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海の砂

作者: 恋音ちひろ
掲載日:2020/10/08

ぽつり、とつぶやいた。海の水に身を任せて、どこか遠くへ行きたいと。

ここへ来て、4ヶ月。高校生になったのに合わせて、引っ越してきた。ここら辺は、田舎なだけあって、みんな小中高とずっと一緒らしい。その中に私は飛び込んだのだ。最初のうちは、よそから来た私が珍しく、よく話しかけてくれた。しかし、激しい人見知りの私は、結局なじめないままだった。こんな私だから、結局どの部にも入らなかった。別に、部活していてもしていなくとも、同じだと思う。それに、部活数もそれほど多くないし。だから、放課後はいつも暇で、この砂浜によく来ていた。夏休みである今も、同級生は部活で忙しそうにしているが、私は暇で、毎日ここに来ている。


さらさらとした、砂の感触。規則的に、しかしゆるやかに聞こえる波の音。ゆっくりと流れる時間。まるで、昭和にタイムスリップしたかのような気分だった。もっとも、私は平成生まれだが。そんな風に、今が何かを忘れるほどゆっくり出来てしまう。今日も、ついつい寝てしまった。目を覚ましたら、赤く大きな夕日が、海を照らしていた。帰ろう、と立ち上がってみると、少し離れたところに、なにやら線が引いてあった。近づいてみてみると、〔I Always Care For You 〕と書かれていた。確か…『私はいつもあなたのことを想っています。』…だっけ? 今まで気づかなかったが、なんだただのラブレターか…と思って、帰った。


次の日。母が家の掃除をすると言い出したので、朝はそれを手伝った。昼からは、少しだけ勉強。課題の進み具合は、順調だ。日が沈む2時間前には、いつものようにあの砂浜へ行った。すると、またもやあのメッセージが書かれていた。同じ場所に書かれていたので、昨日のものがそのまま残っているのかと思った。何となく煩わしくもあったので、靴で消した。ここで現実の事を考えさせられるのは、ごめんだ。適当に時間を潰してから、家へ戻った。


しかし、よくよく考えてみると、そのメッセージが書かれていた場所は、満潮時には水の下だ。ということは、書き直したわけである。よくそんなに書くな…と思った。まあ、私には関係ないけど。


あくる日も、またその次も、相変わらずメッセージが書かれていた。私は、消すのも面倒だと思い、見ずに放っておくことにした。


だが、夏休みの後半になり、気になりだしてしまった。まず、誰が書いているのだろうか。そして、誰に向けて書いているのだろうか。何のために毎日書いているのだろうか。何も分からなかったので、張り込むことにした。夏休み最終日のことである。


朝は、早起きして、ご飯を食べて砂浜へ。もちろん、お昼のお弁当を持って。8時間ほどたった、お昼過ぎのこと。同じ高校の体操服を着た男の子が、砂浜を歩いていた。木の棒を持って。そして、あの場所へ行ったのだ。そして、手に持っていた木の棒で、なにやら文字を書いていた。私は驚きながら、そこへ行った。すると、その男の子は私に気づいて、逃げていってしまった。顔を見ることが出来なかったが、身長と髪型、そして日焼けしていると分かったので、きっとそのうち特定出来るはず。男の子は、〔I Always Ca 〕までしか、書けていなかった。申し訳ないと思ったので、代わりに続きを書いておいた。


次の日になり、学校が始まった。教室に入り、いつもなら机に突っ伏すのだが、今日は違った。昨日見た男子を探さねばならない。身長175cmくらいの、運動部の子。そして、日焼けしている子。そんな人はいっぱい居るが、髪型は、意外と特殊だったようだ。見て、すぐに分かった。昨日の子。声をかけようかと思ったが、ためらった。さすがに、昨日あんなことをしてしまったのだ。こちらからたやすく声をかけるわけにはいかない。ただ、とてもとても気になって仕方がない。だれとも話さない私は、大抵いつも勉強をしているのだが、今日はその子のことを観察していたので、ほとんど進まなかった。


いろいろとプチショックなので、放課後にはそそくさと教室を出て、あの砂浜へ。ぼーっとしていることにした。どれくらいの時間が経ったのかは分からないが、ふと気が付いた時には、自分の少し前にあの子が立っていた。お互いしばらく黙ったままだったが、思い切って口を開くことにした。

「ねえ、あのメッセージ毎日書いてるの?」

 静かに、波の音だけが、オレンジの砂浜に響き渡っていた。その音のように、そしてつぶやくように、男の子は言った。

「そうだけど。」

「誰に向けて書いているの?」

「昔付き合っていた彼女。」

「今は?」

「ここには居ない。」

「引っ越したの?」

「…天国にな。」

「そっか…。」

何だか、とても悪い事を聞いてしまった気がする。でも、もう遅かった。男の子は、空を見上げながら、ゆっくりと話してくれた。

「ちょうど10歳の誕生日だった。彼女が誕生日プレゼントにって、ここへ連れてきてくれた。」

その子は、大きく息を吸い込んだ。

「オレンジの夕焼けが、綺麗だった。まるで今日みたいに。だけど…。」

「だけど?」

「その日の夜、家で倒れたんだ。しばらく入院したけど、結局…ダメだった。」

告白を聞いて、私は返す言葉が見つからなかった。

迷っていたら、いつの間にか、日が暮れてしまった。

そして、冷たい夜風が2人を包んだ。

「そろそろ帰らないとまずいんじゃないか?」

「うん…。」

「聞いてくれたお礼に、送っていってやるよ。」

「そういえば、名前は?」

「ああ、俺は中多陸。よろしく。」

「陸くんね。私は達川悠美。こちらこそよろしく。」

名前を教え合い、ようやく打ち解けた頃。帰りながら、陸くんが急にこんなことを言い出した。

「俺サッカー部入ってるんだけど、悠美さん、マネージャーやってみない?」

「え。私が?」

「すごい気が利くじゃん。マネージャーぴったりだと思うんだけど。」

「うーん…。ちょっと考えてみる。」

「ありがとう。実は、俺の学年、頑張ったら市で1番取れるんじゃないかっていうメンバーなんだ。だから、どうしても勝ちたくて。」

「そうなんだ。頑張ってね。」

そうして、陸くんは家まで送ってくれた。こんなに同級生と話したのは、何時ぶりだろう。小学生の時以来じゃないかと思う。心の傷を見せてもらったことに、少し気がとがめたが、そのかわりにマネージャーの話を受けようと思った。お母さんに相談したら、喜んでくれたし。


次の日から、私はマネージャーとして一生懸命働いた。そのおかげで、だんだん社交的な性格に近づいてきたし、いろんな人と良く話すようになった。陸くんには、とても感謝しているし…何と言うのだろう、今は他の人としゃべる事が多くなってしまったから、もう1回陸くんとたくさん話したいと思う。それに、一緒に居たいと思う。あの日、砂浜からうちの家までの1キロを一緒に歩いた時間。あんな風に、また話したい。あわよくば、私だけを見ててほしい。でも、陸くんはエースで、人気者で、学級委員だし、いつも忙しい。勉強も、そこそこ出来る子。私を見るはずがない。人見知りの時の私と、考え方は何一つ変わっていなかった。どれだけ一生懸命やっても、陸くんは私を見ていないだろう。


そんな矢先のことだった。陸くんが、サッカーの技術を上げるために、転校することにしたのだった。このままではいけない、とは思ったが、告白する以外で良い方法がないか探している自分が居た。どうしても、勇気が出ないのだ。社交的になった私が悩んでいるのを知った周りは、私を気遣ってくれた。考えに詰まったので、一番信用できそうな莉子ちゃんに、相談してみた。答えは…簡潔に言うと、告白しちゃえ。まあ、そうなっても仕方ない。…と言うわけで、勇気を出すことにした。学校に行く前に、あの砂浜に寄って〔I Love You 〕と書き記した。そして、学校へ行き、陸くんに「帰り一緒に砂浜行かない?」と言って、承諾もらって…これで準備完了。あとは授業と部活を乗り切るだけだ。授業が1つ終わるたびに、緊張が高まる。放課後になったら、もうそれだけで一気に気疲れしてしまった。でも、部活は忙しく、緊張など忘れられた。そして、いよいよその時が来た。


陸くんが私にすべてを話してくれたあの日と同じように、オレンジの砂浜。

「陸くん。」

「改まって、どした?」


「私をマネージャーに誘ってくれてありがとう。」

「俺こそ、引き受けてくれて、それとメンバーのために一生懸命やってくれてありがとう。」

「あの…。陸くんのおかげで社交的な私になれたし。本当に感謝してる。…そして、そんな優しさに惹かれました。好きです。」

波の音だけが、二人を包んだ。あの日のように。


「俺が転校するの、知ってるよな?」

「うん。」

「好きでいてくれてありがとう。転校するまでの間だけでよかったら、俺と一緒に居てくれるか?」


転校するまでって、あと三日しかない。それでも、良かった。

「いいの?」

「もちろん。」

こうして、三日坊主なカップルが誕生したのである。毎日砂浜で夜遅くまで、一緒に居てることにした。幸せだった。でも、幸せの後にくる悲しみ、孤独。期限付きという絶望。


陸くんが転校する日。お見送りには行かないつもりだった。泣いてしまいそうだから。でも、ぎりぎりになって、マネージャーをしてついた体力で、走りに走って追いかけた。何とか間に合ったときは、自分でも驚いていた。ありがとうとだけ、伝えたかった。

「悠美!?[#「!?」は縦中横]」

「陸くん…ありがとう。」

息を切らしながらも、伝えられただろうか。

「こちらこそ、ありがとう。元気で。」

「陸くんも元気でね。」

最後まで、手を振った。時々、泣いてなんかないと空を見上げたり、腕で拭ったりした。


陸くんが行った後、私は一人であの砂浜へ行った。そして、〔I Always Cared For You 〕と書いた。〔Thank You! 〕とも。マネージャーは、相変わらず忙しく、時間があっという間に過ぎていった。

あれから一年。久しぶりにあの砂浜へ行けた。そこでぽつり、とつぶやいた。海の水に身を任せて、陸くんの所へ行きたいと。

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