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呪い、呪われ…  作者: 河辺 螢
本編
6/12

10回目かも

 目が覚めたら、家にいた。婚約式があるはずだった日の次の日。

 ああ、逃げてちゃ駄目だ。自分から死のうとするなんてもってのほか。

 大いに反省し、婚約も逃げない。

 ちゃんと考えよう。何があったのか、何があるのか。自分の周りのことを、わかる限りちゃんと把握しよう。自分が殺される理由を。


 毎月のお茶会はできるだけ話すように。初めは当たり障りのないところから。好きな食べ物は? 好きな色は? 好きな本は? 休日は何をして過ごしてる? 

 恐ろしくはかどらない会話。ぼそぼそと返ってくる返事。大抵無表情。

 レイナールのことだけじゃなく、家のことも、家族のことも聞いてみた。何かヒントがあるかもしれない。時々世間話を交えて、意見を聞いてみたり、知らないことを教えてもらったり。


 父にもダッシュモンド家のことを聞いた。家にある父の書斎にある資料もいくつか見せてもらい、学校の図書館はもちろん、街の図書館でも調べてみた。毎日の新聞も。

 学校の友人にも、ダッシュモンド家やレイナールのこと、噂話でもいいから知っていることを教えてほしいと尋ねた。婚約者のことを知りたいって言ったら、みんなに冷やかされた。そう言えば、レイナールと婚約したこと、ほとんど周りには話してなかった。私が話さなくても次第に噂話として広まっていったけど、なんか周りの受け止め方が違う。

 水害のことや、父が援助していること、領の運営のこと。

 ダッシュモンド伯爵家の領地のあるノルディア地方では、北部でブドウ栽培にワイン醸造。南部では織物工業が盛んで、羊毛、リネンを中心にしながら東方から輸入した木綿や絹糸を使った様々な布作りに力を入れている。古い伝統を守りながらも新しいことも取り入れ、いざというときには我が家のような格下の家に協力を仰いででも自領を守ろうとする。ダッシュモンドのおじさまは真面目な方なのだ。

 そして父はただのお人好しじゃない。回収の見込みがあるからこそ援助してる。ノルディアのワインの品質は良く、新しい織物も評判がいい。手助けすることで、確実に復興できる技術力がある。だから私を婚約者に当てた。没落していく家に私を嫁がせる気はない。まだまだ発展する見込みがあるからこそ。そして水害や老朽化で壊れた設備が改修され、復興が軌道に乗るほどに収益は上がってきた。二年に及ぶ水害に疲弊し、復興が遅れていた時には冷たかった他領の領主も、興味を示し始めている。

 そんなダッシュモンド伯爵家の嫡男がレイナール。元の勢いを取り戻せば、男爵ごときの娘など追い払い、縁を持ちたい、そう思う人も少なくない。実際、そういう嫌味を言ってくる令嬢もいた。

 私の存在はこうした人達から疎まれることもあっただろう。でも、殺すほどのリスクを負うとは思えないし、殺すなら結婚が成立する前、婚約者のうちのような気がする。


 これまでの人生の記憶と集めた情報から、レイナールに誕生日のプレゼントを選んでみた。

 恐らく好きであろう深い緑色のタイピンを誕生月のお茶会でプレゼントすると、少し驚いた顔を見せ、

「ありがとう」

と言った。思いのほか気に入ってくれたようで、お茶会はもちろん、ちょっとした用事で同席する時も愛用してくれていた。私のお小遣いで買える程度の、さほど高価な物ではないので、ちょっと気は引けるけど、大事にしてくれているのを見るのは嬉しい。


 それからしばらくして、街でダッシュモンド家の紋の入った馬車を見かけた。降りてきたのはレイナール、そして、同乗していた女の人。

 私より年上に見えた。良家の令嬢のようだった。手を取って馬車から降りると、そのまま腕を組み、私には見せたことのない笑顔を向けていた。

 そんな人の存在、知らなかった。もしかしたら、私が気がつかなかっただけで、これまでもレイナールには好きな人がいたのかもしれない。親が決めた婚約のせいでその人を諦めたとか、その人が横からさらっていった私を恨んでるとか。

 二人はアクセサリーの店に入った。かなり親密な仲に見えた。楽しそうな女の人と、はにかむように少し顔を赤くするレイナール。照れてる。あんな顔、見たこと…、…?

 ない? 本当に?

 白い小箱に、水色のリボン。

 あの中には、アクアマリンのネックレスが入っている。

 …どうして、そう思ったんだろう。


 次のお茶会の日は、熱を出して休んだ。ひどい頭痛がして、眠っている間にレイナールが家まで来ていたらしい。

 今まで一度だってうちを訪ねて来たことなんてなかった。…はず。

 サイドテーブルに飾られたお見舞いの花。

 花の横に、白い箱。水色のリボンがついた…。

 今までこんなこと、

 …? 本当に、なかった?


  -◆-


 十六歳の誕生月は、話も盛り上がらないいつものお茶会で終わった。自分の誕生日のことは最後まで話題に出さなかった。

 その翌月のお茶会で、

「すまない、一月遅れてしまった」

 そう言って突然差し出してきたのは、水色のリボンがついた白い箱。

「…誕生日に」

 平静を装いながら、お礼を言ったら急に目をそらした。口許を隠すようにして見せた横顔。耳が赤くなっていた。

 目の前で箱を空けた。


  -◆-


 箱を空けたら、記憶の中と同じ、アクアマリンのネックレスが入っていた。

 ずっと忘れてた。

 巻き戻った人生で、一度も手にしていないプレゼント。

 どうして、今、ここに?


 次の日、何の先触れもせずダッシュモンド家に行った。執事さんと話はできたけれど、レイナールはいなかった。普通に考えれば、仕事に行ってる時間だ。何をやってるんだろう…。

 昨日お茶会を休んでしまったことを謝り、お花とプレゼントのお礼を言って、そのまま家に戻った。


 その夜、突然レイナールが我が家を訪れてきた。私と同じく、先触れもなく。

 仕事を終え、私が来たことを聞いてすぐに来てくれたらしい。すぐに応接室に行った。

 表情を変えることなく立つその人を見て、勝手に涙がこぼれてきた。

 礼儀正しい婚約者は、私の涙など見えていないかのようだった。

「わざわざ来てくれたそうだね。ありがとう。体調を崩した後だから、無理をしないように」

 淡々とそう告げると、

「じゃあ」

と、私の横を通り過ぎ、そのまま立ち去った。

 背中の向こうで、扉が閉まる音。

 あれは、ただ偶然同じ物をもらっただけ。それだけ…

 一人うろたえている自分が愚かに思えて、涙が止まらなくなった。

「アイヴィー」

 突然、私の名を呼ばれた。

 顔を上げ、振り返ると、閉じたドアの前にレイナールが立っていた。

「似合ってる。…ヴィー」

 名前を呼ばれた。懐かしい呼び名で。

 胸に着けたネックレスを見ている。

 そして、ゆっくりと近づいてくると、その腕の中に私を取り込んだ。

「レイ…」

 レイにしがみつき、思わずつぶやいた名前に、レイの腕の力が増した。

 レイも泣いていた。


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