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第10話 懐妊

◆ドラゴンと天使の異世界・異種族恋愛ファンタジーです。

毎週火・土曜日の夜8:00に更新予定。

第一章は龍界編。主人公の一人、アスランの話です。長くなりそうですがよろしくお付き合いください。


【アルディオ・オーシュ著 十界の幻獣 森界編:クルウリ族とその花について】


~中略~


 リーベリーベという不思議な村に着いたのは夕暮れ時だった。私は、この村がどうやら人の村ではないことに薄々気付いていた。

 世界樹を守る大森林は、森界への入り口でもある。その大森林の外れにある、小さな村だ。踏み入った時は、確かに村人たちは普通の人間に見えたのだが――。


 日が暮れ、町に明かりが灯るにつれて人々は異形の姿を現し始めたのである。とはいえ、多くは尻尾があるとか、耳が動物のそれであるとか、妙に毛深くなるとかで、人の形を完全に失うような変化ではない。おかげで、私も首巻にしていた狐の尻尾を慌てて尻にぶら下げて彼らの仲間を決め込むことができた。


 私はこの町の酒場で「シンラ」と名乗る不思議な男に出会い、彼の導きで森に住む珍しい小人に会うことができた。どこをどう歩いたのかは、直前に飲んだ酒のせいなのか、あの森のせいなのか、よく覚えていない。気が付けば、私は「ギンイロツユクサ」という、名前の通り銀色の花弁を付けた愛らしい花が一面に咲いている原っぱにいた。


 その花の影を、忙しなく駆け回る小さな生き物がいた。シンラが長身をかがめてそっと手を出すと、その上にぴょこんと人懐こく飛び上がってきたものがいる。それが、森の小人「クルウリ族」だった。

 彼らは花の蜜を主食に生きており、蜜を取るときに体に花粉をたくさんつけて違う花へ運ぶ。“ミツバチ”のような役割をしているが、彼らが運んだ花粉を受粉した花は様々な効果を持つという。花の種類や小人の個体にもよるらしいが、例えばその花を食した者は予知能力を持つとか、魔力が格段に上がるとか、空を飛べるようになるとか(!)である。


 つまりは、この原っぱ一面に咲いているギンイロツユクサの中にもそうしたレアな効果を持つ花が混じっているということだ。だが、それは残念ながら見た目からは分からない。

 鼻の効くドラゴンや狼の魔物なら見つけることもできるかもしれないが、ただの人間である私にはさっぱりだった。(空を飛べるようになればもっと冒険の幅も広がるのだが!)だが、欲をかきすぎるのはよくない。この稀有な小人に出会えただけでも私は十分に幸運である。そう思い直した私を見て、シンラが心の内を見透かしたように微笑んだ。


 せめてもの土産にと、シンラの掌で無邪気に遊んでいるクルウリ族を、絵に書き写してみた。それがこの挿絵である。(ウェーブした髪を腰まで伸ばした長身の男と、その掌に乗った親指ほどの大きさの愛らしい小人が描かれている)



***



 アスランとリリカが王妃の元へ行くようになってから、あっという間に4か月が過ぎていた。

 2週間ほど前からクレディアの体調がよくないということでふたりは訪問を遠慮しており、久しぶりに王宮図書室を訪れたアスランは、以前に流し読みをした人間の幻獣研究家の本をまためくっていた。龍界のことだけではなく、この世界を構築する10界――すなわち、龍界、天界、地界、常の海、果ての海、炎界、森界、風界、狭間、そして人間界の幻獣について触れられている。

 その森界の章で気になる種族を見つけた。「ギンイロツユクサ」の原っぱにいる小人。それが、以前渡した画集の中で、クレディアが見つめていた絵に描かれていた小人によく似ている気がしたのだ。

 クレディアの体調が良くなったら今度はこの本を持っていこうかと思いながら、今日は棚に戻さず、部屋へ持ち帰ってゆっくり読んでみることにする。ウィスタリアがいなくなった後も独学で勉強も続けているし、魔力の修練もしているが、それでもクレディアへの見舞いがなくなると、また時間を持て余すようになっていた。


 部屋へ戻る回廊を歩く途中で外に目を向けると、随分と庭が華やかになったことに気が付いた。空に浮かぶ龍界でも季節の移ろいはあり、今は花の季節だ。これまで緑と茶色だけだった庭園にも色とりどりの花が咲き誇り、アルディオ・オーシュの本の中で書かれている天界のような風景を見せている。

 リリカもいつになく忙しく花園の世話をしているようだが、それでもクレディアの見舞の時には欠かさず、今まで以上にたくさんの花や蜂蜜などを持って訪れた。

クレディアといえば、傷はほとんど癒え、年齢が近いアスラン(クレディアの方がアスランより60年ほど年上だった)とリリカとはすっかり仲のいい友人になった。相変わらず北の塔に幽閉されたまま、今ではその小さな部屋が王妃の居室のようになっているが、最初の頃よりは彼女も侍女もそこでの生活を楽しみ始めているようだ。

 それでもふっと瞳に狂気が宿り、心が遠くへ飛んでしまうような瞬間があって、アスランはそれが気がかりだった。


(塔から出られれば多少気が紛れるだろうにね……)


 あまりに長く体調が戻らないようなら、気は進まないが、ガウリウスにでも言ってクレディアを庭に連れ出す許可を得ようかと考える。リリカもきっと、自慢の花園を喜んで案内するだろう。


 さらに1週間が過ぎ、ふいに、クレディアから訪問に誘う手紙が届いた。リリカのところにも同じように手紙が届いており、ふたりはさっそく申し合わせて、手紙が届いた翌日、3週間ぶりに塔の下で待ち合わせた。


「3週間しか経ってないのに、なんだかとっても久しぶりに思えちゃう」


 リリカは大きな花束を持って嬉しそうに言った。ドラゴンにとっては3週間くらいの時間は何ほどのこともない。だが、確かにアスランにとってもクレディアの顔を見るのは待ち遠しい気持ちだった。


 3階に上がり、いつものように侍女が迎える扉の先にいたクレディアは、この4カ月の中で一番元気に見えた。心なしかふっくらとして、表情も明るい。


「アスラン王子、リリカ姫。呼び出してすみません」


 異国訛りが抜け、すっかり発音も流暢になったクレディアが言う。リリカはぱっと顔を輝かせると、クレディアの元へ駆け寄った。


「いいえ、お顔が見られて嬉しいです。王妃、もうお加減はよろしいのですか?」

「ええ、ようやく落ち着きました。体も、心も」

「よかった。では、きっともうすぐ塔からも出られますね!」


 無邪気に喜ぶリリカに、侍女が複雑そうな表情を浮かべたのをアスランは見逃さなかった。クレディアも少し微笑んでから、一呼吸おいて「実は」と切り出す。


「私は龍王の子を妊娠したようです」

「……え……っ」


 リリカが短く声を漏らし、それを最後に部屋の中が凍り付いたように静かになった。


「え……、王妃……それは、」


 本来なら当たり前のことで、めでたいことだ。だが、この場にいる全員が、クレディアがそれを望んでいないことを分かっている。リリカは次の言葉が見つからず、ただギュッと王妃の手を握りしめた。


「……姫は優しいですね。アスラン王子も」


 決して「おめでとうございます」と言わない二人を順番に見て、クレディアは微笑んだ。


「……お二人にこんなことを言ってはいけないと分かっているのですが。正直に言えば、龍王の子が宿っていると分かった時は動揺し、屈辱と怒りで死んでしまおうかとさえ思いました」

「……」


 アスランとリリカはベッド脇の椅子に腰を下ろし、話の先を促すように頷いた。


「ですが……。私はアースドラゴンの国でも王妃になったばかりで、まだ子もいませんでした。初めて母になって、日が経つほどに……龍王への怒りも憎しみもどうでもいいものに思えてきたのです」


 クレディアはまだ、言われなければそこに子が宿っているとは分からないお腹を愛し気に撫でた。


「不思議ですね。これを母性と言うのでしょうか……。私はいま、ここに命が宿っていることに幸福さえ感じているんです。この子のために、生きなくては。そう思ったら……ふふっ」


 クレディアが緑色の瞳を細めて笑った。


「お腹が、すいてすいて。これまでほとんど食べていなかったのに、この1週間はすごく食べているんです。だから、少し太ったでしょう?」


「……王妃……」


 リリカは、恥ずかしそうに笑いながら言うクレディアの手をギュッと握りしめたまま何度も頭を横に振った。


「よかったです。よかったです。王妃、なんだか……とっても綺麗です……」


 アスランも同感だった。少し頬がふっくらとし、穏やかに笑うクレディアははっとするほど美しかった。瞳に宿る狂気も今はなく、自分と、自分の中に宿る命を心から慈しんでいるのが分かる。


「このことは、父やガウリウスは……?」

「私自身は3週間ほど前からもう妊娠に気付いていましたが、龍王には1週間ほど前、医師が診療に来たあとに伝えていると思います。それからまだ、一度も訪れてはいませんが」


 逆に、来ない方がせいせいするという口調でクレディアが言うのを聞いてリリカが噴き出した。


「それでは、本当に間もなく塔から出られるかもしれませんね。父もさすがに、自分の子を宿した王妃をいつまでもこんなところに閉じ込めてはおかないでしょう」


 アスランの言葉を聞いて、リリカがぱっと顔を輝かせた。


「そうだわ! 出られたら、私がお世話している花園を案内します。今はすごくたくさんの種類の花が咲いていて綺麗なんですよ」


 想像通りのリリカの台詞に笑いながら、アスランも頷く。


「王宮の庭園も、今は王妃が来られた時よりずっと華やかですよ。庭でお茶をするのも気持ちがよさそうです。また焼き菓子を用意させましょう」

「ええ、楽しみです。アスラン王子。リリカ姫。本当にありがとうございます」


 妊娠は、クレディアにとってバハムートの国へ来てから初めての明るい出来事だったようだ。少し先の未来のことを「楽しみだ」と笑う彼女に、隣に控えていた侍女がそっと目頭を押さえ、「お茶を淹れてきます」と、そそくさと立ち去った。


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なかじま ひゃく

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