第9話 ギンイロツユクサの香り
今日は短め……すみません、区切りが悪くて^^;
◆ドラゴンと天使の異世界・異種族恋愛ファンタジーです。
毎週火・土曜日の夜8:00に更新予定。
第一章は龍界編。主人公の一人、アスランの話です。長くなりそうですがよろしくお付き合いください。
翌日。朝食のあと、新しい画集と召使に焼かせた焼き菓子を持って、アスランは塔の下に向かった。リリカもすぐにやってきて、今日はポプリが詰まった小瓶をいくつか籠に入れている。
「イル兄さま、おはよう! いい匂いね」
焼き菓子の入った袋に鼻を寄せてうっとりと目を閉じるリリカに、アスランは笑った。
「目ざといね。うちの召使は料理が上手だから、焼き菓子を焼いてもらったよ。王妃と一緒に食べよう」
「わぁ。うれしい! あのね、リリカはポプリを作ってみたの。枕に入れたり、お風呂に入れたりできるようにして……」
楽しそうに色とりどりの花が入った小瓶を見せながら説明するリリカと、王妃の部屋へ向かう。結界の重圧を感じる階段をのぼりながら、アスランは父王の魔力が濃く漂っていることに気が付いた。数刻前までここに彼がいたのだと気付き、無意識に眉を顰める。
前室に着くと、リリカが扉をノックする。侍女ももう心得たもので、すぐに開けてくれるようになった。しかし――。
「おはようございます、クレディア王妃……、」
元気に挨拶をしたリリカは、すぐに異変に気が付いて言葉を飲み込んだ。クレディアは昨日と同じように、今日も窓の外を見ている。しかし、その目は焦点を結んでおらず、ぶつぶつと口の中で何かを呟いていた。
アスランは隣に控えている侍女を見た。彼女は、ぐっと唇を噛むと、ベッドに歩み寄ってクレディアの肩に手を掛ける。
「クレディア様、アスラン様ト リリカ様が今日もお見えにナりましタ」
そう言いながら、何度か肩を揺らすうち、まるで魂が抜け殻の肉体に帰ってきたように緑色の瞳が焦点を結び、光を宿した。
「――ああ、アスラン王子にリリカ姫」
そう言って笑うその顔は、一晩で三百年が経ったほどにやつれて見える。尋常ではなかった。
「クレディア王妃、あの……どこかお加減が?」
リリカがポプリの入った籠をサイドテーブルに置き、心配そうにその手を握る。しかしクレディアは、ゆっくり頭を降って微笑んだ。
「大丈夫デす。昨日、あまり眠れられナくテ」
ふたりを眺めながら、アスランは父王の残した、王妃に執着するように纏わりついた魔力の残滓を感じ取っていた。昨晩何があったのか、目に浮かぶような生々しい気配。
リリカはそうしたことに疎いのか、父の魔力には気付いていてもほとんど気にしていないようだ。クレディアを元気づけようと、持ってきたポプリの使い方や効能を説明している。
「……それで、これがギンイロツユクサという花で……」
「ギンイロ……ツユクサ?」
リリカが取り上げた小瓶の一つに、クレディアがはっとした顔をした。
「そうです、ご存じですか? 普通は人間界や森界の、きれいな湧き水の近くにしか咲かないんです。清浄効果があって、お風呂に入れるととてもいい香りがするんですよ。これは、私が花園で育てたものなんです」
クレディアの反応に、ぱっと顔を輝かせてリリカが説明した。クレディアは、そっと小瓶を取ると、蓋を開けてすぅ、と匂いを吸い込んだ。
「あぁ……。こういう 匂い ナノか……」
呟くように、慈しむように言葉が零れる。小瓶を大切そうに手の中に包み込んで、クレディアは小さなガラス壁を指で撫で、花を眺め、またゆっくりと香りを嗅いだ。
「……ありがトう。わタしの 大切ナ者が 好きナ花ダト言ッテいタ。……ダから、ずッと 見テみタかッタ」
(大切な者……?)
アスランはその言葉を聞きながら内心で首を傾げた。人間界や森界にしかない花が好きな大切な者とは、誰だろうか? 番だったアースドラゴンの王が森界にでも行った時に見たのだろうか?
(そういえば、一昨日渡した画集でクレディア王妃が手を止めていたのは……)
ふと、画集をめくっている途中で、ある絵に目を奪われていた王妃の姿を思い出す。確かそれは小人族の一種の絵ではなかったか。
(だとしてもなぜ……?)
ドラゴンが小人とどんな接点を持つのか、想像もつかない。小さな違和感を抱えながらも、クレディアの瞳に生気が戻ったことが今は重要だった。その後は、アスランの召使が焼いた焼き菓子を食べながら、三人は夕暮れまで昨日と同じように他愛ないことを話して過ごしたのだった。
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なかじま ひゃく