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呪い、呪われ…  作者: 河辺 螢
本編
7/12

10回目かもしれない

 私はレイナールのことをレイ、そう呼んでいた。

 レイは私のことをヴィーと。

 今思えば、初めの人生の記憶があまりにあやふやだ。やり直した人生は覚えているけれど、それは繰り返しの台本の中で作られたもの。わずかな違いをアドリブで補いながら、最後の私の死というつじつまだけは合わせる。

 本当の私の…、私とレイナールの記憶は…


  -◆-


 月に一回、お茶会で会うだけの、つれない婚約者。

 初めはそうだった。

 でも、違う。

 私が誕生日にタイピンを送った。それはよくある挨拶にも似たプレゼント。だけど何がいいかずっと悩んでて、半日街をうろついてようやく選んだものだった。

 誕生日も覚えていなかったつれない婚約者が、一月遅れでくれたネックレス。あの時から、私達は変わった。お茶会以外にも時々手紙をもらって、街に出かけることも、一緒に食事をすることも、湖の近くに遊びに行ったことだってあった。

 父の援助で復旧したワイナリー。その復活の年が当たり年だった。

 少しづつ復興する伯爵家。

 婚約から三年目に、意に沿わないなら婚約を続けなくていいと、おじさまに再確認されたけれど、レイは私を手放したくないと、婚約を続けたいと言った。私にもそれでいいかと聞かれて、頷いた。

 卒業したらすぐに。それはレイの意思だった。私も同じ思いだった。それなのに、私は殺されて…


  -◆-


 レイが殺したんじゃない。

 私は、レイのことが好きだった。

 レイも、私のことが好きだったと信じてる。

 あの闇の中の声が言うように、レイが私を助けようとして闇の魔法を使い、婚約から死までを繰り返していると言われれば、それは充分にあり得ると、今ならそう思える。それなのにレイが私を救えないことに絶望してしまったとしたら…

 私がただ死ぬだけならいい。元々死んでいるのだから。

 だけど、レイが私の死にひきずられ、時の狭間から出られなくなってしまうのは、嫌だ。

 レイのためにも、私は生き延びなければいけない。


 その日の夜、レイに手紙を書いた。会いたい、私が死なないよう一緒に考えて欲しい、と。

 すぐに返事が来て、次の週末、うちに来ると書いてあった。


 週末、お茶を出してもらうとすぐに侍女に席を外してもらった。

 二人だけになると、私はレイの隣に座った。

「ヴィー」

 レイは私をしっかりと抱きしめた。ずっと無表情だったレイの瞳に、感情の灯がともる。

 私もレイの背中に手を回した。ほんの一週間前にもこうしてレイの存在を確かめたのに、それでも懐かしいと思ってしまった。それくらい、ずっとレイが遠かった。

 心が落ち着くのを待って、次々と思い出していく記憶をレイに伝えた。

「ずっと思い出せなくて、ごめんなさい」

「私こそ謝らなければ…。死んだ君の姿を見るたびに、君の冷たい体に触れるたびに、これ以上君の死を見るのが恐くなってしまった。君を救いに来たのに…。何度も死んで、辛い思いをしているのは君なのに…」

 繰り返す人生。私達は、お互いが振り出しに戻る前を覚えていることを知らなかった。

 何度も四年間を過ごしながら、ずっとわかり合おうともせず…

「私の記憶はまだ完全じゃない。全てを思い出せたわけじゃないの。でも思い出さなければ」

 レイは私から目を背けた。

「他にも解決策はあるんだ。私が強く決断すれば…。君との、結婚を白紙に戻せば…、君は死なずにすむ」

「そんなの嫌。レイと一緒がいい。さよならじゃなくて、一緒に生き延びるの。だから教えて。もし知っているなら、どうして私が死んだのか」

 レイはなかなか話そうとはしなかった。それは、レイ自身が思い出すのも辛いこと。だけど、聞かなければ。私はそれを知らなければ。

 私の強い意志をわかってくれたのか、

「…わかった」

 ようやくレイは、最初の私の死のことを語ってくれた。


 私は、結婚式の最中に、乾杯のグラスに毒を盛られ、死んでしまったらしい。

「グラスには新郎と新婦のものだけリボンが着けられていた。君はお酒が飲めないから、シャンパンではなく、アルコールの入っていない飲み物が用意されていた。だから、そのグラスは必ず君が飲むとわかっていた。

 君は全て飲み干したけれど、味の変化に気がつかなかった。珍しい異国の果実のジュースだと言われ、少しくらい変な味がしても気がつかなかったんだろう。眠気を感じる、と言ってふらつき、間違えてアルコールが入っていたんだろうかと心配していたら、一気に脱力して、そのまま目を閉じた。式の途中でそんな風になるなんて、緊張していたんだろうかと思い、別室に寝かせるために抱えた僕の腕の中で、君の垂れ下がった手が重みを増した。おかしいと思っているうちに君が息をしていないのに気がついた。

 すぐに飲んだものを吐かせたけれど、間に合わなかった。

 誰が犯人なのかはわからない。それがわかる前に僕は噂頼りに闇の魔女のところに行き、君を取り戻す禁呪を頼んだ」

 この人は、本当に私を生き返らせるために、そんな不確かな魔法にまで頼ってしまったんだ。そして、繰り返す死に、私以上に傷ついて…

「すぐに助けられると思った。君を何度も…、何度も苦しめることになるなんて、思ってもみなかったんだ。必ず君を助けると、そう思っていたのにどうしても君は死んでしまう。私のせいで、君は何度も苦しみ、とうとう自分を傷つけてしまうほどに」

「レイ」

 自分の行いに、自分の言葉に傷を深めていくレイの口をそっと指で塞いだ。

「レイは、これが何回目か、わかる?」

 首を横に振る。

「もう、覚えていない。何度君が死んだのかも…、いつまで君が死に続けるのかも…」

 結婚をやめるか、結婚式の日を乗り切れるか。チャンスは十回まで。

 この条件を聞いてない訳がない。それでももう数えることもできないくらい、レイは傷つき、疲れている。

 もしこれが十回目なら、四年の月日を十回。四十年もレイは死ぬ運命の私と生きている。

 私でさえ、六回の死を知ってる。普通に考えれば、二十年間も自分の命の終わりを示されながら生き、前回はそれを自分の死で止めたいと思うほどに、おかしくなっていた。

 だから死に戻る術は禁呪とされているのだろう。

 でもここまで来たら、もう恐くない。


 私の死因は毒もあり、刺されたこともあり、眠ったまま何かで死んだこともある。繰り返しのなかでいつも一定しない。

 その中で一つ気がついていることがある。

 死ぬ時間が、少しづつ遅くなっている。

 さっきの話で確信を持った。

 最初は式の最中だった。私は招待客の目の前で殺された。だけど巻き戻った人生では、式は終わっていた。ウエディングドレスを着たままから、着替えた後、夕暮れ、夜…

 もしかしたら、今度は二十四時を超えるかもしれない。二十四時を超えて生きていられるなら、「結婚の日を超える」条件に当てはまる。少なくとも巻き戻りは止まり、レイの魂がさまようことはなくなる。

 私が助かるか助からないかはわからない。でも、レイには生きていてほしい。

 自分が助からないかもしれないことは言わない。あくまで、私達の目標は、一緒に生きることだから。


「もし十回目なら、これで最後。最後じゃなくても、もうそんなに残ってない。せいぜい一回か二回」

 レイがびくりと身を震わせた。

「私は、例え残り二年でも、あなたと生きたい。…お願い」

 恐る恐る目を合わせたレイの手を掴んで、両手を重ねた。

「私のレイでいて。…目をそらさないで」


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