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コタツみかん大作戦/正月特別<番外-後編>



後編は短く纏め様としたのですが、あえなく挫折して伸びましたので、'21-2/15,22:44分に中編に盛り込みました。では、お楽しみなってください。




 



「姫様こそ、噂には有りましたが、幼くしてデュエンファンテにお成り遊ばされたとか…。最近では領政にまでそのご手腕を振るわれて、いや〜賢才ぶりが窺われますなぁ〜。」


 男爵のお追従に、苦笑いと分からないよう曖昧な微笑みで返す。苦笑いの原因は、彼女には男爵の腹の底が透けて見えたからで有る。


 この小才吏(しょうさいり)が度々、税金を誤魔化して着服してきたのは調べが着いていた。件のスゥートオレンジも、"カレンの生誕を祝って"との名目で苗木の購入費に当てた税金は誤魔化し対象になっている。


 でなければ、幾らカレンが小生意気であっても、そこまで不遜な態度は取らない。それこそ、どう料理するかを考えていた訳だ。


 だが、男爵にも同情すべき理由が無い訳ではない。それは、内務系貴族の病気でもある慣行(=税金の誤魔化し、収賄など)に根差していた。アイテシアの内務系法衣貴族は、領地の代わりに家名給付と俸給を貰う。


 俸給は、職位により一律に支給される為に、景気が良くても増える訳でもなく、悪くても減る事もない。彼女は、情状酌量の余地有りとして、下級官吏については断罪するにしても手心を加えていた。


「賢才なんてトンデモナイ、(カイン)の過分な評価により頂いた公爵正嫡子(デュエンファンテ)ですわ。男爵の方こそ、サブロンの町の興隆(こうりゅう)目覚ましいとか、俸給は変わらない(・・・・・)のに大変なご苦労で尊敬いたします。」


 心の中で、"小悪の芽を悉く摘んでも(ことごとくつんでも)、領政が立ち行かなくなれば元も子もないよな。石川五右衛門の辞世(じせい)だっけ?『浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ』とか、盗っ人と官吏が一緒だなんて情け無さ過ぎて笑えない冗談だわ"と毒突く(どくづく)


「なに、姫様が移動に関わる税を撤廃されて、商人連中が領内を自由に行き交うので一気に景気が良く成りました。更に公共工事を興されて職が増え、この度は事業計画給付金(・・・)まで下賜されるご英断までされたとか、姫様の領民思いには頭が下がります。」


 貴族の腹芸を平たく言うと、カレンが "報酬も出んのに、何ぞ税金でも誤魔化してんの?" と嫌味を言ったのに対して、男爵は審査の厳格な"補助(オゥキシリア)" を、申請さえ有れば簡単に支給される"給付(アヴォンタージュ)"と言い替える事で税金のバラ撒きと揶揄(やゆ)(=からかった)したのである。


 お互いに上品な言葉遣いで包み、相手に分かるか否かのギリギリで嫌味の分子を混ぜる。カレンでも、北中央の政界に浸かって居れば、この程度の腹芸(ばかしあい)位はマスターするのである。


 このモーペルテュイ男爵というのは、以前に処分をした高級官吏の系類(けいるい)(=親戚)であった。


 本来なら上のバラ撒きは、不真面目な官吏の誤魔化し放題で喜ぶべき所で有るが、カレンに悪感情を持つ男爵にして見れば少女の領政への関与は"政治の分からぬ小娘が生意気な!"と映るのだ。


 補助が関わる事業計画とは、メトリーズ勲章に続く経済活性化事業の一環であり、日本の"ふるさと創生事業"のバラ撒きの部分を改良して地元住民に計画を立てさせて厳しい審査をした上で、資金の半額を一件当たり大金貨10枚(現代価値で約4000千万)までを上限として補助する物である。


 但し、幾つかの条件を課す。住民が千人以上(複数町村で連合も可)で有り、今まで北アイテシアでは扱って来なかった新商品の開発と、領都(サラザード)の自由市で商品アイディアのコンテストを受ける事としたのだ。


 上から押し付けて改革をするのは簡単だが、領民からの広い知識と工夫を必要とするカレンとしては、責任を持って(・・・・・・)新商品を開発させる事が望ましい。


 この度は、自由市の目玉とイベント事を増やして領の更なる活性化に繋げる積もりだ。我が町、我が村の村起こしに意識を向けてくれて欲しい願いを込めた訳だが、中抜きをする官吏に阻まれて機嫌が悪い。


 リーラの婚家ブロンピュール家を通じた情報網を持つカレンは、フォンテーヌに偶然行き先を決められたとは言え、事前にその辺りの事情は心得ている。


 スゥートオレンジに限らず、種類の豊かな南方作物を北で栽培できないか?を試すのは、何千年も前から行われている既定路線だ。麦もキャベツも北で代表的な作物の原産地は、地中海世界など温暖な地域からキャナル人や帝国人により広められた物である。


 男爵はオレンジの苗木を仕入れたのは良いが上手く育てられず、その負担をマリクの献言を入れるという形で今回の事業計画費に計上して、失敗をしても子供が言った事だからと煙りに巻く積もりの様だ。


 実際に現場を目の当たりにすると、今回の計画書に有った必要な堆肥の購入が為されず、マリクの発案で敷き藁がされているだけと言った状態では元より事業の成功はない。


 男爵だとて、表立って領主家に逆らって文字通りの首にされる積もりは無かったが、チクチクと嫌がらせめいた事をしなければ腹の虫が収まらなかった。


 "何事も、現場を見なければ、キチンと進められているか知れた物じゃないな…" と、カレンは頭を掻いた。


 前世のカレンは、ノーベル経済学賞学者P.F.ドラッガーの著書の愛読者であり、自由市場と小さな政府を信条としていた。


 所が今世は、王侯貴族が領民を資産と見做し搾取対象にして、支配者層に都合の良い管理経済を敷き、小さな政府どころか領民の生活全般を管理していたのである。


 普通なら溜め息も出よう物であったが、メゲない彼女は手始めに流通と市場の自由化により利益が上がり、経済効果がある事を知らしめたのだ。


 今回の男爵の企みは、補助枠一杯に申請をして補助金だけで事業を行い、後半分の税金やら住民の寄付から出される分を着服するといった具合だ。他の地方官吏にも見られた傾向だが、彼女の幼さにつけ込んで舐め切った態度に出た訳である。


 カレンの本音では、"領主家の俸給にぶら下がって管理を任されている分際で、人々の知恵を活かす為の経済活性化事業にまで寄生しようってか?!"と、(はらわた)が煮え繰り返る思いはしていたが、私情に負ける事を良しとしない彼女は落ち着き払って笑みを深めていった。


 ここにカインが同席していれば、慌てる類いの笑顔だったと付記して置こう。


「皆様はメインの、鴨のロースト・ビガラードソースは、中々いけると思われませんか?」男爵をパスして、平民用のテーブルに向かって問い掛けてみた。


「姫様の仰せの通り、実に美味しくて鴨肉に合った贅沢なソースだと思われます。先程のサラダに添えられたチーズ(フロマージュ)も、オレンジの香りがして口当たりが濃厚で蕩ける様な滑らかさでした。それにしても、このお皿は素晴らしく料理が映えるのには驚かされました。」


 カレンは、ニッコリと微笑んで、「そうでしょう?このお皿は、銀器の様に金気を呼ばず、木器の様に汚れ落ちが悪くなる恐れもない。磁器といって、私のお気に入りですの。」


 彼女がセーブル辺りの窯元に、牛骨灰を粘土に混ぜた、陶器より薄手の軟質磁器(ボーンチャイナ)を焼く様に指示していた結果である。全体にガラス質の白釉と、フチに青釉緑釉が塗られた器肌はスベスベとして、料理の着物に申し分のない仕上がりとなっていた。


「このソースは、皆様が収穫されたイジェルが主に使われています。フロマージュはカッテージですが、幼牛の胃(レンネット)を使わず、(ビネグレット)とイジェルの搾り汁を使って作られたました。我が家のクレモン料理長の自信作です。」


「「おお!マジシャン・デ・レギュームが…、」」アチコチから唸る様な歓声が上がる。領内どこでも、クレモンの名声は行き渡っている様だ。


「イジェルは兎も角(ともかく)、ビネグレットが使われているとは、貴族らしく贅沢なフロマージュですな。」


然程(さほど)でも……、このビネグレットは実験により選択的に作られた物で、量産されれば値段の張る物では有りません。」


「それは、どう言った技術でしょうか?」商業ギルド代表が、金の匂いを嗅ぎ付けたのか空かさず質問してくる。


「そうですねえ……、大した技術では有りませんが、量産するとなると其れなりの設備を整え無ければ成りません。今は食事中なので、詳しくは後ほどにお願いします。」


「いや、これは失礼を致しました。お話しに乗せて下さるのなら、姫様のご都合の良い時で構いません。」


 彼女も、技術を隠して置く積もりはない。寧ろ積極的に、商業ベースへ乗るように話しを振っている積もりだ。


 ミルクに酢を入れて固める方法は、クリーミーで美味な上に簡単だがコスト面で敬遠されていた。


 生クリームを採取した後の脱脂乳にレンネットを入れてカッテージを作り、残った乳清(ホエー)に蒸気を吹き込んでタンパク質を熱で固めたリコッタという、サッパリとして安上がりなフロマージュが一般的には流通している。


 クレモンはミルクに生クリームを足して、更にクリーミーさに気を使っていた。濃厚ミルクの赤毛牛に、油分の多いコーンを飼料として与えていたのも大きい。


 乳脂肪が多く日持ちのしないフロマージュになるが、フレッシュな内に食べるのなら何も問題はない。


「他にも、皆様のテーブルの上に置かれた小鍋のお湯から漂う香りは、イジェルの皮から抽出したオレンジオイルが垂らされています。」


「そう言えば、お部屋に案内された時から、微かにオレンジの香りがしておりましたな。」


「はい。更に、本日のデザートにはイジェルの皮が使われて、絶品のお味になっている筈です。別にスゥートに拘らなくても(・・・・・・)、現状で工夫を凝らせば有用な産品を生み出せますわ。」


「なるほど、これは姫様には一本取られました。」


「イジェルの蒸留物は香りが良いだけでは無く、炭酸ソーダと一緒にお湯に入れる事で入浴時に血行が良くなり、体が湯冷めし難くくなります。ビヨンヌの河原に蒸留所を作れば、蒸留には冷却水が大量に必要で温かな水が沢山でますので、サブロンで公衆浴場が作れるかもですね。」


「姫様は幼くて在らせられるのに、如何してそんなにお知恵が回るのでしょう?」マリクが、堪りかねたかの様に下座より質問してくる。


「これっ!平民の小わっぱが失礼で有るぞ。」空かさず男爵から声が上がるが、カレンは構わず手で抑えて応えた。


「ご存知ないかも知れませんが、私は未だマナの発現が有りません。プレテ・ルカ様が仰るに、このお頭(おつむ)に祝福が宿ったそうです。実際に、皆様が知り様のない事まで存じて居りまして、それを活用するように神様に命じられております。」


 前世知識とはいえ、それを残したまま転生されたのだから、神の知恵というのも強ち(あながち)嘘ではない。また活用するのは、置かれた状況から考えれば運命という人智の及ばない領域になるだろう。


 周りは、納得顔でヒソヒソ。時代を超越した知識を説明付けるには、信心深い人々が多い世界では神様を利用するのが最適であった。


 カレンは、祭り上げられたく無いと内心は思ってはいても、仕様のない事ではあるが、ただいま聖女伝説爆進中!?である。


「そう言えばマリクの敷き藁は、なかなか秀逸なアイディアですよ?今日は、そちらもお話しをしたかったのです。」「昨日、敷き藁に即効性は無いと言われて面映いのですが、どこいら辺りに感心されたのでしょう?」


「計画書に記載された堆肥の購入が無かったにも関わらず、最善の方策を施していた点ですわ。」それまで遠回しだった嫌味の言い合いが、風向きが変わって直接に切り込んで来た様に感じた。


 場は一瞬にして氷付いたかに見えたが、「誠に持って素晴らしきアイディアでしたので、堆肥の購入は不要かと思われましてな。それ、他の村々からも引き合いが有るやも知れず、足りなくなれば姫様のお優しい心遣いにも支障を来たしますので自重しました。」


 流石に長年、代官を務め上げただけはある。間髪入れず、絶妙なはぐらかしを入れた。狸親父のポンポン腹はダテじゃない。破顔一笑して、序でにカレンへのお追従を入れる余裕までかました。


 カレンは微笑んで、そんな男爵を相手にはしない。「小麦が作られた後の畑に藁を刻んで還すのは常識ですが、これを他の作物に応用するのは余り見ない方法です。」この世界でも連作障害は知られていて、輪栽式農法の考え方はあった。


 それでも良くて三輪圃までで、休耕地を挟み運用されていた。堆肥に対する考え方もお粗末で、やっと畑の作物に腐葉土や麦殻に切り藁を施す程度だった。アイテシアの農業が遅れて居たのは、エルフが地力回復の祭祀を行なっていた為である。


 エルフの後をドルイド達が代行したのだが、元よりマナも少なく知識の乏しいドルイドでは充分にその役目を果たす事は出来なかった。カレン達の世代では、エルフが地力を回復していた事も忘れ去られ、僅かに祭祀のみが行われて久しい。


 人々は、地力を回復する手段を模索していた。そこに、眩ゆい(まばゆい)ばかりの光明が差す。


 カレンは、土壌が概ね痩せた褐色酸性土(ボドゾル)と見れば、牛糞・鶏糞・馬糞・腐葉土・麦殻・切り藁・油カスを活用し、果ては厨房の生ゴミからニガリまでを入れた堆肥を考案した。


 今は未だカレン印の堆肥は無名だが、今度の村起こしイベントで大きく宣伝するつもりで、男爵が心配をするほどとは思えない。明らかに、完全な言い逃れである。


「果樹は、通常余り世話をしません。そこへ、畑と同じく藁を入れて、甘い果実を作ろうなんて発想もしないでしょう。しかも、敷き藁は寒さや霜から根を保護する働きが有ります。土を柔らかく保ち空気を含ませるのは、病原を駆逐して根を育てる方法です。固い土では作物の育ちが悪く、病虫害があるからクワを入れて荒起こしをするのでしょう?」


「その通りです。我々のご先祖様が、経験的に得た物です。」「通常の畑に施して良い物が、果樹に施して悪い訳は無いと思いますよ?」コロンブスの卵は、最初にやるから意味がある。どんな些細な事でも、最初は勇気と発想、既成概念の転換が求められる。だから、カレンはマリクを評価するのだ。


「私は堆肥のみならず、緑肥も視野に入れています。」「緑肥とは、何でしょう姫様!」マリクが興奮気味に話しかけてくる。


「休耕地は、土地の無駄遣いでしょう。」「でも、地力を回復するには避け得ないかと思いますが……。」


「そこで休耕地に、地力回復植物を植えます。具体的には、クローバー。これを植えて、羊やヤギなどの家畜を養い、羊は毛を刈り糸に紡ぎます。乳も肉も利用出来ますし、家畜による草の分解物も肥料とします。クローバー自体にも肥料効果が有りますので、土壌に漉き込んで使います。」


「そんな夢の様な話しが……、」「有りますよ。現に、私の農業試験場で既に実現しております。他に、ヘアリーベッチはご存知ですか?豆科の紫色の花が咲く……。」「ああ、紫絨毯(タピィ・ヴィヨレ)でしょう。」


「多分それです。ヘアリーを土壌に漉き込むと、他の植物が芽を出さなくなります。」「それでは、作物も取れないのでは?」


「ナスやトマト(プレ)の様な、苗から育てる作物には影響がありません。夏野菜には、春先にヘアリーを育て土に漉けば雑草を抜く手間が少なくなります。」


「他の作物にも、応用が効きそうですね。」


「不溶性養分を可溶性に変えて植物が利用し易くしたり、病虫害を未然に防いだりする幾種類かの植物も発見されています。この様に休耕地を有効活用して、四輪圃目を確立する事を研究させております。」


「ふぅ〜……。緑肥は予想だにしなかったが、そこまで農業にお詳しい姫様が作る堆肥もさぞかし凄い効果だろう……。真に、神様のお知恵だな……。」


 ナゼールが、この日初めて感慨に口を開いた。サブロン代表者団もそれに続いて長いため息を吐き、カレンの前に跪いて感謝の祈りを捧げる。


 男爵は、ここまでのカレンの言動を聞いて、首の後ろにヒヤリとした物を感じていた。領地を持たない彼等法衣貴族は、家名と自分の才覚に誇りを持つ。


 高級官吏になれるのも、貴族院高学部という最高学府で研鑽を積んだ者だけだ。欲が深くても、決して馬鹿ではない。


 こうした者達は、雇われの身の癖に自身の学識経験を鼻にかけて傲慢だ。領を持たない家に生まれたのは単なる不運だとして、自分達が居なければ領の経営は立ち行かないと領地持ち貴族を蔑んでいるフシさえある。


 そんな彼等から見れば、シャルドロン区の3領を保有する財力豊かな高位貴族の婚約者(ジュヌビエーヴ)を蹴り、要地と言えば聞こえは良いがモントイユ家と領を分け合う貧乏子爵の娘(ミラベル)を娶り公爵正夫人(デュチェッセ)に据えたのは馬鹿者にしか見えない。


 現公爵(カイン)は、子爵の娘の色香に迷い恋愛に(うつつ)を抜かして公の立場を忘れた痴れ者、玉と石の区別の着かぬ無分別な愚者と酷評された。


 そんな両親から生まれたカレンを、官吏達が軽んじない筈はない。有能さを示した後も、"貧乏子爵の孫娘"と陰口を叩いていた。


 この点についてのカレンの感想は、「あら、それは当を突いておりますね。事実だし、事実は反論しても意味が有りません。ただ、悪意ある噂話は何も生まない事(・・・・・・・)を肝に命じるべきでしょう。」と、口調も穏やかに返事をした。


 忙し気(せわしげ)にペン先を走らせていた彼女がピタリと動きを止め、報告者に向かって微笑む姿に僅かな違和感を感じた。間もなくその理由を、報告者の側仕えは知る所となる。


 余人が何と評価をしようが、カレンは自分自身の前世から指して、"世故の垢(せこのあか)に塗れた穢れた(けがれた)人間"だと思っている。故に、自分に対する誹謗中傷、妄言の類いなら無視をする。実害さえ無ければ、意にも介さない。


 ただそれは、たった一つの例外を除いて、だ。彼女の出自を貶す(けなす)のは彼女の両親を蔑める(おとしめる)のと同義であり、特に母が抱く民衆への純粋一途な思いを汚す所業である。これを彼女は、放置をしない。


 他の貴族はいざ知らず、主家に仇なす高級官吏を情報網を使って詳しく調べ上げた。その微に入り細を穿つ調査は、数千ページに及ぶ報告書となって彼等の首を締め上げるに至った。


 北中央政庁(ヴァン・センヌ)の高級官吏であったモーペルテュイの従兄弟ブルガン子爵は彼に、「あ、あれは、少女の皮を被った悪魔だ……。そう表現したら間違いない…。」と評して、その理由をぽつり、ぽつりと語り始めた。


「失脚させるのに、用意周到なのは如何でもよい。代わりを用意するのも必要からだろう。だが一切の動きをこちらに悟らせず、ある日突然に首に縄が掛かっている事を知った………。」高い襟の中に首を沈め、まるで昨日の事の様に身震いをする従兄弟の表情は暗い。


「今までは、断罪されそうなら事前に情報が上がり対処が出来ていたんだ。これが公爵や前公爵なら、気付きさえしないだろう。所があの娘は、鮮やかにコチラの不正を暴き、左遷先まで決めて敵である筈の俺を生かしたんだ。」


「良かったじゃないか、首が繋がったのだろう?手を尽くせば、いずれ捲土重来(けんどちょうらい)が叶うぞ。」ブルガンは、その返事に首をユックリと横に振る。


「ああ………、俺も最初はそう感じたさ。だから、例の派閥に接触しようとした。その夜の事だ………。」


 従兄弟は、恐ろしい物を思い出したかの様に顔面蒼白でブルッと身震いをしながらこう語る。


「俺は、疲れ切って屋敷に戻った。だが、誰も出迎えに来ない、まるで何処かに突然出かけた様に居なくなっていた。お前も知る様に、屋敷には厳重な警戒の目がある。もちろん、法術に対しての監視体制も万全だ。そんな中を、家令や下働きから、家族から警備の衛士まで、家中の者はその全てが目の届く範囲に居なかったんだ………。」


 真っ暗な屋敷の中で、彼は在らん限りの声を張り上げて家族の名前を呼ぶ。お付きの者達も手分けをして、人影を求め邸内を隈なく探す。


 と、先程は確実にそこに存在しなかった影が、スッと広い部屋(エントランス)真ん中(・・・)に佇んでいる。


 それは白いドレスを身に纏い、銀細工の髪を肩から流し、暗闇を見通す紫色の瞳を爛々と輝かせて、溶けていた闇の中からポッカリと浮かび上がった様に存在していた。


 一瞬、妖精か?それとも幽鬼?神か悪魔の所業と思しき人影は、麗しいがそれだけに不気味で鈴を転がす様な声はこう囁いた………。


 "………クスクスクス………まだ足掻くの?貴方は…まだ、私の手のひらの上だと言うのに…、足掻きたりない?……なら、容赦はないわ……"


「だ、誰だ!家の者共を何処へやった!!」


 "貴方の主家の娘の顔を忘れたのかしら?" 「確かに似てはいるが、そんな筈はない!使臣ならいざ知らず、カレン様本人が夜中に忍んでお出ましなんて、これは幻覚だ!」心臓がバクバクと緊張で波打ち、冷や汗が背中に衣服を張り付かせる。


 気が付くと、周りで手分けして居た者達も何処かへ雲隠れしていた。そうして、"まあいいわ………、二度目は無いわよ?明朝、皆んな元通り………" そこまでで、ブルガンは恐怖に意識を手放した。


「それで………、どう成った?」「後は、悪夢のお決まりさ。翌朝の屋敷の中で、この事を覚えて居たのは俺だけだった。誰もが、いつも通りの顔をして、いつもと同じ生活をしていた……。」


「本当の悪夢じゃないのか?」ブルガンが首を振ると、シャツを開いて胸を見せてくる。


「これを見ろよ。痛くも痒くもなく、意識の無い内に押されたにしては熱さや痛さだって感じない。それにアレが消える時ソヨとも風が動かず、法術の痕跡さえも感じなかった……。」


 彼が従兄弟の左胸の辺りを観ると、紋章(ヒュアリエン)の焼印がクッキリと押されていた。


「俺だけじゃない。今回失脚して、例の派閥に連絡を入れ様とした全員に、この紋章が焼き付けられていた。」


「そんな馬鹿な話があって堪るか!相手は5〜6歳の少女だぞ?」事実を突き付けられて尚、自分の地歩を案じる男爵は従兄弟の言葉を信じようとしなかった。頭が良い者ほど、足元を覆す事実は認め難い思いでその愚かさを露呈する。


「信じようと信じまいと、お前の勝手だ。事実が在っても、俺も信じられない。ただ、今この瞬間も監視を受けているのは確か……だ………。」ブルガンは、そう呟いて肩を落とす。


 モーペルテュイも、カレンと実際に対峙して見て、その不思議に広い知識と知恵とアイディアの豊富さに、これは神が地上に使わし(つかわし)賜うた聖女と思うしかなかった。


 従兄弟が地方へ左遷される時、最後に口にした言葉が今現在、彼の胸を抉る。「気を付けろ!どこにカレン様の目が光っているか分からないからな…。」


 こうしてカレンは、官吏達にタップリとお灸を据え、序でに意図せず男爵の心胆を寒からしめた。



 …


 ………


 ………………



【翌615年秋/領館(グラン・ブルン)


 サブロンのマリクからスゥートオレンジが実ったとの報告があったので、カレンは少しだけ送って貰う事にした。


 話しは遡るが、夏に不思議な夢とも(うつつ)とも着かぬ中でアルヴ古語を思いもよらずマスターした彼女は、実際に古語が覚えられただけでなく、ストレスなく使えた事に驚きを隠せないでいる。


 同時に、なるほど自分はエルフの血と能力を受け継いたんだと納得した。


 そもそも、多重思考をするほど頭脳のキャパなんて必要がないのに、進化の法則性を無視して能力が増えた事は不思議でならなかったのだ。


 "はぁ……、アレを使う為の高性能頭脳(コンピューター)だったんだな〜…。神様も何をさせたいのやら……。でも、先の事(うんめい)を考えても仕方ないよな" 答えの出ない問いに、彼女でも茫然と肩を竦めるしか方法がない。


 その時、一つのアイディアが頭の中を過ぎる(よぎる)のを感じた。試しに、リュミスのランプを作ってサブロンへ送る。日照が少なくなる季節に、生命の光を昼夜兼行でオレンジへ当ててみたのだ。


 堆肥の所為も有るが、リュミスのランプは劇的に効果を発揮した。生命の光により、土壌の微生物や菌類が活発になっのだろう。接木をしたダメージからいち早く回復して、葉が繁り沢山の蕾を付けてオレンジが鈴なりにできたと報告があった。


 "地中海マンダリンとの交配は、もう暫くオレンジが軌道に乗った辺りで良いかなぁ〜っと、ミカンまで後少しの我慢だな" なんて考えて、寝間着でベッド中央に鎮座したコタツ布団をめくった。


「はふ……、ミカンを手で剥くのも醍醐味なのですが、今はオレンジをナイフで剥きましょうかね。」


 カレンが、アクビ混じりに嘆息してコタツに足を入れる。すると足先にグニっと違和感がして、毛皮の柔らかな感触がする。


「っ……!?」足を何かに引っ掻かれて驚き、慌てて直ぐに引いた。一瞬、ムームー?と思ったのだが、天板をズラして布団を上げると小柄な茶トラ猫がこちらを睨んで"フーッ!"と警戒をしている。


「あ…、これはこれは………、」よく観察すると、その茶トラ猫のお腹は膨らんで大きい。


「お嬢様、どうか為されましたでしょうか?」寝室のチョットした異変を感じて、次の間から側仕えのエセルが顔を出して声を掛けてくる。


 ヒソヒソ声で、「しっ……!何でも無いのよ。ムームーと違う猫が、ベッドに居たから驚いただけ。」カレンの側仕えは、皆んな機転が効いて抜きん出て優秀だ。


 その容姿だけでなく、貴族としての教養も法術も磨き抜かれていて身辺を満遍なくサポートしてくれる。特にエセルは、光法術使いとしてカレンの健康管理の役目が有るので僅かな変化にも気を使う。


「申し訳ありません。下働きがベッドメイクをした際に、知らない猫はいなかった物ですから気が付きませんでした。」


 エセルが膝を折って頭を下げると、カレンは微笑み口の前に人差し指を立てて、「猫ちゃんの毛並みは、茶色なのでシナモン(キャネル)ちゃんで良いかしら?」


 その落ち着き払った態度に、茶トラ猫も警戒を緩めて長い尻尾をウネウネと振った。


「そう、キャネルちゃんで決まりかしら。では、ユックリして良い仔を産んでね。」彼女はコタツ布団をソッと元に戻して、ベッドから降りて静かに天幕を引いた。


「もしかして、ご気分を害されたでしょうか?」「いいえ、もう良いのです。妊娠中の母猫は、大切に扱うものですよ。」


 エセルは頭を軽く下げて、「あちらに寝室を用意させましょう。」「それも結構です。こんな真夜中に、下働き達を起こすのは可哀想ですから、明日にしましょう。」


「では、どこでお休みを?」「こちらの長椅子にでも、毛布に包まって寝ますわ。妊婦猫が優先です。」


 エセルは止めたが、カレンは構わずオレンジとナイフを手渡して長椅子に横になる。


 我がお嬢様の優しさとお人好しぶりにため息を吐きながら、彼女は仕方なく毛布を掛けて寝床を整えた。


 フと、「いつ頃、またアナタの可愛い赤ちゃんが見れるのかしらね?」見ると長椅子の傍らに白くて大きな猫が傅いて(かしずいて)いた。


「ではお嬢様、お風邪などを召しません様に、狭いので毛布から出ない様に気を付けてお休みになってください。」


 彼女は、カレンが闇マナ法を使って病の気を吸って霧散させられる事を知らない……。


 "もう、一生病とは無縁なんだけど……"と、心中で軽くテヘべロを出してみる。


「分かりました。ありがとう、お休みなさい。」


 エセルが一礼をして寝室を出て静かになると、「ムームーあなたねぇ、ここに奥さん(キャネルちゃん)を招待するのは良いけど、私のベッドで出産させる積もり?」


 "ナァ〜………"ムームーが、羽箒の様な尻尾を振ってYES!の返事をする。


「まぁ〜、湯たんぽが入って温かいから仕方ないのかな?コタツは、猫罠だもんね。」


 ムームーは雄なので、妊娠中の雌猫に邪険にされて今までは遠ざけられていた。雄にしては珍しく、世話好きで子煩悩なムームーとしては寂しい気持ちなのだろう。


「お互いにベッドを追い出された者同士で、一つの(しとね)に収まりましょうね。」彼女がそう言うと、長椅子にムームーが乗って長くなる。


 カレンも、もう7歳。いつの間にか、この巨猫の全長より一回り大きくなっていた。それでも、白いお腹に顔を埋めて長くフワフワな毛の中に沈み込んでいく…。


 微睡み(まどろみ)の中で、"あ〜〜〜極楽、極楽、極楽気分、イレブンいい気分w 結局はミカンもコタツも手に入らなかったけど、その内なんとか成るわ…"


 何て、お気楽極楽なカレンの夜は更けていった………。







'21-1/19 誤字報告により、全般的に加筆修正をしました。ご指摘を有難う御座います。


炭素鋼という物が有ります。炭素が、鋼鉄に粘りを与えるのは知らない訳では有りません。大雑把に言えば、粘りの有る比較的柔らかな鉄で刃付けをして、硬い鋼鉄で挟むのが日本刀の鍛造技術です。切れ味鋭く研げば研ぐほど、刃が傷み易い切る為の刃物です。


これに対して西洋剣は、刀身全体が丈夫な鋼鉄で出来た断つ為の剣です。力付くで断ち切るスタイルは、ナタや斧に近い使い方をしています。切る刃、断つ刃の違いが有るのに、使い方の分からない未熟な欧米人が西洋剣は優れているみたいな動画を流されると笑ってしまいます。


単純な優劣の話しではなく、刃物に求められている必要により使い方が違うのです。中世日本が、発祥でもない鉄砲の保有数世界一を誇ったのも、刀鍛冶の技術と素材の良さの恩恵です。


次回も、予告はしません。悪しからず。




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