とある呪い人の話 2
友達だと思っていたのに、レイナール様の婚約者になったことも教えてもらえなかった。
教えてくれていたら、こんなにも好きになっていなかったのに。
遅すぎる。もっと早く、どうして本気になる前に教えてくれなかったの…。
友達と好きな人の結婚式に呼ばれるなんて。こんな皮肉なことがあるのかしら。
「知らなかった。婚約してたんだぁ」
招待状が来てから、ずっと悔しかった。
憎らしかった。
「おめでとう、お似合いの二人ね」
おめでとうと笑う自分が世界一の愚か者に思えた。
憎くて憎くて、何か仕返しをしたかった。
そんな私の気持ちを知ってるかのように、友達がくれたのが笑い薬だった。
この薬を飲むと、三十分ほど笑いが止まらなくなるらしい。
大事な結婚式で笑いまくっていたら、きっとみんななんてはしたない子だと思うに違いないわ。
本当に効くのか、兄で試してみた。
一人分の半分の量をお茶に入れて出したら、十五分ほど経ってから、急に兄が声を上げて笑い出した。
いつも不機嫌に顔をしかめている兄が、訳もなく腹を抱えて笑っている。すごい薬。
自分でも試してみた。兄の時より多めに。一人でバカみたいに笑って、悲しい本を読んでるのに全てが面白く見えた。
これなら、きっとすっきりするわ。ざまあみろって、…少しはおめでとうって、思える、かな。
当日、式の前には仕込めるようなものが何もなかった。
教会の片隅で愛の誓いを聞き、悔しい思いがぶり返してきた。
アイヴィーはノルディアの新作、特殊な織り方で光を反射する絹で作ったウェディングドレスを身にまとい、いつもは大して目立たない普通の子なのに、今日の主役にふさわしくレイナール様の隣でも引けを取ることなく、悔しいけれどきれいで、お似合いだった。
パーティ会場に向かう途中、ワゴンに乗せられた飲み物を見た。
二つだけ、リボンがついている。
一つはシャンパン。もう一つは違う、多分ジュース。
こっちがアイヴィーが飲む方ね。あの子、お酒飲めないから。
たまたま、周りに誰もいなかった。
半分でいい。…そう思っていたのに、手が震えて思った以上に入ってしまった。
誰かの気配がして、急いでしゃがみ、通り過ぎるのを待ってそこを離れた。
乾杯用のグラスが渡される。
客にはランダムに。主役の二人にはやはり、かわいいリボンのついたグラスが渡される。
乾杯の声がひろがり、ゆっくりと飲み干す。
もう少し待てば、きっと笑いが止まらなく…
そうしないうちに、アイヴィーが手からグラスを落とし、ふらついた。
まるで酔っているような仕草。まだ早い。もしかして、お酒と間違えた? ジュースの方をレイナール様が飲んでいたりして…。レイナール様が笑い出したらどうしよう。
立っていられなくなったアイヴィーを、レイナール様が支える。
あの薬がそんなに早く効くわけがないし、そもそも私も兄もふらつくようなことはなかったもの。酔っ払っちゃったんだわ。
奥で休むことにしたみたい。奥の部屋で笑い出して、みんなに笑うところを見せられないのは、ちょっとつまらないな。あんなきれいなウェディングドレスで、クハハハハと、淑女とは思えない笑い声をあげたら、きっとレイナール様だって呆れて…
「ヴィー…? ヴィー、どうした? …ヴィー!」
アイヴィーを担ぎ上げたレイナール様が、アイヴィーの名前を呼ぶ。
そんなに深く寝てしまうなんて…。
レイナール様の声が絶叫に変わり、会場でお医者様を呼ぶ声がし、誰かが駆け付けていた。
アイヴィーの顔色がどんどん悪くなっていく。
うそ…。
だって、ただの笑い薬なのに。
ちゃんと自分で試した。毒なんか入ってない。
私のせいじゃない。私の…
急遽お開きになった会場から、みんなと一緒に出て行く。
アイヴィーを心配する声。
「毒を盛られたみたいよ」
誰かが言った。
違う。私じゃない。私以外の誰かが毒を…
次の日。アイヴィーが亡くなったと聞いた。
翌日には結婚式を挙げたその教会で葬儀がある。
ドレスから喪服に替えて、参加した。
レイナール様は青ざめ、呆然としていた。まだ信じられない、と言った様子だった。
あまり表情豊かな人ではなかったけれど、あんなに落ち込んでいるなんて。
白い花を棺に入れる。
青ざめながらも、きれいな化粧を施され、あの日のウェディングドレスのままのアイヴィーは、あの日と変わらずきれいだった。
会場を立ち去ろうとしたとき、
「少し話を聞かせてもらいたい」
と、見知らぬ人から声をかけられた。
着ている制服から、警備隊の人だとわかった。
言われるまま同行すると、小さな応接室に案内され、そこには二人の男の人がいた。
「あの日、飲み物にあなたが何か入れようとしているのを見た人がいるんだが」
やはり、見ている人がいたんだ。
私は正直に笑い薬を入れたことを話し、家に置いたままにしていた薬が運ばれた。
自分でも試した薬だと訴え、信じてもらうために目の前で飲んだ。
やはり倒れることも、死ぬこともなく、十五分後にいきなり笑いがこみ上げてきて、警備隊の人が怪しい者を見るような目で遠巻きに私を見ていた。
薬をくれた友人を聞かれ、答えると、どうやって入手したか調査されたようだ。
結局、この薬は原因ではないだろうということになり、厳重に注意を受けたけれど、一日後には家に帰された。
でも世間では、私はアイヴィーに毒を飲ませた女だと思われ、風当たりは強かった。
薬を譲ってくれた友人からは、
「私の名前を出すなんて。あなたが勝手にアイヴィーに使ったんじゃない」
とひどく恨まれた。
薬の出所を聞くと、闇の魔女とあだ名される怪しげな魔法使いが作った物で、簡単に手に入るお遊びアイテムの一つだった。
警備隊も手に入れ、私が持っている物と同じだったので、私は無罪になったようだ。
後味は悪かったけど、私が原因じゃなかった。
ほっとした。
人を妬むもんじゃないわ。
真犯人は見つからないまま、やがてこの事件は忘れられていった。
自分の愚かな処遇のせいで、わたしは片田舎の貴族の次男に嫁ぐことになった。
あまり裕福な家ではなく、相手は少し兄弟にコンプレックスを持っていて、何かにつけて僻むようなところのある人だった。
次男なので家を出て独立しなければいけないのだけれど、働くのはあまり好きではないようで、親の援助にすがり、せっかくのお金も酒とカードゲームにつぎ込んでしまう。
注意をすると暴れるので、機嫌を取りながら何とか暮らしていたけれど、ある日愛人がいることがわかった。
家にはお金を入れるのを渋りながら、愛人にはドレスや宝石を贈っている。それが腹立たしくて、愛人の家に乗り込もうとしたら、よりにもよって情事の最中だった。
恥ずかしさが先に立ち、踏み込めずにいると、裸のまま夫は脱いだ服を探り、ポケットから出した宝石を女にを手渡した。
「ダサい宝石ね。いつの流行り?」
「そう言うなよ、気に入らなければ売っちまえばいい」
渡していたのは、私が家から持ってきた宝石だった。私の物まで相手の女に与えていたことがわかり、腹立たしさに全身が震えた。
戻ってきた夫は、私が浮気現場を見ていたことにも気付いていなかった。
「飯はまだか」
声を荒げた夫に食事を出すと、
「しけた飯だ」
と言いながら、ボロボロこぼしながら口にしていた。
昔使ってまだ残っていた、笑い薬の入った食事を。
十五分後、笑い苦しむ夫を横目に、夫の秘蔵の酒を飲んでいた。
笑いながら自分の酒を取られたことを怒っていたので、コップに注いで渡すと、濃い酒をぐいっと一気に飲み干した。
それで笑いが止まるはずもなく…、
?
止まった。
口を開けたまま、目を見開いて、下品な笑い声と一緒に息も止まり、その場にバタリと倒れた。
驚いて医者を呼びに行ったけれど、医者が来たときには既に事切れていた。
心不全だろう、と言われた。
異国の果実が入っていて、甘さでごまかされはするけれど、結構きつい酒だった。
夫にはきつすぎたのだろう。
土に埋められる夫を見て、顔は凍り付いていたけれど、心の中は笑い薬を飲んだとき以上に笑っていた。
死んでくれてありがとう。
この物語は、フィクションの中で更にフィクションです。
(回避してる?? どうだろう…)




