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第16話 覚めない悪夢

◆ドラゴンと天使の異世界・異種族恋愛ファンタジーです。

毎週火・土曜日の夜8:00に更新予定。

第一章は龍界編。主人公の一人、アスランの話です。長くなりそうですがよろしくお付き合いください。

***


 屋上へ戻ったクレディアが見たのは、血まみれで倒れる兵士たちとかろうじて立っている傷だらけのアスターシュだった。


「陛下!」


 まったくの無傷のまま、無表情にアスターシュを見下ろしている金髪の男と、アスターシュの間へ転がるようにクレディアが割って入る。隣にいた片腕の老人と、紫色の髪をしたがっしりとした青年が驚いたように少しだけ目を見開いた。


「馬鹿者、来るな!」


 アスターシュが本気の怒声を上げた。しかし、クレディアはひるまない。アスターシュを守るように両手を広げて立ちはだかると、金髪の背の高い男――龍王バハムートを睨みつけた。震えそうになる膝をしっかりと伸ばし、足に力を入れて腹から声を出す。


「陛下にこれ以上手出しはさせない!」

「――ほう」


 珍しいものを見るように、無表情だった龍王の顔に僅かに変化があった。

金色の瞳が――いや、よく見れば、金の中にいろいろな色が混じっている。

 鈍色。緑青。臙脂。紫檀。暗い色彩の、それでも様々な色が、黄金の中に揺らめいてクレディアを見下ろす。


「――ひ……っ」


 目が合った瞬間、本能的にクレディアは目をそらした。まるで、「死」と対峙したような不吉さが龍王の瞳にはあった。


「ふむ……、勘のいい女は好きだ」


 龍王が低い声で笑った。値踏みするようにじろじろと、クレディアを上から下まで見る。

 その隣で、片腕の老人がはっとした顔をし、慌てて龍王に何かを耳打ちした。


「――ほう?」


 龍王は、今度はさっきまでとは違う表情でクレディアを見る。道端の変わった草を見る程度だった目が、明らかに強い興味を持って光った。


「なるほどな。アスターシュ王、取引しよう。我々は、テオライト=アースドラゴンの星を降らせるという力を求めて来た。先程の流星群、なかなか驚かされた」


 翼の羽ばたきだけで流星群を粉々にしておきながら、龍王はわざとらしく肩を竦めながら言う。


「星を降らせる宝を持っているのは、貴殿か? それとも……そちらの気の強い女性か?」

「――私だ」


 アスターシュが間髪入れずに言う。


「なるほど」


 くつくつと龍王が笑う。


「では、貴殿の宝と、その女性をもらい受けたい。そうすれば我々は、このまま何もせずここを去ろう」

「……・・・・」


 アスターシュは静かに何か呟いた。次の瞬間、その背中から巨大な翼が生え、クリスタルドラゴンに変化する。これまでも、恐らくはこの姿で戦っていたのだろう。変化した姿は痛々しいほどボロボロで、ところどころクリスタルの鱗が剥げて血が流れていた。


「陛下……!」


 クレディアが思わず口を覆う。

宝を手に入れたアスターシュの力、それは、テオライト=アースドラゴンから失われた原始のドラゴンの力だった。一族の中で、彼だけが本来のドラゴンとしての力を持つ。だが、それは砂漠や大地の上にいてこそ最大限に発揮される力だった。

 砂漠ならドラゴンさえ出てこられないような流砂の渦を起こし、大地なら地面を揺るがせて地割れに相手を飲み込める。

 だが、民が逃げ込んでいる城内にあっては、ただただ物理的な力で戦うしかなかった。


「まったく懲りないことだ」


 やれやれと、片腕の老人が言う。そして隣の青年に言った。


「ウィスタリア、手加減せずにさっさと片付けてしまえ」

「は……。王がご命令なら」


 そのやり取りを見て、龍王が鼻で笑う。


「さっきから優しいことだな、ウィスタリア。では命じようか。その死にぞこないの息の根を止め、心臓から宝を取り出せと」

「やめて!!」


 クレディアが叫ぶ。


「あなたの国へ行きます、龍王。だからどうか……、どうか陛下の宝は諦めてください。一国の王の宝を奪うことがどれほどの侮辱か、同じ王であるならお分かりでしょう」


【クレディア】


 クレディアの頭の中にアスターシュの声が響く。


【クレディア だめだ】


 クレディアは、傷だらけになったアスターシュを見上げた。

こんなになるまで自分を、国を守ろうとしてくれたアスターシュを失ってはいけない。テオライト=アースドラゴンの国に彼がいれば、きっと民はまたすぐに平和な日々を取り戻せる。


「陛下」


 クレディアは静かに言った。


「お別れです」

「ふん。賢い選択だ。……いいだろう、王の宝は見送ろう」


 龍王はどこかつまらなさそうに、それでも満足げにクレディアの言葉を聞いた。


「準備もあろう。我々も迎える準備がある。半月後にまた来るとしよう」


 龍王は一方的にそう告げると、輝く黄金のドラゴンに変化した。紫の髪の青年と片腕の老人も、続いてドラゴンに変化する。


【分かっているとは思うが】


 老人のドラゴンが癇に障る高い声で言った。


【逃げたり妃を隠したりしたら今度こそこのラグーンは墜落だ。ひっひっひ!】


 そうして、龍王はたった一晩でテオライト=アースドラゴンの国を降伏させ、去って行った。白みはじめた空の端に現れた太陽の光を受けて、黄金の鱗が神々しいほど美しく煌めく。

 その後ろへ紫色のドラゴンと鈍色のドラゴンが付き、さらに上空で待機していたほかのドラゴンも追従した。


【――……】


 バハムート達が去ったのを見届けると同時、アスターシュは人型に戻り、倒れた。


「アスターシュ……!」


 クレディアは思わず名前で呼びながら駆け寄る。酷い傷だった。周りに倒れている兵士の中には、死んでいる者も少なくない。

 まるで現実感のない風景だった。昨日まで、アエリタにブランコを作ったり、ミルベールと異界の商人達との謁見に着るドレスを相談したりしていたのに。


(でも、よかった。アエリタは……無事)


 ぽつりと、それだけ思った。自分のいない場所だけど、アエリタは半月後も一年後も、きっと元気に過ごしている。仲間たちのところで。光の中で。

 クレディアには、それ以外に何も未来がなかった。なくなってしまった。


***


 アスターシュは、はっと目を覚ました。日の高さを見るに、それほど長く眠ったわけではなかったようだ。だが、随分長く夢を見ていた気がする。


 あの日からクレディアが旅立つ日まで、アスターシュを始めとする傷ついた兵士たちはほとんど病床から起き上がることができず、その間にクレディアは、地下通路から逃げた女性たちを呼び戻して手当に当たらせた。


 その中には侍女のミルベールもいて、事情を知った彼女は自分から強く希望してクレディアと共に龍王のラグーンへ行くことになった。

 ミルベールと共にアエリタもいたが、もちろん連れて行くわけにはいかない。森界に戻すつもりだったのが、帰らないと言い張る彼女に根負けした形で、生き残った中で事情を知っている大臣の娘が、クレディアとミルベールの代わりに彼女の後宮での生活をサポートすることにした。


「クレディアは……どうしているかな」


 アスターシュがぽつりと呟く。ブランコに飽きたのか、いつの間にかサイドボードにある小さなベッドで眠っていたアエリタがむくりと起き上がった。


「赤ちゃん」

「――え?」


 唐突な呟きに、アスターシュが驚いて聞き返す。アエリタは寝ぼけているのか、きょろきょろしてから、夢だったと気が付いたのか「ん-ん」と首を振った。


 城も街も、半年前の襲撃などなかったように日常を取り戻している。

 だが、あの夜以来、ふたりにとってはいつまでも覚めない悪夢が続いていた。



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なかじま ひゃく

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