コタツみかん大作戦/正月特別<番外-中編>
ついつい、前中後編になってしまいました。それでは、お楽しみになってください。
「あの……、大変申し上げ難いのですが、、、。」と、切り出されて、ナゼールの方を振り返ってみる。「何ですの?」なんて、ちょっと澄まして応える俺。
シドロモドロとしていたので大方察しが着いて、馬の鞍に付けた鞄をまさぐって一枚の羊皮紙を取り出した。
「ご存知でしょうが、この辺り一帯は公爵様の領地と成って居りまして……、」「これでしょう?」俺は、ヒュアリエンの公印が捺された許可証を広げて見せた。ナゼールの緊張した表情が和らぎ、胸を撫で下ろしたのが分かる。
「あなた方サブロンの人達は、この斜面を借りているだけというのは存じております。無闇に大穴を開けると、お役人に叱られるのでしょう?」
「お貴族様には大変申し上げ難いのですが、真に左様で御座いまして…。」「それは構いません。こちらこそ、心付きませんで失礼を致しました。」
俺は、乗馬ズボンだけど軽くスカートを摘む仕草をして、「所で心付かぬと言えば、先の公爵様が本日からフォンテーヌ宮に参られますよ?」
「何と!それは、お教え頂き、ありがとう御座います。早速明日、町の代表者と内揃いましてご挨拶に参じさせて頂きます。」
微かに笑みを浮かべ、「ここら辺りのオレンジを持参すると、大変喜ばれますよ。」「先の公爵様は、この苦酸っぱいオレンジをお好みで?」
「はい。最近、このオレンジをソースに使用した料理人が居りまして、ソースが鴨の身にバッチリ合いますもの。モン・ビヨンヌの鴨が猟期に入りましたので、先の公爵様が来られたと聞き及べば周辺の猟師が献上に参じるかと思います。」
「所で、お尋ねしたいのですが…?」「宜しいのですけど、少しお待ちくださいね。」マリクが、キラキラとした興味深か気な瞳で質問して来たので、先に用事を片付けて応える事にした。
「おい、野朗共!そこにへばって無いで、馬に水をやって序でに汲んでこんか〜い!」
「「やば、俺等のお嬢がグレた……。」」そうして、子分の1人が、「如何しよう、アデルの兄貴?兄いが、あんまり悪魔、悪魔と言うからですぜ…。」「あ、あの〜、お嬢。悪魔と言って、すいやせんでした…。」
「貴方達は盗賊らしいので、私の二つ名は"悪魔"で盗賊の頭という事になりますわね。さあ、キリキリ動きなさい!」「「うへー、やぶ蛇だー……、」」
「前にも言ったはずですよ。直ぐにダラけると、疲れがドッと押し寄せるって、聞いてませんでしたか?お馬ちゃんも貴方達も、ユックリと体を動かして疲れの気を抜かないと…。そうそう、スコップは持ってきて頂いたのを入れて5〜6本しか無いので交代で、水汲みと収穫の手伝いと穴掘り班に分かれましょう。」
「「「うへ〜い………。」」」「あ、そうそう。キチンとやり遂げれば、お馬ちゃんを貴方達に進呈しますよ?正確には警察署への寄付に成りますが、お手入れも半分は署に任せられます。無論、厩も署に造りますし、ピカピカの駿馬ばかり揃えたのですが如何します?」
「へっ、こんな貴族の坊ちゃんが乗る様な良い馬を下されるので?でも、俺達が街中で乗り回すと色々とトラブルになるのでござんしょう?」
馬の相場にも寄るが、駿馬なら現代の新車位(レク○スやアル○ァード位になるんかなぁ、もしかしてベ○ツ、BM〇?)の価値なんだ。
「その点は大丈夫です。警察署は、公爵家の後ろ盾が有りますの。もちのロンロンで、警察官の金モールと徽章も授けますが、それでもご不満?」
ダメ押しでアドリアンに馬の価格を囁くと、それがさざ波の様に広がって、「「「うわー!とても素晴らしい!!」」」
さっきまで、あんなに疲れ切っていたのは何なんだって位の歓声が木霊したよ。俺を囲んで、"お嬢が、マジ天使に見えた"なんて、調子の良い事を言ってらw
アドリアンなんか、俺を抱き上げて胴上げてもしそうな勢いなんで、中世の人間って良くも悪くも素朴に感情を表現するのよね。こういう雰囲気は嫌いじゃないのだけど、ジョリジョリ攻撃がー!何て冗談で、これが伝わると子分達が密かに処分されかねんわ。
「はいどうどう、落ち着きなさい。これ以上は、私の家来とは言え咎めを受けますよ。それより、チャチャッと動いた動いた。」
「「「はい、お嬢。直ぐに、やらせて頂きます!」」」胸に右手をやって、軽くお辞儀をしてやんの。あー、鬼だ悪魔だと言いながら、随分と現金な物だよな。
ま、偶にはニンジンを釣ってやらなきゃ走らん。言質は取ったので、その内ギャフンと言わせよなんて思って周囲を見回したら、農夫達が冷や汗と苦笑の表情で固まってた。
ポーリーヌが目をまるくして、「随分と、平民と仲がお宜しいのですね……。」と目線は訝し気だし、レカは周りが喜んだ雰囲気で浮かれて跳ね回るし、丸っとカオス…。
「ん……、コホン。家来達を、水場に案内して頂けますか?それで、ご質問の内容は何でしょう。」「あ、いやまあ、先程の許可証の件ですが、地質調査とは如何なる物でしょうか?」
許可証……。こんな事も有ろうかと、お家を出る前に自分でチャチャット書いてヒュアリエンを押した奴ね。「今回は、ここら辺りの地質が、オレンジの成長にどの様な影響を与えて居るかを調査します。」
本当は、ボーリング調査をしたい所だけど、機材が揃わねぇ。この北アイテシアの一部の地層は、海岸線の侵食や中央山脈の造山活動により、まだ海だった頃の古い地層が露出している。
この古い地層は、何千万年も前の珊瑚礁や魚貝などの海の生物の死骸が堆積して出来た物で、石灰質(=アルカリ土壌)の部分である。この土を加工して、様々な産品に利用しているのは以前から説明した通りだ。
「具体的には、土中のpHと有機物の含有を調べます。」「pHとは何ですか?」
「この場合の酸化やアルカリ性化を簡単に言うと、生物がミネラルや重要な有機物を摂取できるか否かの指標ですね。皆様は、空きっ腹を誤魔化すのに真水を大量に飲んだ事は有りますか?」
「へえ、そりゃ〜以前はもう、しょっ中で……。」子分が、チャチャを入れた。「その後、下痢や嘔吐は有りました?」「へい、キツかったですわ。」
「それは、代謝性アシドーシス(=酸化血液代謝)と言って血中の真水の濃度を落とす体の防御反応です。つまり、血中に大量の真水が入ると浸透圧で細胞がパンパンになって弾けるのを防いで居るのです。生肉や生魚を真水で洗うと水っぽく成って味が薄まりますよね?それが、水が浸透している証拠です。」
「逆のアルカリ性化は?」「アルカローシスと言いまして、体内塩分が水分を外に排出させます。水事を長くすると、指先がシワシワになるでしょ?キャベツの漬物を作る時も、キャベツに塩をして重石を乗せると沢山の水が出てくる。そうやって水分を排出している間は、中に味が染み込み辛い。
アルカローシスだと、細胞に栄養が入り難い為に体が飢餓状態に成ります。詰まり、酸性だと栄養や水分などが浸透しやすく、アルカリ性だと逆に染み込み難いという現象が起こるのです。」
「なるほど、ボクが行っていた敷き藁は、根の保護と長い目で見た有機物補給の目的が有りますが、土中のpHを頭に入れないと植物の根に吸収されないと?」
「アイディア自体は悪くないのよ。ただ、敷き藁の効果に劇的作用は有りません。人間の体の中ならpH調整がされて居ますが、植物達は自然環境に依存して居りますのでシッカリと土壌調査をしてからで無いと大きな効果は望めません。」
実に、俺の農産物マジックの種はpHにある。様々な文献や調査、試験場の土質を調べていく内に、この北アイテシアを始めとした地域は概ね褐色酸性土壌だと推察できた。
芋類が如何に根茎へ栄養を溜める性質が有ろうと、栄養そのものの吸収が阻害されていれば芋は太らない。たかが数年で、ピンポン球大のジャガイモが大人の拳大になったカラクリにはpHが関係している。
ざっくり言うと、アルカリ土壌では塩害が起きやすく、施肥をし過ぎると植物が上手く有機物やミネラルを利用できない為に、肥料焼けを起こして作物が余り育たないか枯れてしまう。
酸性土壌では土質が詰まって団粒構造が破壊され、病害を発生させる嫌気性細菌を蔓延らせる。
酸性土壌でも、平均気温の低い北では有機物を分解する生物や菌などの活動が低く、土に活力が欠け痩せた土壌だからカレン印の堆肥を思い付いた訳だ。
他の農夫達は、交代でお昼をするのと収穫に戻るのとで挨拶をしてその場を去った。昼なので子分達にオレンジピールを配って、小腹を持たせて作業を進める。
マリクとポーリーヌにもピールを食べる様に促して、暫く子分達の土を掘る手元を眺めながら歓談をした。
スッカリ打ち解けた彼女達は昼食を勧めて来たが、「残念ですが、私に毒見してない物を勧めるとお二人が処罰を受けてしまいます。すみませんが、お気持ちだけで………。」「そうなんですか?ご不自由な事で…。」もう、テオ一家の二の舞、三の舞は御免蒙る。
ニッコリと笑って話題を変え、「このオレンジピールは、イジェルの皮を使っています。寒さに強いイジェルは、外皮の下に厚く白いワタが有って、これをスプーンで丁寧にこそげて湯を変えながら茹でてシロップに漬け込みます。後は、表面に砂糖の結晶を纏わせて乾かすと出来上がりですね。その他にも香りが良いので、蒸留してオレンジの香油や香水を抽出して使っています。」
馬から降ろした鞄をゴソゴソやって、香水瓶を探り当てた。2人の手首に少しだけ吹いてやると、「本当だ〜、良い香り。」「苦酸っぱくて商品価値の低いイジェルに、こんな画期的な使い方が有るなんて感度物ですよ!」
「これからは、サブロンの町の方に蒸留所を作って、貴族向けでイジェルの香水や香りの良いお茶受けとしてオレンジピールを量産すれば特産品に成りますよ。」
「それは、お代官様と町の有力者に話して見なければいけませんね」「それと、スゥートオレンジを栽培したいなら、無理に土壌を何とかしようと考えずに、既存のイジェルを台木に接木という手段も有ります。」
マリクの目が輝いて、「それは、どう言った手法でしょうか?」「今からの土質調査にも寄りますが、イジェルはこの辺りの環境に負けずに根を張っているのですよね?」「そうです。」
「ならば、イジェルの根を利用して、穂木にスゥートを足せば甘いオレンジが出来ますよ。台木の活性層まで切れ目を入れて、穂木を楔形に整形して活性層同士を生着してやれば台木から先が実や葉を付けます。接木は、貴族の典雅な趣味で稀少な花を増やすのに行われているのですが、農産物に使って悪い技術では有りません。」
子分が、1トワ(=約2m)分ほど掘り進んだ所で土層を見ると、「この灰色をした層から黒褐色なのが、腐葉土の堆積層です。灰色は雨による浸食で、有機物が黒い層に溜まっていっている感じですねぇ。その下の黄褐色から赤褐色の層が、鉄分を含んだ痩せた土壌です。水成岩の風化した物が混ざって、恐らく更に下は石灰質とか粘土質でしょう。」
俺は、土壌の上の堆積層を木のピンセットで採取して試験管にとり、スポイトで水を入れてコルクで蓋をして振った。これも木製の試験管立てに次々と挿して、なるべく平行な岩の上に置いて砂時計をひっくり返す。
「これは、何を観ているのですか?」「堆積層の中の有機物が、どれ位の大きさか?とか量はどれ程か?を、水の透明度や沈澱する速度から客観的データーを取っているのです。」
その下の層も採取して、試験管に水を入れて蓋をして振ってから、俺はカバンから紫色の色素が付いた短冊を何枚か取り出した。「これは?」
「それは、アントシアニン試験紙です。」本当ならpH測定器が欲しい所だけど無いから、材料が沢山あって使い勝手の良い代用リトマス試験紙を使っているんだ。
アントシアニンなら、ワイン醸造所に行けば赤ブドウの皮から幾らでも抽出できる。前に蒸留器で、純水アルコールを出したいって言ったよね?
ポマのデンプンに、ワイン麹をつけて発酵させて酒精を出し、蒸留で抽出して最後に消石灰で水分を抜くと純水アルコールになる。
後は、ブドウ皮をエタノールに浸して湯煎し、アントシアニンを抽出して短冊に染ませると出来上がり。アルコールだから、乾くのは凄く早かったよ。
代用と言ってもリトマス試験紙より優秀で、多様な変色態様を持つのがアントシアニンの方なんだ。リトマスの様に、酸性用・アルカリ性用と2種類の試験紙を使い分けしなくて良い。アントシアニン試験紙は、紫色の1種類で多様なpHを観測する事が出来る。
「これを土壌サンプルの水に浸して、この0〜14まで目盛りを振った色見本でpHの度合いを確かめます。指標は0度が塩酸で、14度が水酸化ナトリウムで目盛りを切りました。酸性だとピンクから赤色に変化して、アルカリ性だと緑から黄色に変化します。」
「その水は、もちろん中性ですか?」「測定には、余り影響はしないのですが………、」
俺は、悪戦苦闘の経験を話していた。試験用というからには、測定に使う物は中性で無ければと思い、最初は蒸留水を測定に使う積もりだった。
理論上は7度の中性で、試験紙に変化はない筈だったのだけど、蒸気になったら大気中の炭酸ガスが溶け込んだみたいで、時間が経つほど酸化して5度前後になっていた。慌てて、その辺のサンプル水を濾過して見たら、だいたい変化が無かったので中性水だった。
「………苦労をした割には、元の木阿弥というズッコケる結果に終わりましたわ………。」マリクもポーリーヌも笑えないから複雑な表情になっていたし、子分達はクックッと小さく笑ってた。レカだけ、小首を傾げて不思議そうな顔をしてる。
自分で白状をして、自分で落ち込んでる最中……。イジイジと、腐葉土層をピンセットでホジくっていたら、ニョロとした奴が飛び出して地面に落ちた。
俺は、のたくり回るソイツを摘んで思わず、「可愛い!」なんて歓声を上げて頬ずりをしていた。ポーリーヌが呆れ顔で、「そんなのがお好きなんですか?」と聞いて来たので、それに応えて、「ええ…、ミミズさんって、畑の神様なんですよ。はぁ〜、愛ぃ愛ぃ…。」
「「そんなのが神様!?」」2人揃って絶句した。「ミミズは、有機物をよく分解して土を豊かにしてくれますし、空気も含ませて土壌を柔らかくしてくれます。」
多分、人の悪い顔で思い出し笑いをしていたと思う。「ミミズさんは、活きが良いと刺激性の粘液を飛ばすの。それで、この前、初めて中庭に出た弟がミミズさんにシャワーを浴びせ掛けまして、
"ズィズィが、真っ赤に腫れちゃった〜!!"なんて泣いて可愛いのなんのw」
「それでそれで?」ポーリーヌが目を輝かせて喰い気味に聞いてくるから、元の大きさがこんなで、これだけ腫れて……なんて、あーでも無いこーでも無い、ワーワーキャーキャーとやっていた。
「分かる、分かりますわぁ〜。私も弟のズィズィが、可愛くて気になりますもの。」「ポーレットが?」純粋に、農業知識に興味の有ったであろうマリクが引き気味に聞いてくる。「ズィズィって、お嬢様が口にして宜しいので……?」
「あら?幼児言葉だし、私でもそれ位は口にしますよ。」「………お嬢、ハシタねえっすっ………。」「ええ〜〜〜!別に、尻尾とか、〇〇〇〇とか言った訳じゃないですか〜。」
「ちょ!可愛い顔をして、場末の娼婦が口にする様な事を言わねえで下せえ、、、イメージが崩れやす……。」偶に親元を離れた時くらいはとブチブチ言いたかったが、マリクの視線が微妙に痛かったので目線を逸らす。
「あんまり可愛いから、アレにリボンを結んだのを絵に描いて額に入れて飾ろうとしたら、お父様に止めるように懇願されました。」「お嬢、、、。坊ちゃんは将来、絶対それが黒歴史になりやすぜ?男ってなぁ、割と繊細な生き物なんで、弟君に嫌われても知りやせんぜ。」
カレンとして上品に振る舞ってはいるが、結構シーモネーターなんで、この手の話に2人で盛り上がる。弟のアレにキュンキュンするのは、多分この体が女の子だからだろうかなと思った。
「コホン……。弟の話しはともかく、この辺りのpHは5度を中心に4度と言った所ですかね。」「お嬢様は、試験紙という手段が有りますが、ボク達がpHを判断するにはどうしたら良いでしょう?」
「生えている植物でも、大体の目安に成ります。酸性土壌ならスギナやカタバミにクローバーと言った所で、グンバイズナやコハコベ、プラタナス、ユリノキなどはアルカリストレスに強い植物です。豆類とかポマなら、アルカリ土壌でもソコソコ育ちますね。」
「植物に適切なpHは、どの程度でしょうか?」「大半の作物が好むのは、中性から弱酸性でしょう。オレンジが好むのは、5〜6度の酸性よりに成るかと思います。何方にしても、甘く育て様としたら其れだけ有機物を消費しますので、土壌酸性化に気を付けながら施肥をする方が良いでしょう。私が、酸性土壌を改良する苦土石灰やニガリを混ぜた肥料を作っていますので、後日、運ばせましょう。」
「ニガリとは、どう言った物でしょう?」「製塩過程で、出る不純物の事ですわ。塩を結晶化させた後に残った、様々なミネラルを含む苦味のある水分です。植物の葉の緑を濃くして元気にしたり、根を丈夫にしてくれる物質を含みます。ミネラルは塩素と引っ付いているので、連作障害による塩害に気を付けなければいけません。除塩にも酸化土壌にも、石灰のカルシウムが有効です。」
「何不自由の無い貴族のお嬢様が臭いのする堆肥を作っているとか、農業知識に付いても、そんな物にどうして興味を持つのですか?」ポーリーヌが目を丸くして聞いてくる。
それにしても、コロコロ表情の変わる子だな。いやー、前世では仕事が仕事で、知識は薄く広くだったんだよとは言えないな。「貴族だからw それでは答えに成りません?」「あまりピンと来ません。」
「貴族は、領民から税金を頂いて生活が成り立って居るのですよね。領民を豊かにすれば、領主も税金が沢山入って豊かになります。無い所から無理矢理とって恨まれるより、お互いに豊かで幸せになった方が良いと思いません?貴族は国家防衛のみならず、領経営もキチンとして行かないと、足元を疎かにすれば国は破綻していくと考えています。」
「国とか、ボク達には雲を掴む様な話しです。お嬢様が肥料を出して下さるのは有り難いのですが、ボク達には大したお金もなく、貴女に具体的なメリットは無いと思われますが?」
「でも、マリク達が頑張ってくれて、税金が有るから国が何とか回っているのは事実でしょう。平民が頑張るのなら、私達貴族は負けない様に上手く国を回さなければ恥ずかしいと思うのですよ。それに…、」
俺は、先行投資の重要性を述べた。そうして、サブロンの町と契約を交わし、アイディアをそのままで終わらせず具体的な産業として振興したい旨を語った。
「それで、お嬢様のメリットは?」「それは、私のお小遣いが増えますw」"ズコッ…"子分がズッコケた。「お嬢、幾らなんでも、国の話しから自分のお財布事情まで、落差が激し過ぎますぜ。」
「いーの、貴方達のお馬ちゃんの代金も私のお小遣いから出ているのですから、無駄にしなければ幾らか貰ってもセーフです。自分のアイディアと事業を見る目に投資して、正当な対価を貰えるのなら構わないじゃないですか。文句を言うのなら、お馬ちゃんを取り上げますよ?」「ウヘー、勘弁してくだせぇ〜。」
まぁまぁと宥められ、気がつけば一通りの作業も終えてデーターも取れたので穴を埋め戻し、収穫を手伝ってフォンテーヌ宮に戻る事にした。
マリクと別れる前に、彼女の家は町の取りまとめの1人と聞いたので、明日の挨拶にはマリクやポーリーヌにも宮殿へ来てくれる様にお願いをした。
…
………
………………
夕方、日も暮れかけてモンティニーの斜面から歩きながらの帰り道、「は〜、元気で目まぐるしくて、まるで暴風の様な方だったな……。」ナゼールが、ひと心地ついてカレンの感慨を口にする。
「でも、オジさん。お貴族様なのに、楽しそうに収穫を手伝ってくれたり、気取った所が無くてお話しも楽しかったわ。」
「ポーレットは、アレの話しで盛り上がっていたもんね。」空かさず、マリクが混ぜっかやした。
「何よ!マリクが難しい話しばかりするから、退屈してたんだもん。レカも退屈だったよね?」
"ワフー、ワンワン!"「あっはは、レカもかー。こりゃ参ったな。でも、あの方の話しは聞いた事の無い物が多くて、ボクは興味を引かれていたんだ。それにポーレットは気がつかなかった?」
「何よ?」
「サラザードの聖女と言われる人は、超ド級の変わり者だと噂になってるらしいよ。」
「何か、関係があるの?」
「当代のデュチェッセ様の出身は子爵家で、バーゼル領のモンテローザ家なんだ。」
「じゃあ、あの方は………、」
"ドシン!" 女のポーリーヌでもなく、ナゼールが先に驚き腰を抜かして尻もちをついた。離れて歩いていた周りの農夫達は、事情が分からず唖然としている。
マリクは父親に手を貸しながら、「明日、ボクもポーレットと宮殿に呼ばれたから、父さんと一緒に行くよ。」
「そ…それは…それは仕方ないが、くれぐれも粗相の無い様にな……。」
「大丈夫だよ父さん。今日も、母方姓を名乗る位にボク達に気を使う方だから、心配には及ばないと思う。」
「どうしよう……、私、お姫様にズィズィなんて言っちゃって………。」ポーリーヌが頭を抱えた。
「シー…、そんなに気にしなくてもw」周囲は話しの内容を知らないみたいで、突然のナゼールとポーリーヌの動揺をヒソヒソし始める。
「驚く程の知識と、歳相応の稚気が同居されているみたいな変わった方だから気にはされないと思うよ。全ては明日………。」
「もう〜、鈍感!そんな事じゃなくって、、、。」顔が真っ赤になって後は言葉にならず、マリクの肩口をポカポカと軽く叩いた。
彼女は困った顔で微笑んで、明日の邂逅を楽しみに家路を急ぐように身振りで促す。
"………明日になれば、ハッキリするさ………" マリクは、心の中でそう呟いた……。
…
………
………………
【翌日/フォンテーヌ宮】
「今日は、お集まりになって下さって、ありがとう御座います。」「いえいえ、姫様に置かれましては、我が町の者へ過分のご配慮を痛み入ります。」
カレンは、サブロン町の代官モーペルテュイ男爵と商業・工業ギルドのサブロン支部代表、農地代表に各取り纏めを務める者共ら計10人とお昼の会食を共にしていた。
町側は男爵以外が平民ばかりであり、会食の席は一段高いテラスを彼女と2人の側仕えと代官達だけで席に着き、余人は別のテーブルへ案内された。
前日、急に馬で走り出した件で祖父を心配させて叱られたが、彼女は父に使ったのと同じ手口で泣き落として誤魔化した。
可愛い孫娘に弱いエクトルは、今日のサブロン代表団との話し合いでも平民達が気を使うからと言われて渋々と座を外していた。
「モーペルテュイ卿、随分と恰幅が宜しい様で頼もしく思います。」現代ではスラリと痩せている方が好まれるが、中世では太っている方が財力が有ると見做されて、これはこれで褒め言葉になる。
まあ、カレンは腹の中で男爵の脂肪肝を取り出して、ロッシーニ風ステーキにしたら美味しそうだな〜なんて思っている訳だが……。
因みに、18世紀の作曲家ロッシーニの名前が冠された件のステーキとは、柔らかくても脂身の少ない仔牛肉のステーキに脂の塊りフォアグラを乗せてトリュフソースで頂く、世界3大珍味の内の2つが使われる美食家で有名な彼らしい贅沢料理だ。
そうして、相手の口元ではなく腹をチラ見するカレン。同じ様にマリクは、それとなくカレンの指輪に注目していた。
今日のサブロンの面々は、朝食もソコソコに先の公爵参りであったのでコースの進み具合が早い。
カレンの発案により、それまでのダーン!デーン!とご馳走を並べる形式は見直され、熱い物は熱い内に…が徹底されている。サブロンの面々は、多少の戸惑いはあった物の直ぐに慣れてしまった。
中世ヨーロッパの王侯貴族の食事は、財力を誇示する為に大きなテーブルへ溢れんばかりの料理を盛り並べる事を基調とする。
この世界でも少し前まで、大テーブルのナイフもフォークもスプーンでさえ共用で、手掴み食べを基本とし、スープもテーブルの窪みに注がれパンを浸したり手で掬って飲む事さえ有った。また、スライスされた肉なども陶磁器の皿に盛られず、カチカチに固まったパンの上に盛られた。
瀟洒で華麗な物と思われがちな宮廷料理だが、中近世までのヨーロッパは衛生観念とはまるで無縁の粗野な世界だったのだ。
この点に付いてカレンは、17世紀ルイ14世の宮廷料理人ラ・ヴァレンヌが調理法の変化に付いて、フランス初のレシピ書『ラ・キュイジーヌ・フランセーズ』の中で述べていた事を記憶している。
曰く、"以前に比べ味付けが薄くなり盛り付けが洗練され、肉の塊りを焼いて丸ごと出すのでは無く、技法を凝らして個別調理をする方向に変わった"とある。
何にせよ、高級料理と呼ばれた宮廷料理が広く知れ渡ったのは、ギルドを含む旧体制がフランス革命により破壊されてからである。
それまでの宮廷料理人は、市中にレストランを開くのをギルドに制限されていたのが、自由化され富裕層がこれに群がった。
前世では、イタリアに因って齎されたと云われるユックリとした料理変化。今世では漸く個人用カトラリーが流行り、料理を個別に取り分け始めた時代。
カレンの知るコース形式の導入は、時代を先取りして斬新であった………。
仕事始め朝1番に、社会保険事務所へ行って手続きをしようとしたらコロナで閉鎖だそうです。どこも、クラスターでウンザリしそうですが、中世ヨーロッパでもペストの流行でウンザリする位でした。アフリカ大陸からイベリア半島経由で入って来るのに、半島で十字軍遠征とか馬鹿をやるからしっぺ返しが待っていたのかも知れません。
例えば、"ピンと"の語源はカメラのピントですので、カメラの無い中世には存在しない語彙だと思います。ただ、現代語表現の方が読者はスムーズに受け入れ易く、筆者も回りくどい書き方をしなくて済むので使っています。同様の現代語表現をする場合が有りますので、予めご了承ください。
言い訳産業になるので、次回予告は割愛させて頂きたく思います。番外編の続きは短めになる予定の筈が、長くなりハミ出た分を’21-2/15日22時44分に此方へ転記しました。話しが途中で切れたのは、悪しからずご了承ください。




