第8話 探る
◆ドラゴンと天使の異世界・異種族恋愛ファンタジーです。
毎週火・土曜日の夜8:00に更新予定。
第一章は龍界編。主人公の一人、アスランの話です。長くなりそうですがよろしくお付き合いください。
クレディアの国のことやエレメンタルのこと、テオライト一族の領土に咲く珍しい花のことなどを聞いているうちに、あっという間に日が暮れた。この国に来てから初めて心を許して話をしている主に、侍女が言いにくそうに声をかける。
「クレディア様、そろそろおふたりニ、戻ッテ頂かなくテは」
「ああ……、」
クレディアはふと表情を消し、それからふたりに向き直って微笑んだ。
「今日はトテも楽しかッタ。ありがトうございます」
「私たちもです。ね、イル兄さま」
リリカが嬉しそうにアスランを見上げて言う。アスランも頷いた。
「また明日伺います。ゆっくりと養生なさって下さい」
アスランとリリカは塔を降り、リリカが気の進まない手つきで鍵を掛けた。それぞれの部屋がある宮殿へ向かいながらリリカはアスランを見上げて言う。
「クレディア王妃、普通にお話してくれてよかったね。お父様はもしかしたら、イル兄さまとリリカを、王妃をお慰めするためにお世話役にしたのかな?」
「……あの男が? そんな思考回路があるとは思えないけれどね……」
リリカも実際はアスランと同意見なのか、食い下がることはなかった。だが、それ以外の理由も今は思い当たらないので、ふたりの間におかしな沈黙が流れる。
「……あ! リリカ、こっちだ。また明日ね、イル兄さま」
「ああ」
後宮へ向かう渡り廊下の入り口で気を取り直すようにリリカが言って、元気に手を振った。ウィスタリアのことさえなければ、平和といっていい1日だった。
――が。
「アーースーーラーーンーーさー-まー――‼」
部屋に戻った途端、前室で待ち構えていたルルに体当たりをされそうになって、アスランはすっと避けた。ルルは、珍獣のような悲鳴と共に勢い余って扉から廊下へ転げていく。
「……何をしている」
「こっちの台詞ッスよぉ! なんなんですか、新しいお妃の世話役って! アスラン様は王子なのに! あと、あと、オッサンが……」
がばっと廊下で跳ね起きながらルルは癇癪のようにまくしたてた。本当にドラゴンらしくないなと思いながら、アスランは額を抑える。
「……やかましい。入れ」
ともあれ、廊下で騒がれるのも面倒なので部屋へ入れる。やはり事情を聞いたのか、おろおろしている召使の女に夕食の用意を頼むと、ルルにも作ってやってくれと付け加えた。
龍王の王子と食事を共にするなど普通の神経のドラゴンにはできないが、「やった」と喜ぶのがルルだ。が、喜んだのもつかの間、すぐにまたアスランに食ってかかった。
「酷いッス、今朝お会いした時にもう決まってたなんて! 言ってくれたら俺が代わりに行ったのに!」
「父の命令だからね、そういうわけにもいかないだろう。それに、案外楽しかったよ」
「うぅ……好みドンピシャでしたもんねぇ……」
それはそれでつまらないのか、ルルは机に突っ伏した姿勢で、ジトッと恨めしそうに見上げてくる。
「好みか……好みというわけではないと思うのだけどね」
クレディアへの自分の感情がよく分からずに、細い指先で顎を撫でながらアスランは宙を見つめる。考えていると、食前酒がふたりの前に運ばれた。
「……例えば、ルルはどういう人が好みなんだい」
グラスを取るようにルルにも促しながら、アスランは食前酒に口を付ける。
「アスラン様です!」
迷いない即答に、思わず酒を零しそうになる。意味を取り違えているように思いながら、自分の持つ感情と照らし合わせてみようと質問を重ねた。
「なんでそう思う?」
「見た瞬間に、ピシャー! で、クラクラ~で、ぜんっぜん他のドラゴンと違ったッスから! なんていうか、心を鷲掴まれたッス!」
(……これは)
圧倒的な語彙力の少なさに若干頭痛を感じながら、以前ウィスタリアが言っていたことを思い出した。
<ドラゴンが主を認めるのは、普通は血筋や家門の優位、または決闘によるものが多いのです。でも稀に、一目惚れに近い状態で主を決めてしまうドラゴンがいます。本能が強いタイプというか、原始的な者に多いように思いますね……>
(なるほど)
目の前でニコニコしているルルを眺めながら、アスランは食前酒を飲み干した。
「……そうか。では、僕はやっぱりクレディア王妃が“好み”ではないと思うよ」
面倒くさいのでそういうことにする。ルルは、それを聞いて天界の福音でも聞いたのか、と思うようなキラキラした瞳になった。復活したようだ。
「あと! おっさ、ウィスタリアのこともびっくりしたッス」
続けて運ばれた前菜を、意外にも名門の子息らしくきれいに食べながらルルは続ける。
「俺、昼過ぎに第五王子のルスラン様の部屋付きに聞いて、慌ててウィスタリアの部屋へ行ったんスけど、もう出た後で……」
「……そうか」
「あんなあっさり行っちゃいますかねぇ? 任務のことも極秘みたいだし……。まぁ、別に、心配とかしてないんですけど!」
食前酒を飲み干しながら、ルルは膨れっ面だ。思えば、ルルを自分に引き合わせたのもウィスタリアだった。思うところがあるのだろう。
「ルル」
「はい!」
名前を呼ばれて、ルルがピシッと姿勢を正す。これからしばらく、自分は塔に行くことになる。仕事を与えておこう、と思った。
「お前は顔が広いだろう。こっそりと、ウィスタリアの任務を探ることはできるかな」
「! 任せてください!」
役目を与えられて、ルルの顔がぱっと輝いた。
「分かっていると思うけれど、父王やガウリウスはもちろん、兄上や姉上にも悟られないように。それと……」
父が、自分とリリカをクレディアにつけた真意も探れるだろうかと考える。しかし、こっちはあまりに曖昧で指示の出し方も迷うものがあった。
「--いや、何でもない。僕は明日からも暫くは王妃のところへ行く。この時間には戻るから、何か分かれば報告を」
「はい!」
すっかり機嫌を直し、料理をぺろりと平らげたルルは、召使に小突かれながら片付けを手伝いに行った。
アスランも風呂に浸かると部屋着に替え、明日は王妃のところへまた本でも持っていこうかと考えながら眠りに就いたのだった。
***
「……どこに隠している」
「……」
深夜、北の塔にはまたバハムートが訪れていた。抵抗するようにギュッと縮こまったクレディアの体をやすやすと開きながら耳元に囁く。
「お前は間違いなく宝を見つけたドラゴンだろう? テオライトの中で唯一星を降らせることができるのは、王ではなくクレディア、お前のはずだ」
「……」
「お前の宝は、なんだ」
「……」
「どこに隠している」
繰り返す言葉にもクレディアは人形のようにじっと沈黙して答えない。
「おかしいな。抱けば大体分かるのだ。今の妃たちも、黒龍の女以外は抱けばすぐに分かったのだが」
おもしろそうに低く喉を鳴らしながらバハムートはクレディアを好きにする。
「宝探しか……いいだろう」
「っ」
深く体の奥まで穿たれて、クレディアが声にならない悲鳴を上げた。折れた翼は人型では具現化していなくても、動かれる度に背中が悲鳴を上げるようだった。
「まったく我慢強いことだ。宝を差し出さないのなら、声くらい出してくれれば可愛げがあるものを」
永遠に思える夜を堪えながら、クレディアは心の中でひとつの名前を呼び続ける。
(アエリタ。……アエリタ)
故郷から無理やり連れてこられて力を奪われ、憎悪しか感じられない相手に夜な夜な抱かれるとしても、その名前を呼ぶと心の中に暖かい光が灯るような気がした。
怪我が治れば、今度こそ帰る。どんな手を使ってでも。
明け方、龍王が立ち去った後、疲れ切ったクレディアはベッドに沈んで泥のように眠った。
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なかじま ひゃく