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第三回 荀攸は昔の曹操のからかい上手を語り、輸送隊を守る具体策を実行する

荀攸(じゅんゆう)(あざな)公達(こうたつ)


 荀彧(じゅんいく)様の()()にあたるのだが、荀彧様より少し年上である。いまは殿に軍師として仕えているが、実は殿や袁紹(えんしょう)と共に昔の大将軍(だいしょうぐん)何進(かしん)に仕えていた。殿とは元同僚なのである。


 殿や袁紹は何進が殺されて暴虐非道(ぼうぎゃくひどう)董卓(とうたく)が政権を(にぎ)ると出奔(しゅっぽん)して打倒董卓の連合軍を立ち上げた。しかし荀攸殿は引き続き董卓に仕えた。そして董卓の暗殺を他の同志たちと試みたが、発覚して捕らえられてしまった。死刑宣告を受けて(ごく)(つな)がれた他の同志の中には自殺したり病死したりした者もいたが荀攸殿は平然と過ごしていたという。そしてたまたま先に董卓が殺害されたので助かったのであった。


 荀攸殿は寡黙(かもく)だ。質問をすれば親身に答えてくれるのだが、自分から話し出すことはめったにない。あるとき荀彧様にそのことについて聞いてみたことがある。


「いや、公達(こうたつ)の内面は非常な熱血漢(ねっけつかん)ですよ。だからこそ董卓暗殺の謀議(ぼうぎ)に加わったのでしょう。でも獄に繋がれてからは、もっと内向きな()めた熱さになったように思えます。きっと慎重になったのでしょうね」


 乱世(らんせ)では一寸先は(やみ)一挙手(いちきょしゅ)一投足(いっとうそく)が明暗を分ける。獄に繋がれて死を覚悟したときにさらなる覚醒(かくせい)が生じたのだろうと荀彧様は言っていた。そんな寡黙(かもく)を普段は守っている荀攸殿からの飲み会の二次会のお誘い。自然と気分も高ぶってくる。郭嘉殿は嬉々(きき)として当番兵に配膳の指示をし、酒器を選んで一緒に運んでいる。普段そんな小間使(こまづか)いみたいな仕事は絶対しないくせに。


 徐晃(じょこう)将軍や曹丕(そうひ)殿も集まり、まさに神速(しんそく)で宴会は始まった。荀攸殿がさっそく口を開く。


「議題は二点です。一つは補給隊が襲撃を受けることへの対応策。これは既に郭嘉殿と議論を進めていますので方針を決めたいです。でもこれは後回し。酒が回りすぎたら明日軍議でちゃんとやりましょう」


御意(ぎょい)っす。もう一つの議題は?」


「もう一つは、昔話(むかしばなし)です。」


「昔話?」


「はい。殿は慣れない籠城(ろうじょう)での苦戦のせいで袁紹へ引け目を感じてしまっています。でも本来はいつも袁紹との会話では優位に立っていましたし、よくからかっていました。


 袁紹なんかに負けはしない、と殿はずっと思っていましたので、早くそれを思い出してほしいのです。今日は殿が袁紹をからかったり打ち負かしている昔話を皆様にしますので、折に触れて殿に話題に出して頂きたいのです。


 よくネタにされていたのは、殿と袁紹とその参謀の許攸(きょゆう)が仲間の張邈(ちょうばく)のために花嫁泥棒をした際の話ですね。(いばら)という言葉は袁紹にとっては禁句だったようですが、殿は何かと口にしてからかっていました。


「いろいろと分析してますが、袁紹は殿に比べると鈍重(どんじゅう)な感じっすね」


「ええ、鈍重とも言えるし熟慮(じゅくりょ)とも言えます。殿は豊富な経験と理論の上に閃き(インスピレーション)を用兵に取り入れますが、袁紹は徹底して理詰め(ロジック)で土台から構築していきます。殿と袁紹は共に西園(せいえん)八校尉(はちこうい) 1) を務めていましたが、模擬戦(もぎせん)では殿がいつも勝っていましたね」


「おお、殿との模擬戦!それがしもやってみたかった――」


 徐晃将軍はちょっと違うところに感銘(かんめい)を受けている。


「殿は袁紹に連戦連勝だったので、袁紹が殿にそのことを愚痴(ぐち)ったのですが、その際に殿は

 『俺は貴方(あなた)より強い。そうあるべきた。』

 と答えました。当然袁紹は怒りました。すると殿は、

 『俺のような前線の将がどのくらいまで持ち(こた)えられるのか、いつ(くず)れるのかを体で覚えるのが総大将たる貴方(あなた)の務めだ。』

なんて言っていましたね」


 殿は袁紹より十歳ほど年下の後輩にあたる。西園軍でも曹操は袁紹の下位だった。だからこそ殿は当時は袁紹の指揮に従って戦う想定をしていたのであろう。


「父上は袁紹に仕えるつもりだったのですね、意外です」


「こんな乱世にならなければあるいは、ですね。あるとき西園(せいえん)軍が賊の討伐を行いました。このときも殿は袁紹には本陣で戦略を練らせ、ご自身は前線で戦いました。袁紹は実戦経験が殿より少ないので前線の経験を積みたかったようですが」


「むしろ徐晃将軍は白波賊の時に殿と戦ったりしてませんか?」


「いやいや若君、多分無かったかと思います」


「なんか西園軍って白波に負けていませんでしたっけ?」


「いや、白波ではござらん、確か葛陂(かつは)の黄巾だったかと。西園軍が黄巾の残党に負けたと聞いた時には『大したことないな』と失礼ながら思いました」


 徐晃将軍は苦笑する。


「西園軍の長だった宦官(かんがん)蹇碩(けんせき)のお気に入りが大将だった時でしたね。結局黄巾の() 2) を攻め落とせず、その大将は投獄されましたね。あれは気まずかったです。」


と荀攸殿は答えて杯を飲み干した。


「そうだ、こんな乱世だからこそ、鈍重な袁紹より機を見るに(びん)な父上が上回るべきなのだ!」


 曹丕殿は酔い覚ましにかじっていた甘蔗(かんしょ) 3) を剣のように振り回しながら叫んでいる。


「てか、殿って袁紹のことを大好きだったんすね。そっちのほうが意外っす」


「殿は機転も利くし口も達者なので、袁紹のことをよくからかってましたが、若いころから袁紹が殿に目をかけていたようです。お互いの信頼関係は深かったですね。だからこそ――」


「対立したらもう、とことん断絶ってわけっすね。まるで男と女の関係の()()()みたいだな」


「ふふふ、我々は天下分け目の壮大な痴話(ちわ)げんかに参戦しているということですね」


 さらっと荀攸殿は話をまとめ、それ以降はいつもの寡黙な荀攸殿に戻っていった。宴会は盛り上がり皆の酔いも回っていたのでもう一つの議題は翌日の軍議で提起(ていき)されることとなった。



 翌日の軍議。荀攸殿は輸送隊の回数を減らし規模を大きくすることを提案した。大規模な輸送隊は兵も車両も多くなり、敵襲(てきしゅう)の際には外側の車両を並べて簡易(かんい)防壁(ぼうへき)とし、内側の食糧輸送車を守りながら敵の軽騎兵の攻撃を防ぐことができる。輸送隊の中の護衛(ごえい)役を増やすので全体の輸送量は減るが、敵に食料が奪われることは防げるという案であった。


 殿はあまり乗り気ではなかったが郭嘉殿による、


「このたびの戦いは荀攸殿が顔良も文醜も打ち取る策を成功させています。乗りに乗っていて絶好調というやつです。そもそも理にかなった策でもあります。ここは荀攸殿の策に乗るべきかと」


 との説得で実行されることとなった。そしてその効果はすぐに現れた。大規模輸送隊は袁紹軍の軽騎兵(けいきへい)の攻撃にはびくともせず、輸送を毎回成功させるようになった。しびれを切らした袁紹方の韓猛(かんもう)は大規模な騎馬部隊を編成して攻撃してきた。でも韓猛の軽率で向こう見ずな性格からか、こちらの情報網(じょうほうもう)にその攻撃のことは早々に引っかかっていた。徐晃将軍が自ら率いた輸送隊に韓猛は散々に打ち破られ、襲撃はぴったりと止まったのであった。


 殿は輸送の成功を喜び気分が持ち直したようで、荀攸・郭嘉の両軍師と共に逆に袁紹軍の補給路(ほきゅうろ)を攻撃する策を練り始めた。良い傾向(けいこう)だ。


 ようやく(みやこ)の荀彧様に良い報告ができると書簡をしたためて送ろうとしたその翌朝、夜の間に組み立てられたであろう、(いく)つもの高層構造物が官渡(かんと)城を取り囲んで見下ろしていた。そして(ボウガン)を構えた兵が高所から無数の矢を城内に撃ち込んできた。我が殿の心の浮き沈みのような小さな事象なんぞは踏み(つぶ)してしまうぞと言うが(ごと)くに。




1) 西園八校尉は霊帝が設置した私設部隊。いや皇帝だから部隊を作ったら公設なような気がするがすごく私設っぽい。漢王朝の中央軍の枠外に作った感じ。宦官の蹇碩が八校尉のトップに立ち、袁紹、曹操のほか官渡で袁紹方の兵糧庫を守った淳于瓊も八校尉の一人だった。淳于瓊は今後この小説で言及するような気がする。蹇碩のお気に入りと設定して黄巾に負けたのは鮑鴻だが覚えなくてよいので本文では名前に言及しない。きっと荀攸も名前を忘れている。


2) 塢は人が定住している砦。砦と書くと戦争の時だけ人が立て籠もるイメージだけど、塢は社会全体が砦に住んでいる。流民とかが集まり、塢の主はそのまま軍閥のリーダーとなる。黒山賊とか、涼州の馬玩とか成宜とかもたぶん塢主なのだろう。


3) 甘蔗はサトウキビ。曹丕はスイーツ男子。サトウキビで剣術勝負をしたなんて話を正史(の注)に書かれてしまうほど。果物の詩も書いている。



次回、袁紹軍の兵器による猛攻を防ぐために専門家を荀彧は官渡に派遣する。果たして曹操殿は立ち直るのか?

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