夏の想い出とメーヌ湖畔の冒険。<前編>
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"ハ!" っと目が覚め、横になったまま首筋に手を当て、呼吸や脈拍、意識レベルの回復具合などを意識して身体異常が無いか確かめてみる。事故に遭った時など、パニックに陥いらない様に自己抑制行動を条件付けるのは前世からの癖だ。
「お嬢様、大丈夫ですか?」モゾモゾ動いていたら、介抱していたであろう誰かが声をかけてきた。「ん、ん〜〜〜んっ!はふぅ………、、、。」背伸びをしてガバッと半身を起こすと、「心配ありません。昨日は、興奮して寝付け無かったので、急に眠気が来た様です。」
どうやら、エセルとクリスが付きっ切りだったらしい。「ああ、良かった。カレン様がお目覚めにならないので、随分と心配いたして居りました。」辺りを見回すと、さっきまで馬車のシートに横たわっていた様だ。
「本当に大丈夫なのでしょうか?私には、心配がない様には見えません。それは……、」傍に控えていたエセルからすると、俺が急に頭を押さえて蹲ったと思ったら、夢遊病者の様に虚ろな瞳でロゼリーに近づき、聞いた事の無い言語で詠唱をし、今までに感じた事の無いタイプのマナの流れを知覚したのだそうな。
「………………」クリスの方は、何か思う所があるのか黙りだったので、「どうしたの?」と聞いてみた。「いや、その〜………。私も顳顬にチリ付く感覚が有って、異常なマナの流れを感じたのは同じなのですが………、どこかで知っている様な感じで……、」と歯切れが悪い。
闇の神の洗礼を受けて、闇法術が使えるとは言えんな。そんな貴族の子は見た事も聞いた事もないし、クリスが知っているのが引っかかるけど、この時は追求しないで置いた。クリスのは一つの都市が滅び兼ねない、もっとヤバい系の話なのは後で知る事になる。
「お嬢様が、お目覚めになられました!!」心配していた余人の為だろう、エセルが周囲に知らせるべく大声で呼ばわっている。暫くして、どやどやと人集りが出来たので、"昨夜は、興奮して余り寝付けなかった"と繰り返し、さほど大した事の無い風に元気に跳ね起きてみた。
まぁ、そんなこんな誤魔化しを入れつつ、取り急ぎお風呂と食事の支度をする事にした。リーラの事は、まだ意識を失ってから1時間経つか経ちない位と聞いたので気にしない。ピサロは悪魔の癖に、時間には律義な様だ。下手な人よりか、人間は出来てる?w
俺は完全に起き上がると、馬車の外に出て、お目当ての母屋の台所に向かう。その道のりで、俺が意識を失った後の状況を改めてエセルに尋ねた。ロゼリー達が住む場所は、母屋を中心に一家一族の家屋が囲む、この世界では平均的な農家の佇まいをしていた。
母屋の戸口を潜ると、「お嬢様、もう具合は良い?」田舎の子らしく、多少、蓮っ葉な調子で声を掛けて来たのはリーヌだ。
「私は、大丈夫ですわ。お母様の病の事も、心配しなくても良いと思います。今は、ごゆっくりとお休みに成られているそうです。」それを耳にしてしいたアントン達姉弟は、「「本当!?」」と抱えていた水桶を、取り落とさんばかりに喜んでいる。
共同炊事場を覗けば、子供が2〜3人は入れそうな大鍋が暖炉に掛けてある。底が錆び内側に何かこびり付いていたので、今まで藁束とクレンザーで洗って居たらしい。クレンザーは、前世の記憶から、炭酸カルシウム=石灰石粉末と粉石鹸で作ったんだ。
今は、大鍋に水を張って、ボンボン薪を焚いて沸騰させている最中。「皆様、お世話をかけて申し訳ありません。本当に、有難う御座います。」うちのメイド達には、俺が平民でも関係なく感謝を口にするのは慣れ切っていたので明るい返事が返ってきた。
時間があるもんで、"ヨッ、ホッと……"とドレスの裾から腕を抜いてスカートをたくし上げると、慌ててメイド達が着替えを手伝う。「お嬢様!淑女が、人前に肌を晒すのは恥ずかしい行為です!」エセルが、真っ赤に頬を染め金切り声で抗議してきた。
なんか〜エセルがうっさいので、「そんな事を言ってもドレスが汚れちゃうし、早くしないとアントン達がお腹を空かして待っているでしょ?それに、リーラの実家でも歓迎会を用意しているだろうし……。」時間ガー!アピールで誤魔化して、さっさと作業用のシンプルドレスに着替える。
幾ら何でも、ドレスの下に肩袖付きのシュミーズを着ているし、ズロースにペティコートも履いている。中世の頃のシュミジュエは、スリップの様にタイトで頼り無い物でなく、ちょっとしたワンピ?って位にシッカリしている。
同じくペティコートも、スカートを膨らませる役目があるので、フリルのプリーツが寄せてあったり、鯨髭の骨組みが入っていたりする。鎧の様なコルセットは男物も女物もあり、女物は乳を保持する役目もあるのでまだ先だと思ったら、この時期から慣らすのに簡単な物も絞められたしな〜、、。
中世も後期になれば、馬鹿デカくスカートを膨らませるのに、クリノリンという傘か鳥カゴみたいな骨組みを左右に2つ入れた様なのが発明されるはず。細腰を綺麗に見せる為とは言え、事故も多発したらしいし、あんな動き辛い物を愛用するなんて女の美に対する執念は恐ロシアw なんて思う。
この世界では、日本の平安時代と同じく重ね着が流行りだした頃で、精々がペティコートで膨らませる位で、心配していた草摺り並みのパニエはまだ見ないな。
エセルが言うには、良家の子女は肌を曝さないって事らしい。足首が見えたとしても、慎ましさに欠けるんだそうな。"ビキニなんて物を見たら、絶対に卒倒するわなw" 何て思いながら、「ああ、はいはい……。」と応えて流しに立つと、網袋に入れた石鹸で肘から先を洗う。泡立ちの良さを見て、リーヌ達は目を丸くする。
俺等の小学生の頃は、よくミカン入れの赤い網に石鹸を入れて蛇口に釣ってあったもんだよ。現在でも、やってんのかな?凄く泡立ちが良くて、液体石鹸が主流になる前はどこに行っても有ったやつ。あれのイメージで、亜麻で作った小さな網袋に石鹸を入れてみた。
板場に立って頼んで置いた布束を広げ、包丁ホルダーからペティナイフを取り出して、切先を短めに持って"クルッポン、クルッポン"と籠の中身のプレのヘタを取っていく。「へ〜、お姫様は、こんな事も上手にするんだ。」子供達が目を丸くして、俺の魔法の様な手付きに夢中になった。
「お姉ちゃんは、特別に厨房へ出入りさせて貰っているからね。」胸を張って、"エッヘン威張りw" 。なんせ、部門シェフが出来る位だ。何事も本気なクレモンさんが、伊達や粋狂でパルティを名乗らせる訳ないっしょ?領館の厨房でも、下拵えシェフに負けない自信はある。
5分位で20個ほどヘタを取ったので、プレの皮に十文字の切れ目を入れて鉄のフォークに刺して火で炙る。「それは、何をしているの?」「湯剥きするより、火に当てる方が手早く皮を剥けるの。」まだ原種に近いトマトは所謂レッド系で、香りも味も強いが皮も硬めなんだ。
次々と炙っては冷水に漬けるを繰り返し、剥いてざく切りにする。魔法の粉を掛けて、手で思い切り潰して1時間は煮込んで、揚げポマに付けるトマトソースを作る。生のバジル葉と、ニンニクを微塵切りにして加えるのも忘れない。
バジルが魔法の粉を見て、「これなーに?」と聞くので、「仔牛出汁の粉末です。美味しさの素ですよ?」と、ちょっとだけ摘んで舐めてみる様に言う。「塩っぱい!」「ふふ……、味が濃いですから、貴方達には塩気が強く感じるかもです。」
包丁ホルダーから、刃渡りが12プース(=約30cm)はあろうかと言う怪しく輝く牛刀を抜くと、「「わあ〜、綺麗!」」子供達から感嘆の声が漏れて、エセルやクリスも息を飲んだのが分かる。ピンピンと刃を指先で弾いて、「これは、新しい技術で精製した鋼で作っているんですのよ。」
ペティナイフもだけど、粘りの有る鋼と硬度の高い鋼を張り合わせる日本刀の技術を流用して作られた刃物だ。刀と違う点は、溶鉄を一旦鋳造して焼き鈍し、折り返し鍛造で炭素量を調節する。この技術は、溶鉄にして不純物を除く工程は転炉前提なんだけど、説明が長くなるからまたにしよっか〜。
張り合わせるには酸化皮膜が邪魔なので、ホウ砂で除いて圧着する。焼き鈍して鍛造するまでは、この世界でもやっていた様だ。後は、珪砂とモルタルを混ぜて丸い人工砥石を作り、回転式足踏み動力の研ぎ機で研いだら完成って具合。
純度の高い鋼が容易に得られるって事は、減圧槽や加圧槽の加工精度にも関係してるって事。つまり、内部をより真空に近く、逆に超高圧にも出来るんだなこれが。水というのは、通常気圧だから液体の状態を保っていられる。減圧すると沸騰し易いって事は、気体に変わり易いって事。
気圧の低いエベレストの頂上は、米を炊くと生煮えになると聞いた事ない?高度8900mクラスだと、100度に満たず70度位で沸騰する。19000mだと、体温で血液が沸騰しちゃうらしい。
減圧層が真空になれば、そこにフォンを霧吹くだけで水分が蒸発して粉末の成分が出るって訳だ。実際には、僅かに加熱してやる(30度位)必要が有るから簡単では無いのだけど、時間がアレだから試作の結果を使ったよ。
「お姫様の使う石鹸って、凄く質が良いんですねぇ。直ぐに泡立つし、ソフトな泡が肌に馴染んで気持ち良さそうです。」「え!?この石鹸は、オリーブオイルを使って網に入れている以外は、特別な事をしていません。」「ええ〜、そうなんですか?」「寧ろ、一般的な方が手間ですね。私のは、時間を掛けただけですよw」
この世界でも石鹸は水+油+ソーダで、全部の材料を混ぜてグツグツと煮込み、不純物を除く為に塩を入れる塩析という処理をしたり、しなかったりかな。ま、煮込み時間で油の劣化具合が変わり、塩析の手間を掛ける掛けないに寄って品質のバラつきは有る。
カレン印のオリーブオイル石鹸は、手早く出来る苛性ソーダでなく、重炭酸ソーダで少しアルカリ度は弱い。その分、弱酸性の肌には優しい。材料を混ぜて型に入れて待つだけの簡単なお仕事で、油分に含まれる保湿成分を完全に気化させないのが特徴なんだ。
俺が小学生の時に、うちの近所では定期的に廃油の回収車が月1くらいで回って居たのよ。どうするのかを聞いたら、廃油と水と苛性ソーダで煮て石鹸を作るんだって、そう言えば毎回洗濯用の粉石鹸を配っているよなと思った。子供心に、水と油は相反する物の代表と思い込んでたけど、調べてみると油脂はアルコール類+脂肪酸なんだってさ。
主成分は三価グリセリドという脂肪酸の分子が3つ付いたグリセリンで、グリセリンは、これも三価のアルコールで水との親和性は高い。水を加えて、脂肪酸とグリセリンが分離するのを加水分解と呼ぶ。蒸留して冷やすと、グリセリンは18度位で固化するので純度の高い物が容易に得られるみたい。
材料を混ぜ、約40〜50日間型に入れて常温放置しただけで加水分解が起こり、脂肪酸をソーダがナトリウム化してタップリと保湿成分を含んだ高級石鹸となる。油の前処理で、高温高圧(250°C、55気圧)の蒸気を当てて加水分解をする方法をコルゲート・エメリー法という。
この方法で石鹸を作ると、数時間で固まり大量生産には向いているが、保湿性分は失われ油も良く落とすので素手だと肌荒れしてガサガサになる。下処理でグリセリンが得られるので、洗濯で荒れた手に保湿クリームの材料として売り出すのにも、化粧品の基材としても使う事が出来る。
大量生産で石鹸を安価にし庶民に行き渡らせ、家内製手工業に近い形で高級化して貴族中心に高値取引き。生産者・流通・販売と、変更はあれどマイナスは無いと計算した。オリーブオイル以外の油でも、高級石鹸に向いて居ないか試してみてる。
揚げ物を作るにしても、リーラが帰って来ないと肝心の油がない。だもんで、持参した前日の蒸しポマを皮ごと刻んでトウモロコシ澱粉を塗したら手隙きになった。他のメイドさん達は、小麦粉をバターで炒めたり、玉ねぎや人参の皮剥きに忙しい。サヤエンドウの筋取りとかも頼んだ。
「取り敢えず、子供達のお風呂と行きますか…。ロゼリーさんには、後でお湯を持って行って体を拭く事にします。」俺は問答無用で、エセルとクリスの貴族令嬢コンビと、タライにお湯を移して運ばれた水で適温まで冷ます。光法術士は、せっかく身体強化術が有るんだから、こんな時こそ役に立たなきゃだよね。
「お嬢様………。私達貴族は、こんな下々の者の世話などをしなくても……、、、」クリスは、嬉々として俺を手伝ってくれるが、まだ、ウダウダ言っているのが1人。不満を皆まで言わせず、「馬車でも申しましたが、民の世話をするのが領主の仕事です。ロレッタ家は、北の総領家。後継ぎたる私が、文字通りにお世話さし上げても差し支えないのでは有りませんか?」
エセルは、まだ不満顔だが、次の光景で絶句してしまう………。
「こっちへ、お姉ちゃんの所に来れるかな?」俺は、和かに微笑み、幼い3姉妹を手招きした。「うん……、、、」エセルの事が気になるのが、オズオズと恥ずかしげに1人が進み出ると仲良し姉妹は縺れるに進み出る。着た切りだったのだろう、薄汚れた貫頭衣の肩紐を解くと、骨が浮き出て痩せた身体が姿を現す。
農家の生活に付いては、リーラから聞いて大体は知っている。水車で小麦を脱穀し挽くのに税金がかかり、薪を買うのにも拾うのにも、パン屋の焼き釜を使うのにも相応の手数料がかかる。各家庭で焼くよりも、小麦を練ってパン屋で焼いて貰った方が効率的だ。
練る工程は体力が要り、子供達だけでは難しい。母親が病床に有れば、作物を収穫して現金に変える事も覚束ない。少ない現金収入は、母親の薬代に消えた事は想像に難くない。子供達だけで生き延びるとは、本当に過酷だと思う。
台所を見れば、石臼で小麦を細かくした後が有り、鍋の中身は薄い重湯だった。麦粥でさえ、食べられて居た痕跡はない。リーヌの手を握った時に、骨が浮き出ていた事を知っている。子供の手だ。本来なら、もう少しフックラしていても良いはずだ。
「「…………、、、。」」「どうしました?エセルさん、クリスさん。子供達から、目を背けないで下さい。」多少の異様さを感じとったのか、幼い少女達の目は不安げだ。「お風呂に入るだけだから大丈夫だよ。」優しく言い聞かせると、俺は腕を捲り、タライのお湯の温度を確かめる。
そして、1人ずつ湯船に入れ、先程の網に入れた高級石鹸で丁寧に体を洗った。「お姉ちゃん、くすぐったい……。」石鹸で骨が浮き出た脇を撫でると、控えめに嬉しげな声を上げる。「良い子、本当に良い子ね。エセルさん、私が子供達から目を背けるなと言った意味が分かりますか?クリスさんも…。」
クリスは沈鬱な表情で、エセルは信じられない物を見る様に目を見張って共に首を横に振るので、「貴族たる者は、自らの民がどの様な暮らしぶりか知るべきでしょう?貴方達の生活基盤を支えているのは、こうした平民達です。ならば、自分が少女だから、若いからと言って知らなくて良い言い訳には成りません。」




