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解放への道のり、勝利の苦い味。/前編<内面世界への旅立⑦>



お待たせしました。だいぶ回り道をしましたが、本編に戻ります。



 



 "ご先祖様の事を、子孫がとやかく言っても仕方が無いのですけど、やっぱりフリジア様はボドワン様を選んで正解でした" "急に、如何したのです?"


 "フリジア様の元婚約者でデサルマン侯爵子って居ましたでしょう?" "ああ、ウジェーヌ・デサルマンね。エルフですから美形なのにキザで結構粘着質でウザい性格のw"


 "フリジア様の婚約者か何かは知りませんが、FLTのメンバーが独立の為に必死になって訓練をしている傍に来てまで、エルフの支援が無ければどうのやら、果ては民族の優位性がどうちゃらとか?嫌味ばかりでフリジア様がウンザリするのが良く分かります。しかも、フリジア様が好意を寄せているボドワン様を下僕扱いですから好感を持たれる筈もない"


 "まぁ、ああしてフリジア様の周りの男性を牽制していらっしゃった様ですね。何せ王太女(フリジア)様との結婚は、王族と縁戚(えんせき)になる侯爵家にとって非常に名誉な事ですので気持ちとしては理解できなくもない"


 "男の嫉妬は醜いと言いますが、欲と得が絡むと目も当てられないのは何処の世界も一緒ですわね"カレンは、呆れた様にお手上げのポーズをした。


 "カレン様の前世の平和も帝国の平和も、安定が人を腐らせるのなら争いの時代こそが人を磨くのかも知れません………"


 "どうでしょう?それでも、戦争は人材と物資の巨大な浪費です。せっかく磨かれた人物も、命を失えばそれまででしょう。平和が人を腐らせるのではなく、平和であれば不当な事も許容してしまう安易さが人を腐らせるのです。その時は良くても、誰もがいずれ道理のない平和の奴隷に安住(あんじゅう)できなくなるのですわ"


 "なるほど、それが前世の法律家としての知見ですか?" "ええ、良く察せられました。法とは、一部の権力者が定めた駄文ではなく、人々が連綿と受け継いだ歴史に陶冶された良識が下地に有るものを言います。故に、法と道理は一体なのです。それに平和とは、自らが実践しなければ意味消失してしまうでしょう"


 "実践ねぇ……。人から争い事を除くのは、存在意義に関わる事では有りませんか?" "別に、スポーツの様な争いなら構わないのです。ルールの無い殺し合いをこそ、問題視すべきでしょう"


 カレンとピサロが会話に内興じている間に、アミエンス方面軍とアイテシア軍の衝突が進んでいた。


 帝国には、大きく分けて2つの政治の潮流がある。


 一つはマクシムス一世からフェオドシイ帝に代表される中央集権派、もう一つはテトラルキア派と呼ばれる地方分権派だ。


 帝国が長生きして来れたのは、皇帝独裁制と議会民主制にその時々で政体の比重が変わっていた為である。


 自然の流れとして、代を重ねる毎に特権階級が増えていく。常に外敵を求めて拡大し続けなければ、増えた特権階級の支配地が無くなる。


 帝国が広くなれば、却って中央の目が行き届かなくなり内乱から分離独立の気運が高まる。帝国は、この二律背反に何時も悩まされていた。


 中央集権派は強い皇帝・強い軍を標榜し、属領の支配を主だった貴族(パトリキ)から総督(ドゥクス)を任命し、任期制にする事で内治を安定させ外征に力を入れた。


 これに対して地方分権派は、各地域の特色を活かした半独立国家を形成し、外征を控えて内治に専念すべしと説いた。


 フェオドシイ帝の子孫である12氏族は中央集権派であり、神聖皇帝は外征を重んじる膨張主義の推進者でもある。皇帝の政治基盤を支える多くのパトリキ達は、利権を生み出す戦争機械としての帝国に期待を寄せていた。


 皇帝は、パトリキ達の忠誠を買う為に利権を与え続けなければならない。神聖皇帝以降の救世教は、生々しい人間の欲望を糊塗して侵略を正当化する目的に使われていた。


 中央集権派最右翼ロレンツィ家を倒し派閥を弱めれば、議会に余喘を保つ(よぜんをたもつ)地方分権派が息を吹き返す。


 また、アイテシアが立てば、他の地域でも帝国の過酷な支配に反抗し始める筈だ。


 帝国の事情を具に(つぶさに)観察していたボドワンは、コルンバーノを屠る重要性をそう考えていた。


 低地を、悠々と流れる大河。このトリーア地域アルモリカには、歌に表わされる様なユッタリと蛇行して流れる川が幾筋も存在していた。


 雪解けが大量の有機物を含んだ土砂を運び浅瀬となり、そこに植物が繁り根が土砂を溜める。そのサイクルが、徐々に平地を増やしていく。


 また、夏の間に繁った草は光合成でエネルギーを溜め、寒くなると枯れて土に還る。この繰り返しが、長い年月で土地を豊かにして森林を作った。


 植物は動物を育て、動物もやがて土に還る。そうして栄養を与えられた水は、川の流れとなって海に注がれる。


 海に注がれた栄養は干潟の小動物を育み、渡り鳥はそれを啄ばむ。また無数のプランクトンが湧き、魚の餌となって海の生命を豊かにしていく。


 大自然はまるで、生命を紡ぐ精密機械の様だ。一つ一つの歯車が役目と意味を持ち、精妙に噛み合って地上を豊かな楽園へと変えていく。


 それこそ、奇しき(くすしき)神の御技。人類が、どれほど科学文明を誇ろうとも、御技の恩恵に与って(あずかって)いるに過ぎない。


 人類は神の恩寵を受けながら、いったい何時まで無為な憎しみ合いと破壊と殺戮の衝動に身を焦がせば気が済むのか?愚かという意外に表現のしようがない行為が、今日もこのナンポン湿原に繰り広げられる………。


 ナンポン周辺は、森や丘に囲まれた低地に3つの川が流れていた。冬山に積もった雪は、初夏にかけて大量の雪解け水で川の様相を一変してしまう。緩やかに蛇行していた川が、大量の土砂を伴って怒涛の如くに直進しようとするのだ。


 蛇行の部分は土砂で堰き止められて、三日月型の湖沼となって置いて行かれる。この低地は湿原と平原が複雑に入り混じり、大軍で戦闘をするのには向いていない。


 こうした地形では、地震が起こると簡単に地面から水が溢れて液状化し泥沼になる。土法術使いが大地に祈りの言葉を捧げて、土粒が振動し多くの水分を含んだ地面が一瞬で人を飲み込んで地震と同じ効果を示す。


 ボドワンがこの地を選んだのは、軍列が展開し難く小軍でも十分に戦果が得られると判断した為だ。初夏、人の背丈ほどの草が生い茂っているのを、アイテシア軍は周辺の草を焼いて地歩を固めた。


 こうした地形には大軍を入れず相手にしないのが常道だが、コルンバーノは難地形でも仇敵(ドルイド)を屠るという目的がある。非常の手段としてカレー市民を駆り出したのだが、ボドワンには通用しない。


 フリジアは、そも世の残酷さを知らずに育った箱入り娘だ。その苦労知らずが、いきなり理不尽な暴力の世界に放り出されたのだから、優しさ故に人々の惨状に涙を枯らし、心を鬼にしてでも弱者を救おうと考えるのは当然の成り行きだったのかも知れない。


 そして、優しさ故に敵を倒す毎に心を痛め病んでいった。


「ボドワン……。」薄っすらと頬を染めたフリジアは、愛おしげに想い人の名前を呼ぶ。この頃のフリジアは、アイテシア国民として振る舞い彼に頼り切っていた。


 女王(フィーヌ)母国(エルファーナ)に背を向ける事に成ろうと、心を支える彼の傍から離れる事は出来ない……。このアルモリカから帝国を追い出したら、デサルマン侯爵子との婚約を解消してボドワンに嫁ぐ積もりだ。


 それは彼女にとって、平和で安定したエルファーナの王太女を退き、死と暴力が渦巻く過酷な環境へと身を置く事を意味する。これを母王(フィーヌ)に打ち明ければ、気の優しいフリジアを慮って絶対に反対される事だろう。


「貴方の読み通り、帝国はカレー市民を解放したみたい。それと、後軍はエタプルから東へ進んでナンポンを迂回する様ね。」


「まあ情報が無ければ、こちらの意図をエヴルーへ参戦させない為の足留めと読むだろうし、ともすれば兵力が分散している内に進出して各個撃破と思うだろうね。」


「ううん。私が言いたかったのは、望みを聞いてくれて"ありがとう"という事なの。」


「同じトリーアの民だから、それは助けるさ。今も自陣に引き入れて、君の光精霊(リュミス)のランプや光と水の法術士が治療にあたっている。帝国兵も降伏して、武装解除をすれば助けるよ。」


「そう、良かった!早く戦争なんか、終われば良いのにね……。」


「使ったのは毒とは言っても元は建材だから、殺すのを目的にしてないんだ。」この北の海岸線は地層が古く、太古の生物の死骸が石灰化した地層が露出していた。


 石灰石や貝殻を採取して砕き、炭焼きと同じく空気を遮蔽(しゃへい)して蒸焼き(=煆焼(かしょう))にすると、サラサラの生石灰(きせっかい)が出来上がる。


 生石灰は外装や石積み、レンガ積みの接着に使われるモルタルの原材料だ。この辺りの町では、広く一般的に使われている。


 水分に触れると数100度の熱を発して、目に入れば失明の危険があり、喉や体中の皮膚や粘膜を強く刺激した。とても、鎧なんて着ていられる状態ではない。アイテシア軍は前線の市民にも投げ付けたが、本命は市民後方の督戦隊である。


 カレンは、目を見張った。この戦術は18世紀に、フランス軍がイギリス兵へ使った戦法だからであった。


 "驚きましたわ。この時代を推定しても、数百年は進んだ戦法をボドワンさんが先取りしていたなんて……。有り触れた材料を、戦術に活かすなんて天才的閃きだと思います"


 鎧のまま入水し、熱に悲鳴を上げながら溺れる者、脱いで無防備な所を矢で貫かれる者、前線では罠に掛かった獲物の如く連隊は苦悶に暴れ回る。


 後方に控えて出番を待っていたカリッロ騎兵隊は、命令を受けるとアイテシア軍の後背に向かい挟撃をして戦場を有利にしようとした。


「ふふ……、そうはさせないよ。」ボドワンが合図をすると旗が振られ、後方から重装騎兵が馬蹄の重低音を轟かせて近づいたか思えば、閃光と轟音が響いてこれを迎える。


 中世以前と、中世から近現代にかけての戦闘で兵士の運用で著しく変わったのは、兵力の集中か火力の集中かという点である。銃等の遠射武器が発達するにつれ、散開しても火線の集中が容易になって来た為であった。


 戦争の天才と名高い彼のナポレオンは、隊列の前面に大砲を揃えて圧倒的な火力集中でそれまでの戦術の常識を変えた。


 中世以前は矢を防ぐ盾と鎧を装備して、密集隊形(テストゥド)で近付きながら槍や剣での肉弾戦が兵士達の一般的な戦い方であった。騎馬も、重装備で密集して一気呵成(いっきかせい)に蹂躙する事を基調としている。


 密集隊形は、火砲集中の前には絶好の的だ。ボドワンは、時代を超越した戦法の違いを、その天才により見抜いていた。


 カリッロ隊を襲ったのは、この時代では珍しい黒色火薬である。


 土法術使いが硝石から精製した硝酸カリウムと、灰分を除いて砕いた黒炭の粉末に、火山付近で取れた純度の高い硫黄を混ぜた物だ。


 帝国が、ユーラシア大陸の東端から伝わった火薬を、エルフ達が研究して爆発を起こすまでに進めていた。


 火薬の中には酸化物があり、これが"激烈な燃焼"という爆轟を起こす要因となっている。火薬は、開放された場所では主に燃焼をするだけだ。


 燃焼に空気中の酸素を必要としない為、火縄式(マッチロック)銃や大砲でも火薬をギュウギュウに詰めて一挙に反応させれば爆轟をする。


 銃を突き詰めれば、爆轟により生じた多量の燃焼ガスで鉛を弾き飛ばして威力を示す。密閉すれば爆轟というよりか、手榴弾の様に四方に爆散してしまう。


 銃は、筒尻の薬室内で燃焼ガスが膨張する為、筒先の開放部から鉛の玉が押し出される。ボドワン達の時代には無いが、300年後にリュイン王朝が銃の原型である石火矢で滅ぼされ、傍流バロッテ家をスゥーべ公が助けている。


 代々のハイエルフの中でも、エルファーナの安全は絶対では無いと考える人間はいるもので、他国の様子を伺っていた時に見つけた奇妙な燃焼物に興味を持って情報収集と研究に勤しんだ。


 結果、優れた知性を持つ彼等は、人間達より進んだ火薬知識を持つに至った。ボドワンは、火薬を素焼きの壺に詰めて粘土で蓋をし、カバンに入れて手榴弾を作っていた。


 着火は榴弾を投げ付けた後、火法術使いが中の火薬に簡単な燃焼の詠唱をする事で爆発して閃光と轟音、何より盛大に黒い煙りを辺りに撒き散らした。


 騎馬が足止めを喰らい立ち往生をした途端、微震が足元に泥の沼が作り出す。重装騎兵は、その重さで次々と沼に沈み込み命尽きていった。


 戦場が石灰と火薬の煙りに霞もうと、フリジアの千里眼とボドワンの采配が有ればアイテシア軍の向かうところ敵する者はいない。


「………いっそ、殺してくれ!!!」その時、カリッロの悲痛な叫び声が木霊した。怒号と断末魔の叫びの入り混じる騒々しい戦場でも、エルフの優秀な耳とサンダルフォンの千里眼は誤魔化されない。


 さっきまで、メロドラマの主人公(ヒロイン)の気分に浸っていたフリジアは、事前に覚悟はしていたとはいえ表情は強ばり手足が微妙に震えていた。


 "落ち着くのよ私、こんなのは何時もの事なのだから…" 『何時もの事』と自分に言い聞かせても、全身に震えが拡がっていく。そんな彼女の小柄な身体を、長身のボドワンが優しく包む。


「もう少し頑張ってくれ、コルンバーノは主戦場が不利と見れば残りの軍団を投入するから、取り敢えずこの戦いに決着が着く。」


 彼女が法術や精霊術を使えば、カリッロ隊を救い上げる事も殺す事も容易だったが、いまフリジアに余計なマナを使わせる訳にはいかない。


「彼等は、支配階級(エクティス)だ。一般兵が投降するのなら未だしも、情けをかけた所で戦って死ぬ事を望んでいる。トリーアの民は、帝国そのものと言って良いエクティスを心の底から憎んでいる。それを助ければ君は……。」


 そう愛する人に言われたフリジアは、監視する彼女が戦場から目を背けてボドワンの指揮に影響をしても、不測の事態に備えたマナを使うのも躊躇われた。


 戦場は、時に非情だ。彼女自身はカリッロ達を救いたいと思っても、より多くを救う為に冷たく見捨てなければならない。別けても彼女は、エルファーナから離れてアイテシア国民になろうとしているのだ。


 無用の疑念は、これからパートナーとなるボドワンにも影響をする。「わかったわ……。」フリジアは、唇を噛み締めて冷酷非情な判断に身を任せた。


 一方コルンバーノは、戦場から光と耳慣れない轟音がしたのを敢えて無視していた。この時代のヨーロッパには、黒色火薬は伝わっていても手榴弾の様な使い方は知られてはいない。


 しかも、ドルイドとの戦闘に不思議は付き物だ。「動きから、よく訓練された兵らしいな。」「誠に以って、憎っくき奴等かと……。」「構わん、種が尽きれば奴等の命運も尽きる。」


 トリーア在任中の殆どを、抵抗勢力たるドルイドの制圧に費やして来たと言って良い彼は、不思議現象=マナ法と考えマナが尽きればクレシーの切り札が出張ると予想をしていた。


 旗の本数からすればクレシーに篭るのは通常2万だが、実際は5000〜1万の間であろうと踏んでいた。それはコルンバーノの手持ち兵力の半分以下で、切り札さえ屠れば十分な戦果が得られると心算していた。


 "確かに法術を使うドルイドは脅威だが、カンピエーニュやラ・リヴァの異変は並のドルイドのマナの量ではなし得ない。必ずトリックが存在していて、タネはドルイドの一挙大量投入、マナ切れの死者を気にしないドルイドの使い捨てで運用している筈だ。継続して、大量破壊法術を使うのは至難だろう"


 実際、彼等はそれだけ追い込まれていて、追い詰められたカンピェーニュで大量破壊法術を使用している。コルンバーノは、ここで追い込んで置けば早晩、切り札を使い切ってドルイド共に勝ち目は無くなると踏んでいた。


「ふふふ………。」「何が可笑しいの、ボドワン?」「今頃敵さんは、情報の少なさから焦って賭けに出るのかとね。それより、カレー市民の収容は終わった?」


「もう少しよ。」「急いでくれ、敵が突入するまでの間だから。」フリジアは戦場を【千里眼】で見渡しながら、カレー市民と見るやクレシーに順次転送をしていた。


 フリジアの転送能力は1000人〜2000人の間であるが、複雑な地形の転送は、それだけ座標の固定が難しく送れる人数に制限があった。彼女は、市民を小まめに拾い上げて、クレシーで纏めてカレーへ転送する積もりなのである。


 未だ前線は、火薬の黒煙と石灰の白煙に視界が制限され、足場の悪い草地と法術に阻まれ大型兵器の援護が受けられず、視界の狭さから的確な指揮を受ける事も出来なかった。


 大型の弩(バッリストラ)砲台型投石器(オナガー)は、遠射をすれば風法術で自陣に落ちかねず、同士討ちを避ける為に使用できない。


 帝国軍が集団突撃隊形を取れば榴弾の餌食とし、散開すれば連弩(スコルピオ)の餌食とした。中世前期では、火薬の轟音は未経験ゆえに連隊はこれに手を焼いた。ボドワンは、彼等が得意の盾と矛による肉弾戦を許さない、徹底したアウトレンジ戦法を採る。


 アイテシア軍は殆ど犠牲者が出ないのに対して、帝国軍は確実に討ち減らされて行く。観戦するしかないコルンバーノは気が気では無い。傷付いた者から更迭され次々と新手が繰り出される戦場で、数の圧倒的な不利が有りながらボドワンは淡々とこれを捌いて行く。


「先程の軽騎が、後軍の状況を報告して参りました。」ジリジリと神経を削られる指揮所を矢継ぎ早に伝令が行き交い、その内の1人の報告内容を聞いて彼は不敵な笑みを漏らした。


「閣下、急ぎ沼と足を取られる湿地には、目印の旗を立てさせました。湿原の入り口も、三方以上を見付けて御座います。」参謀も、コルンバーノに報告をする。


「やっとか……。もう、開戦してから2時間は経つ。兵を纏めて、見付けた三方より戦場に突入せよ!一気に揉み潰す。」と、バトンの様な指揮棒を振り上げ号令を下す。


 遂に、コルンバーノ自身が采配を振るい、戦場を圧倒しようと全軍突入を命じた。ブッキーナの高らかな進軍ラッパと、太鼓のリズミカルで勇壮な音が彼の勝利を確信している様だ。


 その音を聞いて、俄かに前線が活気付く。"ガハ、ゴホ、ゲヘ、ゴボボ………"「や……、やったぞ……。ついに、ついに、本隊が来る………。」指揮が満足に行き渡らず焦れたオロンパスは、前線のやや後方まで上がっていた。


 その顔の部分は、白銀の兜と面当てが指揮の邪魔になるのでとっくに外し、素顔を晒すので白黒の煙りに炙られ黒ずみ、目は満足に開かず鼻水に汚れて布で擦り上げるので無様に腫れていた。


 "カーッ、ぺッ"真っ黒な痰を足元に勢いよく吐き捨てると、「もう、もう少し頑張れ!我々は生き残った。あと少しで後続が到着するから、それで敵の喉元に喰らいつける。」


 帝国軍得意の近距離肉弾戦を許されず、中距離からのジャベリンなどの飛翔武器が唯一有効なだけで、焦りを覚えていた連隊長は前線を鼓舞する。


 これも変わらぬ風貌のグロッシ大佐が、何やら耳元で囁く。「そうか!本隊から一個大隊分の重騎が増派されたか……、ならば。」


 涙に滲んだ目線の先に、アイテシア軍の鉄壁とも思える陣列が俄かに動揺して中央に綻びが見えた。質量のある飛翔武器の所為か、はたまた本隊が進軍するのに怖気たか、その盾列に粗密が見受けられる。


「ふふ……、閣下もここがこの戦の正念場だと、切り札を切る気になったらしい。確か重騎を率いて居るのはヌンツィオ大佐だったな?」「はっ!」


「敵の軍列に綻びが見える。せっかくの重騎だ、存分に敵陣を崩して貰おう。反撃に転ずる!大佐が来たら、私の所に案内(あない)せよ。」


 重騎兵の本分は、敵を圧倒する事にある。中でも、飛翔武器で盾と矛を揃えた列に綻びを作り、そこに(きり)を突き刺して抉る様に陣列に穴を開けて、柔らかい側背に食らいつく事を得意としていた。


 "ドドドド………" 暫くすると鎧に固められた騎馬の一団が、蹄の音を響かせ煙を巻き上げながら近寄付いてくる。するとグロッシが、「ヌンツィオ大佐はいるか?連隊長がお呼びだ!」


 "ゴホ!ゴホ、ゴホ……"「失礼、ヌンツィオだが、連隊長はどちらかな?」大佐は馬上から、右手を上げて簡単な礼式を取りつつ、用件のみ簡潔に述べた。


 そして馬から降りようと従者に突撃槍(カリガ)を渡し、鞍から重さを感じない軽やかさで地上に降り立った。重騎兵が専ら突撃戦法を取る様に成ると、投擲槍(サウニオン)から派生した突撃専門の槍が考案された。


 ヌンツィオの風貌は、素顔を形取った(かたどった)面当てに隠されて表情は知れないが、帝国人にしては珍しく六尺豊かな(=180cm以上)体躯に、組み立て式板金鎧(セグメンタタ)から進化した、鎖帷子(ハマタ)とセグメンタタを合わせて軽量化されたカタピアストラが纏われている。


 楕円盾(ケトラトゥス)には、所属部隊の紋様を施し、マント(パヌエラ)の背には家名の紋章が描かれていた。下級貴族(エクィテス)ながら歴戦を重ねて、翼軍(アウクシリア)を束ねる部隊長の風格を備えていた。


 "ケホッ、ケホッ"「これはまた、随分な所に指揮所を設けられましたな…。」「大佐か?」「はっ!」「多くは言わん。あの、綻びに槍を突き込んで蹴散らせ!」


 オロンパスは愚将ではなく、知将・勇将の類いだ。あの光りと轟音、敵陣の乱れの無さ。カリッロ騎兵隊の足を生かして、後背を厄す任務を与えたのは彼だ。それが、何らかの罠にハマって、連隊の切り札を失ってしまった。


 それが今や、新たに強力な札が手元に入ったのだ。このまま、本隊の参入を良しとは思わない彼は、敵陣の乱れを本隊参入による"怖れ"と看做す(みなす)と空かさず矛を突き入れて、崩れた中央から側背(そくはい)抉ぐる(えぐる)戦術に出ようとしていた。


 重騎に錐行陣(すいこうじん)を敷かせて前面に押し出し、自らは重歩と共にその直後に入る。この攻撃に特化した陣形を、矢の形に擬え(なぞらえ)鋒矢陣(ほうしじん)という。


 開けたヨーロッパの地形では珍しい陣形だが、ナンポン平野の複雑な地形には有効だろう。その最大限の攻撃力を活かす為に、指揮官は先頭を切らなければならない。最も、指揮官が捕らえられ易く、また死に易い陣形だ。


「ふむ、我等に先に立って死ねという事ですな?」この戦術を聞いたヌンツィオは、面当てを跳ね上げ頬の大きな傷を歪めて笑顔を見せた。その顔は、戦場の争気に煤けては居るものの、どこか愉快気である。


 志願して20有余年(ゆうよねん)。千軍万馬を往来する彼にとってこの命令は、ちょいと散歩がてら敵に挨拶するのと同じ事だろう。"戦場で死ぬのでは無いか?"そんな怖れの気持ちは、母親の胎内に置き忘れて来たかの様だ。


「ああ、死んでくれ。我等も、運命を共にする。」ニヤリとしたオロンパスは、さも当然と言った風に応えを返す。このぶっ壊れた会話に、連隊の幕下をヒヤヒヤさせたが、2人には"死中に活を求める"阿吽の呼吸だった。


 かくて、アイテシア軍歩兵の中央に、重騎兵が矛先を付ける形となった。


 依然前線は膠着状態だが本陣が出馬しており、平野では数の有利を利用して帝国の敵を屠ろうとタギリ立っていた。後の未知数はクレシーだけだったが、未だ帝国本軍の後方を厄す気配さえない。


 チリチリと肌と喉を焼く白の煙りと深呼吸を妨げる黒の煙り、視界を狭める白黒の不愉快な争気は人馬の苛立ちを煽って昂らせる。「さあ行くぞ、相棒!」ヌンツィオは、手綱で馬首を軽く叩き馬体を両脚で締めた。


 前方の全てを破壊せんと、敵軍列に猛烈な突撃を仕掛ける。金属槍(サウニオン)が唸りを上げて投擲され、敵の槍衾(やりぶすま)に穴を開ける。兵達を守っていた盾に騎馬が全体重を掛けて押し潰し、カリガが敵兵を薙ぎ鉄壁の軍列が崩れた。


 重騎兵の本分は、圧倒的な突進力で敵の企みを砕く事にある。そして彼は、その道のエキスパートだった……。


 初めて、アイテシアに死傷者がでる。


「ひっ!」中央が崩れたのを見て堪らずフリジアが声を上げ、慌てて死傷者をクレシーへ飛ばす。だが、悪い時には悪い事が重なる物で、その視線の先に見たのは寡兵に騎馬が襲い掛かる姿だった。


 暫し時は戻る……。コルンバーノは敵の監視の目があると看破すれば、出発前に密かに騎馬軍を用意して後軍の後に出立させていた。通常編成ではなく、ノ・ホイレーンムヒラ遠征軍の準備を含め替え馬も、彼の持ち馬や私兵も参加しての大人数編成だ。


 この時代の騎馬は、移動速度から航空機や破壊力で戦車に例えられる。それが、ザッと600騎。心臓を抉られる様な光景に、フリジアは思わず足元がフラつく。これは、アイテシアの監視を欺く賭けだ。そう、それは、お嬢様育ちである彼女の目を誤魔化すには十分だった。


「どうした、大丈夫か?」ボドワンは、フリジアの肩を優しく抱きとめて聞く。「ク、クレシーに騎馬隊が来てる………。」


 フリジアの脳がどれほどの処理力を誇ろうが、同時に8以上の視覚情報を処理できない。その内最低3は、常に戦場を彷徨ってカレー市民を拾い、送り先座標を確認し瞬間移動をする作業をしていた。


 また、前線の黒エルフ達と念話を交わす為に、脳のリソースを使い潰していたのも大きい。遠望は配下でも気取られず出来るが、近場の監視を気付かれまいとフリジアとサンダルフォンに頼ったのが裏目にでた。


 ボドワンは、慌てず沈思黙考(ちんしもっこう)(=気分を落ち着け熟考)をする。


 騎馬の攻撃により正面に崩れが生じたのは、後背からの攻撃を予測していた位だから計算の内だ。寧ろ前線には、無茶をして硬い防御をするよりも、崩れたと見せかけて受け流す様に支持している。


 計算外の問題はクレシーで、装備が整わず、練度も低い民兵は足手まといなので、僅かな黒エルフ兵で欺瞞工作を行なっていた。彼等が如何にマナ法に長けているとはいえ、50名足らずでは長く持ち堪えられない。


 ボドワンは、16×16の中隊で役割りに合わせて12の方陣を組み、それを6つの衝方陣にして柔軟に対応をしていた。疲労度の具合や負傷者の回収に、兵員を前後に入れ替えてローテーションをしていた。


 今、衝方陣の苦手とする錐行で一点突破をされようとしている時に、前線から兵を抜く事は出来ない。「フリジア、行ってくれるか?」「でも、良いの?」「ああ、構わない。行ってくれ。」


 戦場の視界の悪さは、フリジアの千里眼と念話による伝達で指揮の優位を保っていた。彼女が常にボドワンと共にいる事で、殆ど時間差のない指揮を可能にしていたのだ。


「分かっていると思うが、クレシーに逃したカレー市民や君の部隊を転送させたとして……、」念を押すボドワンに、「その先は言わないで……。」フリジアは寂しく微笑んでみせた。


 クレシーで目標を失った敵騎馬隊は、早々にナンポンの戦場に参じるだろう。そうなれば、主戦場からの撤退方向を塞がれる事になり、アイテシア軍は袋のネズミになりかねない。


 ボドワンが、コルンバーノを葬る為に用意した戦術にはフリジアの能力が欠かせない。クレシーに飛んで、速攻で決着をつけて戻って来るには彼女の好まない方法を選択する必要があった。


 それは、フリジアの心に確実な傷となって降り積もっていく………。







7000字は、暇を見つけて書いていましたから後は楽勝と思いきや、進めている内に如何しても気に入らず、ほぼ全面改定しました。更に、調べ物と造語が多く、書き上げるのにも苦労しました。


英語圏では、憲法を"constitution=国柄"と表記します。知り合いの法律家に尋ねても、多分100人が100人、その国の歴史の積重ねが法源と答えるでしょう。歴史から何を汲み取るかは別にして、筆者は歴史からの良識が法源として最も相応しいと考えます。


さて、カレンの世界では、暴力と圧制が罷り通っています。彼女が何故、頑なに殺戮を否定するのか?自由を信望する彼女としては、この余りに不合理な世界に憐みを禁じ得ず見過しに出来ないからでしょう。


では、次回またお会いしましょう。





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