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わたしは、真理亜

 わたしは、健康で自由な人たちが羨ましかった。走ることも泳ぐこともできない、友だちもいない、勉強ということもほとんど知らない。病院にずっといたから、恋も知らない。本やインターネット、漫画やゲームだけがわたしの世界。同世代の子たちと同じように生きていきたかった。


 それが叶わなかったから、この世界へ移動して、マリアの体を手に入れたとき、きっと神様がわたしにチャンスをくれたんだと思った。マリアとして生き直す、チャンスだと。


 でも、現実は違った。マリアはマリアとして、体に残り、友だちになれたけれど、体に支障が出て、そして、マリア自身が消えてしまいかけている。


 このまま、マリアなんていなかったと自分に言い聞かせて、無理に人生を生きても、きっとわたしは後悔と不安に身を焦がしながら生きていくことしかできない。忘れることなど、できない。そこまでわたしは、強くなかった。

 アランに詰られ、フローレンスの涙を見て、わたしは認めなければいけないと悟った。


 わたしの生は、あの日で終わったのだ。それを、認めることにした。だから、エマを訪ねることにした。エマの部屋の扉を叩いた。エマはすぐに出てきた。今日は燕尾服だった。


「どうしたんだい、お嬢さん。とりあえず、入りなさい」


 やけに優しい声で、エマは言う。わたしは、言われたとおり、エマの部屋に入った。エマの部屋に入るのは、初めてだ。マリアも入ったことがなかったようだ。記憶にない。


 ずいぶんと、殺風景な部屋だった。そして使われている様子がない。椅子が二脚とテーブル、ベッドと、小さなタンス、それだけだった。この前、着ていたドレスはどこにしまってあるんだろう。あんな小さなタンスには入らないはずだ。魔法使いだから、やっぱり見えないところにしまえるのかな、なんて考えながら、わたしはエマに勧められ椅子に座った。


「ひどい顔をしている。お茶でも淹れようか」


「いらない」


「そう。それで、どうしたんだね」


 素っ気ないわたしの言葉に気分を害することなく、エマも椅子に腰かけた。


 わたしは、ぽつぽつと、アランとフローレンスに、マリアでないことがバレたことを話した。マリアに成り代われないことを、わたしは、わたしが死んだときに終わったことを悟ったことも。


「……わたしは、いらない人間なのかな」


 それだけは、認めたくなかった。ずっと宗也の、あの恨めし気な目が否定できない。こちらに来てしまった、宗也とも和解はできなかった。マリアのように、なにかを成し遂げることもできなかった。わたしは、この世界でもいらない人間なの? それが、すごく腹立たしかった。


「わたしが人間観を語るのもどうかと思うがね。それは客観で成り得るだけさ。嫌なら、自分が必要な人間だと君がそう思えばいい。そう言われたら、否定してしまえばいい。それだけだよ」


「なんでそう言うの?」


 悄然と、わたしは聞いた。どうして、エマが人間観を語っちゃいけないんだろう。エマは、珍しくふんと顔をそむけた。


「わたしは人間じゃあない。そんなわたしが、人間を語れると思うのかい?」


「……人間じゃないんだ」


「男になったり女になったりする人間がどこにいるんだね。わたしは違うよ。バカみたいなことを聞くんじゃない」


 がっかりだ。魔法使いって言うくらいだから、とても頭が良い人間なんだと思ってたのに。


「頭の良しあしとはまた違うさ」


「人の心を勝手に読まないで」


「読んでない。言っておくがね、これまでだって君の心の声がうるさいから、勝手に聞こえてきただけだ。それで、用がないなら追い出すが。なんの用だい。用があるんだろう」


 エマはわたしに対して、本当に冷たい。でも、本題を出す気には、まだなれなかった。だから、代わりの質問をする。


「エマは、あの会議のとき、宗也が来たとき、どうして味方してくれたの?」


 これは純粋な疑問だった。別に、エマはあそこでわたしの味方をしなくたって構わなかったはずだ。マリアが喋っているわけでもないことを、知っているはずだ。


「……アエテルヌムの考えを、曲げて語られるのが気に食わなかっただけさ」


 忌々し気にエマは言った。意外だ。エマが信心深いとは思わなかった。フローレンスの会話のときだって、それは関係ないと言っていたのに。


「アエテルヌムは――、いやいい。この話をしたいわけじゃないだろう。……死ぬ覚悟ができたから、わたしを訪ねに来たんだろう。違うかね」


 バレた。そうだ。死ぬつもりで、来た。マリアに体を返すために。


 でも一秒でも長く、わたしは生きていたかった。それに、普通に話すときはずっとマリアで通していたから、わたしが声に出して猪尾真理亜として話ができる人は、エマ以外にいなかった。喧嘩したときも、そういえばエマに話したんだったな。と思って、だから、長く話をしていたかった。そんな悠長なことを言っている場合じゃないのは、わかっていたけど。


「……そうだよ。マリアに、返すことにしたの」


 なんだか、本当に悲しかった。自分がこの世に居ちゃいけないと言われているみたいで。宗也は、ソーヤとしてこれから、この世界に生きていくんだろう。わたしは、いつも世界に置き去りにされる。今度も、宗也が羨ましかった。わたしは、マリアを貫いて、隠し通すことも、逃げ出すこともできなかった。弱い人間だ。


「弱くはないだろう。君はずいぶんと、強い人間だよ。君はなにもできなかったと思っているようだが、魔の存在と言われる『鏡の向こうの人』を、あの石頭共の前で堂々と助けた。それができる人間なんて、そういないさ。

 そして、今だって逃げ出そうと思えば、逃げ出せたはずだ。なんせ、マリアが消えかけてるんだから。君は望んでいた健康の体を手に入れることができた。でも、わたしの前にやってきた。本当に弱い人間なら、とっとと行方をくらませているさ」


「ほんと?」


 泣きながら、わたしは聞いた。エマは頷いた。


「ああ。アエテルヌムもその気概があればよかったのに」


 鼻をすすりながら、わたしはエマの言葉に首を傾げた。


「……なんだか、アエテルヌムが嫌いみたいね」


「…………」


 それっきり、エマは口を閉ざしてしまった。これ以上は話したくないんだろう。顔がいつにも増して怖かった。それに、わたしもここで夜を明けるつもりはない。マリアにも、お別れを言いたい。起こしてもらおう。これ以上、エマと喋っていると、今度こそ決心が揺らいで、逃げ出してしまいそうだったから。


「エマ、マリアを起こして」


 わたしの言葉に、エマは頷いた。

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