華麗なるカレン/カイン視点<後編>
今日は、猊下と約束の日だ。こちらから、昼過ぎには神殿でと伝えてある。
何故か、カレンに遠慮されて、側仕えを除いて1人馬車に乗る。「カレンは、男の人に慣れて無いだけですわ。」と、妻は言うが、父はお前と僅かな時も共に過ごしたいのに解せん。
「これは公爵様、ご機嫌うるわしゅうございます。」「これはルカ猊下、貴方様も麗しゅうございます。今日は、どうか宜しく頼み参らせ賜う。」お互いに、軽く会釈をする。神殿の入り口まで、ルカ猊下が出迎えにいらっしゃった。
これも、微妙なさじ加減が要る。つまり、第1身分のプレテが、第2身分である貴族の出迎えをするのだ。民の精神的な支えである第1身分と、実力では上の第2身分。プレテが、貴族を呼び付けるのは正しい。
だが、歓待して迎えるのはプレテの一段下がった態度だ。公爵ともなれば、色々と体面があって難しいな。それから、長々と挨拶が続いて、お互いに目礼をして奥に通された。
貴賓の応接室に通されて、背もたれや座面が見事な刺繍飾りのソファーに座り、巫女が紅茶とお茶菓子を何品が置いて、お辞儀をして下がる。こちらは、毒見役を除いて皆さがった。腰を落ち着けて一服紅茶を喫してから、猊下が本題に入る。
「神殿図書室の凡ゆる書物を調べました所、確かに、王国創世期、ごく稀にでは有りますが、貴族同士でも、お嬢様のようにマナの発現が無いお子様が生まれる事は有りました。
これが、その記録です。」ルカ猊下は、古い羊皮紙を机の上に広げて、「この記録によりますと、ほとんどは、そのまま変わらずですが、幼少でマナが発現しなくとも、成人までに発現したとの例もあるには有るとされて居りますな。」
「では、貴族のカレンにマナの発現がなくとも、おかしくは無いと?」「ええ、ごく稀にという条件は付きますが、絶対に有り得ない訳では有りません。」
「おお・・・、神よ、感謝します。」そうして、ミラベルとカレンを抱き寄せて、その髪にキスしようとしたが、小さなカレンはスルリと抜けていった。ま、いいか。妻の頭にキスをする。
「それでこれは、ご夫人の強っての希望なのですが、親子関係の証明に付いてマナを調べ上げたく存じあげます(=思います)。これから出て来る、高純度水晶にお三方のマナを少しだけ込めて頂けますか?
お嬢様は、主神アイテールのお姿を念頭に置きながら、体内の力を注ぐ感じでお願いします。大丈夫、誰にでもマナは存在します。」猊下が鈴を鳴らすと、白装束、白頭巾の集団が、紫のフェルトに包まれた水晶と思しき3つの包みをお盆に乗せ、丁寧に1人1個ずつ貴賓室に運び込む。
「彼らは、その道の研究者の弟子です。気をつけて、それは他の人が触れたり、マナを溜めたあと水晶同士が触れ合っても意味が無くなりますので、そのお盆の上に乗せて、フェルトが被せて有ります。」
私は、一つのお盆を取るとフェルトを外し、中の透明な塊を出す。原石に近く、ほとんど曇りも無く透き通った水晶だ。「各自その水晶を、両手の掌に納めるように持って、この砂時計の砂が落ち切るまで持っていて下さい。」
私達は、取り出した水晶を言われた通りに掌で挟んで、砂が落ちるのを待つ。しばし待つと、砂が落ち切って、「はい、そこまでで御座います。それでは、これからお調べしますので、結果は明日お出でください。」
「いや、こちらの都合で悪いのですが、結果は直ぐにでも知りたいと思います。」「分かりました。急ぎでやると、確度が下がる懸念が有りますが、宜しいでしょうか?」「構いません。確度はなるべく下げず、能う限り迅速にお願いします。」
「畏まりました。家の体面も有りますし、公爵様ご自身が今夜半、結果を聞きに参られますか?」「了解しました。その時は、妻と娘は連れて来なくて良いんですね?」「はい、構いませんとも。」「ありがとう御座いました×3人分」私達は、暇乞いをすると、その場を一旦、辞去した。
〜〜〜〜〜
そして、夜半の神殿へ出直した私は、嬉しい報告をまず聞いた。「結果から言いますと、カレンお嬢様は、お2人のお子に間違いは御座いません。」
私は、胸を撫で下ろす。妻を信じては居たが、男には、子供を自分の子か簡単には確認する事は出来ないからな。「我が王国のマナ法技術は建国以来、他の追随(=追いつく)を許しません。
その技術の集大成の一つが、この個人のマナを特定する技術で御座います。こちらを、ご覧になってください。水晶に溜められたマナを、別の水晶で調質(=調整)してやりますと、一定の波形パターンになります。
この色水晶の粉で表すのが、そのパターンになります。」猊下が、白い紙を広げてキラキラした絵の具を塗ったような物を見せる。
「まだ、充分に乾き切って居りませんが、水の中で水晶粉が波形パターンに応じて、これこの様に紙に吸着します。それは256×256通りのバリエーションがあり、その特徴を解析する事で個人のマナパターンを特定できます。それは実に6万5千通り余り、公爵様やご夫人と同じパターンを持つ人間は、6万5千に1人の割合です。
これだけでも大した数字では有りますが、カレンお嬢様のパターンと、お2人の特徴とも言えるパターンを比較した結果、お嬢様には、その特徴パターンが全て出揃って居ります。これは、王国の全人口を足して見た所で到底追いつかない数字に成ります。つまり、カレン嬢は、お2人の子以外あり得ないと言う結果に成りました。」
「猊下、ありがとう御座います。」私は、感激にルカ猊下の手を取り、跪きその手を押し頂いて手の甲にキスをした。
「いやいやこれは、不幸な夫婦、親子に神様の御導きが下っただけです。それより、こうした研究は何かと物入りでしてな。」「皆まで言わずとも分かります。これ、お持ちしろ、少ないながらも私の気持ちです。」
そういうと、執事が鍵付きの宝箱から、ずっしりと重い革袋を差し出して猊下に渡した。「これは、この度の御礼に、ご喜捨させて頂きます。」
「おお、なんとご丁寧な。貴方に、神のご加護があらん事を!」「いえいえ、これで妻の安心が買えるなら安い買い物です。それに、カレンも全くマナの発現が無い訳ではないのが分かりましたから重畳ですな。」
「ふむ、それでは、そのお気持ちに応えて、いつでも、お呼びくださればカレン嬢の出自を証明して見せましょう。」「ありがとう御座います。猊下が証明なさるなら、誰も反論は出来ないでしょう。」
「所で、本当にカレン嬢はマナの発現は無かったと思われますか?」「はて、神像の兆しが降らなかったと妻は言いましたが?」「このお菓子は、どう思われましたでしょうね。」"⁈、⁈、⁈"何で、カレンのマナの話と、お菓子が繋がるのだ。
「それは、なかなかの美味だと、よく出来た菓子だと思いますが・・・。」ここで、猊下は愉快げに軽やかな笑い声を上げた。「ハッハッハッ〜、いやいや失敬。昼間の菓子も、この菓子も考案されたのはカレン嬢ですよ。」「なんとなんと!?あの子は、今まで一度たりとも、厨房に出入りした事は無いはずですが・・・。」
「最初から、お話ししましょう。この前のローヌ・イズコールの日、私の執務室にお呼びして、このお菓子をカレン嬢に差し上げたのです。この菓子は、ゴーフレットと申しまして、この薄焼きがそうです。」
猊下が手にした、丸い煎餅状のお菓子には見覚えがあった。「ああ、これなら食べた事が御座います。」
「するとカレン嬢は、忽ち、このお菓子を美味しくする手段を口にされました。いわく、出来るだけ薄く焼いて、熱い内にクルリと巻けと、巻く事で空気を 含んで口にできるから甘く感じると、薄くする事でサクサク感がまし、巻く事で薄くなって弱った強度が増して食べやすく成りました。
それが、昼間の菓子です。カレン嬢は、見た事もない事実を見通し、感じた事の無い味を感じる。あの発想の閃きは、ここにマナが発現したとしか思えません。」そう、猊下は自分の頭を指差す。
「カレン嬢は、余程このゴーフレットが気に入られたのか、翌日さらに、問い合わせの使者が来られて、誰が作ったのか?と尋ねられ、手紙で街中で購入するものだとお教えして、もし、神殿で作っていないのなら、どこで売っているのかも尋ねて来られたました。
購入した所の懇意の菓子職人の店を紹介したのですが、職人の所まで赴かれ、薄く焼いた2枚のゴーフレットの間に、炒ったピーナッツを粉にしてバターで練った物を挟めと、その他、同じ手順で黒ゴマも粉にしてバターと練って挟めやソバ粉バター、
バターと干しぶどうのブランデー漬けを刻んで挟めと言うのも有りましたな。今、お口にしている、それです。他に、オレンジやレモンの皮をすり下ろして加えるのも有りました。最初だけなら、苦しいがマグレということも有ったでしょうが、これだけ続けば、それはもう神意が降ったとしか言いようが有りません。」
「私の娘が?」「はい、そうです。カレン嬢に、何でそんな事を思い着くのか?聞いたら、【分かりません。何となく】だそうで、それだけ授けた知恵はどうするのか?聞いたら、【好きに使えば良い】だそうです。」
"はぁ・・・。"感嘆のため息しか出ない。「カレン嬢に、何でそんなに無欲なのか、公爵令嬢で裕福だからか?も、聞いたら、小首を傾げられて、【神様から授かった知恵は、独占するものでは有りません。領の皆んなが幸せになれば、公爵家もまわり回って幸せになると信じて居るからです】あのお嬢様の中に、私は神々からの祝福を確かに見ました。」
それは、ありがとう御座いますも、そこそこに館に戻ると、カレンの部屋に飛び込んむ。
娘を思い切りハグしようとしたら華麗に避けられた、嫌われている節は微塵(=ほんの僅か)も無いのに解せん。
カインお父さん、避けられまくり(可哀想)
詳しくは、『カレンの3分間クッキング。』で述べる積もりですが、ゴーフレットにバターをただ挟んでも、美味しくなるとは限りません。これは、情報の欠損という現象で、カレンの情報の扱い方を説明したいが為に抜いている工程が有ります。
カインお父ちゃんは料理に疎いのも有りますが、娘が自分の本当の子供であると証明され、嬉しさで感動の余りに飛び帰り、夜中に娘の部屋に乱入してカレンの不興を買っています。