第18話 噴水の庭とあの日見た流星群
◆ドラゴンと天使の異世界・異種族恋愛ファンタジーです。
毎週火・土曜日の夜8:00に更新予定。
第一章は龍界編。主人公の一人、アスランの話です。長くなりそうですがよろしくお付き合いください。
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それから数カ月は、一見穏やかに過ぎた。
花盛りだった王宮の庭は木々の緑に覆われ、それまでは花を引き立てるために控えめだった噴水も、七色の水を太陽に透かしながらキラキラと噴き上がり、高さの違うアーチになって水の虹を作った。
「まぁ。あれは何ですか? 生き物が入っているの?」
砂漠と岩の国から来たクレディアは、噴水が珍しいらしい。お腹も大きくなってきた彼女は、時には気分がすぐれないこともあったが、魔力を使った噴水のアートがことのほか気に入ったようで、体調のいい時にはアスランとリリカを誘って庭の散策を楽しんだ。
「ああいう動きをするように、魔力を流してあるそうです。ルスラン兄さまが水を使うのが得意で、夏の噴水はルスラン兄さまが管理してるんです」
リリカが第五王子の名前を挙げながら説明する。
マウィカーラ=サマル=ルスラン=ハムサ=バハムートという名前の第五王子は少し変わり者で、女性的な美しい顔立ちとやわらかな物腰で城の侍女や貴族の奥方達に人気がある。
芸術的なことに並々ならぬ興味があるらしく、時折、ふらりと異界へ行っては絵画や他種族の衣装、自然が生んだ奇岩、珍しい生き物の羽根や死骸などを嬉々として持ち帰ってくる。
さらには自分で勝手にそれらのコレクションを飾る宮殿を庭の一角に建て、「マウィ=ミュージアム」と名付けて王族以外にも開放している。
第一王子や第二王子、リリカ以外の姫達は「くだらない」と近寄りもしないが、実のところ彼の審美眼はなかなかで、他の兄弟やその部屋付き、侍女、他のラグーンから来た賓客たちまでがミュージアムを訪れ、そのコレクションに感嘆の声を上げているのだった。
アスランもリリカに誘われて一度見に行ったが、半分に割った中にびっしりとアメジストの結晶が生えている10mはあるつらら石、今にも飛び立ちそうな極彩色の鳥の彫刻、あちらが透けて見えるほど薄いのにドラゴンの爪でも引き裂けない布、繊細な透かし彫りの中に浮かぶ星のオブジェ、地界にしかいない珍しい幻獣の剥製など、ジャンルも世界も時代もバラバラながら、不思議とどこか統一感のある美を感じるものばかりだった。
「おや! そこにいるのはアスランにザハーリヤ、それにクレディア王妃!」
噂をすれば、陽気な声が三人を呼び止めた。噴水池の畔で水に素足を浸してぱしゃしゃと遊びながら、やわらかくウェーブした金髪と明るい金色の瞳が目を引く美しい顔立ちの青年が「おーい」と手を振っている。第五王子のルスランだった。
「私の噴水を楽しんでくれているのかい? 今年は、空がテーマなんだ。美しいだろう?」
変わり者ではあるが、ルスランも龍王の息子の中では砕けていて野心のない男だった。王族の恥さらしと言われるアスランにも屈託なく話しかけるし、クレディアを見下すこともない。
「空?」
アスランは庭をめぐる池や川、そこから噴き上がる噴水をぐるりと見まわした。
言われてみれば虹のアーチ以外にも、青空と空を映す鏡池、雨が降っていないのに不規則な波紋が広がる池、風の動きを思わせる動きでうねりながら踊る噴水などがある。
「なるほど……」
「ほとんどの人は知らないけれど、夜になるとね、流星群を噴水で表現しているのだよ。毎日どころか、私の噴水は毎時間ごとくらいに変化してるんだ」
にこにこと笑いながら嬉しそうに話すルスランは、自分の作品を人が見ていようがいまいが構わないらしい。
「おっと、あそこの魔力にほころびがあるな」
ふいに遠くの噴水を見て呟くと、ざばっと水から出て、素足のままそちらへ去って行ってしまった。
「変わった方ですね」
クレディアがぽかんとしながら呟く。
「でも、これだけ水を操れるなんてすごい魔力の持ち主です。それに、先ほど、夜は流星群を表現していると……。知りませんでした。ぜひ、見てみたいのですが……」
クレディアが、少し離れて控えているミルベールをちらりと見る。ミルベールは困ったような表情を浮かべた。
「夜ですか……、宮殿内ですし大丈夫とは思うのですがやはり少し……」
「では、私もお供しましょう。うちの部屋付きも護衛代わりに連れてきます」
アスランが申し出ると、ミルベールはほっとした顔で頷いた。クレディアも顔を輝かせる。
「あ、リリカも! リリカも行く‼」
話はまとまり、夕食の後にもう一度この場所で集まることになった。
***
その夜、庭に出たアスラン、クレディア、リリカ、ミルベール、そしてルルは、思わず感嘆の声を上げた。
池や川の周辺ばかりか、芝生や小道にも光る小さな水晶の粒が散りばめられ、まるで銀河の上にいるようだ。昼間は七色だった噴水は、今は銀色一色になってあちこちで噴き上がり、その飛沫が星屑のように輝きながら淡く輝く水面に還る。
「すげー……こんなことになってたッスか、夜の庭園……」
ルルも初めて来たようで、口を開けて幻想的な風景に見入っている。
「しかし、流星群というのは一体……この辺りではないのかな」
歩きながら、アスランは昼間ルスランが言っていた「流星群」の噴水を探した。クレディアもやはりそれが気になるようで、美しい夜の噴水ショーに見惚れながらも先へ先へと進んでいく。
だが、広い庭園を一周しても、「流星群」と言えるような噴水はなかった。集まった時と同じ場所に着き、一同は首を傾げる。
「時間が早いのか、もう終わってしまったのかしら……?」
“毎時間ごとに変化している”と言っていたルスランの言葉を思い出して、クレディアが心なしかがっかりした声を出す。
「王妃、だとしても明日また来ましょう。今度は、ルスラン兄さまにいつどこでやるのか聞いておきますから!」
リリカが励ますように言った、ちょうどその時だった。ぱっと庭園の光がすべて消え、文字通りの真っ暗闇になる。
「きゃっ」
「な、なに?」
いきなりの暗闇に、ドラゴンの瞳も一瞬付いていけない。リリカやクレディアが驚いた声を上げた、次の瞬間――
サァアアァアァア………
清涼な水音がどこからともなく聞こえ、王宮の高い壁が突如ライトアップされる。そして、そこに巨大な滝が現れた。
「うぉっ!? 滝ィ⁉ ど、どっから⁉」
ルルが叫ぶ。女性たちも驚いて声を上げるその間に、滝の水面を横切るようにヒュッと光が横切った。
「今のは……、」
ジャーン‼
アスランが口を開きかけたと同時に巨大な音が鳴り響き、ルルとリリカはびっくりして飛び上がった。滝を横切る光に合わせて陽気な音楽が流れ、光はどんどん増えていく。
「お、王妃……これ、もしかして……」
リリカがクレディアを見上げながら言った。クレディアも緑色の瞳を見開いて滝とその上を流れる光に……「流星群」に釘付けになっている。
音に合わせて滝の上を星が滑り、長い尾を引いて庭園へと吸い込まれていく。音楽がクライマックスを迎えるに連れて星の数は増え、色も赤や緑、金色、青など様々な光を交えながら、最後には光の洪水のように地上へ降り注いだ。
(……アエリタ。アスターシュ……。)
いつか砂漠で、アエリタやアスターシュと一緒に見た流星群を思い出しながらクレディアは目に涙を浮かべた。
自由だった。楽しかった。星を降らせる万能感に酔うよりも、あの美しい景色を三人で見られるのが幸せだった。
脳裏に次々とめぐる楽しい記憶を重ねながら、クレディアは滝の上を滑り落ちる流星群に見惚れた。やがて音楽が静かになり、最後の一つがひと際長く尾を引いて消えると、辺りは再び暗闇に戻る。
「………」
しばらくは全員が言葉もなかった。夢を見ていたのかと思うほど美しく、儚く消えた風景。最初にその沈黙を破ったのは、ルルだった。
「す……すっげ~~‼ ルスラン様、天才ッスね⁉」
「う……うんうん! びっくりしたわよね! あれ、どうなってたのかしら? 王宮の壁から滝が流れるなんて!」
「それに音楽も素晴らしかったです。光と完全に合ってましたけれど、一体どうやって?」
リリカも我に返って騒ぎ出す。いつもは控えめなミルベールまでが話に加わって大騒ぎだ。
アスランは、三人とは対照的に静かなままのクレディアをちらりと見た。流れる涙を拭いもせず、暗くなった城の壁をまだ眺め続けている。
「……王妃、戻りましょうか」
アスランが声をかけると、クレディアはようやくはっと我に返り、自分で驚いたように涙を拭った。
「そうですね、戻りましょう。……素晴らしかったです。本当に流星群が降っているみたいで……」
クレディアはそういうとまた城の壁に視線を戻した。
「……私も、前はああやって……」
そう言うと自分の両手を眺める。それから、何かを探すように、肩にそっと手を置いた。
「もう一度流星群が見たい……。テオライト=アースドラゴンの国で……アエリタと」
「……王妃……?」
自分の肩に手を置いたまま、小さく震えながら呟いたクレディアに、アスランは微かな違和感を覚えた。塔の中にいた時のような狂気を僅かに感じる気がしたのだ。
故郷での日々や、命宝との思い出に重なるような経験をさせてはいけなかったかもしれない。
消えていた庭のライトが戻り、辺りはまた銀河の上にいるように明るくなった。
ルルたちが歓声を上げながら、光の中でクレディアとアスランを呼ぶ。
それでも、クレディアは流星群が流れた王宮の壁を見つめたまま、しばらくその場を動かなかった。
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なかじま ひゃく