コタツみかん大作戦/正月特別<番外-オマケ編>
お待たせしました。
まだまだ、書き足りないエピソードは有りますが、表題から外れてしまいますので前話までと言う事で、今話はオマケという蛇足です。
【フォンテーヌ宮/カレン6歳】
『好きこそ物の あはれなり』意訳:好物に心捉われ、しみじみ哀れなり。詠人/華蓮・蕗冽汰
そう、諺の"好きこそ物の上手なれ"を捩ったモノだ。ねぇ、聞く?どうしてか聞いちゃう?
えへん……、このスイーツ好き女子のカレン様と致しましては、デザートは外せないと思うのですよ。自嘲気味に、お菓子だけに、あな可笑しやなんてなw すまん、中身がオヤジなもんで……。
前世では、干し葡萄やチョコにブランデーとか、生キャラメルにスコッチとか、日本酒に羊羹位だったのが、女の子になって毎日甘い物を食べてスイーツ作りなんかを楽しんでいたりする。
今日も、ザラメを敷いた型にオレンジピールを刻み込んだカステラ生地を入れてフワッと焼いたのをプロデュースして、自分も楽しんでサブロンの人達にも味わって貰っていた。
「このデザートは、メノルカの2度焼きを下敷きに作りしました。」「ほう、ビスコチョなら保存食ですので稀に口にしますが、こんなにシットリとはして居らずサクサクとしておりました。」
日本人が言うカステラは、航海の果てに持ち込んだポルトガル人が、「カスティーリャ(王国)のお菓子です。」と紹介したからだそうな。カステラの源流には幾つかの菓子が存在しているのだそうだけど、航海用に焼き締めて水分を抜いたビスコチョがメインだと思う。
食感はサクサクとして、味は玉子菓子だったそうなので、強いて言えば現代の玉子ボーロが近いのかな?と思う。あ、前世でも今世でも2度焼きは2度焼きね。
「それにしても又、これは食感が軽くて食後にはピッタリですね。」「そうです。玉子の白身を別に泡立てまして、甘味は砂糖と糖蜜を合わせました。シットリ感なら蜂蜜が上なのですが、イジェルの香りと僅かに合いません。」
「底のザクザクとした食感は?」「ザラメ糖と申します。」「ほう……、余り流通してない糖ですな。砂糖だけでも十分に贅沢品では有りますが、流石にロレッタ家の財力は大した物です。」
砂糖大根の甘味を抽出して煮詰め、手回しの遠心分離機で取り出した結晶だとはよもや気付くまい。甜菜糖は、まだまだ精製技術の熟成が必要なので、初期段階の精製物のみのお披露目になった。幸い、南洋の砂糖キビから取れるザラメもメノルカ経由で入って来るので企業秘密は伏せて置く。
「それにイジェルを細かく刻んだのですか?噛むとオランゲの香りが鼻に抜けて、何ともはや気分が爽やか晴れやかになりますな。」「この北では、秋にイジェルが太陽の香りを運びますもの。そこでご提案なのですが……、」
俺は、蒸留所の設置と運営に関して、資金は領庁持ちで商工ギルドを通しながら、管理運営をサブロン町民に任せられ無いか打診してみた。
「いや姫様、それはお待ちください。」先程は、青い顔をして黙り込んでいたモーペルテュイが慌てて口を挟んでくる。本来、サブロン関係の管理を任されているのは代官たる彼であり、様々な利権が絡むからであった。
「何故?こちらの事業は、かなり大規模になりますから領庁の直接統制下に入って貰おうと思っています。他の産業とも関わりますし、直接はサブロンの人に作業をして貰いますが、人口規模から言っても村起こし事業と並行に行うのは無理ですよ?」
狙いは、オレンジオイルとカモミールの香水や香り付き石鹸などで他業種とも絡むし、試作から製造までを担わなければ成らないので、資金から言っても一男爵家の手に余る。
「私が、領内の道路整備や通行税の撤廃だけで満足するとお思いですか?」「いえいえ、滅相も御座いません。」
「次に来るのは、田舎で眠っている人材と、都市に出ている人材の更なる活用です。その為に、田舎に産業を起こし、働き場であるプラントを設置します。プラントの資材も出来た商材も、スムーズな物流があってこそ消費地に届くのです。」
都市に人口が密集すると、様々な問題が出てくる。マイナス面の最たる問題は、インフラで有ると言っても過言ではない。上下水道が悪ければ病気が流行るし、治安の悪化と物品の流通は生活基盤に重大な影響を及ぼす。
たちまち技術により解決の着かない問題は、都市人口を減らす事で対処するしかない。消極的に人口流入を防ぐより、地方に仕事を創設する事で生活基盤を確保する積極的人材活用が俺の目的だ。
モーペルテュイからすれば、意表を突かれる思いだろうな。何せ、物流の正常化だけで可成りの利益の伸びだったから、次のアイディアが有るなんて思いもしないのだろう。
「先程から顔色が悪い様ですが、もしやブルガン男爵の事かしら?卿の従兄弟だそうですね。」「はあ、まあ……、」「ならば彼に伝えて頂けますか?」
「何をでしょう?」「これからは、中央にではなく地方にチャンスが転がる世の中になると、単なる左遷だと思えば官吏も厳しくなるので軍隊にでも行きなさいとね。」「そ…、それは、彼をご容赦願えませんか?」
カレンは首を横に振って、「許すとか許されないじゃなく、"チャンスを拾って自分の物にすれば報いますよ"と言っています。官吏は、領を富ませる為に雇われて居るのでしょう?」
「はい……。」「ならば、その本分に立ち返って、人々を富ませる為に知恵を絞っては如何?目先の地位や名誉にシガラミや持ち場を超えて、自分の本分を果たせば結果は付いて来るでしょう。」
「ですが………、」「貴族は有能であれば、地位も名誉も報酬も付いて来ます。彼には故あって罰を与えましたが、良い事をすれば必ず賞します。」これだけダメを押しとけば良いだろう。後は知らん!逆恨みをするなら、それまでの人材だ。
利に聡い人間に、無条件の忠誠を誓わせるのは無理だと思う。利で釣ってやれば、意外に素直に走り出すかも知れない。既成の身分制度に埋没し、目先の利益しか見えていない人間の尻っぺたを思い切り蹴り飛ばすのも次期領主の務めだ。
意外に俺は、Sっ気が有るのかな?wなんて自嘲していたら、クレモンが様子見に出て来た。
"キチンと、自分が作った物を食べる人間の顔を見てなきゃダメです。貴族でも平民でも、食事を摂らずに生きて行ける人間は居ないのですから、提供した貴方は堂々としていれば良いのです"クレモンに、こう言ったさ。
そう、料理人が食べる人間の笑顔を忘れた瞬間から、食べ物は料理の枠を超えて動物の餌に堕ちてしまう。言って置くけど知っている現代じゃ有るまいに、"シェフのテーブル伺い"なんて習慣はない。
厳格な身分制度の世界だ、テーブルサービスをする使用人以外は、特別な招待でもない限り貴族と平民が食事場所を共有する事はおろか、裏方である料理人は食卓で顔を合わせる事すらもない。
使用人である平民は貴族の残り物を食べるのが常識であり、俺の様に食堂を設けて食事を用意するのは非常識と言えた。料理を山盛りにしてオコボレを使用人に与えるやり方は、ペットじゃあるまいに驕りが過ぎると思うんだよね。
一皿一皿に心を込めた芸術品を設えて、適宜サービスして行く方が貴族好みの贅沢だし、働いている人達にも誇りを持たせられるので別々に食事を用意するのは決して無駄じゃないと思う。
アイテシアでは、貴族と平民は明確な身分差がある。決定的に超えられない、人種差に近いと言ってもいい。平民上がりは、例え爵位を賜っていたとしても平民爵とバカにされていた。今日のこの場も、生粋の貴族である男爵にとっては面白い物ではない筈だ。
「これは、私の料理長。今日も、料理は大変結構なお味でした。」「私の姫様。お褒めに預かり、大変恐縮で御座います。」「いえ、褒めて言っているのでは無く、サブロンの皆様にも好評な様に事実、良いお味でした。」
"おお〜……、あれがマジシャンと言われる料理人か……" 周囲から密かな賛辞が聞こえたかと思えばモーペルテュイが、「其方が、この度の見事な料理を作ったのか?」「はい、左様で、」「なかなかの味であったが、こうオレンジばかりだと執拗さを感じるな。」
クレモンに人気が有るので嫉妬して、どうしてもマウントを取りたいらしい。オレンジ尽くしという趣向を理解しても、俺への当て擦りなのかもな。
「私がサブロンの者達に、"貴方達の作物はこんなに役立っていますよ"と意向を伝える積もりのオレンジ尽くしですから、総料理長に非はありません。」「ほう……、姫君がですか?」何で、こう小心翼々としてる癖に、勝てそうな相手には直ぐに偉ぶろうとするかな。
さっきまで青くなっていた中年男が、立場が有利になれると見るや、さっそく難癖を付けるその神経の図太さには恐れいる。ポンポン腹だけあるなw「我が家のクレモンさんは自由民の出自ながら、持ち前の気骨と腕前だけで総料理長にまでのし上がりました。」
"'おおー!'" 何処からともなく拍手が上がった。それもそうだろ、自由民とは平民の中で最下層の戸籍を持たず、国の庇護を受けられない者達の総称だからだ。そこから身を起こし、平民の誰もが憧れる家名を下賜されて巡爵まで賜ったのだから、立志伝中の人になる。
「ご存知の様に、様々な理由により洗礼を受けらず、農地戸籍も都市戸籍も持たない階層が自由民なのですが、クレモンさんに限っては貴族階級の落とし胤で私生児として育てられました。」こんな事を口にしても、彼は堂々として動揺が見られない。
「彼のお母様は偉大な方で、一念発起して故郷を捨てると、息子と同じ自由民に身を落としてフランクヴィルの都市門を超えられました。そこで馬車馬の様に働いて、都市戸籍を得る為の税金を納めて彼を養われたそうです。その艱難辛苦が、後々の彼の成功に貢献したのは言うまでも有りません。」
サブロンの純朴な人々は感動で目を潤ませているし、言葉巧みな商人でさえ口を開けども遂に意味を成す台詞にならなかった。都市戸籍を得るとは、それ程の重労働を背負うという事であり、命を削るのと同義であると聞かされた。
寡婦が1人で、愛する我が子の為に最大限の贈り物をしたのだから、涙無くして語れないよね。「グズ………、クレモン様にそんな感動秘話が………、」「我が家はこの様に、有為の才能には最大限の賛辞と敬意を以って報います。皆様も、精々精進なさいませ。」
「「「はは〜……。」」」この場の皆んなは、若干名を除いて感動に打ち震えていた。事情を知っていた俺と当人に、予想通りのモーペルテュイだ。急にクレモンの出自の話を始めて、俺がモーペルテュイの顔をチラ見したので両人とも当て擦りと察した様だ。
「流石に姫様!ご慧眼に御座います……。」あー、流石のポンポン腹も動揺して、俺がクレモンを取り立てたと勘違いしてるや。年齢から考えたら、それだけは無いのにな。先程までの傲岸さは形を潜め、手足が微妙に震えて顔も青ざめている。
そりゃ〜、主家の跡取り娘に、"働きの悪い奴は、貧民の爪の垢でも煎じて飲めやこん畜生!"と言外に詰られたら、普通の貴族なら憤死しかねんかもな。別に、気が付いてる人間は少ないし、思い上がった貴族に顔色を奪うくらいお灸を据えれば良いさ。
まーこれだけ遣れば、2度と俺を子供扱いはしないだろうし、多少の陰口くらいは許してやろう。
「姫様、ここは任せてアチラに試食の菓子をご用意しております。」「そうですね。モーペルテュイ卿、2人の小さなサブロン代表を連れて行っても宜しいですか?」いっ発ぶち喰らわしたら、三十六計かな。つまり、ヒット&アウェー。殴り逃げするw
「あー、肩が凝ったわ…。」ここはフォンテーヌ宮の内殿に続く回廊、俺はドップリと精神的な疲れを感じて銀扇を束ねて肩をトントンする。続くは、ジルマリクとポーリーヌ、エセルとアデールの側仕えコンビと毒味のドゥースに女性騎士が4名と、俺の豪華衣装のマント持ちの2名な。
今から向かう先は内殿も内殿、王族とロレッタ家の者に、下働きでも特に忠誠心の厚いメダイッレ持ちや巡爵持ちがギリ入れる私室で、装飾の無駄に豪華な事と言ったら空いた口が塞がらないわ。
さっきからポーリーヌが、ひと言も口を利かない。食事中もだけど、ここに来て動きがズンとギコチなかったり。この見せ掛けの豪華さに当てられたのか、まるで某芸人のモノマネで、ウィーンガチャン!ウィーンガチャン!ギギギギギギ……って、油の挿してないロボットの様な動きだw
「どうしたの、ポーリーヌ?昨日のズィズィの話の続きでもしましょうか?」「は………はあ、ズ……ズィズィで御座いますますますでしゅね………。」だーめだこりゃ、手と足が左右で同時に出てるわ。
「まぁ〜、まぁまぁまぁ………、姫様!やんごとなきお立場なのに、ズィズィとお口になさるなんてハシタナイでは有りませんか!」あう、こっちで自由を謳歌してたから煩いのが居たのを忘れてた。
側仕えと言ってもアデールは中級貴族家の出身で、教育係のリーラに代わってフォンテーヌにいる間は躾係りを担当する事になっている。
普通の貴族の結婚は、親同士、家同士が決める物だ。細かい事情は知らないが、アデールは名前の様に気位が高く、気に入らない求婚を全部まとめて蹴ったらしい。
澄んだ黒瞳に、黒髪を引っ詰めた神経質そうな叔母さん?というのが第一印象だった。どうも俺が、扇で肩をトントンしてたの辺りから気に入らなかった様子で、ズィズィで爆発した様だ、
その後も、ぐちぐち煩く説教をされた。"あ〜かったり〜"と思っても、マリクやポーリーヌの前じゃオクビにも出せねぇじゃ、あーりませんか!"クッククク……" 外殿の再外縁テラスから内殿まで、1時間は有ろうかという長い廊下の突き当たりで不意に抑えた笑い声に迎えられた。
「こんにちは、アドリアンさん。どうされましたか?」「いえいえ、気になさらないでくだせい。」外殿から内殿の警備が交代する場所が、この突き当たりの扉なんだ。ここから先は私室の在る区域で、江戸城で言えば大奥扉前?って感じで物々しい雰囲気がある。
「さっ、参りましょう。」内殿の扉前で、凶相のアドリアンと田舎者の2人の平民を手招きした物だからアデールが堪らず引き留める。「姫様!ここから先は、普通の身分では進入できない特別な場所です。」
「はい、ですから、アドリアンさんには余人に聞かれたくない重要な報告が有りますし、こちらの2人にしか出来ない話しも有ります。私は、身分よりか必要を重視いたします。アデール様も、他言無用なら同席して構いませんが?」
アデールは気に入らないだろうが、俺には俺の予定があるんだ!とゴリ押しをした。それから、昨日割り当てられた部屋へ入ると、エセルとドゥースに人数分のお茶を淹れる様に促した。
このフォンテーヌ宮は、本来ならイタリアのマニエリスム様式をフランス風に解釈し直した装飾になっている筈なのだが、どうやらイタリア方面は憎っくき帝国と同じ様なので、部屋のアラベスクやグロテスク的デザインと中庭にパルテナ調の庭園は取り入れられては居ない。
割と平均的な幾何学模様を中心に、絵画彫刻、漆喰装飾、天井の枡形木工細工と、縁取りに動物の寓意的な彫金加工が施され、全体的に重厚な雰囲気を醸し出していた。
ま、全体がドピンク部屋と比べれば、マシな部類だな。とは言え、日本人だった俺には、侘び寂びを感じない豪華部屋は更に落ち着かない。落ち着かないと言えばポーリーヌが気になるので、彼女にアドリアンとマリクにも手近な椅子へ着席を促した。
「いけません!姫様の前での平民は、跪いているか立ったままでいる物です。それに先程の、モーペルテュイ卿に対する態度も感心いたしません。アレでは、貴族より平民が優れて居るかの様な印象を与え、卿に不要な恥を掻かせてしまいます。」
これには、仕えて日の浅いエセルも同意していると見えて、お茶の手配をしながら静かに頷いている。「ご忠告を、ありがとう御座います、アデール様。」俺は真っ直ぐに彼女を見つめて、母譲りのカーテシーでお辞儀をしてみた。
「されどアレには、意図が有っての対応なのです。」「どの様な、お考えが有っての事でしょう?」俺が、手近なフカフカソファーに座るとアドリアンも長椅子の方にドカッと腰を下して、「姫さんが言いたいのは、こうした事ですわ。」と応えると、途端に、アデールの眉間に皺が寄る。
「まぁ、平民如きの分際で、姫君と同じソファーに腰を下ろすなんて……、」アドリアンは、アデールに向かって人差し指を突き出すと自らの唇に当てて、「アデール様でしたっけ?アッシの方が、姫さんとの付き合いが少〜し長いもんで、だいたい考えてそうな事は見抜けるんでね。」
その、余りの態度に彼女は口をパクパクさせて絶句してたw「そう、貴女は今のアドリアンさんの態度に意識を集中しましたよね?私も、卿の意識を逸らすのが目的だったのです。アデール様も、同席していたので事情は分かると思いますが、ここに居るマリクの献言を入れて敷き藁をさせたというのは存じて居りますね。」
「その通りで御座います。」「なら、事業が失敗すれば、マリク一家に火の子が掛からないとも限りません。ああして屈辱を与えて置けば、私の方に意識を集中してマリクの事どころでは無くなる筈です。卿が、私に悪感情を持って居るのは想定済みなので、今更それに少々の敵意が加わった所で何程の事でしょうか?」
「何故、姫様が平民の為に犠牲を払わなければ成らないのでしょう。それ程、平民が好きなのは何故か教えて頂きたい。」「個人的には、昨日マリクが私の事を救おうとして下さった恩義に報いる事が有りますね。」
「それこそ、平民には一遍のお言葉で済んだのでは?」「ほぅ……、それは私に対しての侮辱ですか?」「いいえ、その様な意図は……、」「取るに足りない者は一片の謝意のみを示しますが、責任の重い立場の者は実利を伴って誠意に報います。誇り高きアデール様なら、承知の前の筈で御座いしょう。」
「まぁ、つまり姫さんは、それ位に平民が好きって事さw」アドリアンが茶化して来たので、ギロリと軽く睨み付けた。これは、彼の絶妙な合いの手なのは分かっている。アデールの論は、貴族一般の感覚を代表していただけなんだ。
だから余り人前で、正論を翳してやり込めるのは萎縮させて良くない。放置してたら、またアデールが"姫様に向かって無礼な!" 呼ばわりを始めるとややこしいので、ダメだよのポーズ位はしとかなきゃな。
「私は感情論ではなく実際的な数値として、平民のヤル気を出させた方が領地経営に良い効果がある事を知っています。これを見て下さい。今までの貴族達のやり方では、歯痒い位に効率が悪い。」
俺が、領改革に参加する前の10年分の収穫高・収税額・商取引数・人口推移などをグラフにして平均化した物と、改革後の自由市や領内通行自由化に収税方法の変更をした後の数年を纏めた物を広げて比較してみた。
「自由化翌年でも、それまでの1.3倍の収穫高と商取引量が1.5倍近いのです。今後、領内道路工事などのインフラ整備事業を入れると、総生産は平均して2〜3倍に増えると予想しています。」GDPの考え方で、領内で何れだけの仕事をこなしたのか?何れだけの生産と消費が有ったのかを具体的に数値化した。
「これは試算ですが、農奴が嫌々生産をするのと、仕事と目標を与えられて前向きに仕事に携わるのとでは、6倍近い生産性の開きが有ります。勿論、天候に左右される収穫物だけでなく、インフラ整備事業や運搬流通、商取引などの諸々の数値の平均です。」
「これは、凄まじい計算量と予測ですね。」「具体的に数値化して前後を比べないと、改革というのは成功しないのです。そして、改革の不安定要素も具現化しません。私の父と母が、農業資金の援助にと低利の貸付けを行なっているのはご存知ですよね?」
「はい。何でも、年利五分以下の低利率だとか。」「ブルガン元子爵一派が、モーペルテュイ男爵など地元代官を操って、肝心の農民に貸付けを行なっていないのはご存知?」「それは、存じ上げませんでした……。」
「私が男爵に失礼を言う理由は、父母の意向を蔑ろにしてロレッタ家を愚弄して居るからです。」農民達に渡る筈の資金の大半が、地元代官の回収不能の評価で借りられず、彼等が流用して誤魔化した税金の一部も含めて高利貸しの資金に当てられた。
高利貸しは、2割りから6割りまでの貸付けをして、その上がりで代官は帳簿上の元本を返済するので、帳簿を査読する俺の目にこのカラクリが引っかかったのだ。
ともかく、収穫日を含めて取引き日から返済日までの間がない。一応は帳尻を合わせてはある物の、天候不順等の事情を含めて低利だったら農民達が余裕なく返済をするもんか。調べて見ると、出るは出るは不正のオンパレード!
「不作の年には農民達に高利貸しを利用させて、豊作の年はギルドに買い叩かれて返済が焦付きます。返済できなくなったら農奴に落とし、自分達の好きに働かせ身柄を売り買いするのです。こんな希望のない生活に、逃亡農奴も増えて治安が悪くなり、生産と流通が停滞してしまいます。」
農業が落ち込めば、商業や産業の成長が鈍磨される。貸付け利率の適正は、試算して見ると年率1割りまでがギリギリ、それ以上は返済不能だった。俺は、取り敢えずの側面援護で勢子の給与を倍に増やし、道路整備事業を立ち上げて仕事を増やし流通を整流化した。
「それに、人頭税や死亡税も廃止されましたしね。」マリクが、言いたくて堪らず口を挟んでくる。「ええ、その通りだけど、人頭税の廃止には別の意味も含むの。貧しい農家は、子沢山だと人頭税を払わず保護を受けられない自由民が増えるわ。」
「そして、アッシらのご先祖さんみたいに都市に流入する。」「都市流入を厳しく制限しても良いのだけど、余り厳しくすると野盗が増えてしまい、捕らえて処刑した所で人材が減る事に変わりないの。それ位なら、いっそ人頭税を廃止して有用な人材に仕事を与えた方が何千倍かマシです。価値の有る仕事を与える事が、産業振興の1番の狙いなのです。」
人口動態調査の正確さが、政治・経済・軍事にどれほど大切かは理解されていない。客観的数値で説得してやれば、大概の人間は納得する。1.5倍の取引き増加は、実際的に2倍も好況に感じるものだ。
「貴族の誇りが不要だとは言いませんが、持つなら領民を善導する方向で無いと意味が無いと思います。アデール様は、お名前の通りに気高く立派な方だと感じますので、卿等の不正義が如何に貴族の体面を傷つけているのかは分かりますよね?」
「はい、早速ひっ捕らえて処断した方が宜しいかと思われます。」さすがに父ちゃんの信任が厚い、サヴィニエ子爵家のご令嬢だけある。勇ましいのは良いが、物騒この上ない。ちょい、正義感が強いのかな?
でも、簡単に処分するよりか、彼等にもチャンスは与えて置く。「構造的腐敗にいきなり刃を入れるより、根っ子から断ち切る為に泳がせた方が良いでしょう。私は、新しい地平を用意しました。それを目指すか、元の泥の中に戻るかで、処分するか否かを決めます。」
それでも、悪い奴は俺の期待を裏切るかも知れん。生き残りの道を残してやっても、愚か者は最悪の選択をしてしまう。理由さえ有れば、指1本、命令書1枚で、デュエンファンテは簡単に処刑ができる立場にあるのだ、軽々しい決断は出来ない。
ここ迄やったのに、何処までも相手が悪かったと自分に言い訳を作らないと、いずれ俺も肥大化した自我に押し潰される事だろう。俺の目指す自由とは、正反対に流されるのだけは御免だ。
自由主義というのは、本来、経済的・身体的奴隷状態からの解放を指す考え方なんだ。ヨーロッパの王族・貴族・教会の収奪に苦しむ者達が新大陸を目指した結果、民衆の国アメリカを産んだんじゃない?
前世では、自由主義が経済奴隷を産んでたけど、本来的に意図しない物なんだ。立憲主義は、王族貴族を抑える為に唱えられたのは事実だけど、本質は不当な事をしない、されない自由にある。この世界では、まだまだ立憲主義は確立されてないみたいだね。
「分かりました。姫様のご心虜に、私は到底及ばざる所かと存じます。大変、申し訳ございませんでした。」また、丸め込んじゃったかな…。リーラから、『これだからお嬢様は油断ならない』とグチグチ言われそう……。
"いいのよ"なんて、言っている内にお茶の用意が出来ていたのを思い出して、「皆様、お茶の準備が整いおりますが、如何いたしましょう?」とエセルが聞くと、アデールは次の間に下がって休憩するとの事なので、護衛とエセルとドゥースに平民メンバーだけになった。
「さってと、コチラへ来て座りませんか?」と、改めて2人を誘う。「でも僕等は、平民なのですが……。」「な〜に、この嬢ちゃんが、そんな尻の穴の小さい事を気にする訳ないさ。」と、ソファーの上でドッカリと足を組んだ。
「貴方は、もっと気にして下さいませ。」組んだ膝を、畳んだ扇でパシッと叩いてやった。「お嬢〜、勘弁してくだせいよ。今日も朝っぱらから、お嬢の言い付けで例の奴等を探し回ってたんですぜ。」「あらそう、首尾は如何?」
「そりゃ、蛇の道は蛇に任せてくだせい。」ドン!と胸を叩いた。それは頼もしいことと返事をした所で、「あの、今のは何の話か分かりませんが、今日お呼びたて頂いたのはご褒美の話だったでしょうか?」
マリクとポーリーヌが所在なげなので、ジェネラル・ドレのルールブックを示して、「マリクには、このゲームの感想を平民の視点から伺いたくて来て頂きました。それと、こちらはレヴァーシと言って、簡単なので一緒に遊びませんか?」
"パチン!パチン……"と、駒を鳴らしながら、ドヴェルク達に作らせた万年筆を走らせているんだ。インクは、木質紙用に作った。コークスから出た炭素に、乾性油のテレピンと調整用にクルミ油を混合したのが主かな。
これを、ポンプ式の万年筆本体で吸い上げる様になってる。ペン先の更に先端に、紙が引っ掛からない様に玉を溶接して半分に切るのと、ペン先自体の耐久性を考えてマ法金属にしたんだ。加工も職人技だから、彼等に頼んだのは良いけど高く付いた。
平たく焼いたパイ生地に、ウグイス餡とメレンゲで軽くしたカスタード・クリームを乗せたタルト風の焼き菓子をクレモンに試作して貰った。お茶を飲みながら、こいつをヒョイと摘んで食べたりもしてる。
「この、緑のペーストは何でしょう?」「エンドウ豆を甘く煮て、すり潰して裏漉しした物ですよ。」皆んな、"え!"と驚いた顔になる。それほど、ヨーロッパの人間には豆を甘く煮る発想は無かったみたい。
「こうして新しく美味しいお菓子を生み出すのと同じに、発想の転換をして新しく仕事を作ります。そこに投資してやって、お金が世の中に巡って人々は幸せを得るの。」
「何も、平民から搾り取るだけが貴族の能ではないって奴ですかい?」アドリアンが、呆れ顔で後を継いだ。
「そう、いつも言ってる様にね。」
「へいへい、耳にタコが出来てやんす。」
こうして俺達は、楽しい午後のひと時を過ごした………。
書こうとしていたのは、輪栽式農業(ノーフォーク農法)に付いてと、ブルガン子爵へのカレンの悪戯がどうだったかが主です。産業革命の始まりに付いては諸説ありますが、食糧事情を改善した輪栽式からだと筆者は思います。
輪栽式は次編にも絡むので、黎明期編の最後に番外としてこの続きを書く積もりです。初出キャラのアデールの名前には、"気高い、立派な"という意味が込められています。
カレンは、完璧でシッカリしてそうですが、案外、直情的な為に抜けてて、おっちょこちょいな面も有ります。筆者が理想化し過ぎて、書き忘れているかも知れません。
では、次は本編に戻ります。また、お会いしましょう。




