とある呪い人の話 3
「買い物に、付き合ってもらえないだろうか」
いとこのレイナールに、街へのお出かけに誘われた。同行する馬車の中で何を買いたいのか聞くと、少し恥ずかしさをにじませながら
「…女性にプレゼントを送りたいんだけど、どういうものがいいかわからなくて」
と言って、うっすらと笑った。
無口でハンサムないとこを、私は小さい頃から気に入っていた。
叔父さまの領地でいろいろあって、どこかの男爵の娘を婚約者にして融資を受けていると聞いたけれど、レイナールの意に沿わない婚約に違いない。月一回のお茶会も話が弾まず、笑いもしないと叔母さまが嘆いていたもの。
「婚約者の方と、うまくいってないんですって?」
「そうなんだ。君のように話しやすければいいんだが…」
話もしにくい令嬢と、このレイナールが一時間も二時間も一緒にいるのは苦痛に違いないわ。可哀想に。
私とは話しやすい、と言ってくれた。ええそうよ。いつだってあなたのことを考えて、負担にならないように話題を振っているもの。
「そんな方、お断りすれば? 領の借金も落ち着いてきたと聞いたわ」
「そういう訳にはいかない。困ったときに手を差し伸べてくださった恩人の令嬢だ」
「でも、恩があるのは男爵様でしょう? お相手の方とは一生の付き合いになるのよ」
「…」
そのまま黙り込んでしまったレイナールを見て、よほど困っているように見えた。
「今日は、…そういうのではなくて、その、…本命のプレゼントを、考えていて…」
本命の?
レイナールがそんなことを言うなんて。しかも、平静そうにしながら、耳が赤いわ。だんだん頬も赤くなってきて…
…もしかして、あり得ないと思うけど、あえて私を連れて好きな物を選ばせて、サプライズプレゼントとか…。
「宝石なんてどうかしら。小さな物なら負担にならないわ」
街でも有名な宝石店、エレガージュと伝えると、馭者は迷うことなく馬車を進めた。
馬車が着いた店先でエスコートしてもらい、店内に入った。
相変わらず素敵なものが揃ってる。
男の方と一緒に宝石店に入るなんて、…ちょっと意味深。それもレイナールみたいに素敵な人と。周りの視線が痛いわ。
レイナールはざっと店内を見渡し、目で追っていたのはブレスレット、指環、続いてネックレス。
小さな石が一つついたネックレスの所で立ち止まり、少し悩んでいた。
視線の先には、私の誕生石、アクアマリンのネックレス。
もしかして、…私に?
ずっとさりげなく想いを伝えていたつもりだったのに、全然気がついてくれなかった。
いとこということもあって、好意は親戚の気遣いと思われていたのかもしれないけれど、ようやく意識してくれた? 婚約者とうまくいかなくて、ようやくわかってくれたのかしら。だとしたら嬉しい。
「どうかな」
「すてきね」
レイナールは笑みを浮かべて、わざわざ白い箱にリボンをかけて包ませた。リボンの色は自分で水色を選んでいた。私はピンクでもいいのだけど。
店を出てもレイナールはその箱を持ったままで、途中で侍従に預けると、付き合ってくれたお礼に、とおいしいケーキの店に連れて行ってくれた。
お礼…付き合った、お礼?
その意味が不確かで、嬉しいような、でも嫌な予感がした。
そして、嫌な予感は当たっていた。
あの白い箱は最後まで手渡されることはなく、どこかにいる本命の誰かのプレゼントを選ぶのに付き合わされたのだと思い知らされた。
数日後、学校にあのアクアマリンのペンダントを身につけてきた女を見つけた。
レイナールの婚約者、アイヴィー・オーウェン男爵令嬢。
学校に装飾品を着けてきてはいけないと教師に叱られ、革でできた小さな袋にしまっていた。
…ただの自慢? 何て嫌な女。
あれは、私のもの。だって私の誕生石だもの。私が選んだのに。
数週間後、同じ店で同じ物を頼んだ。
アクアマリンのネックレス。見た目は同じなのに、あれじゃない。
私のものは、あれ。今手の中にあるのは、偽物。
友達が噂話で教えてくれた闇の魔女を訪ね、おまじないをかけてもらった。
願い事は、自分の恋が実るように。そして、ライバルがいなくなるように。
祈りを込めるよう、言われた。
手に偽物のネックレスを握りしめ、あの女の不幸を願った。私のレイナールを奪った、ひどい女。一番幸せなときに死んでしまえばいい。私のレイナールの元からいなくなってしまえば。
魔女は、私の手の中の石に、私の本当の願いに気がついただろうか。
偽物のネックレスの水色の石が、黒く光ったように見えた。
あの後も自慢げに学校に持ってきていた私の本物のネックレスを取り返し、偽物と入れ替えた。
どちらも同じ店の同じアクアマリンだもの。あの女は気付かなかった。でもこっちが私の物よ。あんな女が持っているなんて、おかしいわ。
レイナールがこっちを向いてくれるよう、ずっと願ったけれど、所詮インチキな魔女のおまじないなんて叶うわけがなかった。あんな街の裏手で店を構えるような二流の魔女だもの。お代がもったいなかったくらいだわ。
二人はどんどん親密になり、やがて学校を卒業すると早々に結婚することになった。
親戚として式に参加する。
何て見事なウェディングドレスなのかしら。使っている布は複雑で変わった織り方で白地なのに美しく輝き、華やかさがある。
私ならもっと美しく着こなせるわ。レイナールの隣には、私の方がふさわしいのに。
でもこんなことを思っているなんて、絶対に悟られては駄目。
笑顔を作るのは慣れている。
レイナールの幸せを願わなくては。
式が終わり、続いて教会のすぐ傍でパーティがあった。
とうとうレイナールはあの方を妻にしてしまった。
でも、あんなに嬉しそうな顔をして。はにかむような笑み、そっと気遣うように添えられた手。…意外とお似合いなのかもしれない。
もういいわ。いつまでもしがみついてるなんて、私らしくない。
頑なに縁談をお断りしてたけど、私もお父様に頼んで婚約者を見つけていただこうかしら。
そんな風に思っていると、同じくパーティに参加している方から声をかけられた。
「レイナールのご親戚の方ですか?」
「ええ、そうです。いとこなんです」
「このたびはおめでとうございます。俺、レイナールの学生時代の友達で、ファブリツィオと言います」
ファブリツィオと名乗った方は、礼儀正しく、愛想の良い笑みを浮かべていた。レイナールと同い年だろうけど、ずいぶん若く見える。そのせいか、いつもなら男性をみると条件反射のように出る警戒心が湧かなかった。
「…いやあ、お美しい方だ」
「え?」
「レイナールも男前なので、ご親戚の方もきっと容姿が整っていると思っていましたが、これほどとは」
丁度シャンパンを来客に配っていて、ファブリツィオ様は私の分も手に取り、手渡してくださった。
「なかなか出会いの機会もなくて、あなたのような美しいご令嬢とご縁が持てたら、と思っていたところです。…このままお隣でお話しさせていただいても?」
そんな風に声をかけていただいたのは、初めてだった。
「ええ、私で良ければ」
レイナールの友達とは思えないほど、明るくて、話し上手な方だった。いいえ、レイナールの友達だからこそ、かしら。無口同士じゃ友達になれないもの。
お話を聞いているうちに乾杯になり、ようやく素直にいとこの幸せを願えるようになった。
それからしばらくして、急に具合を悪くしたお相手の方が倒れ、レイナールが運んでいこうとした。その途中で降ろされ、お医者様が呼ばれ、手当てをしていたけれど、そのままパーティはお開きになってしまった。レイナールに挨拶もできないままだったけれど、ファブリツィオ様に送っていただき、家まで戻った。
翌日、お相手の方が亡くなったと聞かされた。
葬儀では、あの日と同じウェディングドレスを着て棺に入り、隣にいたレイナールが青ざめた顔のまま、いつも以上に笑みを忘れ、固まっていた。
可哀想に。結婚式の日に、お相手を亡くすなんて…。
お相手の方の胸元には、アクアマリンのネックレスがあった。
レイナールが送った愛の証だと思っているのね。
そう思っているなら、言わない方がいいわ。そう信じている方が幸せだもの。
偽物をずっと身につけているなんて、少し小気味いい。私からレイナールを奪っていったのだもの。ネックレスくらい…
半年後、ファブリツィオ様との婚約が決まり、一年後には結婚することになった。
ファブリツィオ様の穏やかで明るい性格はとても好感が持てて、あんなことがあった後だけど、レイナールも私達を祝福してくれた。
結婚式には来てくれると言った。まだつらいでしょうに、レイナールはやっぱり優しい。そんなレイナールをこんなに悲しませるあの方が何だか憎らしく思えた。
式の一ヶ月ほど前に叔母様の家を訪問した時、私のネックレスが切れ、拾ってくれたレイナールがそれを見て驚いていた。
私が交換した、レイナールが選んだ本物のネックレス。
「同じ店のものなの。一緒に見に行った時に気に入っちゃって、後から買ったのよ」
そう言うと、
「そうか…」
と、ゆっくりと頷いた。そして、
「丁度これからあの店の近くに行くから、直してもらってくるよ」
そう言って、ネックレスを預かってくれた。
一週間後、結婚のお祝いと一緒にあのネックレスが戻ってきた。
レイナールと縁のあるものだけど、自分で買ったことになっているから問題はないわ。
そっと宝石箱にしまった。
時々レイナールに恋していた懐かしい昔を思い出すのも素敵。
結婚式を終え、お披露目のパーティの途中、疲れから一瞬立ちくらみがしたけれど、無事全てのスケジュールを終えることができた。
あのまま死んでいたら、レイナールのお相手の方と一緒だったわ。でも、一番幸せなときに死ねるなんて、あの方もある意味ラッキーだったかも知れないわね。
結婚式の日を境に、原因不明の体調不良が起きるようになった。
生気を吸われるかのように体がだるくて、最初は少し待てば回復していたのに、徐々に起きるのも辛くなってきた。そのうち子供を授かっていることがわかり、妊娠時期特有の体調の悪さ、と言われ、無理をしないようにしていたのに、体が重くて、そのうちベッドから起き上がれなくなってしまった。
何故だか、自分は死ぬかも知れない。そんな気がした。悲劇の主人公になったつもりはないのに、妙にそんな気がする。
夢にうなされ、夜更けに目が覚め、ふと目をやると、棚に置いてある宝石箱から黒いもやが炎のように立ち上がっているのが見えた。
布団を頭までかぶって震えながら朝を待ち、朝食を終えた後、侍女に頼んで箱を取ってもらった。
夢だったのか、箱はただの箱だった。侍女が手に取ったときも何もなかったし…。
考えすぎだわ。
箱を空けると、お父様、お母様からいただいた物、夫からいただいた物で箱の中はいっぱいだった。
たくさんのアクセサリ。私は愛されているもの。
弱気になっていてはいけないわ。早く元気になって、ファブリツィオ様とおなかの子と一緒に暮らすのよ。男の子なら、きっとファブリツィオ様が剣を教えてくださるわ。女の子なら、私が編み物や刺繍を教えてあげましょう。
今日も苦い薬を我慢する。きっと良くなる、そう信じて。
そうそう、誕生石を身につけるとお守りになると言うわ。確か、この中にも…
小さな革袋に入れられた、この箱の中では格段に小さく、安物のネックレス。だけど、かつては思い入れがあった…
こんな小さな石だったかしら。もっと素敵な物に見えたけど…。何だか水色がくすんで見える。
一度着けてはみたけれど、やはり寝ているのにネックレスを着けているのは落ち着かず、外してサイドテーブルの上に置いておいた。後で侍女に片付けてもらえばいいわ。
その夜、急な発作に襲われた。
呼吸ができなくなり、苦しさにもがきながら侍女を呼ぼうにも声が出ない。
苦しみの中で、ぞわりとした闇の気配を感じ、見るとサイドテーブルから炎のような黒いもやが沸き立ち、それが私へとつながっている。
あれは…、あれは、かつて私が呪いを込めた…、偽物のネックレス…
そんな、ばかな。
あれはあの女と一緒に埋められたはず。
呪いなんてなかった。あの女は毒を盛られて死んだのよ。
一番幸せなときに、死んでしまえばいい
呪いなんて…
この物語は、フィクションの中で更にフィクションです。
(回避してます。ハッピーエンドの可能性は高い? なんかなー。ちょっとなー。)
レイナール、おまえはダークサイドの住人だと思っていた。
Welcome to the darkness.
お読みいただき、ありがとうございました。




