カレン出自を疑わる。
"・・・・・・・"
場に満ちた空気を表現すると、
"・・・・・・・"
ひたすら、
"・・・・・・・"
俺から言わせると、事実は想像の遥か向こう側にあるが、母親であるミラベルがあれほど動揺しているのだから、"もしや、俺って、やっちゃた?"思うに、全部の神像に兆しが現れたか、まったく反応が出なかったかだな。
んー、場に満ちる、"やっちゃた感"が半端ないし、自分以外の人が先にパニクると、事情を聞くに聞けなくて手持ち無沙汰になってしまった。全部が輝いたら才能溢れる子で間違い無いし、全く反応がなかったらダメな子(?)扱いされるのは間違いない。
んー、んー、んー、ダメかー、いくら想像しても情報が足りなさ過ぎて何も考えが浮かばない。ま、貴族は割り切りが大切だっしぃ〜、別の事に意識を向けるわ。
暇なので、言語の考察でも始めるか。
まず、音素で言えば日本は、アイウエオの五十音の組み合わせで出来ている。表記は、漢字などの象形文字ではあるが、欧米諸国と比べて表現の幅がそれだけ広いと考察できるな。
だから、多様な擬音文化が育つ素養がある。欧米諸国と同じくこの国では、音素文字の組み合わせで文節により意味を表現するから文節文字体系に入ると考えられる。
音素文字を表現するのはアルファベット以外にも有るのだが、分かりやすくアルファベットに当て嵌めるとこうだ、
A=アーレト
B=ベルデ
C=セクル
D=デム
E=ウルファ
F=フィンフ
G=ジェノ
H=ハシュ
I=イーム
J=ジリア
K=カノ
L=エルデ
M=エムファ
N=エヌダ
O=オペル
P=ペール
Q=キュイジ
R=エール
S=エスレ
T=テム
U=ユイ
V=ヴェイユ
W=ドゥーブルヴェ
X=イックス
Y=イガレッダ
Z=ゾエ
ま、聞き取った限りで音素文字は正式にこんな所だ。日本の様に、基本1音で(母音、子音で別れるのが多いが・・・。)音素文字を示せば美しいのにな。
だいたい、みんな覚えるのも面倒くさいので省略して、ア・べ・セ・デ・ウに直して覚えるそうだ。同音で始まる文字も多いし、簡略化するにしても最大3音くらいで識別するのは美しくない。
同じ大陸に複数の民族と国家が隣り合って存在すれば、意思疎通の関係でどうしても似た様な言語体系を持つ様になるんだな。主語と述語の関係も似てくるし。
ん、何で音素文字が複数の音で出来ているかって?例えばギリシャ文字の音素文字は、α=アルファ、β=ベーターの複数音で表せるよね?それと全く同じだよ。
ここまで言語の考察に耽って居たら、神官長から「みなさん静粛に。」と自制を促す声がして、辺りがザワザワしだしたのに気がついた。
これから、何か動きがあるようだ。リーラがそっと近寄って来て、「カレンお嬢様、もう一度、同じように大神にご加護をお願いして貰っても宜しいでしょうか?」。
俺は、静かに頷き、上げたベールを戻して先ほどの聖句を繰り返しマ法陣に額ずいた。今度は、下からちょいと神像を確かめながら覗くと、やっぱり全然光ってないや。
神官長が手招きをして、「公爵夫人とお嬢様はこちらの別室へ、儀式はつつが無く終了致しました。他の方々は、退席されても結構です。」
〜〜〜〜〜
祭壇の横から神官長室と思しき部屋へ通されて、巫女達が香りの良いハーブティーとお茶菓子を用意すると別室に下がる。うちの側仕え達は、毒味役以外は最初から別室で待たされていた。
俺は、初めての部屋の中をキョロキョロと見回す。ついつい日本人的な感覚で、部屋の広さから見てしまう。30畳くらいかな?貴族の館を基準にすると狭くも広くも無い空間の壁の凹みに、主神アイテールの大理石像が鎮座してお供物が捧げられている。
華美ではないが重厚感溢れる木のテーブルがいくつか並んで、革張りソファーの応接セットに案内されて座っている。
神官長は、意外と若ぶりだな。暗闇でハッキリとしなかった姿が、灯りの中でよく見ると、瞳は金色に優しげに輝き、灰白色の長髪を丁寧に束ねている。どう見ても、みかけ30歳ぐらいにしか見えん。
「さて、この部屋なら余計な耳は無いでしょう。改めまして、私の名前はルカ・神官・シュンジモンで御座います。」
プレテ・ルカが、丁寧なお辞儀をして歓待の意を示すと、遅れてミラベルが綺麗な儀礼的会釈で「申し遅れました。私は、アンヌ・ミラベル・ドゥヌブ・エンフォート・ロレッタ・モンテローザ・公爵夫人です。
この娘は、アンヌ・カレン・ドゥヌブ・エンフォート・ロレッタ・公爵子ですわ。」名前を紹介されて、俺はスカートの裾を摘まんで軽くお辞儀をする。
「カレンです。宜しく、お見知り置き下さいませ。」ルカは、目を細めるように人好きのする微笑みを見せて、「これはお嬢様。私は、ルカと申します。
差し支えが無ければ、私の方こそお見知り置きください。」と、同席する者がみな、自己紹介を済ませてソファーに腰を落ち着かせると、用意されたハーブティーに口をつける。
「ゴホン、さてさてミラベル夫人。本来ならこの様な事は考えられないのですが、神像が兆しを見せなかった事に、不躾ながらお聞きしますが、奥様は何か心当たりでも御座いますか?」
「いえ、これはきっと何かの間違いでは無いかと・・・。」「ふむ・・・、お嬢様は非常に珍しい紫瞳と、スッキリとした目元の形もお顔立ちの雰囲気も奥様そっくりですし、何よりこの輝くばかりの見事な銀髪は紛う事なき親子でしょうな。」
「はい、私と夫であるカイン・ロレッタの娘で間違いは御座いません。誇り高き、モンテローザの家名に掛けて誓えます。」ああ、"母ちゃん"遠回しに、浮気したかどうか疑われたと思ったわけね。そりゃ〜、貴族の奥方様が、あんなに取り乱しちゃーね。
「親が言うのもなんですが、本当にこの子は賢い子です。ご存知ない物と思いますが、もうこの歳で読み書き計算まで出来ますわ。ロレッタ家の血筋に有れば、当前の賢さだと自負しております。」
「では、なぜあれ程の取り乱し方だったのでしょう?私は立場上、ロレッタ公爵に在りのままをお伝えしなければなりませんが・・・。」「ああ、それは、その・・・。カレンの将来について、つい心配してしまい・・・。貴方も、貴族家出身なら想像が着きませんか?」
んー、母ちゃんなんで分かるん?ま、この世界の名前のルールとかかな。「なるほど・・・。私は、しばらく俗界の煩事(=わずらわしい事)とは離れて居りましてな。これは、とんだ失礼を申し上げました。」母ちゃん、何でマ法が使え無いだけで、そんな大事(=大変)な顔をするのさ?
そもそも論で言うと、冒険者じゃあるまいに大身(=身分が高い)の貴族家のお嬢様が冒険にでて、バンバンとマ法を撃つって考えられないわ。
ガッツリ、側仕えや護衛騎士に囲まれているんだぜ?ここの所、体が自由に動かせるようになって、門から外に忍び出ようと何度か試したけど、水を湛えた(=ためた)堀は有るし、まるで蟻が這い出る隙もないわ。
貴族家の者が、側仕えの1人も連れずに外に出るとか馬車なしは見っともないんだと。俺は、マ法が使えたら便利だな、カッコいいな〜と思っているだけだから、使えなくても問題は無いと思うぜ?・・・と、この時は思ってました・・・。
もじもじ・・・、そわそわ・・・、んー、大人同士の話って、どうしてこんなにも長いんだろう・・・。そりゃ、微妙な話題なのは理解できるし、なんか大変らしいのもいいが、結論は父ちゃん母ちゃんが話し合わなければ出ない話じゃん。
母ちゃんの浮気子か?って話は、子供の前ですることじゃないと思うぞ。ま、俺には理解できないと思ってるんだろうな〜。
手持ちブタさんに成っちゃった。夜に起きて、儀式で長い時間を過ごして夜ふかしをして、お腹が減っちゃうよ?
飽きが入ると、目の前のお菓子に視線は釘付け(体は子供だからな)。まー、この世界でも、人間ならばブレイクは必要だわな。コーヒー、紅茶に、甘味は話し合いには必須だと思うぜ。
最近では、難しい考察をしたり、意識を集中させていない時、不意にカレンの欲求が入る。つまり、この体に引っ張られるわけね。カフェインで集中力を上げて、甘味で脳に栄養を与えるんだ〜と、自分に言い訳をして控えめに手を伸ばす。
俺がお菓子に手を伸ばしかけると、神官長がサッとこちらを見やる。そしてニッコリと微笑みかけて来るから、慌てて居住まいを正すと、こちらもニッコリと微笑み返した。
「ほう・・・、この娘は、なるほど賢い。その歳で、場の空気に合わせて自我を抑える事を知ってる。本当に、奥様の言う通りかも知れない。」神官長〜、あんた鋭い。いや〜、中身オッサンだし〜、我慢くらいするけど、体がねぇ〜?
「カレン、それは毒見が済んでいるから、頂いても構わないのよ?」んー、母ちゃん毒見なんか気にしちゃいねーわ。目の前の美味しそうな食べ物に、つい釣られて恥ずかしかったから、お愛想笑いを返しただけ(笑)
「では、頂きます。」日本人らしく食べ物に対しても礼儀正しく接すると、「いや、普通のお子様には無い礼儀正しさですな。感心、感心。」その間に、俺は菓子を口にする。"シャク、シャクシャクシャク・・・。"
はむはむほむほむ、はー、このバターと卵の風味がたまらんわ。それに、このトロけるような歯ごたえがまた。ひとしきり、菓子を堪能して、またハーブティーに口を付けると「ふぅ」と溜め息が出た。
ひとつ菓子を取って眺めながら、人類の甘味に対する情熱は半端じゃないんだなと、感心する。この世界でも、砂糖は貴重品だ。
砂糖キビが有ったとしても、国外の遠く暖かい南方でしか取れないんだろうな。公爵家でも、やたら滅多に見ないわ。でも、甘味が無い訳ではない。フルーツ、ハチミツなど天然甘味に、麦芽糖、楓糖などの北方でも取れる甘味がある。
このお菓子の甘味を足したのは、多分、麦芽糖で出来た飴だろうな。その控えめな甘味が、卵やバターの風味を際立たせ、この焼き目の入った薄焼きの香ばしさに華を添える。
思わず口から、「これ、巻いたら、もっと美味しく食べれるかも?」そのお菓子は、確かに焼いただけの平たいシュゼットだった。
俺は、猫の舌クッキーを知ってるからな。「ん、何かありましたかな?お嬢様。」
プレテ・ルカが聞いて来るのに俺は立ち上がって、手近な紙をクルクルッと巻いて、「こんな感じで、なるたけ薄く焼いて丸めると、それだけ空気と一緒に口に含む事になるから、より甘く感じるの。焼いて、熱い内に巻けばボロボロ崩れないわ。」
「!!!、これは驚きました。まさか厨房にも入ったことの無いような(厨房は火を使う所だから、幼い子には危険だからな)お嬢様が、見た事も無い物を発想されるとは・・・。」ルカの感心気に頷く姿を見て、俺はまたやっちゃたかなと、心の中でテヘペロを出した。
そうこうしてる内に、話し合いは終わったみたいだ。「では、3日後に、公爵様とお嬢様をお連れください。」ルカが言うと、「はい、3日後ですね。承知おきます。それでは、色々とご相談に乗って頂いて、ありがとう御座いました。」
母ちゃんが、また綺麗な会釈で別れを告げたので、俺もスカートの裾を摘んで軽く膝を曲げて、なるべく優雅に見えるように会釈して、「お世話になり、ありがとう御座いました。ご機嫌よう、プレテ様。」と皇室スマイルを心掛けながら暇乞いの挨拶をした。これで後は、真っ直ぐ屋敷に帰って寝るだけだ・・・。
〜〜〜〜〜
<領館/カイン視点から>
"ふぅ〜。"腹の底から、息が抜ける。昨日は、寝付けなかったな・・・。
夜半というか、もう早朝に待ちわびたカレンを連れてミラベルが帰って来た。静かに、「カレンに兆しが降りませんでした・・・。」「なんと、何という事だ!」「しっ、貴方、お静かになさってください。この館には、遠方からのご親戚の方々が既に見え始めて居るのですよ。」
「して、どうせよと・・・。」私は、妻の顔をマジマジと見つめて言葉を重ねる。「ミラベル、じつは私に不満でも有って、まさか浮気を・・・、」
妻は、私の言葉をへだたって、「カレンが、別の男の娘と考えられますか?私が、そんな安易な事をするように見えますか?対面して無いから分からないかも知れませんが、あの子の賢さは折り紙付きですわ。あの歳でもう、読み書きが出来るほどの才覚があるのはロレッタ家の血筋ではありませんか?」と、特に興奮もせずに淡々と続ける。
「これは失礼した。私が、取り乱したようだ。許せ。」「いいのです。誰でも、まずは疑うでしょうから・・・。貴方にだけは信じて欲しいなんて、我儘は言いませんわ。」私は、妻の澄んだ紫瞳の奥底に、たゆたう炎を見る。
ああ・・・、そういえば、この瞳にまず惹かれたんだ。これがバーゼルの女、山に咲く野バラ家の誇り。凛としたその瞳と、冷然たる立ち姿に夢中になったはずだ・・・。
可愛い所もある。でも、その芯には決して揺るがぬ真鋼のような強さも兼ね備えている。私は、恥じた。妻を疑ぐるのは、領主としての人を見る目が無い事を公言するような物だ。
何故、私が取り乱したか?妻を深く深く愛しているから、妻との間の待望の子が、別の男の娘では無いかと疑われる事実を突きつけられたからである。
貴族の子は、例外なくマナの発現が有る。マナの発現のないカレンは、貴族の子ではないと言えよう。
その体内の生命力で、世界の理その物に干渉するのがマナ法である。これは、万人に現れる物ではない。
誰でも、生命力その物は持ってはいるが、構成元素にまで干渉できるのは、この国の現状では全体から見れば、ひと握りの王侯貴族と神職だけである。では、カレンは本当に私の子?
ミラベルが、この誇り高い女が浮気なんて浮ついた事はしないだろう。
ともかく、我が家としては外聞をはばからねばならぬ事態である。対面式とお披露目式の都合が有るので、三日後の猊下との面会の日程を、急ぎ調整をするように手配した。