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第2話 星降らす王妃

◆ドラゴンと天使の異世界・異種族恋愛ファンタジーです。

毎週火・土曜日の夜8:00に更新予定。

第一章は龍界編。主人公の一人、アスランの話です。長くなりそうですがよろしくお付き合いください。

 自分の居室に戻ると、前室でウィスタリアが待っていた。背の高いがっしりとした男で、針金のような紫色の剛毛をなんとか後ろへ撫でつけている。年は400歳前後。アスランよりも230年は長生きしているが、ヒトに換算すれば28歳くらいで、ドラゴンの世界ではまだまだ若手だ。


(オッサン……)


 生真面目な性格のせいか、確かに年齢より老けてみえるけれども、とルルの言葉を思い出しながらアスランはじっとウィスタリアを見る。その視線になど構わず、ウィスタリアは膝を着いて頭を下げ、胸に拳を当てて最敬礼をした。

 龍王や後継者候補の第一・第二王子にならともかく、第九王子にまでいちいち最敬礼をするのはウィスタリアくらいだ。


「お待ちしていました」

「何か用か」


 ルルにしたのと同じ質問をする。

 ウィスタリアは、頭を下げたまま「は、」と低い声で答えた。


「龍王が新しい妃をお迎えになられるそうです。今晩、王子と姫は全員大広間にてお披露目を兼ねた会食を、と」

「新しい……妃」


 ドラゴンは基本的に番を1頭しか持たないが、龍王バハムートは次々と妃を増やす。側室ではなく妃として迎えるのは、より強い血を正当な後継者として残すためだとか、政略的な考えがあっての英断だなどと龍王に心酔する臣下たちは言うけれど、アスランにはただの女好きにしか見えない。

 そもそも、自分を含む9人の王子と3人の姫はすべて母親が違う。そのほとんどが古い血筋のドラゴンの令嬢で、炎や水、風などといった能力もはっきりとしている。最も、アスランの母親であるイータ=ヴィヴィを含む、黒龍の一族だけは能力がまちまちで、彼女やアスランに受け継がれている能力も現在のところ不明だが。


「13番目の妻というわけかい。今度はどこのご令嬢なのかな」


 生まれた子供の瞳が金色でなければ、自分のように母親ともども里へ戻されるのだろうと思うと、無意識に声が平坦になった。成人するまで会ったことがなかったせいもあるかもしれないが、どうにも彼は父王が好きになれない。


「それが……アースドラゴンの、王妃だそうです」

「王妃? ……そうか」


 王妃を連れてきたということは、一族の王を殺したか、取引を持ち掛けたかしたのだろう。いずれにせよ、今回の婚礼にその王妃の意思はどこにもなさそうだ。


「憂鬱すぎる家族の集いだね。ウィスタリア、服と靴を用意しておけ。僕は湯を浴びてくる」


 手伝いの召使を呼ばれる前に、さっさと浴室へ行く。黒龍の谷の奥で仲間と遊んだ滝には劣るが、霊水を沸かした湯がふんだんに出る風呂は、彼にとって図書室と並ぶ、王宮の数少ないお気に入りだ。

 湯に浸かりながら、ふと母親を思い出した。ドラゴンの女性にしては線が細く、艶やかな黒髪と黒曜石のような瞳を持つ美しい人だった。

 龍王について話したことは一切ない。母は、あの冷酷で女好きな父を本当に好いていたのだろうか。生まれた息子の瞳が金色ではなかったために、不義さえも疑われた、とは、後から何番目かの兄王子に聞いた。そんな酷い扱いと共に王宮から追い出され、どんな気持ちだったろうか。


(そもそも龍王が寵愛をかけた妃がいるとは思えないけど……ね)


 兄王子たちの母親は王宮に残ってはいるが、第一王妃以外はほとんど姿を見ることもない。後宮にそれぞれが豪華な離れを与えられ、何不自由なく……と言えば聞こえはいいが、やはり軟禁されているようなものだ、とアスランは思う。



***



 晩餐を知らせる鐘が鳴り響き、王宮の大広間には龍王とその9人の王子、3人の姫、11人の妃、そして今度迎え入れられるアースドラゴンの妃が顔を揃えた。

 例えドラゴンの姿になっても突き破ることはないほど高い天井にクリスタルのシャンデリアが無数に吊り下げられ、端っこ同士ではお互いが誰だかわからないほど長いテーブル(と言っても、ドラゴンの視力なら分かるのだが)に全員が着席する。


 最も上座に龍王と正妃、そして新しい妃が。続いて第一王子から第九王子であるアスラン、3人の姫、11人の妃が座る。

 自分の向かい側には第一姫のアニタ。アスランより300歳ほど年上だったろうか。気位が高く、途中で瞳の色が変わった自分を陰で「できそこない」と蔑んでいるのを知っている。法務大臣の息子と番になっているが、ほとんど一緒にいることはない。

 アニタの隣に、第二姫のレジーナ。やはりアスランより150歳ほど年上で、悪いところが父に似たのか男好きだ。最近はウィスタリアが迫られているとかいないとか聞く。当のウィスタリアが何も言わないので真相は分からないが。

 そして、自分の隣に第三姫のリリカ。アスランが黒龍の谷にいる間に生まれた妹姫で、唯一アスランより若い。まだ80歳にもなっておらず、成人の儀も迎えていない。ヒト型の姿は16歳くらいの少女で、どうしたことか王子たちのなかで一番アスランに懐いている。


「イル兄さま」


 リリカが、小声で呼びながら袖を引いてきた。ファーストネームの「イルカーラ」から取ってイル。その愛称で呼ぶのは、故郷の母や祖父、そしてリリカだけだ。


「さっきね、リリカ、新しいお妃様が泣いてるの見ちゃった」

「……泣いていた?」

「うん。新しいお妃様、お部屋がまだ用意できてないから、後宮にある貴賓室を使っていらっしゃるの。ちょっと早めに出たら、貴賓室からお妃さまのお付きの人が一生懸命なだめている声が聞こえて」

「覗いたのかい? 悪い子だな」

「だって」

「ふ。それで?」


 気まずそうに上目遣いで見てくる妹姫に先を促すと、リリカはほっとしたように笑ってから続ける。


「うん、帰りたい、帰りたいって言いながら泣いていたの。でも、お付きの人が、一族のためにお願いしますって」

「……そうか」


 想像した通りではあったものの、口の中に苦い味が広がるような気がした。乾杯の合図と同時にワインを流し込んでその味を押し流す。


「――紹介しよう」


 なんの前触れもなく、尊大な声が大広間を震わせるように響いた。龍王バハムートの声。その場にいる全員がシンとなり、龍王に向かって頭を下げた。


「新しく妃に迎えることになったテオライト・アースドラゴンの王妃、クレディア=ハース=テオライト。かの一族は、星を降らせる力を持つ」


 言葉に、その場がどよめいた。隕石を呼ぶというドラゴンの話は確かにあるが、実際に見た者はバハムートより遥かに年を経た長老たちのなかにたった一人。それさえも、ボケた老人の妄言と思われているくらいだ。


「全員、顔を上げることを許す。クレディア、お前も我が子らと王妃たちの顔を覚えよ」


 龍王に言われて全員が顔を上げ、新しい王妃を見た。アスランも顔を上げる。王妃といえどまだ若く、年齢は自分と同じか、少し上くらいではないだろうか。浅黒い肌に明るい茶色の髪、緑色の瞳をした野性味のある美しい女性だ。


「アースドラゴンっていうだけあって、泥でも付いているみたいな肌ね。汚いわ」


 アニタとレジーナがくすくす笑いながら囁き合う。ドラゴンの耳ならおそらく聞こえているだろうが、クレディアは眉ひとつ動かさない。


「自己紹介を」


 龍王が言うと、第一王子が立ち上がり一礼した。


「お初にお目にかかります。第一王子のシュイカーラ=サマル=バラク=アウェル=バハムートです。父と同じ、雷の力を持ちます」

「第二王子、ヴィダカーラ=サマル=ルアフ=ターニ=バハムート。風を使うのが得意です。お見知りおきを」

「第三王子……」


 順番に名乗る王子たちを、クレディアはじっと緑色の瞳で見つめ、相手に合わせて一礼を返す。笑いもせず、怖気もしない。ドラゴンの気性というよりも、興味がないのだろうな、とアスランは感じた。


「第九王子のイルカーラ=サマル=アスラン=ヤティル=バハムートです。能力は特にありません」


 自分の番になり、名前と己の無能を淡々と告げる。

 いつものごとく所々で嘲笑が起こり、アニタがクスッと笑いながら「エレメンタルを扱えない王家の恥さらし。“エレメンタル・ブレイカー”だものね」と小声でレジーナに囁いた。

 アスランは何も言わず着席する。そのついでに、リリカがアニタに向かって文句を言おうと腰を浮かせかけたのをやんわりと制した。


 その後、姫たちと妃たちの自己紹介が続き、一通り終わると龍王は頷いて、あとはただ粛々と食事が続いた。会話も何もなく、新しい妃に何かを聞く者もない。クレディアからも、誰かへの問いかけは一切なかった。


 身分に関係なく、仲間同士で賑やかに食事するのが当たり前だった黒龍の谷で幼少期を過ごしたアスランは、この意味のない王族の会食が苦痛でしかない。

 長い自己紹介の後、何も言葉を交わさず、互いを知ることもせず、エネルギー源を摂取するだけならわざわざ集まる必要があるのか。


 しかし、「ドラゴン」という世界でも抜きんでた力と知恵を持つ種族の、さらに頂点に君臨する一族だけが許されるこの場に自分がいることに、兄や姉、妃たちは満足しているらしい。


 隣をちらりと見ると、いかにもつまらなさそうな顔でもくもくと食事をするリリカがいて、少しほっとするのだった。


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なかじま ひゃく

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