コンディション・デ・インデペンダンス。 <内面世界への旅立⑤>
遅くなってごめんなさい、交通事故に時間を取られていました。こちらは被害者側ですが、手続きが多くて困ります。皆様も、事故には気を付けてください。加害者でも、被害者でも大変です。
副題は、『独立の条件』です。では、お楽しみになってください。
"所で、フと疑問に思った事が有るのですが、質問しても宜しいでしょうか?"ご先祖様のラブシーンでどこかムズ痒くなったカレンは、空気を変える為にピサロへ気付いた所を尋ねてみる。 "はい、受け答えしうる範囲で承ります"
"質問の第1は、エルフに聖樹とは何なのでしょう?"
"エルフという種族を端的に申し上げれば、精霊力が凝集して仮の肉体を得た天使とも云われる大精霊と人間が愛し合った結果産まれた種族です。彼等は人種で有りながら豊富な生命力に満ち溢れ、為に身体は健康で容姿は美しく長命です。複雑な精霊術や法術を操る高い知能を誇り、優れた身体能力を併せ持ちます。
そして聖樹とは、宇宙樹と直接リンクした生命体です。全ての生命が、宇宙樹に茂った葉の一枚に過ぎません。マナが見えない物で有る様に、マナで構成された宇宙樹も目には映りません。エルフ達が信んじるのは、自然の神より生ずる命は自然にお返しするという教えです。
アイテシアの風習に、子供が産まれると幼木を植林し、埋葬する時に棺桶として利用する習慣が有るでしょう?あれは、エルフ族の死期を悟れば聖樹と同化するという習慣を真似た物でした。因みに黒エルフは、後に堕天した大精霊との子です。他にも、巨人族などの大精霊との子孫がいました"
"へえー、傲慢と堕落の都アロゴンとコルプの神話も、普通の人間ではなく巨人族の話という事でしたが、大精霊と人間が混血してマナが充実すると、長命だったり巨体だったりするのですね。エルフの他は、ドワーフとマーメイドにサラマンド辺りが大精霊との子孫ですか?"
"はい、多様な大精霊との子供です。大精霊は、大きく光系統と闇系統に分かれます。光の代表が天使・天馬・鷲獅子など、闇の代表が悪魔・ドラゴン・サーペンタイン辺りです"
"第2に、聖樹の種子はエルフには無害だとフリジア様は仰って居られましたが、法術を聖樹の種子などで封じなければ奴隷にはならないのでは?"
"ああ、聖樹の種子が発芽をするには、マナを大量に注ぐ必要が有ります。そのまま飲み込んだり埋め込まれでもしない限り、生命を盾に法術を封じられる事はないでしょう。この為に、不測の事態はほぼ皆無と言って良い。事故件数が少ないのなら、退去の祝詞を唱えられるエルフが少なくなるのが道理でしょう。
実際に、祝詞が唱えられるのはハイエルフなど一部の白エルフに限られておりました。古来、キャナルの尊崇の対象であったエルフは彼等の発展を見守っており、家族単位少人数で広く散っていて無防備と言って良い状態でした。キャナル文化を野蛮と見下す帝国人は、キャナルの畏敬するエルフを奴隷資源として立身出世や蓄財の道具と見做しております。
エルフの親を殺して子供を拉致したりなど、かなりの悪知恵を働かせたいたみたいですね。黒エルフは数に開かせて狩り放題、白エルフもアルヴ古語を習う以前の子供なら精霊術も使えないし、どちらも種子を植え付け法術を封じれば奴隷にする事は難しくなかった。フリジア様を、拉致できると勘違いする位にはです"
"ええー!?それでは、帝国兵の死に損ですか…。自業自得とは言え、悲惨な結果ですねぇ〜" "フリジア様はハイエルフでしたし、アルマロスによりマイナーなものまで詠唱法を詰め込まれました"
"第3は、精霊力(=神の力)と生命力の違いを教えてください"
"精霊力は万物の創造を担い、生命力はこれにより創造されました" "つまり、生命は化学反応の重合体ではなく、魂やら生命力でも構成されると?" "その通りです。多細胞生物は細胞同士の共生関係ではなく、魂と中身の生命力で個の生物として統一されているのです。
魂は、純粋で有れば有るほど生命容量が大きく、逆に穢し濁らすとマナプールを狭めます。魂の中に精神があって精神と肉体は一体不可分なので、精神が活動を止める(=死ぬ)と肉体も活動を止めます。同様に、マナは肉体にも精神にも宿ります"
"なるほど、催眠術で火箸だと言って割り箸を当てたら火傷が出来るのと同じですか…。フリジア様に膨大なマナプールが有るのは、種族特性以上に純粋無垢な魂が関係するという事ですね"
"精霊力とは宇宙に満ちて、始まりの言葉により意味をなした物です。宇宙は、常に膨張をして遂には縮小というプロセスを踏む事はご存知でしょう?風船でも、空気が出入りするから膨張したり萎むのです。
また、恒星は光の粒子を飛ばすという手段で真空と言われる空間を何万光年も伝わりますが、重力が媒介物なしに伝わる事は有りません。物を引っ張るには媒介物を使いますが、宇宙には重力を伝えるヒモが有るのです"
"宇宙に充満したり、重力を伝えるヒモの役目をするのが精霊力という事ですか…" "はい。理性的に現象だけを追って行くと、法術や精霊術は荒唐無稽とは言えず、仮定ではありますが理路整然と説明できるのです"
"そうね、仮定し実証するから科学と呼ぶので、既成概念に溺れ進取の気概の無い偏った思考は最早科学をしているとは申せません。科学とは、未知を解き明かす学問ですからね。
前世での物理科学の先端は、超弦理論という第10次元でしか定式化できない為に、優れた仮説で有っても実証不可能と言わしめた理論が主流でした。こうした、宇宙以前に科学のメスを入れる事は、しばしば仮定を必要として数式や理論以外の実証手段を持ちません"
"創造力とは、想像力の事を指します。創造神は、宇宙に満ちる精霊力をイメージでコントロールして創造を成し遂げたのです。人間がイメージでマナを操って物性や事象を改変するのは、微妙くも天地創造に倣う行為です。最大と最小の宇宙に、類似性が有るのはご存知ですよね?"
"はい。原子核を回る電子が最小で、恒星の周りを回る惑星が最大レベルです。分子未満のレベルで、核を回る電子の数がその性質を決めています。例えば、ナトリウムは金属ですが、核を回る電子が奇数な為に非常に不安定な物質です。他の分子と電子を共有する事(=化合)で、安定した物質に性質を変えたりします"
"マナ法と似て居りませんか?" "よく出来た科学は魔法に似るという名言の逆で、法術が科学に似るのですか?" "マナ法術も精霊術も、星々の間や電子間に満ちた目に見えない力を使って物性や事象を改変しているのです。理論立てて言うと、そうなります" "そうすると、精霊術や法術は万能ですか?"
"いいえ、精霊術は精霊の気分に左右され、法術は編み方やマナプールに左右されます。序でに、マナプールやマナ法術に付いてもお教え致します。マナプールとは池に例えられますが、池から流れ出る方向により、光闇地水火風の属性が決まります。マナの発現という儀式は、マナの流れ出し口が出来た事を確認しているのです"
"ならば、流れ出す所が多いとマナがアッと言う間に枯渇してしまうという事ですか?" "その通り。詠唱や法陣は、現象・座標・効果範囲・持続時間などに使われるマナの流出をコントロールする目的があります。法陣は回路の役目を果たしますが、詠唱は意識付けでしょう。
複数属性を自在に操れるのは、マナプールが膨大なマクリル位な物です。偶に普通の人間にも2属性持ちが居りましたが、長生きは出来なかった様です。6属性の中でも闇の属性は、空間転移術などでマナを大量に消費する属性ですので、貴女やフリジア様は膨大なマナプールをお持ちという事になります"
"私は、いずくの神様からも祝福は頂いて居りませんが、貴方の話し方から察するに闇の神から祝福を受けているのでしょうか?" ピサロが暫く沈黙をして、"ご存知なかったのですか?洗礼日の夜に、闇の神オズトロット様のお名前を頂いた筈ですが………"
"あの日の出来事は、おぼろげながら悪夢を見たとしか記憶に御座いません" "ふぅ〜、なるほど、何時までもお呼びが掛ら無かった訳です………。貴女がオズトロット様の御名を唱えて下さっていれば、私が余計な事をしなくて済んだのですが、まさか夢だと思って忘れてらっしゃるとは思いませんでした"
"余計な事とは、ロゼリーや入学試験の事ですか?" "くっくくく……、ご明察、さすがの賢さです。それ以前にも、特に修練もしないのに身体がイメージ通りに動くなんて事は有りませんでした?" 彼は含み笑いをしながら質問をする。
"そう言われたら、物心が付いてより特に鍛えもしないのに身体がイメージ通りに動いていました。普通は有り得ない事ですよね?皆、血の滲むような修練を積んで会得すべき所を、見よう見まねと知識で身に付いていました"
"それは、ご両親様それぞれからエルフの優れた身体能力を受け継いだ才能という面もありますが、身体を巡っているマナが多い為にイメージ通りに反応して動きが良くなる身体強化に近い状態だからです" "身体強化は、マナの循環が基本ですか?"
"そうです。属性に限らずマナが適切に身体を巡る事によって、使うと傷む筋繊維の修復と強化を行い、イメージ通りの身体運用を可能にしています。その他、外部からの法術の影響を弾く抵抗力にもなっています" "外部からといえば、光法術は例外ですよね"
"光法術や直接移譲は、食事と同じく体内にマナを取り入れる行為ですから例外となります。法術を通さない直接移譲は著しく効率が落ちますが、それは生体の抵抗力の所為です。闇法術は、ロゼリーにしたように病魔を吸収するのに向いていますが、これは病魔で弱っているから可能な治療となりました"
"そうなんですか、法術の光は外傷向き、闇は病気向きだったのですね" "身体に抵抗力が無いと外部から火や水の法術で深部体温を操られてしまい、幾ら強くて賢かろうと、たった2〜3度体温が上下しただけで人事不省に陥ったり、凍えたりします"
"あー、私もそう思いました。何で、法術で火の玉を打つけるのか?そんな事をする位なら、敵の体温を少し上げるだけで高熱でフラフラになります。しないと言うか、抵抗力により出来ないといった方が適切だったんですね"
…
………
………………
【王国暦元年 帝国暦967年 晩夏】
神聖サマルカンド帝国の都ロームルスがあるアンブロージョ地域ペルージア半島から暫く北上すると、尖塔と呼ばれる峻嶮な山脈が東西に連なっている。帝国軍が北のバンベルグを侵略するには、この山脈を東か西に迂回する必要があった。
東側イリュリクム地域を迂回すると、道は遠く狭隘で気象も厳しく、人口が少ない為に徴用もままならず、徴発するにも食糧の乏しい地域を通る事になる。更に帝国とバンベルグは、東側地域では隣接していない。群小の独立国家を跨ぐ必要が有るので、それらを相手にする可能性が出てくる。
ヨーロッパの殆どが、北海道以上に緯度の高い地域で寒冷の筈だった。もし、新大陸からの温かい海流が無ければ、北部は年中氷に閉ざされて作物はロクロク育たなかっただろう。帝国の版図で、この温かい海流の影響を1番に受けているのが西部トリーア地域になる。
温暖で平地が多く、その分は人口があり、軍勢や馬車が通れる街道も整い、徴用すれば人も食糧も豊富に集まるトリーアを進撃路に選ばない理由はない。帝国がバンベルグ方面に進出する目的は、良質な鉄鉱石と貴金属(金・銀・魔法金属)と救世教の影響が大きかった。
鉄鉱石や貴金属は交易でも手に入るが、救世教の"神国を広げる"という目的には沿わない。帝国には、ドベェルグを捕える目的もあった。ドベェルグは、鉱石の採掘から加工まで人間には及びもつかない技術や土法術を持っている。
帝国はバンベルグとの条約により、国境をマース川(=後のアイテシアを源流に→ロースダール→ドルーデン王国中央を流れ海へ注ぐ)までと定めていた。今回の軍事行動は、境が曖昧な西部辺境(=アルザス〜ロートリンゲン地域)を併呑して、後のために深緑の境界線に前線基地や騎馬の集団が通れる街道を作る事にあった。
彼等帝国人は、文化の香り高い民族である。どんな僻地にも蒸し風呂や湯に入れる施設を作り、馬で移動をして馬車で荷物を運ぶ。大規模な攻城兵器を作り、戦車や騎馬により圧倒をする。現地調達の利かない物資は、部隊と共に移動を余儀なくされた。川の無い場所は井戸を掘るにしても、大規模な軍事行動と文化の為には大量の物資が必要となる。
大軍を維持するには、大量の干し肉やパンの材料である小麦が欠かせない。それに彼等は、どこに居ようと故郷の味を忘れない。ぶどう、レタス、カルドン(=アーティチョークの野生種。アザミ科の雑草。茎はセロリに似ている)は、帝国人が好んで宿営地に植えた野菜や果実であった。
野菜サラダは、彼等の食文化の発露で有ろう。宗教も迷信や不可思議な力に頼らず、理性的な教えの救世教を信じている。帝国人は、こうした文化の高さから、自分達こそ世界を統べる資質のある神に選ばれた民族だと豪語する。大半の帝国人が、劣等人種は征服され彼等に奉仕するだけの奴隷で良いと考えていた。
その鼻持ち無さから、他民族に嫌われ憎まれて恐怖政策に頼らざるを得ないとしても、征服と教化が彼等の存在意義になっている。
今回の遠征軍約8万の内、半分は戦闘部隊、残り半分は現地徴用者で2万がロマ農夫を中心とした作物栽培担当で、2万はキャナルとクロンにカロリナなどで工作や輸送を担当した。ロートリンゲンは山谷が多く、未開の平地は樹海の中で小さな村が有るだけの地域だが、それを切り拓く苦労をしなければならない。
彼等のワガママなまでの拘りが補給に多大な負担を与えていたとしても、一度、生活レベルが上がってしまえば軍役だからといって下げるのは容易ではない。ましてや、遠く故郷を離れて兵役に付いているのだからストレスは半端ではなく、その為に奴隷扱いを受けた現地徴用者や進撃路の女達は凡そ人間扱いはされなかった。
フリジアの特殊部隊は連絡網を壊滅して、補給部隊を襲い指揮命令系統から潰していった。後は、ほぼ烏合の集である。部隊が逃散した後の物資は、エヴルーに運び込んだ。一度壊滅した補給部隊の警備は、数100の単位から数千人に増強される。ただでさえ少な目の戦闘部隊をこれにより分散する。
補給部隊が襲われ壊滅でもすれば、前線の戦闘部隊から抽出して強化をする必要が出る。そこへ、"北の海峡の全滅"が齎された。エミリオス・デガーニは凶報を受け取ると、復讐戦の為に急な命令で混乱する戦闘部隊を纏めて取って返す。エミリオスの1軍は、騎兵が多い戦闘部隊で構成されていた。
彼は、道を戻れば補給も容易に受けられると目算した様であるが、徴用者が多かったロートリンゲンに残した5000の兵は指揮系統が潰されると逃散してしまっていた。1週間は補給が受けられず、急な行軍で疲労困憊のエミリオス軍は、ボドワンの罠に嵌って首脳部が討ち取られてしまう。
ティーフグルネ・グエンゼ。新緑の境界線に相応しい樹海と、羅針盤を狂わす磁鉄鉱が数多く点在する迷いの森。この地の住人なら、森を切り拓いて平地を畑に変えようと一度は思う。開発をしないのは、深い森の奥には必ず彼等が存在するからだ。
そう、清らかな水と調和を愛する木の精霊が、必要以上の開発を拒む。彼等が何かをする訳ではないが、彼等によって止められている森の悪意に人々が曝される事となる。中でも危険なのが、蛇妖や狼に騎乗した赤帽子であり、闇に紛れて人間の肉や生き血を求めて徘徊していた。
この地域からの進出がある事を知らされたバンベルグが、5000の兵を急派した時にバンベルグ軍が目にした光景は、血を抜き食べられ、または餓死した累々たる死体の群れだ。よしんば生き残ったとしても、恐怖から精神状態はマトモでは無かった。かくて、帝国が建設した街道を住民は"白骨街道"と呼び、森に手を出す事を互いに戒めた。
「以上、遠征軍8万は事実上、全軍が壊滅しました。」エヴルーでの戦略会議で、ボドワンが報告をする。「バンベルグには、盾と甲冑2千両、革鎧2千、剣や槍を3千本ほどの支援を要請しました。」民兵の参加は良いが、彼等の装備はお粗末だった。
エヴルーの町には救世教の大聖堂があり、織物を主要産業としている。小規模な町では有るが、この一帯は交易で栄えていた。この町を支配していた伯爵と、欺瞞溢れる教えを説いていた司祭を追い出し、聖堂は今やアイテシア首脳陣の会議場になっている。
「ご苦労さん、フリジアちゃんには甲冑なんかを受領しに行ってね。お願いするよ。はぁ〜、やれやれ。これでやっと戦さの体裁が整えられるわ。それにしても、最近のフリジアちゃんやボドワン君は生き生きとしてるけど、なんか良い事があった?」フリジアは、返答に詰まってボドワンに目配せをする。
「え、あ、ゴホン。フリジア様とは、指示や報告の都合でコミニケーションに勤めており、随分と忙しく立ち働いて頂いて居られますもので張り合いが出たのかと……、」「ん、まぁ、そう言う事にしときますかw 恋愛は自由だけど、くれぐれも女王のご機嫌を損ねる様な真似だけはしないでね。」グザヴィエは意味深な言葉だけを掛けて、後はニヤニヤして黙り込む。
ボドワンは、動揺を隠しながら報告を続けた。「本国からの鎮圧軍は、アンブロージョ地域本年2度目の徴兵と言う事も有りまして、なかなか都合が着つかなかったみたいでした。
海峡の全滅を聞いてから4ヶ月を費やして漸く形になった模様です。現在、帝国領を進発した鎮圧軍本体は、我が方の足止めが功を奏し、遠征軍とロレーヌで合流すべき時日でも中間点にも満たないマーコン辺りに止まっています。」
※ボドワンの足止め
このトリーア地域は極点からの風の影響で湿度が低い。特に夏の湿度管理は、自ずと雑になりがちだ。
「フリジア様の法術も、帝国の兵站部隊をただ叩くのではなく、闇に乗じて荷物へ湿気を含ませてカビや虫を流行らせ無力化しました。慎重に物資を運んだとしても、カビたり虫が食った穀物、芽が出て使えなくなった野菜の種子を運ばされるのだから、徒労感は、筆舌に尽くしようがありませんね。」
「兵站部隊の責任者は、悪くもないのに管理不行き届きで処刑されて入れ替えられるよ。その上、急進中の鎮圧軍は、荷駄を広げて湿気を乾かす余裕もないし、現地調達しようにも、先に遠征軍が物資を徴発した後を進軍しているのも有って思うようには集まらない。結局、本国からの補給を待たなきゃ行けないのよね〜w」
ボドワンは、小瓶に入れた抽出物の白い粉を見せるたとニヤリと笑って見せる。ヴロンテ時代に、活動の忙しさから干したインゲン豆を良く煮ずに食べた事がある。生のエンドウ豆を水に戻しただけで食すと、【フィトヘマグルチニン】というレクチンの一種が豊富に含まれる為に酷い吐き気と下痢で中毒症状を起こすのだ。
「十分に加熱をすると無害になるが、中途半端に熱を加えると毒性が何倍にも増すというオマケ付き毒薬を食料に混ぜるとはな。見えるカビや虫は除去できても、やっとマトモに届いた物資に毒物を仕掛けるのだからお前も人が悪い。」グザヴィエも、ニヤリと笑い返す。
「このまま、後2〜3ヶ月もすればセテ・フォンセに雪が積もり、ロレーヌで合流する予定だった遠征軍の壊滅に、海峡の全滅という噂が広まります。反乱分子の即滅を意図して集めた軍隊だから、思うように進軍できない苛立ちと、届かない食糧に、蔓延する謎の下痢と吐き気、その上で死の大天使の噂が出回れば自分達が呪われた軍隊だと士気は最低になります。」
「ですが、行軍が思わしく無いとなれば、鎮圧軍本体は帝国領に引き返しまかせんか?」幕僚の1人が、疑問の声を上げる。「敵が引き返せば、相手にしなければいけない兵が減るのでそれで良い。でも可能性は、半分にも満たない。今までの例でも、反乱に対して即座に鎮圧している。鎮圧軍が来るのが、年を越すとは考え難い。」
「何故です?」「帝国は、この地域にさんざ恐怖を振り撒きました。そうした人間が1番に恐れるのが、徹底的にやり返される事です。我々が力を付けない内に、潰そうと考えるはずです。彼等のメンツ上も引くに引けない状態でしょうから、何としても晩秋のセテ・フォンセを越えて、冬が厳しいこのエヴルー付近に陣を張るでしょう。」
フリジアが思わず口を挟んで、"そうなると、私が全ての薪を湿気らせますから、帝国兵は凍えますよ"と付け加えた。エヴルー住民も含めて、戦場になると想定された付近住民はエルファーナで保護する積りだ。結界を超えた先は、常春の国なので薪は要らない。
「更に、こちらの数が見えていないのも良い点です。如何に鎮圧をするとは言え、公称30万は多過ぎでしょう。ドルイドには、マナ切れを狙った人海戦術が有効とは言えドルイド3千民兵2万対30万ですから、よっぽど海峡の全滅が堪えたのでしょう、こちらを過大評価しています。」
「こちらも、数の暴虐はいかんともし難いが、フリジア特殊部隊の神出鬼没の援護があり、ボドワンの知略が有れば恐る所は無い。引き続き、奮励努力を欠かさない様に頑張ってくれ給え。では、今日の軍議は終了する。解散!」「「「おーーー!」」」
"敵が数の暴虐なら、こちらは距離の暴虐だな"ボドワンが、密かに戦略を練り始めた。
グザヴィエ達は建国を宣言したとは言え、独立を認められるには周辺二カ国以上の承認が必要である。エルファーナ王国は、周辺諸国との接点を持たない為に承認国から除外される。
ボドワンの計画では、ノ・ホイレーンムヒラ遠征軍撃滅の功績で島の南側ボルツ王国からの承認と、バンベルグ遠征軍を苦しめた功績でも承認が得られる筈だ。トリーアの独立は、他の帝国支配地へも波及効果が見込める。
ボルツやバンベルグは、帝国の足掛かりであるトリーア地域が独立して防波堤になってくれれば願ったり叶ったりであった。後は、国を宣言したアイテシアに、防波堤としての実力が伴うか?だけである。
ボドワンが学んだエルフの軍略学を要約すると、『補給・情報・指揮』の重要性を抉り出した物であった。軍事を戦術的に捉えれば、軍隊が戦場に着くまで補給が重要で、到着してからは指揮官の質が勝敗を左右する。
戦略的に見ると、状況を知り得るにも策を講じる為にも情報連絡網が必須となる。どの様な知将・勇将であれ、目や耳を塞がれ指揮命令が部隊に伝わらなければ猫の仔より無力だ。
この法則は人種や時代が変わろうと、人間がする戦争で有る限り基本は変わらない。
『1.民衆に二度も兵役を課さず、三度も食糧を前線に運ばせない。戦費は自国で賄うが、食糧は敵から奪うので兵士は飢えない。
2.国家が軍隊のために貧しくなるのは、遠くまで補給物資を運ぶからだ。遠くまで補給物資を運べば農民が貧しくなる。
3.近場で戦争をすれば物価が上がり、物が高くなれば農民は蓄えが無くなる。蓄えが無くなれば、村々から兵役に人を出すことも出来なくなる。戦力が無くなり、家では蓄えが無くなり、農民の生活は七割まで減らされる。戦車は破壊され馬は疲労し、甲冑・弓矢・武器や防具・運搬のための牛馬や荷車なども六割に減らされる。
だから、知恵のある司令官はできるだけ敵地で食糧調達をする。敵の兵糧を奪うのは味方にとっては二倍の食糧が増えた事になる………云々。』
帝国は、この兵法書の一節によれば全ての点で落第と言えよう。更にボドワンは距離の暴虐を課し、バンベルグ遠征軍の壊滅情報までプレゼントしたから堪らない。
マーコンに、2ヶ月は足止めを食らい、やっとロレーヌに辿り着けば、連絡の途切れた遠征軍は全滅との報告を受けた。気が触れた生き残りは、死の大天使の噂を流して兵達を怖れさせ士気に影響をした。散々な結果になった。
時期は初冬。士気は最低、補給は信用ならず、雪が降り寝るのもままならない。こんな最低な状況で、鎮圧部隊本軍はエヴルーを一望できる場所に到着した。先に到着している筈の、アミエンス方面軍5万を欠いて………。
彼等は、我が目を疑う。エヴルーの防備は、標準的な町の域を出ないはずだった。数で押して、梯子を掛ければ超えられる程度の城壁が、今や倍以上の高さで深い掘割りも備えて梯子がよる隙もない。こうなれば、大規模な梯子車や破城槌が必要になる。着いたそうそう、大規模な攻城戦の用意をしなければ攻められない。
手足が冷えて凍える様な寒さの中、木を切り出して攻城兵器を作るのは無理だった。それに、まず真っ先に暖をとる必要がある。幸いな事に、周辺の民家は空き家でこれを解体して薪にする事ができた。といっても10万人分だ、エヴルーの防備に手を束ねていたロワール方面軍を入れると13万人分で、兵站部隊は遠くまで薪を探す必要に迫られた。
……………シク、
……………………………シク…シクシクシク………
100人規模の中隊単位に分散して、行方不明のアミエンス方面軍と薪を捜索する部隊は、本隊から遠く離れて活動をしていた。
サラサラと乾いた雪が降り積もり、風で地面から舞い上がりキラキラと散っていく………。
その幻想的な風景に溶け込むように、白い毛皮のコートを着こんで、フードを被った女が微かに哀しげな声を上げる。
夜に出会えば、間違いなく魔物と断じたであろう、抜ける様な白い肌、伏せた顔を覆う繊細な指先。コートの上からでも想像が着く、豊かで艶めかしい肢体。急な風がバサリとフードを飛ばすと、腰まで伸びた長い銀髪がフワフワと風に弄ばれた。
「ゴクリ…。お嬢ちゃん、どこから来たの?何がそんなに悲しんだい?」その内に、1人の兵士が勇気を振り絞って語りかけてみる。
「私は、悲しんで居るのではなく、哀れんでいるの。兵隊さんは、命が消えたら哀しくはないの?」その少女と思しきオズオズとした仕草で、女が僅かに顔を上げ質問に質問を重ねた。
「オジさんは兵隊だから……、」と言いかけて、手をズラせてこちらを見る潤んだ瞳を覗き込んだ。その美しい紫の瞳が揺れ、銀糸の髪が風のまにまに伸びていく………。
「私は、哀しい。これから、沢山の生命が失われる。兵隊さんも……。」「それは、どういう意味で?」先程から、頭に引っかかって思い出せない記憶が急に浮かんだ。
銀髪紫瞳は、「ヒッ!ひゃ、ひゃあ!!こいつ死の大天使だぁー!お、お助け、、、」兵士が幾ら叫んでも、周りの兵隊はずっと前から沈黙したままだ。
兵士は振り返る。赤いとても紅い物が、純白の雪に散らばっていた。そうして、兵士達の体は氷の彫像の様に凍て付いていく…。
フリジアの属性は、全てのエネルギーを吸収して凍てつかせる闇。
彼女こそ、死の大天使……。
当作は、ゲーム感覚のジョブやレベル、ステータスにスキルは出てきません。行いにより、聖女や勇者と呼ばれたりはします。他人の作品ならそうした物も楽しめますが、今作では描かない方向で進めます。
マナ=原点は食べ物(=聖書「出エジプト記」第16章 神から授けられた、白く小さな蜂蜜味のパン)転じて生命力その物。宇宙に充満するエネルギー(=仮想エーテル)=精霊力など、事象改変の力と理屈理由付けを行っています。
毎度のラノベ探訪をしていると、鉄に炭素を"加える"事で剛性が増すとの記述が有りました。鉄鉱石から如何に炭素を"引いて"鋼鉄にするか?その為の鍛造技術や反射炉技術、転炉技術があるので誤まった知識は書かないで欲しい。
家族が事故に遭いまして、身の回りがバタバタとして居ります。仕事が2倍に成りました。次回は、2週間位を目安にリリースしたいと思います。




