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呪い、呪われ…  作者: 河辺 螢
本編
9/12

とある二人の人生

 十四歳になったある日。父と母に連れられて、ダッシュモンド伯爵家に行った。

 いつになく素敵なドレスを買ってもらえ、ずいぶんおしゃれしたと思ったら、目の前にいるこの人と婚約をするって。

 いきなり? 普通、事前に言うでしょ?

 父のサプライズ? いらないいらない。

 紹介されたのは、レイナール・ダッシュモンド様。

 ダッシュモンド伯爵家の嫡男。二歳年上で、婚約と言うより、筆記試験でも受ける前のような緊張感で座っていて、明らかに私に興味を持っている様子はなかった。

 両家の親の間で書類は整い、父同士が握手を交わす。

 ああ、私にも婚約者、か。私は将来、あの人と結婚するのね。

 両親と共に伯爵家を出て、ふと振り返ったら、窓からレイナール様がこっちを見ていた。

 ぺこりと会釈したら、顔を背けた。…嫌われてる? でもそのまま窓際に立っていた。


 家に戻ると、どうして婚約することになったのか、父が話してくれた。

 ダッシュモンド伯爵の領地があるノルディア地方で数年前に起こった水害から復興するため、伯爵は尽力をした。けれど、そのための借金が思いのほか膨れ上がり、利息の支払いしかできない状況。そこへとどめを刺すように、老朽化したワイナリーの天井が崩れ、保存していたワインが駄目になってしまった。

 父はここのワインのファンで、設備を整えれば絶対に復旧できる、とまずはワイナリーへの融資を持ちかけた。

 伯爵はその話を受け、ご自身の子息と私の婚約話を切り出した。

 我が家のような新興の男爵家の娘と縁を作りたいとは思えず、お断りをしたらしいのだけど、是非とも検討を、と言うことで釣書を預かり、レイナール様のお人柄も調査して、婚約をすすめることになった。

 決め手は

「おまえが好きそうな顔だったから」

 …否定は、しないけど。あんなかっこいい人に、今まで婚約だとか恋人だとか、そんな話がなかったわけないじゃない。

 家のために無理させていたら嫌だなあ。


 月に一回、お茶会を開いて交流を深めることになった。

 レイナール様は物静かな方で、私も特におしゃべり上手というわけではないけれど、とりあえずお好きなものは、とか、どんな本読みますか、とか、話題は投げてみた。

 それなりに真面目にお答えはいただいたものの…。一問終わるたびの沈黙が痛い。

 何度目かのお茶会で、ずっと気にしていたことをダイレクトに聞いてみた。

「あの、…もし他に気になる方とか、…恋人とかいらっしゃいましたら、私から父に言って、この話をなかったことにしてもらいますから。遠慮なく言ってくださいね」

 すると、きょとんとした顔をして、手にしていた紅茶が少しこぼれた。

 少し慌ててソーサーにカップを戻すのを見て、ハンカチを出して指にかかっていた紅茶に当てると、

「…そんな、不誠実な男に見えましたか?」

 そう言ったレイナール様の目は、少し恐かった。

「い、…いえ。もし、そうなら、と」

 そっと手を引っ込めながら、失敗した、と思った。

 レイナール様を怒らせるつもりはなかったんだけど、思えば失礼なことを言ってしまった。

「…ごめんなさい」

「謝らなくてもいい。あなたが、私との関係に真摯に取り組もうとしてくれているのは知ってます」

 それは、私が知り合いからレイナール様ってどんな人、って聞きまくったり、学校や街の図書館でレイナール様の実家の領地のことを産業や気候も含めて調べまくっていたのを知ってるってことだった。

 急に恥ずかしくなって、うつむくと、

「学校の図書館で、見てました。…すぐ後ろの席にいたのに、気付いてなかったですか?」

 すぐ後ろの席…?

 顔を上げると、顔つきは一見無表情ながら、耳が真っ赤になって、ふと目をそらしたその姿が、最初の日の、窓から見ていたあの姿を思い出させた。

 もしかして、…照れていらっしゃる?

 向こうもごまかしたかったのか、

「…今日のタルトは、家の者にもとても好評です。是非…」

と、大好きなオレンジのタルトを勧めてきた。遠慮なくほおばり、あまりのおいしさにご機嫌になった。その時点で、すっかりごまかされていた訳だけど。

 しばらく幸せを味わってほわっとしていたら、私を見ているレイナール様の柔らかい笑みに、心臓が我ここにあり、と主張を始めた。


 それから学校でもお見かけすると、少し笑って会釈をしてくれるようになった。同じ学校に行くのはもう半年もなかったけれど、通りすがりに挨拶するだけでも嬉しくて、時には少し勉強も教えていただき、卒業するまでの短い間でも充分に思い出を作ることができた。


 レイナール様の誕生月には、一年目は知り合ったばかりでよくわからず、母の見立てで有名なお店のペンをプレゼントした。もちろん喜んでもらえたけど、二年目はどうしても自分でプレゼントをしたくて、朝から街に出て、悩みに悩んで夕方近くに結局最初に見つけたものに落ち着いた。

 日常に手にしている物に緑色が多いので、きっと好きな色のはず。深緑色の石のついた、私でも何とか手が届くタイピンを選んだ。決して高価じゃないけど、日常使いには品もあってきっとお似合いになるはず。

 カードと庭にある花を一輪添えて、次のお茶会に持って行って手渡すと、その場で開封し、

「ありがとう。…大事にするよ」

 そう言って極上の笑みを見せてくれた。一生懸命選んで良かった。


 私の誕生月のお茶会は、お仕事の都合でレイナール様が遠くに行くことになり、中止になった。

 私の一度目の誕生日は、恐らくおばさまがお選びになった、バラを透かした白いショールをいただいた。とても繊細な生地で、領地の特産の一つ、と聞かせてもらった。

 こんな素敵な特産があるなら、きっと領地の復興もそんなに遠くはないはず。父はワイン産業だけでなく、治水や織物工業にも融資していると言っていた。父曰く、それだけの価値がある領だと。

 だけど、伯爵家の財政が戻ったら、男爵家出身の私ごときではお役に立てないかもしれない。

 貴族の婚約は、家の都合優先。

 あの時は父の力を借りたくてこういう話が出たのだろうけど、レイナール様は学校にいた時も何人かの女性が遠くから熱い視線を送っていたし、容姿もさながら、成績も優秀、その真面目な人柄からも評価は高い。ダッシュモンド家より上位の家格の方からも打診があるようなことを聞いたことがある。実際、そういうことを皮肉を交えて面と向かって言われたこともある。

「私のお父様がその気になれば、あなたごときの家なんて、簡単に潰せるんですからね。あーあ、お金で買った婚約の権利なんて。さぞお幸せになれるでしょうね」

 目を伏せて、相手が立ち去るのを待ち、申し訳ないけれど、その言葉は逐一父に報告させてもらった。父の言うところの「小娘の戯言」か「貴族の策略のほのめかし」かを量る材料として。

 それから接触してこなくなったので、何かはあったのだろう。…父、何をやった?


 翌月の定例のお茶会では「お土産」と言って珍しい布地をいただいた。隣国で流行っている新作で、ノルディア地方でも新しい織り方を研究中とのこと。お礼を言うと、さらにその上に小さな白い箱を置かれた。

 これって??

 こくりと頷きで促され、水色のリボンをほどくと、中には青い宝石のついたネックレスが入っていた。

 シンプルに一粒。深い青色の、サファイアのネックレス。

「誕生日に遅れてすまない…。何がいいか、迷ってしまって。指環はサイズが必要なんだな。気がつかなかった。次は是非、一緒に」

 気がついたら、ボロボロと涙がこぼれていた。

「どうした? アイヴィー。どこか痛むのか?」

「痛いです…」

 慌ててるレイナール様をますます慌てさせてしまう。

「胸がキュッて、痛いです。…嬉しい。ありがとう、レイナール様」

「…レイと、呼んで欲しい」

 レイナール様は、指でそっと私の頬の涙を拭き取った。じっと見つめる目は、サファイアの色だった。

「レイ、ありがとう」

 そのまま重なった唇が離れた時、

「じゃあ私は、君のことをヴィーと呼んでいいかい?」

 そう問われて、こくりと頷いた。


 それから、私達は婚約者かつ恋人になった。

 レイの仕事の邪魔にならないように、でも時間があれば一緒に過ごし、街を歩いたり、少し遠くまで散策したり、私の試験勉強対策も二人で過ごしたけれど、さすがにこの時は甘い時間とはいかなかった。…試験範囲を終わるまでは。


 婚約して三年目のある日、レイのご両親に呼び出された。

 レイのご両親が向かいに座り、私とレイが隣に座って、何の話があるんだろう、とドキドキしていたら、

「我が家もだいぶ復興してきた。…いつか言おうと思っていたのだが。もしこの婚約に義務感を抱いていたとしたら、今ならしがらみから解放することもやぶさかではないが…」

 ニヤニヤと笑いながら言うおじさまに、

「父上」

と、レイが恐い顔をした。

「ここで婚約を無効にするなど、恩人に対して大変失礼です。それに、私はヴィーを…。アイヴィー以外、妻に望む人はいません」

 おじさまは、くっくっく、と笑い声を上げた。おばさまもにこやかに微笑んでいる。

「わかっている。そう怒るな。確認したかっただけだ」

 そして、婚約中であるにもかかわらずやってくる釣書を見せて、

「では、これらは全て断っておく。二度と送ってこないよう、念を押してな。…そうそう、我が領のワインをアクトン侯爵がずいぶん気に入ってくださってな。この手の困りごとがあったら名前を出してもいい、と言ってくださっている。こういうしつこい連中には、良く効くかもしれないな」

 おじさまも、おばさまも、私が家の爵位なんて少しも気にされていなかった。私が余計な心配をして、少し僻んでいただけだった。

「ありがとうございます」

 安心して頭を下げるレイの横で、私も深々と頭を下げた。


 それから、学校でのささやかな(?)嫌がらせもなくなった。

 学校を卒業すると、レイの提案で、祖父母と両親、兄弟だけが出席する小さな結婚式を挙げた。本当は伯爵家ほどになると、社交も兼ねてもっと大々的に行うものなのだけど、ブドウの収穫時期にあえて重ねて、「繁忙期なので、また追々」と、かなり苦しい言い訳ながら、後日のワインパーティの提案にむしろそっちを楽しみにする人の方が多かったかもしれない。

 私も、いつまでもお酒が飲めないお子ちゃまではいられない。何せ、ワインは特産品なんだから。


 式の後は伯爵家に戻ると、その日はずっとレイが傍にいてくれた。何度かあった呼び出しも全て「明日に」と言って、どんなに冷やかされても私のそばから離れなかった。

 何故だかそれがとても安心で、私もしがみつくように、レイの傍にいた。

 触れあう手も、抱きしめ、引き寄せる腕も、頬に唇に触れる唇も、触れあう素肌も、全てが愛おしくて…


 目覚めると、朝の光が輝き、隣にはレイがいた。






お読みいただき、ありがとうございました。

誤字ラ出現のご連絡、ありがとうございます!

全パート含め、お礼申し上げます。


…犯人は誰?

犯人は、いなくなりました。

犯人になるはずの人のイベントを崩したので。

想定はありましたが、犯人はいないのです!

(ミステリーじゃないから。あはは)



と言うコンセプトで書きながら、妄想が進みすぎ、3人の犯人?の話を追加しました。(2022.9)

逆に言うと、これで犯人がいないという証明になるか??

犯人じゃないしな…。

あくまで、こっちで人生は進み、ハッピーエンド。

ちゃんちゃん!


この先は妄想設定ダークサイドですので、ハッピーエンド至上主義の方は、ここまでで「ああ終わった」と思っていただくことをお勧めします。


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