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過ぎ去る人々の挽歌。/前編<内面世界への旅立⑨>




サブタイトルの"過ぎ去る人々"とは、この場合は死者の事を指します。"挽歌"は、葬送歌ですね。"死者達が口遊む葬送歌"という程の意味に成ります。では、お楽しみ下さい。




………


………………



【エヴルー/ナンポン戦-数週間前】


「ラ・リヴァにバンベルク戦役と、帝国の計画は完全に暗礁へ乗り上げたみたいだ。」「そうだね………。」会議室の大テーブルいっぱいに作戦図を広げた上に、敵味方に見立てた駒を矯めつ眇めつ(ためつすがめつ)動かす影へグザヴィエは軽く声をかけてみた。


この夏の時期、北に行くほど欧州(ヨーロッパ)の日は長くなる。この辺りの夏至は23時頃まで外は明るく、斜めに入る日差しは長い影を作った。陽の光りの明るさを利用して、ボドワンは遅くまで策の点検に余念がない。


集中して、いく通りかの行動パターンを反芻(はんすう)するのに疲れたのだろう、それまでは気の乗らない返事をして居たのが、顔を上げてグザヴィエと会話をする気になっていた。


「先に、後顧の憂いを絶つ為に掃討作戦を展開したにも関わらずカンピエーニュで挫折して、本国が痺れを切らした(てい)で侵攻までして失敗ではね。」「ぼちぼち、本気でコッチに兵を向けて来る頃か?」


「侵攻と掃討を両立出来ないとなれば、時日は掛かっても足元を固め様とするだろう。」「やっと、御大(コルンバーノ)を引き摺り出せそうかい?」「フリジアさんに、奴の居るフレタン駐屯地の様子を窺って貰っているが、如何やら出てきそうだよ。」


「また彼女に、辛い役目を背負わす積もりかい?」今や親友と成ったグザヴィエの言葉に、ボドワンの顔に暗い影が差す。彼は唇を引き締めると、ギュッと拳を握り腕を振り上げると机に"ドン!"と振り下ろした。


「戦さとは、衝撃力だよ。コッチは少人数なんだ、ショックを与えて戦っても絶対勝てない相手と思い込ませる必要がある。彼女が辛いのは良く分かっている、、、分かっているんだ……。それでも………、、、」


「それでも、やって貰わなきゃ困るって?ボドワン君ほどの知恵が有ってもなんだ…。」ボドワンは軽く(かぶり)を振って、「敵の進撃路は、主に2つのルートが考えられる。時日的には余裕があるんでアラス方面の迂回路か、真っ直ぐ海側の主要街道を南下するルートかだ。」


「奴等も仕掛ける気になっているみたいだから、街道を真っ直ぐ南下するんじゃない?」「向こうは数が多いので、リスク分散する事も考えた方が良い。こちらが偵察を受け付け無いのを、数の不利だと推測も出来るからね。」


「大体ドルイドには、3倍以上の兵数が必要とされるみたいだ。」「向こうは、こちらの総数は数千から1、2万で見ているはずだ。最大数の半分の1万で迎撃に出ると計算して、更にそれぞれのルートに五千づつ分散すればと考えると、4万を二手に分けてもお釣りがくる。」


「実状はドルイドは3千で、後は装備も練度もお粗末な民兵達だからなぁ〜。エヴルーに残して行く兵数を思うと、兵力分散は賢い選択ではないんだよね。」「そこで、精鋭ドルイド隊3000を主力に迎撃をするというのは話したと思う。」


「エタプルからアブビルまでの間でって奴かい?」「ああ、丁度その2つの町の間で、人の住む地から離れてと成ればレピーヌからヴロン辺りの平原、このナンポン湿原で敵を待つのが良い。背後に広大なクレシーの森があり、兵が控えているって欺瞞工作も出来るしね。」


"アブビルは古い町で、当初から橋が掛けられてソンム湾方面より渡河し易い場所ですよね" "おや、よくご存知で" "この前、ヴィランジュ辺境伯(マルグラブ)から、ソンム湾名物のサリコルヌ(シー・アスパラガス)酢漬け(コルニション)を頂きました"


"ほぅ…、それはそれは……" ピサロは、意味あり気にスッと目を細める。"歯触りは悪く無かったのですが、やっぱり新鮮なのをバターソテーで頂きたかったです" "アレは海藻との合いの子で、塩気が有り、魚介の付け合わせには最適ですね"


"それで、あの辺りの事を序で(ついで)に調べてみました" "カレン様は、それ以外にも 辺境伯(マルグラブ)に付いて、随分とお調べになられますのでしょう?" "さあ、何の事かしらw " とカレンは笑って誤魔化した。


「フレタンから直接に、サントメールを抜けてアラスに出るルートは?」「大事を取るなら、全軍で迂回ルートを選択するだろうけど、向こうは早く仕掛けたいと思っているはずだ。本国からの鎮圧軍は弱兵とは言わないが、ドルイドを相手にするのに慣れていない。」


「フリジアちゃんが【天眼】を使ったとしても、音までは拾えないんだよね。」「ああ、だから間者(スパイ)を潜ませたのは良いのだけど、視覚情報とでは如何しても後手後手に届く。これが裏目に出なければ良いんだけど………。」ボドワンは、一抹の憂いを口にした。


「ま、戦さなんて賭けみたいな物さ。実際に、やって見なければどう転ぶか分からない。」グザヴィエが、根を(こんを)詰め過ぎるボドワンを慮って(おもんばかって)軽く流す。「エタプル方面に出てくれたら、勝算が上がるのだけど…。」


「コルンバーノ麾下(きか)の精鋭軍を、全滅させなくても良いのかい?」「半分は、本国に遁走(とんそう)して貰う。」「ロレーヌで、鎮圧軍本隊と合流したらどうするんだい?」「それはそれで構わない。人は数が多いほどパニック状態になり易いからね。訓練された兵でも、それは変わらない。」


「コルンバーノは、その辺りも考えて"我々の切り札"を誘き寄せ(おびきよせ)様とするはずだよ。」「う〜ん、賢い君だから気付いてはいるのだろうけど、フリジアちゃんに言ってコルンバーノや指揮官だけ、転送術で拉致したら如何なるのかな?」


「前に、フリジアさんに聞いたよ。エルフもだけど、人には(カルマ)があって、生きる為に如何しても他の生命を犠牲にしなければいけない時がある。所が、それ以上に理不尽な死を望むと、白エルフ達の心は闇に呑まれて急速に黒エルフへと変わってしまう。拉致して彼等の生を玩ぶ事は、誰も望まない結果になるのは分かるよね?」


「殺すのが駄目なら、戦闘の間だけ何処かへ退場はない?」「それも駄目だそう。結局、生命を弄ぶ傲慢さに変わりないから、いずれ魂が闇に呑まれる。フリジアさんは、ただでさえ染まり易い闇法術の使い手で膨大なマナを使用しているんだ。今度の戦いが終わったら、休んで貰おうかと思っている位だよ。」


「こう言っちゃ何だけど、フリジアちゃんは既に随分と沢山の帝国兵を手に掛けてない?」「他人を守る、若しく(もしく)は自分を守る為に致し方ない場合は闇の侵食は緩やかだし、神器で邪な者を倒す時は関係ないんだってさ。」


「俺達には、帝国の支配は充分に邪だけどなぁ〜。」「人は、邪な面と柔和(にゅうわ)な面が綯い交ぜ(ないまぜ)らしいから、下手に討つ事は出来ない。更にエルフは、人と神の仲介者で天使(みつかい)との混血だから、本来なら人の導き手となるそう。帝国は、それらを知らない内に手を出してはいけない相手(エルフ)に手を出した。」


「なるほど、白エルフ達が人を殺める(あやめる)のを躊躇って(ためらって)腰が重いのはそんな訳が有ったのか……。ナンチャラ侯爵子だっけ?フリジアちゃんの婚約者の。矢鱈とイヤミっっっ垂らしかったのは、他人を介してしか戦えない自分等と比べて、自由に出来る俺達にコンプレックスを持っていたからかな?」


"さあね" と肩を竦めて(すくめて)、ボドワンは次の行動予測を説明する。「良いかい、敵が海側ルートを採るとして、予め(あらかじめ)フレタンで二手に(ふたてに)分けて進発しようとする筈だ。」「どうして、そんな事が分かるんだい?」「コルンバーノの用兵の癖と、僕の勘だよ。」


「癖?」「彼は、敵を喜ばせてオトリに食い付かせ、背後にから挟撃する事を何回か行っているんだ。だから、エタプルで後発隊をアラス方面に迂回させて、向こうの街道から時間差で挟撃を仕掛けると思う。」「そりゃまた……、リスク分散では無いのか?」


「自身をオトリと見做す位ドライな奴だから、油断は絶対に禁物だよ。彼は、必ずバクチを打って来る、どういう形で有ってもね。僕は、そう睨んでいるんだ。」「後発隊は騎馬かな?重装歩兵もあるか…。」


「騎馬だけなら、それなりの数が必要なので、重装歩兵中心に、アラス方面からだと時間的にも渡河点のあるボーランヴィル辺りから進入しようとするはず。だから我々は、彼の目をクレシーに向ける必要があるんだ。」「少ない兵を、更に分けた様に見せかけるって事かい?」


「ああ、少ない前哨軍3000が我々の主力だと気付かないだろう。そうして、分かれた後発軍がナンポン湿原に突入しようとしたら、アレの不気味な影を見て腰を抜かすという寸法さ。丁度、時間的にも、ボーランヴィルからなら西南より斜めに日が差すので実際より巨大な影になる。」


木偶人形(マヌカン)か……。」「正確には、木彫りでなく植物の硬くシナヤカな根の束だけどね。人型に成ったのを見れば、誰だって恐怖に駆られる。一度、起動さえすれば、後はマナを求めて人を追い回す、自立稼働型の戦闘人形となるのさ。」


「マヌカンを起動させるのに必要な、鉱石喰らい(ビーオレ)生命核(アニムス)採取は滞りなく進んでる?」この世界では、有機質だけでなく無機質である鉱石にもマナが宿る。マ法金属もその名の通りマナの宿った金属であった。


ビーオレは、人の頭ほどの大きさで目は無く、亀とも針モグラとも言える外見をしている。鉱石を喰らう位だから体は硬く、他の生物の歯が立つ事は無かった。天敵が居ないので、動きは可成り緩慢となる。


確認はされて居ないが、その死は存在しないと言って良い。アニムスを抜かれても、何れそれを核に再生を果たす。普段は、地面の奥深い所に生息しているので、彼等の生態は判かっていない。


ただ、マ法金属が好物なのは分かっているので、ボドワン達が所有していた祭器に使用されていた物を餌に誘き寄せて捕獲している。地面にマ法金属を置くと、何処からか彼等は姿を現す。


ボドワンはビーオレの再生能力に目を付け、土石で無く植物の根で体を構成する様に法術をもって改変させた。こうして人工的に変容させられたビーオレは、貪欲に生物のマナを求める様になるのだった。


「今の所、100個少々くらいかな。」「大量殺戮兵器か〜、フリジアちゃんがよく認めたね……。」


「うん。説得には苦労をしたけど、不必要に殺めず勝つには帝国軍にショックを与える必要がある事を説いて、巨大法陣の中だけと言う条件を飲んで納得して貰った。幾つかの条件付けは可能だがけど、マナが多いのはドルイドの方だから、こちらが追われ兼ねないので都合が良いのもある。」


「法陣の中だけって、相当マナを喰う法陣になるよ?」「ドルイドでは、何人居ても命に関わる大きさに成るんで、フリジアさんにやって貰うしか無いよ……。」ボドワンは、二律背反の状況に頭をガリガリと掻く。


「フリジアちゃんに無理をさせない為にも、湿原の奥までシッカリとコルンバーノを誘き寄せ(おびきよせ)ないとね。高い草が有れば、ドルイドが居るから火計が常道だけど、それで狙えるのは前衛だけで総指揮官の彼は深入りしないんだよね。」


ボドワンの難しい顔とは対象的に、グザヴィエは不思議に人好きのする笑顔で戦さの算段を進めて行った………。




………


………………



【前帝国歴より遥か遠く………。】


嘗て(かつて)地中海(ミディ・テラネ)世界では、魔獣や妖魔悪鬼の類いが跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)して幅を利かせていた。楽園を追われた人類は、生き残る為に知恵と力を磨き、果敢にそれらに挑み平定して来ている。


ミディ・テラネ世界の人達にとって、精霊やそれらと交わった結果の亜人種に、不可思議な力を行使する北の人間は異質な存在であった。厳しい大自然の中で生きる北の地の人々は、理性的な宗教に寄らず感覚的に世界真理と一体となる道を選んだ。


南の人間は、北の地を征服して人の力と叡智を広め、理由理屈に拠らない力の存在を徹底的に弾圧排斥していく。後の救世教に、彼等の考え方が如実に反映されている。"人間こそが唯一絶対の神に愛され、地上を従える権利を与えられた"と豪語するほど、徹底した人間至上主義に貫かれていた。


帝国人は、未開の闇を自らの手によって払い勝利してきた誇りがある。欲望を使命と言い換え、全てを征服の対象とてきた彼等にとって、自然と調和した生き方を選択した北の民は愚かな野蛮人にしか見えなかった。


『未開の民に文明の光を齎し(もたらし)、抗うなら征服して教化をする事が我等の使命である。』それが、時代を通じて変わらぬ帝国の正義であった。だが、未開の地に進出するには、人類のみを相手にすれば良いという訳にいかない。


北の地には、深い森の暗がりに人間を狙う妖魔狂獣が蔓延り(はびこり)、更にドルイド達が超常現象を操り帝国の文明を拒んできた。その地を、彼等は力で切り拓き従えていった。


帝国の領袖達は、心血を注いで兵を鍛え励まし、超常の脅威に負けぬ精神を培って来た。北へ向かう者等は、帝国でも精鋭中の精鋭と呼んで差し支えないだろう。


「恐れるな!奴等がどれほどの力を駆使しようと、彼我の戦力差が覆る訳ではない。奴等の弱点は、超常現象を起こす時に生命力を使う事。それは、双刃の剣だ。故に、我等は統率された数の力を以って勝つ!ともかく、戦場では最後まで立っていた方が勝ちだ!!」


そう、叱咤激励したのは何時の話しだったか……。次々と、コルンバーノの予想を上回る事態が襲う。先ずカンピエーニュ、継いでラ・リヴァ、突然にして無慈悲に失われいく屈強な精鋭達……。


ドルイドは、未だ人の内だ。人にして人に非ざる力を持ち合わせ、人ゆえに人を殺める事を厭い(いとい)何処(いずこ)かへ姿を眩ませし(くらませし)存在(もの)エルフ。


中でもハイエルフは、その聖なる美しさに相応しい規格外の神力が宿ると伝う。天馬に乗り精霊を操る歌をつむぎ、特大の(いかずち)で地を一掃し屈強な兵の悉く(ことごとく)を薙ぎ払う。如何な(いかな)名剣・名槍なりともその刃を寄せ付けず、神智を授けられし抗い難い存在だと記録にはある。


今日もその力は、具現化した恐怖となって帝国の将兵を襲い、万余の軍勢を瞬く間に瓦解に追いやった。生き残りも幾許(いくばく)か判然としない。戦場をザッと見渡せば、アレに追われた軍の残滓を確認するのが漸く(ようやく)で、1割も生き残れば幸運と言った有り様である。


コルンバーノの人生は、名門に生まれ軍事に政治にと才長け(さいたけ)総督(ドゥクス)を歴任するまでに上り詰め、世の栄耀栄華を極めた正に勝ち組であり、こんな大きな失敗をした事は無い。


可愛い甥の死に直面するまでは、だが………。


「………………そなたは美しい…な………。」純粋なエルフは、神々しいまでの麗しさであった……。


エルフの王族(ハイエルフ)?なるほど、氷の彫像の様に人間ばなれした美しさだ』とコルンバーノはしみじみと実感して、言葉がもう一度口を突く。


帝都(ロールムス)の奴隷市場でも、偶に出品されるのが黒エルフの混血との触れ込みの男女だ。純血種は既に絶え、混血すれば長寿が失われ、僅か数代で特徴的な笹穂耳が丸く人に近くなる。絶対数が少なく値段も跳ね上がるので、奴隷商も見映えさえ良ければと誤魔化しに余念がない。


「フリジアか……、美しい響きだ……。教えてくれ、エルフは何時の間に愚かな人間を悉く(ことごとく)一掃する気になった?」コルンバーノは、強烈な皮肉を彼女に目掛けて投げる。


「な…ん………、、、。」これに、敵を含めた人々を救おうと尽力するフリジアには、その余りに予想外の言葉に意味を計りかねて絶句してしまう。


「そうだろう?愚かな人間を全て除き、神の如く気高く力ある種族が王となり地を従える。正に正に、理想の世界だ。我等もそう願い、地上の全てを切り従え様としたが、愚かな人間でしかない我等は恐怖と抑圧でしか従える事は出来なんだ。」


「黙れ!………、恐怖と抑圧でだと!?お前等が、他所の土地を征服する為だけに………、そんな事の為に父さんと母さんの命は奪われ無ければならなかったとでも言うのか!?、、、父母の仇!家族の仇め!こうしてくれるわ!!」


コルンバーノの言葉を隔たって、それまでは大人しく命令に従っていたヴィブリートが激昂して片刃長剣(スクラマサクス)を腰だめに抜いて斬り掛かる。「止めろ、見苦しい!」咄嗟に、剣を持つ手を押し留めたのはボドワンだった。


「ボドワンの兄貴、なんで止めるんだ!こいつは、フリジアまで愚弄してるんだぜ?」「だからだ。全てに絶望して死を選ぶ相手に、絶好の死に場所を与えて如何するのか!」「絶好の!?」


「ヴィブには、難しいかな?さすがドゥクスと呼ばれる人だけは有りますね。瞬時に敵し得ない相手と見取れば、自分の死さえ利用してエルフと人間の間に疑念を穿とう(うがとう)としてくる。いやぁ〜、流石です。」


ボドワンは、関心した様に肩を竦めて戯けた(おどけた)フリを装い、内心の不快さを誤魔化した。「内紛の種を蒔き、敵を内から崩すのは帝国の常套手段ですよね。違いますかな?ドゥクス・コルンバーノ閣下。」


コルンバーノは、"ニヤリ"と片頬だけで肯定の笑みを浮かべると、「ふむ、半数とは言え鍛えに鍛えた兵と、我が策の上を行くだけは有るな…。で、我が身を如何する?」コルンバーノは、試す様に聞いてくる。


「殺さぬと有れば、先ずは生かすしか無いでしょう。」ボドワンは、アッサリとした様子で事も無げに返事をした。「「そんな!……、」」その場に居合わせた面々は、言葉にしたりしなかったりはしたが概ね同じ感慨を抱いた。


何より、コルンバーノ自身の顔が微妙に青ざめる。「閣下、如何が為されましたか?」「むぅ………。」「いかな閣下とは言え、恨み積もる我等が何もしないとは予測も出来ない様でしたね。」「何でだ!」溜まりかねた声が上がる。


「恨み積もるが故だよヴィブ。我等がこの戦で閣下の首級を上げれば、皇帝は喜んで死者を英雄に祭り上げるだろう?いや、そうせざるを得ない。犠牲になった帝国兵の家族を納得させ、復讐心に火を焚べる(くべる)為には、死した英雄が必要になる。おっと………。」


ボドワンは、片刃長剣(スクラマサクス)(さや)で、短剣(セミスパティウム)を抜いたコルンバーノの腕を制する。「くっ…、殺せ!」「閣下、ここには光法術師もゴマンと居ますし、自害しようとしても簡単に死ぬ事は叶いませんよ?」


「私達エルフは、人に滅びて欲しいなど願った事は一度も無いわ。エルフは、神と人との仲介者で未熟な人の導き手なのよ?この地の人々と調和して暮らしたかっただけ。貴方達が、私達の平和を壊したんじゃない!私達がどんな辛い思いで、帝国兵殺しを容認してきたと思っているの?」


思い余ったフリジアは、矢継ぎ早に言葉を投げ付けた。「フン!その綺麗事が気に入らないとしたら?」コルンバーノは、あくまでも冷淡に言葉を返して、「有り余る力を抱きながら殻に籠り、当事者として人の営みの表舞台に立とうとせぬ。その癖に、殺しだけは遣りおる。平和なぞ、力と力の拮抗にしか過ぎぬぞ。」


「そんな………、私のしようとした事は間違いだとでも言うの………、、、。」失意にある彼女の肩に手をかけたボドワンは、「間違っちゃいない。エルフは人を慈しむ者。争いの中にしか生きる道を見いだせない帝国の人間とは、土台からして違う。」


フリジアの優しさがなければ、どの道、我々は滅びていた。そうならざるを得なかったとしても、エルフを、いや、優しく繊細なフリジアを戦さに巻き込むべきでは無かったとボドワンは後悔した。


「そうそう、ボーランヴィルから向かっていた後続軍は、ナンポンの惨状を見て潰走して行きましたよ。閣下には、傷一つなく無事にお帰り頂く。そうすれば皇帝は疑心暗鬼からも………、その先は言わずとも閣下なら如何なるかご存知ですよね?」


「うぬは、我に生き恥を晒せというのか?それが復讐か、聞いたか誇り高きエルフよ…………、」フリジアは耳を塞ぎ、ボドワンの胸に顔を埋める。「閣下をお連れせよ!」これが人間の卑しい本性だとまでは言わせず、彼はコルンバーノを護送させた。


"実際に、この後のコルンバーノは皇帝から死を賜って居ります" "ふーん、皇帝って、他人を粗末に扱うのねぇ" カレンは、皮肉タップリの声音で応えた。"主を失ったロレンツィ家も絶家となり、中央集権派最右翼の不名誉な没落により、ボドワン公の狙い通り帝国は混乱に陥ります" "処刑しても、しなくてもですね"


"その通り。敗残兵の多くは手足を失い気が触れる者も多く、国民生活にも多大な負担となりました。高級士官として叛徒に優遇され無傷のコルンバーノに非難が殺到しましが、皇帝は"派閥を保つ為に"と諫められて居りました。ですが、最終的には"民衆を宥める為"と処刑の言い訳が出来た様です"


さて……と、一息入れたピサロはカレンへ向かって、"時間が有る様で油断して居りましたが、ぼちぼち目覚めないと行けませんね" "……ですね。もう、こちらの時間で3日に成りますか?"


"フリジア様が人間から味わった絶望は、まだまだ説明し切れては居りませんので、ここからは早回しでお見せしましょう。何、この先は、貴女様が学習したアイテシア正史と余り変わり有りません。ただ、大切な一点を除いてですが………"


"そうなんですの?" "フリジア様は、この後は心を余計に病まれて、本番のエヴルー戦以降には参加されて居りません。帝国軍が寒さや飢えに悩まされ、ボドワン公の空城計に掛かって敗退した所からはほぼ(・・)同じです"




………


………………



………………………〈ピチョン……………、ピチャン……………、〉…………………


何処かでする僅かな水の音が、静かな空間に響いていく………、、、。



"ボドワンよ!何故じゃ、如何してもそっと早く娘の異変に気付いてやれなんだ………" 母王(フィーヌ)の困った様な、呆れた様な、何より怒りと戸惑いに荒ぶる声は何時の話だったろう………。


フリジアは思う、"何時からか、戦いの目的が民を救う事から彼を喜ばす事に変わっていた"と……。そんな不純な思いで居たから、この様な事態を招いたと自責の念に駆られる。


長い手足は聖樹の根に絡め取られ、双子を宿して膨らんだお腹と頭だけが突き出ている状態だ。彼女はこうして法術も精霊術も封印を受け、お腹の子にだけマナを注ぎ続けていた。


このマナに満ちた空間では、飢えて死ぬ事はない。その代わり、肉体の飢えと渇きに苛まれる(さいなまれる)のだ。王族に対する刑罰としては、最高限度に近い物である。


何故、"近い".のか?それは、フリジアのお腹に宿った生命の為であった。エルフ達は、命を貴重な物と考える。例え、それが凶兆である双子だったとしても………。


「フフッ………、これは罰……、、、愛しい大切な貴方達のどちらかを犠牲にしようとした私に神が下された罰……。」自嘲気味に唇を歪めると、か細い声でお腹の子の為に子守唄を歌い始めた……。神代から伝わる、うら悲しくも美しい調べ……。


調べがうら悲しいのは、彼女の心象の表れだったかも知れない。「お母様の信頼を裏切った罰………、侯爵子様との婚約を裏切った罰………、数多の生命を手に掛け弄んだ罰………、ボドワン……名前を呼ぶだけで愛しい……。ああ……、愛が罰に値すると言うのなら、欠けがいのない貴方を愛したのは正に罰………。」


誇り高きソレイユエルフに取っての契約は、遵守されるべき事柄である。況んや(いわんや)王太女であったフリジアは、己を厳しく律すると期待されていた。


だが、フリジアは若かった。過ちを誤りだと気付けない位に幼く、とても純粋だった。母王(フィーヌ)の想像も及ばないほど、差し込んだ強烈な太陽の光に焦がれる様に恋心に火が付き燃え上がった。


受胎し辛いはずのエルフの自分が、僅か数度の逢瀬で授かった子。愛しい人との子は、いずれ授かりたいと考えていた。けれど、アイテシアが独立を果たし帝国を追い出して、フィーヌに打ち明け王太女を退き晴れてボドワンと結ばれてからと思っていた。


「ああ………、これから如何なるのだろう………。ルーシェル様の仰った通りに、運命は皮肉なのね………。」彼女は、過ぎ去りし日のルーシェルとの会話を思い出す。


『…………………わ……、分かりました、、、た、、、。……………。』確かに、彼女はルーシェルの望む様な答えをしたはずだ。所が、力無く返事をした途端に興味を無くしたかの如く、『ふむ、良かろう。』と気の無い返事を聞いただけであった。


そうして、幾ら経っても体に変調は表れ無かった。変化が無いのは、本来なら喜ぶべき事のはずが精霊との契約関係は別だ。対価が支払わなければ、使役する権利も与えられない。


その事を含めて、ルーシェルに疑問を投げかけてみた。すると、『純粋な光の者なら本来は、例え腹に子が宿っている事に無自覚でも、自覚した瞬間に母性が芽生え捧げるのを激しく躊躇う(ためらう)モノだがな。』


そう言われて、初めて闇に侵蝕されている事に気が付いて愕然とした。『其方は、運命の歯車が過酷な方へ回り始めている。光の体を得た所で僅か数十年、気晴らしに良いと考えたが、其方等母子の辿るであろう運命に興味が湧いた。故に、対価は過酷であろう将来としよう。』


幽冥界の底に沈んだとは言え、大精霊の予言する未来だ。不気味な事この上なかったが、宿ったばかりの生命との引き換えで無い事に安堵した。『では、それで契約締結で宜しいでしょうか?』『うむ、良きにせよ。』『ありがとう御座い……』


『礼は良い、契約だからな。だが忘れるな、運命とは皮肉だ。これからと言う時に、訳も無く躓く(つまずく)。それは、神にしか見えない因果の糸の仕業よ。人間や、神に従順な光の者には疑念にも及ばないだろう。闇の洗礼を受けつつある其方は別だがな………。』


徐々に大きくなるお腹。事が発覚する前にフィーヌに打ち明けた迄は良かったが、大臣共は口を揃えて母王を非難した。「それ見た事か!土エルフに似た子は、奴等の様に裏切りに手を染めるのだ!それを王太女にするとは………、、、。」


議会で承認された筈だと言う抗弁も出来たが、フィーヌも気落ちしたのか何時もの精彩に欠けて覇気がない。


そうしてフリジアは、この神器と祖先が眠る宝物殿に囚われの身となってしまった。



『……め…い………れ…………し………た…………………。』


『………そ………れ……………………。』


『……………。』


『……………………。』


『………あはは、あは…………。』


『……お……かあ………さん………?』


「……な…ん……だろう………、だれかの……さんざめくような…………、、音?それとも声?」


微睡み(まどろみ)の中で、フリジアは四神器達の囁き(ささやき)を確かに耳にしていた気がする………。


重なる様に、お腹の子の意識が流れ込んできた。どこか懐かしく、それでいて新しく無意識を刺激する声が聞こえ………。


今の四神器の持ち主は、当代女王フィーヌである。メリザンデから受け継いだ時に、強力なコントロールの秘術が施された。


四神器の内サンダルフォンだけが、その権能の全てを現し、長くフリジアに仕えていた為、コントロールを嫌って彼女の中へ、まるで胎内の双子を守るかの様に深く融合した。


これを引き剥がす手段も有るが、妊婦の我が子に悪影響が出かねない事を恐れて、未だ手を付けられてはいない。


それが、フィーヌの母として悔やんでも悔やみきれない甘さ………………。






この<内面世界への旅立>は、当初2〜3話で済ますつもりでした。世界観を紹介し、ロレッタ家の成り立ちやアイテシア国の成立を説明する意味でも、帝国の旧態以前の軍制を理解して貰う意味でも、話数を割かなければならないと思った次第です。


旅立ち編は、後少しで終わらせる積もりです。まだ、今編の中で、カレンをアンジュに連れて行かなければ成りませんし、リーヌの裁判や、カレンがバーゼルに行くキッカケに成ったエピソードにも触れなけばいけません。


※サリコルヌ

和名:厚岸草・谷地サンゴとも言い、名前の通り潮を被る様な塩湿地を好み、体内に塩を溜める性質が有ります。アスパラに似て広がった葉は無く、茎から幾つかに枝分かれして生えます。晩夏から秋にかけて、筆の様な穂先に小さな赤い花を沢山付けて群生している様は丸でサンゴの様に見えます。ボイルやバターソテーした物を魚料理に付け合わせますので、フランスでは鮮魚店で魚と一緒に売られます。


それではまた、お会いしましょう。


※ソンブルエルフ=闇エルフ× ソレイユエルフ=陽光エルフ○ 2021-10/30 7:40修正




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