぁぁッ!!」
ちょうど体育館のバルコニーから、
華麗なるパスワークの末、時間ギリギリのゴールに失敗したバスケの試合が見える。
可哀想な彼を例えにしようか……。
「ドンマイドンマイっ! 次ある、次!」
先輩と思われる人物が近づき、落胆する肩を叩いて笑顔で慰める。
けれど、彼の本心は相当イライラしているんだろう。
だって周りに『イラッ、イラッ』と漫画のような擬音語が見えているのだから。
「ッチ」
ほら、聞こえない距離へ行った途端、待つことなく先輩が悪態をついた。
テレパシーの一種か知らないけど、小学に上がった時には備わっていた力だ。
「いやさ、今回のガンダムマジで面白いってマジで」
時間を潰す為に訪れた日課の体育館から、朝の会ギリギリで教室に戻ると和気藹々に話す人々。
加えてそこら中から、
『カキカキ』『てへっ』『ペラペラ』『あははっ』『ガヤガヤ』『ゴロゴロ』『びくっ』『うるうる』『ちらっ』『ペチャペチャ』『ガラガラ』『ムラムラ』『ふぅー』『ぎくっ』『ドクンッドクンッ』『ドドッ』『ささっ』『ガーン』『ドッーン』『ペロっ』『カーカー』『さらさら』『ムカっ』『ミシミシ』『くわっ』『スゥーっ』『ドキッ』『ペラペラ』『ギンギン』『ジャジャーン』『わー』『スポっ』『コン』『パチン』『ギシギシ』『ギュッ』『ふらふら』『うろうろ』『ドンドン』
など、擬音語が俺の視界を埋め尽くしていた。
「はぁ……」
もう慣れたとはいえ、気が滅入ることには変わらない。
擬音語は常に全面、背景や人物で隠れないから人が増えるたび、視覚が奪われる。
終いには、こんな風に全てが文字だ。
「はぁぁ、俺の人生が誰かの漫画なら……そいつは間違いなくド素人だよ」
目を瞑り、手慣れた様子で一番奥の席へ座り、いつになく冷たい椅子で寝たふりを始める。
誰も話しかけてはこない、来るわけがない。
登校初日に全て失敗している俺はクラスじゃ腫れ物のように扱われているんだから。
「沖田 優です。よろしくお願いします」
転校初日、俺は『ガーンッ』『キャーキャー』『きゅんっ』などの擬音語を無視し、手短に自己紹介した。
経験則から余計な事を言えば言うほど、擬音語が増えることは分かっていた。
「ねぇ、ねぇ、どこから来たの?!」
「家どこ?」
それなのに、俺の前には人だかりが出来ていた。
見上げて顔を確認しようにも誰一人素顔が見えない。
——早く答えなければ、答えなければ印象が悪くなる。
いや、もう顔を歪ませているかもしれない。
「電車? 徒歩?」
「趣味とかあるの?」
「私は牧って言うんだけど」
消えろ、頼むからうざい文字は消えてくれ。
今自己紹介、自己紹介してくれたのは誰だ? 右左のどっちだ?
「っゔ、ぅぅ」
「どうしたの? ぐあいが」
分からない、『ギロっ』と凝視しても擬音語が出てきて余計顔が見えないだけ。
あぁ…………いやだ、もう普通の学校生活ぐらいさせてくれ。
なんで俺が、俺だけがこんな目に合わないといけないんだ。
「————消えろ、全部消えてくれよッ!! もう散々なんだよッ」
分かりやすく失敗していたでしょ? 後の展開はお察しの通りだと思う。
突然、奇声を上げる転校生に話しかけるもの好きなんていない。
俺は見事孤立し、一人ぼっちの高校生活を送っている。
「あぁ、でも目を瞑っている限りは何にも邪魔されな……ぃ?」
頬に温かい感触が当たり、なんだろうと思っているともう一つ増える。
このクラスはペットなんて飼ってないし……なんだr。
「——ッイダ!?」
頬を走る痛みに勢いよく立ち上がり。
『ギュッ』と擬音語が視界に入ったことで摘まれたと理解した。
「なっ、な、何するんだ?」
赤くなった頬を刺さり、原因である隣の席へ視線を向けた。
「私の下敷きに座り、その上邪魔されないと煽ってきた奴にお仕置きしただけよ」
そこにいたのは三分の狂いもなく凛々しい姿勢で椅子に座り、黒板を見つめる少女。
肩まで伸びた透き通った白い髪を小さく揺らし、最小限の動きで目線を向けてきた。
「もし、また同じ事したら覚悟しなさい。あらゆる手段で人生を破滅させるから」
そして先ほどまで俺が座っていた椅子から下敷きを流れるような動作で引き抜くと、
細長い綺麗なまつ毛の目で、ゴミを見るような蔑んだ微笑を浮かべてきた。
「——み、見える、綺麗で可愛い顔がばっちり見える……なんで?!」
もう家族ですら、ろくに見ることが出来なかった。
なのに、それなのに座り偉そうに見下してくる彼女だけ、彼女だけは何一つ邪魔されずに見えた。
————だから、この時から俺は嬉しくて暇があれば隣の天使へ話しかけ続けた。
「ねぇねぇ、杉浦さんは何か趣味とかある? 俺は本を読むことなんだ」
「っち」
最初はそっぽを向き、無視を決め込んでいた杉浦さん。
「ごめん、あの、つい嬉しくて話しかけてたんだけどうるさかった?」
「えぇ……うっさい、ペラペラ喋るスカした奴って嫌いだわ」
嘘……もう間違えてしまったのか?
嫌い……嫌い……。
ショックを受けた俺は、使い道がなくて貯めたお小遣いで何とか機嫌を直してもらおうとした。
「なに……これ……机が花だらけじゃない、誰の嫌がらせ? へぇ、悪意を善意で覆い隠そうとは考えた——」
「あぁ、杉浦さんに機嫌を直してもらおうと思って俺が花を買ってきたんだ!」
嬉しいことに、効果は的面だった。
「ねぇねぇ、なんで杉浦さんっていつも1人なの? 友達いないの?」
「はぁ……興味ないから、この世界の何もかもに私は興味ないの」
花のおかげで杉浦さんは機嫌を直し、前よりも会話してくれるようになった。
あー、あと聞いてくれ。
今みたいに漫画と違って、人が嬉しい顔って眉がピクピクっと痙攣を起こすものだって知れたんだよ!
机に膝を付き、顔へ手を当てながら『ふー、ふー』と自分の頬を膨らませて遊ぶ、可愛い杉浦さん。
「あなた、何が面白くてこんな私だけに話しかけ続けるのよ……態度も悪いし、愛想だって悪いじゃない」
態度も愛想って言っても俺は彼女しか知らない。
でも、きっと正直に言ったら昔のように気味悪がられて離れてしまう。
「い、嫌、杉浦さんが嫌だったら、もう話しかけない……ごめん」
自分でも鬱陶しい事をしているとは理解していた。だから、杉浦さんの遠回しな質問の意図も分かっている。
「はぁぁ……別に、良いわよ。気になっただけだから」
「本当?! 嫌じゃないの?」
つい嬉しくなって立ち上がる、『じーー』と周囲の視線が集まっているのが見えても小さなこと。
杉浦が「うっさい、お座り」と言い、指を下へ向けたことでようやく俺は興奮を抑えて座る。
この時、俺はまだ集まっていた視線の意味、人の悪意ってものをまるで分かってなかった。
放課後、忘れ物を思い出して学校に戻った。
廊下を歩いているとふいに『ドンッ』と擬音語が女子トイレの方から見えた。
誰かが転んだのかな、そう思って男子トイレへ入って壁の向こうを眺めた。
「ねぇ……やめろって言ったよね? なのに何? 毎日毎日さぁ、あ? イチャイチャ見せられるウチらの身にもなってくれる?」
「公然わいせつ罪だよ、まじでッ! 不快すぎんだけど」
でも『クスクスっ』『ゲラゲラ』と複数人でしか見えない擬音語が見え。
これが虐めなのだと初めて理解した。
こんな時はどうすればいい、何をすれば一番正しくて間違えないんだ。
「ねぇ、聞いてんの? ——杉浦」
その名前と共に『ガンッ』『ジャー』『ピトっピトっ』と擬音語が視界を覆う。
イチャイチャって俺のことか、俺のせいで杉浦さんは虐めを受けている。
思えば花を上げた時も、彼女は真っ先に悪意だとか言って——。
それなのに……それなのに、俺は自分の気持ちだけ考えて心まで盲目になっていた。
もう、何が正しいとか間違っているとか全てどうでも良かった。
「お前ら……何してんだ?」
女子トイレへ入ることだとか、女子を殴るのだとか、全てがどうでも良かった。
ただ、謝りたかった。
何も考えれず、自分の事しか考えられなかったことを杉浦さんに。
「何……貴方帰ったんじゃ無かったの」
バケツを持った女子3人に囲まれ、壁へ寄りかかっていた杉浦さんは目が合うと顔を歪ませる。
「っあ、いや、これは違うの! 杉浦さんが水をかけてって無理矢理——」
俺は『ガンッ』『ビシャー』とバケツが転がろうとも女子たちを押し退け、すぐに杉浦さんの手に取った。
「怪我は? 何もされなかった?」
「あんたが首謀者だった……なんて展開でも無さそうね。貴方が握っているのが一番痛いぐらいに平気よ」
「良かった、いつもの減らず口の杉浦さんだ」
文句有りげな顔で杉浦さんは見てくる。
けれどそんなことより、一刻も早くここから出たかった。
「その女のどこがいいの! 顔だって同じぐらいだし、なんなら性格も入れたら私の方が良いに決まっているッ!!」
杉浦さんを半ば強引に連れ出そうとすると、女子の一人が行手を阻んできた。
「君の心は……杉浦さんと比べるまでもなく世界で醜いと思う」
ひどい事をする人間にはひどい事を言いたくなる。
自分でもびっくりするぐらいな事を言った『シーン』と静まり返るトイレ。
俺は逃げるように廊下まで杉浦さんを連れ出す。
——やばっ、やっちゃった、何してんだろう、俺!
でも、杉浦さんが俺のせいで虐められることを見てないフリなんてできなかったし。
「心が綺麗なのは比べるまでもないけれど、顔は否定しなかったわね。貴方」
平常運転の杉浦はいつもの様に口元へ手を当てながら揶揄ってくる。元気そうで良かった。
「はぁ……だって最初から杉浦さんのことしか、見えてないもん。俺は」
「————ッ」
『ッカー』と初めて彼女の顔から擬音語が現れ、綺麗な白い肌がみるみる内に変化していく。
この秘密をうっかり杉浦さんへ話した事を後悔しなかったことはなかった。
「大丈夫? 顔が赤いけど、もしかして昨日も水をかけられて風邪なんじ——」
ずっと握っていた手をはたき落とされ、杉浦さんにビンタされる。
だって——この日からだったから。
俺が杉浦さんを見てないとまるで嫌がらせするように、大量の擬音語が主張し始めたのは。
読んでくださってありがとうございます。
新作のラブコメを書き溜めている合間に思いついて書いてみた短編です。
長編にするかは分かりませんッ!