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第四回 名将張郃が矢の雨を官渡城に降らし、曹操の体たらくにとうとうブチ切れた荀彧が血のにじむ外交努力を語る

 以前から袁紹(えんしょう)軍は官渡城の周りに築山(つきやま)(きず)いていたのだが、直接的な脅威(きょうい)ではなかったので対応は保留となっていた。そしてある朝、築山の上に高楼(こうろう)が立っていた。おそらく部品はあらかじめ製造してあって、夜の間に組み立てたのであろう。


 袁紹軍の張郃(ちょうこう)、字は儁乂(しゅんがい)。1) 彼は荀彧様が最も警戒(けいかい)していた敵方の武将であった。そのむかし高祖(こうそ)劉邦(りゅうほう)の漢王朝設立を支えた軍師である張良の子孫の一家の出であると言われている。


 張郃の軍人としての経歴(キャリア)黄巾(こうきん)の乱にまでさかのぼる。同族の年長者であり、書家(しょか)としても知られた張超(ちょうちょう)に従って黄巾軍が籠る宛城(えんじょう)の攻撃に参戦したらしい。そして袁紹が冀州(きしゅう)を占領すると張郃も袁紹に仕え、華も実もある名将として知られた。


 公孫瓚(こうそんさん)との戦いでは野戦では敵の騎馬部隊をたびたび撃破し、攻城戦では難攻(なんこう)不落(ふらく)と言われた易京(えききょう)城を攻城兵器を用いて泥臭く(けず)り続けた。武勇に優れ知略もあり、さらに粘り強くもある。敵に回すとこの上なく厄介(やっかい)な武将である。


 そんな攻城兵器の扱いにも慣れている張郃軍の()(ボウガン)兵部隊が高楼の上から城の矢を射かけてくる。その日からに曹操軍は城内にも関わらず盾や戸板を持って移動せざるを得なくなった。こちらから火矢を射て高楼を焼き払おうとしてもこちらからの矢は低い位置からなので勢いがない上に、火がついても高楼の最上段に水が用意してあってすぐに消し止められてしまう。


 気分がふさぎがちな殿を側近たちは城内の散歩に連れて行っていたのだが、高楼が立つと弩で狙撃されて危ないので部屋の中に閉じこもるようになった。当然精神(メンタル)は悪化していった。周囲の者に殿が落ち込んでいる姿は見せたくない。なんて面倒くさい状況なんだろうと絶望する。


 そんな状況でも郭嘉(かくか)殿はいつもの緊張感のない話し声であり、荀攸(じゅんゆう)殿は黙々と書簡やら図面やらを見ている。本来どっしりかまえていてほしい殿が動揺していて、部下たちは泰然自若(たいぜんじじゃく)としている。


「荀攸どのー?なんか殿が兵器に詳しい劉子揚(りゅうしよう)を呼んで、あの高楼を破壊させろって言っているんですが、そんな奴うちの軍にいましたっけ?」


淮南(わいなん)の名士の劉曄(りゅうよう)のことですかね。殿が我が陣営に迎えたがっていましたが、敵領でしたから結局まだ迎えられていません。特に兵器に強いとは聞いたことはありませんが」


「あー、とうとう殿は心労から錯乱(さくらん)しちゃってるんですかね」


「いずれにしても高楼を投石器(とうせきき)で破壊するというのは試してみる価値はあります。殿もまだまだあきらめてはおられないようですね」


「投石器なら汝南(じょなん)太守の満伯寧(まんはくねい)ですかね」


「そうですね。汝南の任務から離れられるか、叔父上(じゅんいく)殿に相談してみましょう」


 かくしてまずは(きょ)の荀彧様の元へ戻ることになった。官渡城を包囲する袁紹軍の兵力は曹操軍の三倍強といったところ。味方が夜襲をかける(ウラ)で各所に向けて使者や密偵(みってい)を放つことはまだ可能だ。夜陰(やいん)にまぎれて許を目指す。


 託された書簡を渡すと荀彧(じゅんいく)様は別の竹簡(ちくかん)を取り出して両方を参照しながら難しい顔をして読んでいる。書簡は敵の手に渡ることを恐れて符牒(ふちょう)化されていて、解読するには変換表を参照しないといけない。どの変換表を使うかは(こよみ)と関連付けられている。

 

 次第に荀彧様の顔が(けわ)しくなり、最後には竹簡を投げ捨てた。荀彧様がこれだけ怒りを表にするのも珍しい。


「まったく殿もいい加減にしてほしいですね!周りの郭軍師や荀軍師がどれだけ苦労しているか、人の上に立つものであればどんな苦境でも部下のことは気にかけてほしいものです!」


「どうなさいました?」


「あいかわらずいつもの殿の愚痴(ぐち)なのですが、これに加えて南から孫策(そんさく)長江(ちょうこう)を渡って攻め込んできたらおしまいだからなんとかこちらで食い止めてくれと。何をいまさら!朝廷(ちょうてい)を使った外交と調略(ちょうりゃく)は可能な限り殿と軍師たちと共を中華全土に渡って手を打ったというのに――。ちょっと今から言うことを筆記しなさい」


「はい!」


あわてて筆と竹簡を手に取る。 2)


幽州(ゆうしゅう)。豪族の鮮于輔(せんうほ)は当方に内通しています。幽州刺史(しし)袁煕(えんき)が幽州軍を連れて官渡に加勢してくることはありません」

冀州(きしゅう)。袁紹の腹心の許攸(きょゆう)と密かに連絡を取っています。袁紹の重臣たちは権力争いを繰り広げてきました。もし許攸と他の重臣との関係が悪化すると付け入る隙が生じる可能性があります」

幷州(へいしゅう)鮮卑(せんぴ)族を動かしています。幷州刺史の高幹(こうかん)も袁煕と同様、官渡には来られません」

青州(せいしゅう)。徐州から臧覇(ぞうは)泰山(たいざん)軍団を侵入させています。青州刺史の袁譚(えんたん)はこれに兵を()かざるを得ず、わずかな兵で官渡に参戦しています」

兗州(えんしゅう)。泰山で袁紹に味方している(ぞく)は泰山太守の呂虔(りょけん)が押さえつけていて官渡への影響はありません」

徐州(じょしゅう)劉備(りゅうび)の残党を排除して臧覇たちに治めさせています」

予州(よしゅう)。袁紹に味方する汝南(じょなん)の豪族らは汝南太守の満寵と朗陵(ろうりょう)県長の趙儼(ちょうげん)が押さえつけています」

司隷(しれい)匈奴(きょうど)が袁紹に味方する動きがありますが、司隷校尉(しれいこうい)鍾繇(しょうよう)が豪族の馬騰(ばとう)を味方にしてこれに当たります」

涼州(りょうしゅう)。涼州刺史の韋端(いたん)に鍾繇の後方を守らせ、韓遂(かんすい)ら独立軍閥の動きをけん制させています」

揚州(ようしゅう)予章(よしょう)太守の孫賁(そんふん)と縁組みをして同族の会稽(かいけい)太守の孫策との分断を図っています。さらに反乱分子を(あお)って孫策の北上を遅らせます。広陵(こうりょう)太守の陳登(ちんとう)にもけん制させます」

荊州(けいしゅう)張繍(ちょうしゅう)を寝返らせて味方につけました。荊州牧の劉表(りゅうひょう)は袁紹と同盟を組んでいますが、劉表に対して南で反乱を起こした長沙(ちょうさ)太守の張羨(ちょうせん)を孫賁に支援させています」

交州(こうしゅう)。交州刺史の張津(ちょうしん)に張羨を支援させています」

益州(えきしゅう)。益州牧の劉璋(りゅうしょう)に劉表をけん制させています」


 なんという努力と根気の結果だろう。荀彧様は兵力の差を補うために中華の十三の全ての州で対策を打っていたのであった。袁紹の領地には()()()を打ち込み、袁紹の味方はけん制して動けないようにし、殿と袁紹の戦いで漁夫(ぎょふ)の利を得ようとする者にも対策を施していたのだった。


「許で後方を守る我々は殿が袁紹に集中できる状況を可能な限り作り出しました。あとは殿が踏ん張るだけです。殿が負ければ周りも全て離反して我々に攻めかかってきます。その時は殿は官渡で、我々は許でそれぞれ最期(さいご)を迎えるのです。これは殿が官渡を捨てて許に退却しても同じことです。許に籠城しても内通者が出て我々は結局敗れるでしょう」


 荀彧様の目には光るものが見えていた。荀彧様の熱い想いは殿に通じるのだろうか、いや通じさせねばならない。


「さて、この話はおしまいにして、戦況への対策に移りましょうか」


 官渡城を高楼が囲み、殿が投石器で高楼を攻撃したいと言っていることを説明する。


「なるほど。投石器は試す価値がありますね。汝南にはびこっている袁紹方の豪族の討伐を汝南太守の満伯寧がちょうど終えたところです。彼は兵器や(わな)に詳しい。一か月くらいなら汝南を離れて官渡で対応できるかもしれません。呼び寄せて作戦を練りましょう」


 かくして一週間後、汝南太守満寵がやってきた。にこやかに寝ぐせのまま。




1) 張郃いいよねー。統率も武力も高くて知力も低くない。爪のアクションも慣れると気持ちいい。三回死ぬし。司馬懿の時代に「黄巾の乱の時には」って話ができるのはツワモノすぎる。

2) ここの荀彧の説明ですが、三国志に詳しくない方は名前とか地名とか覚えなくて大丈夫です。関ヶ原の戦いの徳川家康や石田三成が全国の大名に声を掛けていたようなことが官渡の戦いの袁紹と曹操でも起こっていたというざっくりとした理解でオッケーです。三国志に詳しい方は曹操陣営の血の滲むような外交努力に思いを馳せてみてください。


次回、荀彧の激が飛び、ほほえみの軍師満寵が得意の兵器を炸裂させる!曹操殿を今度こそ元気づけられるか?

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