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第15話 世界の理から外れし者

◆ドラゴンと天使の異世界・異種族恋愛ファンタジーです。

毎週火・土曜日の夜8:00に更新予定。

第一章は龍界編。主人公の一人、アスランの話です。長くなりそうですがよろしくお付き合いください。


「アエリタ……、どうしよう、陛下があいつらに捕まってしまう。どこか違う場所から攻撃できないかしら? 例えば城の外へ見つからないように出て……」


 城の階段を駆け下りながら、クレディアはどこへ身を隠せばいいかより、何とかアスターシュを助ける方法はないかと必死だった。

 肩に乗せたままのアエリタに語り掛けながら、攻撃できる場所を考える。


「城の北側にある鉱山、あそこなら城の様子も何とか見えるし、星のコントロールだってできるわよね?」


 はっと思いついて、アエリタを見る。だが、肩に乗せたアエリタは真っ青になってガタガタと震えていた。


「? アエリタ? どうしたの、どこか痛いの?」

「ちがう…… こわい。こわい。あの金色のドラゴン、なに? クレディアは気付かなかった? あのドラゴンのマナ、変だよ」

「え……?」

「逃げよう、クレディア。あいつには勝てないよ。あたしとクレディアの魔力なんかじゃ、ぜんぜんかなわない!」


 恐怖のせいか、銀色の小さな体をかわいそうなほど震わせてアエリタが訴える。クレディアは、アエリタをそっと両手に包み込むようにすると、周囲を伺ってから柱の影に座り込んだ。


「何を見たの、アエリタ。私、星を呼ぶのに集中していて気付かなかった」

「何で見てないの⁉ いやだよ、思い出したくないよ‼」


 アエリタは口にするのも嫌だというように強く頭を振って叫ぶ。いつもおっとりしている彼女からは考えられないほど、ヒステリックになっていた。


「ごめん。ごめんね。でも、教えてくれないと対処のしようがないわ。陛下を助けなきゃ。あなただって、アスのこと好きでしょう?」


 アス、と、三人でいる時だけ使っていた愛称でアスターシュのことを言われてアエリタは震えながらようやく頷いた。


「……あの金色のドラゴンが、翼を動かしたとき……神々しいほどだったあのドラゴンのマナが、急に真っ黒なうねりみたいになって、星のエレメンタルも周りにいたエレメンタルも、全部飲み込んだんだよ。ばくんって」

「え……っ」

「だから、星のエレメンタルも、その星を燃え盛らせていた炎のエレメンタルも、近くにいた風のエレメンタルもみんな消えたの。逃げたんじゃなくて、消えたの。何もなくなっちゃった」

「そんなこと、ある?」


 クレディアは間抜けな質問をした。エレメンタルは自由に自分の属性の魔力マナがある場所に現れ、移動する。マナに宿り、同化することはあっても、またそこから個に戻ったり新たに生まれたりもする。その存在が完全に掻き消えてしまうことなど聞いたことがない。


「ないよ、あるわけない! だってエレメンタルはマナから生まれた、最も原始の、世界の核なんだよ? それをあのドラゴンは消してしまったの。何なの? あいつ、本当にこの世界の生き物なの?」


 震えながら一息に喋ったアエリタは、抱えた頭をいやいやするように強く振った。


「アスは助けたいよ、でも、でも、エレメンタルを消せるなら、あいつは自分以外のマナだって消せるのかも。そうしたら、あたしもクレディアも、マナでできているこの世界の存在だってみんな消されちゃうよ」

「―――」


 アエリタの言葉に、クレディアはぞっと背筋が凍るような気がした。

例えばこのラグーンの山は、長い年月の中で、採掘によって随分形を変えてきた。だが、山が石になり、石が宝石とそうでない部分に分けられ、砂は砂漠になって、宝石は異界へ送られて、存在はし続けている。

 マナもそうだ。形を変えても、時に変質したとしても、世界からその絶対量が消えることはない。あのドラゴンは、つまり、世界の理が通じない相手ということだ。


「……それでも……、ううん。それなら、なおさら」


 クレディアはようやくアエリタと同じ恐怖を感じながら、改めて決意した。


「アスを助けなきゃ。アエリタ、あなたは………、――自分の、国へ 帰りなさい。ドラゴンの戦争に巻き込んで、ごめんな、さい」


 宝を自ら手放すことなど、まして命宝を手放すことなど、普通はできない。それでも、クレディアは血を吐くような思いでそう告げた。

 ただ自分の魔力を増幅するだけの存在ではなく、アエリタの生命が、存在が、友人であり家族であり、自分の半身でもあるようなものになっていたから、その幸せを願った。


「クレディア……?」


 今度はアエリタが驚く番だった。彼女を乗せたまま震える手の平からクレディアを見上げる。クレディアの瞳が――、濃い緑色の美しい瞳が、片方だけ、絶望で真っ暗な暗緑色に染まっていた。


「王が戦っている! 皆、屋上へ急げ! 王を助けろ‼」


その時、ふいに城内に兵士の声が響き渡った。と同時に、上から物凄い衝撃音が聞こえた。アスターシュが、龍王を相手に自分自身の宝の力で戦い始めたのだ。


「アスタ―……」


 クレディアはよろけながら立ち上がる。龍王の望みが何であれ、もしもアスターシュの命を奪うようなことがあるのなら許しはしないと思った。


「クレディア!」


 手の平に乗せたアエリタが叫ぶ。だが、その声も今のクレディアには届かなかった。彼女の中では、もう宝は手放したのだ。愛しい、何にも代えがたい、自分の半身を手放した。


憎い。憎い。こうせざるを得ない状況へ追いやった龍王が。大切なアスターシュを捉え、生まれ育った国を襲い、蹂躙しようとしているあの侵略者達が――


憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いニクイにくイ憎イにくい憎憎憎……………


「クレディアーーー!」


 どろりと体中から真っ黒な魔力を噴き出して、クレディアは一回り膨れ上がった。ドラゴンと人の中間のような姿。ボコ、と肌が球形に持ち上がり、身の内側から血液が沸騰しているかのようにぼこぼこと泡立つ。一瞬、腐ったような匂いが辺りに漂った。


「クレディア、だめ! あたしの声を聞いて! クレディア!」


 アエリタは手の平から必死に名前を呼ぶ。クレディアの手の平に自分の手を合わせ、魔力を流し込んだ。


【クレディア、あたし帰らない。一緒にアスを助ける! だからしっかりして!】

【――……リタ】


 暗緑色に染まっていた片目に光が僅かに戻る。


【……アスを…、】


 その時、憎しみの余り黒く塗りつぶされたクレディアの意識に、ふとアスターシュの声が響いた。



――逃げろ、クレディア。アエリタの存在を決してあいつらに知られるな。



「……う……。う………っ」


 クレディアの瞳に正気が戻る。と同時に、緑色の瞳から涙がぼろぼろと零れた。


「うわぁあぁあぁあ!! わぁー――!!」


 ドラゴンを破滅に導き、国を滅ぼすことさえあると言われる命宝を手に入れたことを知っても、クレディアを見捨てず変わらず接してくれた。一緒に呪い龍になるのを食い止める方法を探すと言ってくれた。幼い頃からいつも味方でいてくれた。

 そのアスターシュが、今、龍王と戦っている。助けたい。だが、彼が最後に自分に託したのは、


「――アエリタ!」


 クレディアは人型に戻ると、手に包み込んだアエリタを改めて抱きしめ直した。


「逃げる……、逃げよう。あなたを、あなたを龍王たちから隠さなきゃ」

「クレディア?」


 目を丸くするアエリタを抱きしめて、クレディアは後宮へ走った。避難している女性や子どもたちに、王が捕まったことを知らせながら逃げろと叫ぶ。


「みんな、城から逃げて! 鉱山へ抜ける地下通路があるわ。こっちよ!」

「クレディア妃陛下?」

「でも、陛下は……」


 戸惑う女性たちにクレディアは有無を言わせない強さで「逃げるのよ」ともう一度繰り返した。

 後宮を守っている兵士を呼ぶと、隠し通路へみんなを案内し、兵士に護衛を命じる。


「抜けると、北の鉱山の中に出るわ。そこで皆、夜明けまでじっとしていて。城に近付いてはだめよ」


 それから、侍女のミルベールをそっと呼んで、アエリタを託した。


「ミルベール、アエリタも一緒に連れて逃げて。絶対に、絶対に龍王たちに見つけられてはだめ。もし龍王たちにあなたが捕まったら、アエリタだけでも逃がすの。いい? できれば、信頼できる森界の商人に渡して、帰れるようにしてあげて」

「く、クレディア様は……」

「私のことは心配しないで。大丈夫よ、龍王達の目的が何であれ、他のラグーンの王族をやすやすと殺すとは思えない」


 クレディアは真っ青なミルベールを安心させるように笑った。それから、アエリタに目を合わせて言う。


「アエリタ、ありがとう。送ってあげられなくてごめんね……。必ず、必ずまた会いに行くわ。森界で待っていてね」

「クレディア! いや! あたしも行く!」


 アエリタがミルベールの手から伸びあがってクレディアの手を掴もうとする。だが、それよりも早くクレディアは踵を返した。


「クレディアー―――‼」


 アエリタが呼んでも、クレディアはもう振り返らなかった。宝もなく、力は普通のドラゴンより弱い、テオライト=アースドラゴンの雌でしかない。それでも、アスターシュの元へ走る。


「アエリタ様……!」


 泣き叫ぶアエリタを手の中に包み込んで、ミルベールも地下通路へ入った。最後だったようで、ミルベールが地下へ入ると同時に兵士が扉を閉める。


 薄暗く、先の見えない地下通路は、まるでテオライト=アースドラゴンの国の行く末のようだった。

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なかじま ひゃく

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