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第八回 荀一族のパワーで鄴に主人公は潜り込み、大軍師許攸に寝返り工作を行う

(ぎょう)の城へは曹操領の洛陽(らくよう)まで(おもむ)き、孟津(もうしん)の渡しで黄河を北に渡り、河内(かだい)郡を通って東北方面に街道を進んで鄴のある袁紹領の()郡に入った。曹操領内はもちろんのこと、(おどろ)いたことに袁紹領の関所も問題なく通ることができた。袁紹・曹操両軍に重要人物を送り出している名門荀家(じゅんけ)威光(いこう)ということなのだろうか。街道を通り決して脇にそれるなと指示を受けていたのは、まだまだ山地や湿地帯には趨勢(すうせい)を見守っている黒山賊(こくざんぞく)の残党や在地(ざいち)の豪族に誘拐などされないためであろう。


荀彧さまの兄の荀諶(じゅんしん)の屋敷について封泥(ふうでい)1) された書簡を見せると豪華な部屋に案内されて歓待された。翌日荀諶が非番になって屋敷に帰ってくると早速面会となり書簡を渡した。


「書簡についてはご苦労であった。文若(ぶんじゃく)(荀彧の(あざな))は達者かな?」

「はい、多忙ながら精力的に許で執務なされています」

曹孟徳(そうもうとく)どのはいかがかな?」


いくら荀彧さまの兄とはいえ敵国の大臣級の人物を前に自軍の様子を話すのは(はばか)られ、返答に迷い冷汗が出てくる。


「まあよい。これで鄴にいる荀家の人や資産を守ることができるであろう。文若には感謝していると戻ったら伝えてくれ」

「かしこまりました」

「しばらくは屋敷でゆるりと過ごすがよい、また文若からそなたには指示があるようだが、困ったことがあれば便宜を図ることもできよう。相談するがよい」

「お心遣い感謝いたします」

「こちらこそ、これまで文若に尽くしてくれていることに感謝したい。今は敵味方に分かれてしまったが荀家にもこれからも尽くしてくれればありがたい」


敵味方に分かれている荀彧さまと荀諶が連絡を取り合っているのは、袁紹と曹操のどちらが勝つか分からない中で荀家を守るためなのだろう。荀家と同じ潁川(えいせん)郡の名門である郭嘉軍師も同族と噂される袁紹の参謀の郭図(かくと)と連絡を取っているのだろうか。戦の決着がついてもし殿が負けた場合、荀彧さまはどうするのだろうか。殿を裏切って荀諶を頼りに袁紹に投じるのだろうか。それとも荀家は荀諶に任せて殿と運命を共にするのだろうか。その夜は様々な想いが頭に去来して眠ることができなかった。


一応間者(かんじゃ)ではあるので荀諶の屋敷に閉じこもっていたのだが、ある夜荀諶に呼び出された。


許攸(きょゆう)の家族が逮捕されて取り調べを受けている。この書簡を許攸に渡してくれ。曹操の元に亡命することを勧める文若からの書簡だ。許攸の屋敷はすぐそばだ。荀諶の家の者だと言えば入れてくれるであろう。危険もあるが行ってもらいたい」

「はっ、かしこまりました」



夜陰に紛れて許攸の屋敷の裏口から入れてもらい倉庫のような部屋に通され、ほどなく許攸がやってきた。背はあまり高くないが眼光鋭く、殿や袁紹と数々の修羅場をくぐってきた凄みを感じさせ、気圧(けお)されるようであった。


「荀文若の間者(かんじゃ)か」

「書簡をお持ちしました」


荀彧さまから許攸にあてた書簡を渡す。


「ふん、文若の考えそうなことだな。それで、私にはどのような地位を曹孟徳(そうもうとく)はくれるのかな?」

「私はただの間者のゆえ、お約束はできかねます」

「書簡には高位を用意するとはあるが具体的な地位が書いておらん。この状況で乗り込んでくるくらいだ、文若の考えくらいはわかるのであろう」


聞いていないと答えて果たして許攸は荀彧さまの書簡に従って寝返ってくれるのだろうか。しかし下手な空手形を切ると後で困ることになる。この「思い切ったことをする」とかつて評された許攸に響くには何を言えばよいのか。


「だんまりか。文若に何も言うなと言われているのか。おおかた審配(しんぱい)に親族の不正をタレこんだのも文若の手の者なのであろう。では質問を変えよう。私は若いころから散々孟徳に威張り散らしてアゴで使ってきた。孟徳も頭に血が上ると短気な男だ。私の身の保証を文若はしてくれると思うかね?」

「許軍師様のもたらす情報にて殿が袁紹に打ち勝つことになれば大功績にございます。きっと保証はされるかと」

「どうかな、韓信(かんしん)2) のように(こう)成ったあとに殺されることもあろう」

「荀尚書令(しょうしょれい)はあなた様がむかし霊帝(れいてい)廃位(はいい)謀議(ぼうぎ)に加わったのは純粋な国を思う志があったからだとおっしゃっておりました。そのためには泥を被るのを(いと)わないお方であると。その王朝を思う気持ちは殿や荀尚書令と志を同じくするものだと思います」

「文若はともかく、孟徳はどうかな。いずれ簒奪(さんだつ)(たくら)むとしか思えないが」

「殿が宴会で語ったことがありますが、殿の若いころの夢は王朝のために軍功を積み、死んだ後に『(かん)()征西(せいせい)将軍(しょうぐん)曹公(そうこうの)(はか)』と自分の墓に刻んでもらうことだったが、今でも変わりはないとおっしゃっています。殿も荀尚書令もあくまで夢は漢王室の復興にございます」3)


荀彧様の話になったせいで弱輩者の自分が気が付くと袁紹軍きっての大軍師を説こうとしていることに慄然(りつぜん)とした。許攸は一瞬間をおいて答えた。


「まあ、お主の言葉が正しいかどうかは直接文若に問い(ただ)そうではないか」


どうやら斬られたりはせずに済むようだ。鄴を脱出して官渡に戻ると何やら不穏な雰囲気だ。兵糧が少なく兵隊から文句があがってきているらしい。殿が兵の前で演説をしている。兵糧を我慢するのはあと十五日だと。十五日以内に軍事行動を起こして袁紹を必ず打ち破ると宣言していた。苦し紛れに言ってしまったのであろうか。殿のお調子者っぷりもこの局面では大変なことを招いていたようだ。乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負に出るしかない状況に追い込まれたのであった。


許攸を投降させる報告はしていたが、軍議では許攸は実は投降を(よそお)っているのではないか?彼の話すことは信じられるのか?という議論で紛糾(ふんきゅう)していた。重要な局面であるせいか、荀彧さまも官渡城で議論に参加していて、直接許攸と一対一で話し真偽を見極めるということになった。自分は席を外そうとしたが、許攸に座に残るよう言われた。


1) 開封していないことを証明するために粘土に印を押して書簡につけていたらしいっす。ちなみにこの時代、既に郵便制度もあったそうな。

2) 韓信は漢王朝を創建した劉邦の部下。有能すぎて劉邦が天下を取った後に疑われて殺された。つまり許攸は自分を韓信だと言いたいわけですね。すごい自信だ。

3) 許攸の霊帝廃位計画への参加や曹操の征西将軍は史書に元ネタがありますです。




次号、荀彧と許攸の舌戦!そしてカッコ良い殿の復活だ!

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