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第17話 告白

◆ドラゴンと天使の異世界・異種族恋愛ファンタジーです。

毎週火・土曜日の夜8:00に更新予定。

第一章は龍界編。主人公の一人、アスランの話です。長くなりそうですがよろしくお付き合いください。


***


「王妃! 見てください、これ作ってみたんです」


 午後の穏やかな光が差し込む離れで、リリカはクレディアにギンイロツユクサの刺繍を施した産着を広げて見せた。


「まぁ! ギンイロツユクサですね。これを、リリカ姫が?」


 心から驚いたように目を丸くして産着を手に取ったクレディアに、リリカは照れたように笑った。


「初めてだから何度も失敗しちゃって。やっとお見せできるのができたんです」


 そんなリリカを、クレディアは穏やかな表情で見つめる。最近の二人はまるで姉妹のように仲がいい。


「ありがとうございます、リリカ姫。赤ちゃんが生まれて、最初に着せる服はこれにしますね」

「え、え、でも! 王妃も用意してるんでしょう? リリカのは、三番目か四番目くらいでいいですっ」

「いえ、これがいいんです。もう決めましたから」


 そんなやり取りを聞きながら、窓辺でお茶を飲んでいたアスランは思わず笑いを零す。


「――名前はもう決めてるんですか?」


 放っておくといつまでも終わらなさそうな掛け合いを質問で遮ってみる。すると、クレディアは振り返って少し迷うようにしながら言った。


「女の子なら……リタ……リタが、愛称になるような……」

「リタ。かわいい響きですね!」


 無邪気に言うリリカとは違い、アスランはカップを置いてクレディアをじっと見つめた。


「“アエリタ”から取ってですか?」

「――、アスラン王子、どうして……」


 クレディアが目を見開く。

アスランは、「十界の幻獣」から、クルウリ族のページを魔力で羊皮紙に精密に転写したものを懐から出して渡した。


「王妃がここへ来た翌日の朝、庭で私と会ったことを覚えていますか。その時、その名前を呼んでいました。それから、画集をお持ちした時に、確か小人の絵をじっと見ていらっしゃった。その後、リリカが持ってきたギンイロツユクサのポプリを嗅いだ時に“大切な者が好きだと言っていた”と仰っていました」

「――……、」


 クレディアは、本の写しを食い入るように見つめたまま黙り込んだ。アスランは続ける。


「それらのことを合わせて考えると、“アエリタ”という大切な友人が貴方にはいて、それはもしかしたら、その本に載っている小人族なのではないかと思ったのです。……ドラゴンと小人が友人なんて、突飛な話ですが」


 アスランが話し終えると、クレディアは脱力したようにベッドに腰かけた。部屋の隅に控えていた侍女も驚いた顔で立ち尽くす。


「……驚きました。彼女の……アエリタの一族が載っている本があることにも、アスラン王子の観察眼にも」


 クレディアは呆然と呟くと、そこに書かれた筆者であるアルディア=オーシュと、シンラという男、そして小人達のやり取りを何度も読んだ。


「そう……、アエリタはこういう世界に住んでいたのね。私もいつか行きたい……」

「やはり、アエリタというのは王妃の大切な友人なのですね」


 アスランが問うと、クレディアはゆっくり顔を上げ、それから首を横に振った。


「ミルベール」


 侍女に声をかけると、離れの周辺を見てくるように命じ、厳重に扉や窓を閉めるようにと告げた。侍女は、そんな主の命令に驚きながらも、頷いて従った。


「クレディア王妃……?」


 突然、部屋中の鍵を掛け、カーテンも閉めはじめた侍女を見て、不安そうな顔でリリカがクレディアに声を掛けた。

 クレディアは安心させるように微笑むと、窓際のテーブルへやってきてアスランとリリカにも座るように促す。


「――私がここへ来てもう半年近く経ちますね。その間、この広いラグーンで、ミルベール以外で私を気にかけてくれたのは、アスラン王子とリリカ姫だけです。あなた達は損得を考えず、他国の王妃である私を見下すこともなく、真摯に向き合ってくれました」

「……何です、いきなり」


 アスランは僅かに警戒した。クレディアからこれまでになく緊張した匂いがする。


「なぜか、今話すべきだと思ったのです。私がここへ来た理由、それから、故郷に置いてきた大切な宝物のことをお話させて下さい」


 そうして、クレディアは話し始めた。アエリタと出会ってからバハムートに支配されるまでの長い話を。




***




「…………」


 クレディアが話し終える頃にはすっかり陽も傾き、カーテンを閉めたこともあって部屋の中は薄暗かった。だが、アスランもリリカもそんなことに気が付かないほど話に集中していた。

 そして、彼女が話し終わった後も、しばらくふたりとも何も言えなかった。


「……つまり、」


 数分間の沈黙の後、ようやくアスランが口を開いた。


「アエリタというのはあなたの友人ではなく、宝で……、つまり王妃は……」

「はい。“ルイン・ドラゴン”と呼ばれる者です」


 その言葉に、リリカは息を呑んだ。それから、遠慮がちにぼそぼそと言う。


「……クレディア王妃、でも……、でも、あなたは狂ってもいないし、腐り落ちてもいないし……。その、普通に見えます」

「ええ。私もこのラグーンへ来て自分がどうなるのかわかりませんでしたが、こうして正気を保っています。宝を、失ったわけではないから……。アエリタが、私以外のドラゴンに属しておらず、無事に生きているからでしょう」


 そこまで聞いても、ふたりはまだ半信半疑の顔だ。その表情を見て、クレディアはふっと笑った。


「でも、この子を授かるまでは何度も狂いそうになったのですよ。おふたりが訪れて話し相手になってくれている時だけは何とか正気を保っていましたが、あの塔の中でミルベールとふたりきりになるとどうしても話はアエリタやアスターシュのことになって……」


 そこまで話して、クレディアは唐突に服の前をはだけた。


「⁉」


 リリカは慌てて横を向き、アスランは平然としたまま王妃を見ていた。そして、眉をひそめる。


「……それはご自分で?」

「え……? きゃっ!」


 アスランが尋ねる声に、そっと目線を戻したリリカの悲鳴が重なった。クレディアは淡々と頷く。


「そうです。普通、ドラゴンは宝物を魔力で包み、自分の心臓や臓器、時には髪の毛や目の中にしまう。アエリタが普通の宝であったなら、私はどこにしまったろうか。……そう考えているうちに、本当にしまってある気がして……」


 クレディアの体には、いくつもの傷があった。ナイフで抉ったような跡、肉を削ぐほど引っ掻いたと思われる爪痕、鋭利なもので刺したような跡……。


「酷い時には、結界の中でドラゴンになれないから、魔力でアエリタを戻すことができないのだという妄執に捕らわれました。ならば何とかして出してあげなくてはと、気が付けばこうやって探していたんです。()()()()()()()


 そこまで聞いて、ようやくアスランとリリカはクレディアが抱えていたものを理解した。リリカは青ざめて震え、アスランはただ黙って、そっとクレディアの体を労わるようにベッドの上にあったガウンをかける。

それを見ていた侍女のミルベールが、口を手で覆って嗚咽を殺しながらすすり泣いた。


「夜中に突然、クレディア様がアエリタ様の名前を叫びだすのです。ご自分の体を傷つけながら、どこにいるの、どこにいるのと……。目を抉ろうとされているのを見た時は本当に心臓が止まるかと思いました。寸でのところでお止めしましたが、今思い出しても……」


 ミルベールは自分の両肩を抱きしめながら震える。クレディアは申し訳なさそうに侍女に微笑んだ。


「本当に申し訳なかったわ、ミルベール。あの頃は、私がおかしくなる度にアエリタが待っているから、元気に帰らなくちゃと声をかけてくれたわね」 


 ミルベールは話すと余計にこみ上げるものがあるのか、黙って頭を何度も振る。


「……王妃、私……」


 リリカが震える唇を何とか開いた。


「わ……私たち、とんでもないことを……。お父様が、この国がそんなことをしたなんて」

「あなたのせいではないです、リリカ姫」


 クレディアはリリカの肩を抱いて優しく言った。


「優しい姫にこの話をすれば、そうやってご自分さえも責めるだろうと思っていました。でも、私はこの国で、あなたとアスラン王子にどれだけ救われたかわかりません。あなたたちがいたから呪い龍にならずに済んでいるのかもしれません」

「……、申し訳ありません……、申し訳……ありません……!」


 それでもリリカは何度も謝りながら、クレディアの腕の中で号泣した。アスランはその背中をそっと撫でる。頭の中では、いろいろな考えが瞬時に浮かんでは消える。


――クレディア王妃が国へ戻っても、アエリタをこの国へ連れてきても、何の解決にもならない。王妃が国へ戻れば、父王は今度こそテオライト=アースドラゴンの国を破壊し尽くすだろう。

 また、アエリタをこの国へ連れてきたとして、万が一父王がその存在に気付いたなら放ってはおくまい。アエリタを奪われて、今度こそクレディアは呪い龍になってしまう。

 そう、父王がクレディアへの興味を失わない限り……。


 そこでアスランははっと顔を上げた。そうだ、まさに母と自分が、龍王の興味を失ったから黒龍の国へ戻ったではないか。理由は瞳の色。龍王の血を受け継がなかったと思われたからだ。

 でも、どうしたらいい。自分はなぜか、生まれた時から成人の儀式を迎えるまで、瞳の色が黒かった。また、母親も何の能力があるか分からなかい一族だったから、龍王が興味を失うのが早かったのだ。

 クレディアには少なくとも「星を降らせるドラゴンの一族」という能力がはっきりとある。子どもの瞳も、生まれてみるまでは分からない。


「王妃……やはり、いつかアエリタの元へ戻るつもりですか?」


 答えが出ないまま、アスランはクレディアの意思を確かめるために聞いた。


 その瞬間のクレディアの瞳を、アスランは生涯忘れないだろう。

 深緑の宇宙に、星が火花を散らすように銀色の虹彩が現れ、燃えるように輝いた。


「ええ。必ず」


 強く頷いたクレディアにアスランは微笑み、頷き返した。


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なかじま ひゃく

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