第6話 ウィスタリアとの別れ
※今回の更新から、朝8:00→夜8:00になりました。ストックがなくなってき……いやいや。
◆ドラゴンと天使の異世界・異種族恋愛ファンタジーです。
毎週火・土曜日の夜8:00に更新予定。たまにゲリラ更新。
第一章は龍界編。主人公の一人、アスランの話です。長くなりそうですがよろしくお付き合いください。
「アスラン殿下」
翌朝、いつものように早朝散歩に出かけようとしたアスランを、前室でウィスタリアが待っていた。
「――随分早いね? 何かあったかい」
普段は朝食が終わる時間まで現れない彼に少なからず驚きながら聞くと、ウィスタリアは珍しく困惑したような表情でじっとアスランを見つめ、何かを問いかけたそうにしたが、結局は思い直したように口を開いた。
「……本日より、私はアスラン殿下の教育係ではなくなりました。……と同時に、殿下は、クレディア王妃のお世話をするようにと龍王様からのご命令です」
「何だって?」
瞬時に頭に浮かんだのは、昨日、塔に行ったのが父王にばれたのだろうということだ。そうだとしても、と、考え直す。
「なぜ、僕が?」
「それは私には分かりかねます。私もたった今、龍王様の側近から聞かされたばかりで」
「……ほかには何も聞いていないか?」
たとえばリリカのこととか、と言いそうになる言葉を飲み込む。彼女のことがばれていないなら声に出して言わない方がいい。誰が聞いているとも限らない。
しかし、それは無駄な気遣いだったとすぐに知る。
「はい。ザハーリヤ王女も一緒にと聞いています」
ザハーリヤとはリリカを臣下たちが呼ぶ時の名前だ。それを聞いて、アスランは(やっぱり)と、内心で舌打ちをした。
昨日、自分とリリカが塔に行ったことに父王は気付いたのだ。クレディアが自分達を世話役に指名したとも考えられない。父王の考えで自分とリリカをクレディア王妃に付けようとしているのだろう。どういうつもりだ、と思いつつも、断る術も理由もなかった。
「……分かった。それで、僕はとうとう、優秀な教師も取り上げられてしまうわけだな」
一つ息を吐いてから冗談交じりに言うと、ウィスタリアは真面目な顔でじっとアスランを見つめて言った。
「アスラン殿下、本当のことを申し上げれば、魔力の修練に関しては、あなたに私が教えられることはもうないのです」
「何を言ってるんだ? エレメンタルを呼ぶことができない、それどころか一匹残らず逃げられてしまうドラゴンがどこにいる。成人してないドラゴンだってエレメンタルを呼ぶことくらいできるんだぞ」
思わず声を荒げると、ウィスタリアはゆっくりと首を横に振った。
「確かに、アスラン殿下の魔力は大きすぎて、普通のエレメンタルは近寄れません。そういう意味では他の者が言う“エレメンタル・ブレイカー”という言葉は間違っていないでしょう。しかし、あなたの魔力を恐れず、声に応えて力を貸してくれる存在は必ずいます。……これは初めて他のドラゴンに言うことですが、そうした“高位”のエレメンタルは、普通のエレメンタルと違う次元にいるようです。私のエレメンタルもそうでした。アスラン殿下は、まだその存在まで声が届いていないだけです。本当に欲して心から声を上げた時、いったい何のエレメンタルが来るのかは私にもわかりませんが……必ず、応える者がいるでしょう」
「……本当に欲して」
「そうです。アスラン殿下は、心の奥で、能力を手に入れることをそれほど重要視していない……と私には見えます。いや、もしかすると」
そこでウィスタリアは言葉を切り、声を落として密やかに聞いた。
「……龍王様の力が自分にもあると認めるのを、嫌がっておいでなのではないのですか」
「……………。………そんなことは」
ない、と言えなかった。母方の能力が目覚めてくれるのなら何の迷いもなく受け入れていたはずだ。だが、母をはじめ、黒龍という一族には決まった能力がない。龍王は雷を最も得意としながらも、その属性のドラゴンと同じレベルで炎も風も土も操る。
何の力が出ても、父の血だと思わされる――。
「----っ、は」
気が付けば息を止めていた。背中を冷たい汗が流れる。気付きたくない事実を突き付けられたことを認めざるを得なかった。
「……アスラン殿下、私はそれでもいいと思っています」
ウィスタリアは紫の瞳を僅かに細めて言った。
「誰が何と言おうと、あなたの中には偉大な力が眠っている。ですが、それを呼び起こすのは龍王の血ではなく、あなた自身の意思です」
ウィスタリアはそう言うと、膝を着いて胸に手を当て、最敬礼を取った。
「私はクレディア王妃の故郷、テオライト=アースドラゴンの国へ派遣されることになりました。アスラン殿下、どうかお健やかにお過ごしください」
「……、」
この言葉は、アスランにとって自分とリリカがクレディア王妃の世話係になる以上に衝撃的だった。
「僕のせいか」
「いいえ、私はもともと騎士団所属なので。本来の任務に戻るだけです」
「クレディア王妃を差し出して、いわば龍王とテオライト一族は同盟を結んでいる関係だ。なのになぜ騎士団が派遣される!」
「……申し訳ありません、それはアスラン殿下にも申し上げられません。しかし、」
ウィスタリアは初めて、ふっと声に出して笑った。
「ご心配頂いているのでしょうか」
「………」
こいつぶん殴ってやろうかと、アスランが王族らしからぬことを考えているのを知ってか知らずか、ウィスタリアは立ち上がると晴れやかに言った。
「アスラン殿下。私は、あなたが最も龍王の後継者に相応しい王子だと思っています。陰ながら、ご多幸をお祈りしています。あなたにお仕えできた事は、私の誇りです」
そしてもう一度深く頭を下げると、前室の扉を開けて出て行った。
「……何なんだ」
いろいろなことが起こりすぎて頭が整理できない。ただ、あのいかつく生真面目なドラゴンに恐らくはもう会うことがないと思うと、胸の中にぽかりと小さな空洞ができたような所在ない気分になった。
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なかじま ひゃく