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第5話 クレディア王妃のお見舞い

◆ドラゴンと天使の異世界・異種族恋愛ファンタジーです。

毎週火・土曜日の夜8:00に更新予定。

第一章は龍界編。主人公の一人、アスランの話です。長くなりそうですがよろしくお付き合いください。

 昼食を終え、図書室へ行こうかどうかと考えていると部屋の扉が遠慮がちにノックされた。

 外には、めずらしい人物が来ているのが気配でわかる。アスランは、軽く片眉を上げて「どうぞ?」と声をかけた。

 途端に扉が勢いよく開き、リリカが「イル兄さま!」と駆け込んでくる。


「こんなところまで、どうしたんだいリリカ」

「うん……、あのね、クレディア王妃が怪我をしたのは知ってる?」

「ああ……。朝方、医師や大臣が慌てて後宮に走っていったのはそれだね?」


 目の前で折れた翼や爪も体中に刺さった鱗も見ていたわけだが、そこは言わずに、詳細を知らない風を決め込む。


「そうなの! それがね、お城の結界の中でドラゴンになって逃げようとしたみたいで……お父様が、北の塔にクレディア王妃を移動させるように命令したみたい」

「……何だって」


 北の塔はさらに強固な結界に封じられている場所で、その中に入ったドラゴンはほとんどヒト族と変わらないほど弱体化してしまう。誇り高いドラゴンの王族から力を奪うなど、普通なら許されない。


「また無理やりドラゴンの姿に戻ろうとして、これ以上の怪我をしないようにだって聞いたけど……でも……いいのかな? アースドラゴンってすごく古い血で、そこのお妃様だった人なんでしょう? ……お父様、どうしてそこまでするんだろう?」

「怪我の心配のためじゃないのは確かだと思うけどね……」

「知らない場所に連れてこられて、よっぽど帰りたいんだよね。かわいそう……」


 リリカの言葉に、思わずふっと笑いが零れた。リリカはドラゴンとは思えないほどやさしく、本心から他人のために心を痛められる娘だ。リリカの母方の一族は花の精霊たちを従える小さなドラゴンで、争いを好まない大人しい種だ。その血のせいだろう。


「……どうかな、リリカ。ふたりで、お見舞いに行ってみるのは」

「!行く!」


 リリカがぱっと顔を輝かせ、次いでがばっとアスランに抱き着いた。


「ありがとう、イル兄さま! リリカ、お花集めてくる!」

「いいね。僕は本でも持っていこうかな」


 微笑んで妹の髪を撫でてやると、一刻ほどあとに北の塔で待ち合わせをすることを約束して、アスランはリリカと別れた。

 図書室に立ち寄り、以前見て気に入っていた美しい画集を探す。このラグーンから出られなくなってから、自由に外を飛べない彼には、知らない世界の風景はとても慰めになるものだった。彼女にとってもそうだといいと思いながら、何冊かを棚から引き抜いた。

 約束の時間に北の塔へ向かうと、リリカは両手いっぱいに色とりどりの愛らしい花を集めたブーケを持って待っていた。


「短い時間で、よく集められたね」

「ふふ。秘密の場所があるんだ」


 そう言って、花の精霊たちの姫にふさわしい愛らしさで笑う。かと思うと、一転して悪戯っぽい顔になり、声を潜めてアスランに耳打ちした。


「今ね、ちょうどお医者様たちが出ていったの。クレディア王妃と、お付きの人しかいないはずだよ」

「そうか……では、行こうか」


 扉の把手に手をかけると、がちり、と固い音がして開かない。


「予想はしていたけれど……これは軟禁ではなく、もう監禁だね」


 言いながら、アスランは服を探って、形の違う細い何枚かの金属片を取り出した。鍵穴を見ながらその内の2枚を組み合わせ、何度か動かすとカチャリと音がして鍵が開いた。


「すごぉい!」


 リリカが歓声を上げるのに、人差し指で静かに、とジェスチャーしながらそっと扉を開ける。入ってすぐ、鉄格子の牢獄があってリリカとふたりでぎょっとする。昼間なのに薄暗い中を、念のために覗き込むが、誰もいない。


「ここ、使うことあるのかなあ……」


 気味悪そうに言いながら、リリカがアスランの袖をそっと握りしめてきた。


「僕も入ったことはないからね……。それにしてもなんだか体が重たいというか、動きが鈍くなったような気がするな……。これが塔の結界の力かな?」


 結界が張られた城の敷地内にいても、その気になればヒト族よりは遥かに力も走る速さもジャンプ力も出せるのが、今は体が重たく感じて、思うように動かせない感覚がある。


「そうだよね。このくらいの階段、普通はぽんぽーんって上がっちゃうけど、今はなんだか、」


2階へ続く石段で、リリカがぴょんっと一段飛ばしをしながら言う。


「これが限界かも……うぅ、体がおもたぁい」


 2階は、牢獄ではないものの、質素な部屋だった。小さな窓がひとつ。ベッドがひとつ。サイドテーブルと、その上に魔石の付いたランプ。部屋の隅のカーテンの向こうはトイレだろうか。やっぱりここにも誰もいない。


「王妃は最上階みたいだね……」


 通り過ぎて、さらに石段を上る。上り切ると小さいながらも前室があり、その先に重たそうな木の扉があった。ここまで来て、アスランはあることに気付いた。

 一階よりも二階、二階よりも三階と、少しずつ結界が弱くなっているようだ。三階では、塔の外ほどではないにしても、息苦しいほどの体の重たさはなくなっている。一階にあった牢獄は、より罪が重たい者を入れる場所ということだろうか。


「……ノックしてみる?」


 ひそひそと、リリカがアスランに話しかけたその時、


「誰ダ!」


 扉がバンッと開き、王妃の侍女が現れた。


「ひゃっ。あ、あ、あ、あの……、私……」


 リリカはびっくりしてしどろもどろになり、それでもなんとか自己紹介をしようと侍女の前に出た。


「……、金色ノ瞳……」


 アースドラゴンの国から着いてきた侍女は、クレディアよりも薄い緑色の瞳でリリカとアスランを順番に見て、瞳の色で王族だと気付いたようだ。


「バハムート王家ノ王子ト姫トお見受けします。どノような御用でしょう」


 慇懃に頭を下げ、それでも淡々と問うてきた。リリカも、その問いかけにやっと落ち着いたのか、王家の姫らしく答える。


「あの……クレディア王妃が怪我をしたと伺って、お見舞いに参りました。」

「お見舞い?」


 侍女が見るからに怪訝そうに眉を顰めるのに、アスランが代わりに答えた。


「はい。彼女は第三王女のリリーウィカ=サマル=ザハーリヤ=サラーサ=バハムート。私は第九王子で、イルカーラ=サマル=アスラン=ヤティル=バハムートと申します」

「……しばらくお待ちくダさい」


 そう言うと、侍女はさっと部屋に入っていった。バハムートの王子と王女だ。どんなに憎い相手だろうと、追い払う訳にはいかない。侍女の凍り付いた表情を見て、リリカは困ったようにアスランに聞いた。


「……迷惑だったかなあ?」

「さてね。でも、王妃のご様子は気になるだろう?」


 そう話しているうちに、侍女が戻ってきた。


「お待タせ致しましタ。どうぞ」


 扉を潜ると、2階とは打って変わって大きな窓のある明るい部屋に、贅沢な調度品が揃えられていた。天蓋付きの大きなベッドがあり、体中に包帯を巻いたクレディア王妃が体を起こしている。

 アスランとリリカは、揃って王族の礼を取った。クレディアもゆっくりとお辞儀する。


「……こノ怪我ゆえ、寝所から失礼します」


 凛とした、それでも今朝の彼女とは程遠いほど弱々しい声だった。思わずアスランは顔を上げてクレディアを見る。向こうもアスランを見て、はっと目を見開いた。朝、庭で会った相手だと気付いたのだろう。


「突然の訪問、お許しくださいクレディア王妃」


 リリカがブーケを持って前に出た。


「慣れない異国に来て早々に大怪我をされて、心細いのではないかと思い、お花を持ってきました」


 そう言ってリリカが差し出したブーケに、クレディアは緑色の目をきょとんと丸くした。


「バハムートの王女が、私ノタめニ花束を?」

「はい。……お嫌いでしたでしょうか?」


 不安そうに尋ねるリリカに、クレディアはしばらく呆気に取られていたが、やがてフフッと笑うと初めて見せる笑顔で「ありがトうございます、リリカ王女」と礼を言った。


「--……、」


 今度はアスランが呆気に取られる番だった。こんなに素直に笑い、心からだと伝わるような礼を言う王族の女性をリリカ以外に見たことがなかったのだ。


「……兄さま、イル兄さま」


 気が付くと、リリカが袖を引っ張って名前を呼んでいた。


「イル兄さまも何か持ってこられたんでしょう? どうしたの? ぼおっとして」

「あ、ああ」


 慌てて、持ってきた画集を手に前に出る。


「……療養中、退屈でしょうからこれをよかったら。異界の美しい風景や生き物を描いた画集です」

「……異界ノ」


 クレディアはぽつりと言うと、画集を受け取ってぱらぱらとページをめくった。その中で、はっと手を止める。


「-――……」


 食い入るように一枚の絵を見る彼女は、一瞬、泣いているようだった。しかしすぐに顔を上げると、「ありがとうございます、アスラン王子」と、リリカの時よりは儀礼的だが、それでも素直に礼を言った。

 リリカはそれを見届けると、ほっとしたように笑ってぺこりと頭を下げる。


「クレディア王妃、あの……よかったら、また来てもいいですか? お話し相手に……」

「リリカ、」


 アスランはぎょっとした。普通なら、血がつながっていないとはいえ、王子や王女が王妃を見舞うのに咎められる理由もないが、この塔にいるという時点で普通の状況ではない。

 それを察したのか、クレディアは、ふ、と少し冷たい目になってリリカに言う。


「せっかくですが、もうここニは来られナい方がいいでしょう。私は、逃げ出そうトした罰を受けテいる身ナノです」

「あ……。では、では出てこられたら、お茶にお誘いしてもいいですか?」


 リリカは諦めない。よっぽどクレディアが気になるのか、あるいは父王の傍若無人の責任を感じているのかもしれない。クレディアは見透かすようにじっとリリカを見つめ、やがて緑色の瞳を細めて笑った。


「……楽しみニしテいます」

「! はい」


 ようやくリリカが納得したので、アスランも隣で頭を下げ、退室を促した。


「では、私たちはこれで。お体大事になさってください」

「アスラン王子もありがとうございます」


 今朝、庭で会ったことについて何か言うだろうかと思ったが、クレディアは何も言わずに淡々とふたりを見送った。内心でなぜかほっとしながら塔を降りる。

 周囲を確認してそっと扉に鍵を掛け直すと、ふたりは他の兄姉や兵士たちに気付かれないように、それぞれの部屋へ戻っていった。


***


 その夜、北の塔を訪ねた者があった。

 龍王バハムートだ。


 共も付けず、一人で現れた彼はクレディアの侍女を部屋の外へ追い払うと、怪我も癒えておらず、ヒト族と同じくらい弱くなった彼女を慈悲の欠片もない荒々しさで抱いた。


 その時、部屋に僅かに残った自分の子ども達の魔力の匂いに気付かないわけはない。

折れた翼が軋み、体勢が変わるたびに自らの鱗で付いた傷が開くような痛みにも呻き声ひとつあげず、淡々と勤めを成し遂げたクレディアを暗闇で黄金の瞳が見下ろす。


「ここに誰かが来たのか」


「…………」


 無言の回答に、くん、と宙を嗅ぐように鼻を動かす。


「ああ……、私の、役立たずの息子と娘だな」


「…………」


 クレディアは何も答えなかった。

 それでも、龍王は可笑しそうに低く喉を鳴らして笑うと、用を終えたクレディアにすっかり興味を失ったように塔を去って行った。



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なかじま ひゃく

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