ラプソディ・イン・ブルー 。<内面世界への旅立④>
副題を直訳すると、"青の狂詩曲"になります。キャラの気分的な意味で、本題を付けました。遅くなりました。では、お楽しみになって下さい。
"………始まりの日、混沌の闇の中で創造主は光あれ!と宣う。其は言葉、其は意思、其は想像、混沌に秩序を、無秩序に法則を、闇に光を照らさん………"
"………斯く万物を生ずと、預言者は伝う………"
始まりの言葉からすれば、アルヴ古語は余りに些細な影響しか及ぼさない。
例えそれが、台風のエネルギーと等価であるメガトン級原子爆弾の力を上回ったとしても、例えマックスF5レベル以上の竜巻だとしても、太陽からうける1分間の熱と光のエネルギーは水素爆弾数万個分というのだから比較にさえならない。
3リュー(=11〜12km)ほど先に約150隻の船団が居て、内30隻は三橈漕船のガレー戦闘艦で全長10〜15トワ(約20〜30m)の船首に金属製の衝角が輝いていた。後は鈍重な動きで続く、キャラック船に似た不恰好な輸送用帆船である。それぞれに、中は操船員と漕手に馬や軍人、4万人分の大量の食糧と水が満載されている。
最初のアイテシア国民の眼前で繰り広げられたのは、数十の竜巻の柱が天に届けと伸びる様だった。"バーン!バリバリ、メリメリドカーン!!!"うねる風の柱は、先ずは軽いトライリームのガレー艦を巻き上げ船体をバラバラにして大黒柱である竜骨を捻じり折る。
フリジア達の時代には、魔獣が存在していた。彼等は人間の強い感情である恨み憎しみに感応し、見た目まで影響を受けた元はタダの野獣である。人に恨みを持つが故に人々を襲う。憎しみに惑う心が、自然の生物を怨念の狂気に駆り立てて"魔"となるのだ。
精霊とは言え感情が備わる限り、また人間の感情に感化される。1200年以上に渡り、この地域の人々の怨嗟が大気や水に影響を及ぼし眼前の光景を導いたのであれば、そのリルはさながら魔精と呼ぶべきだろう。大気が轟音を立てて渦巻いて、海水が怒涛の如く逆巻き、魔精が宙を復讐の歓喜に乱舞する。
「………な、なんで……?こうなったの………、、、」この惑星の営みに比べたら僅かな揺らぎに過ぎない光景が、今フリジアの心臓を締め付けていた。最近の彼女は、サンダルフォンを常時装備しているので自らが放った精霊術の効果を目の当たりにできる。それは、彼女にとって思ってもみない誤算だった。
サンダルフォンの【千里眼】は、ほぼヨーロッパ全域をカバーして、アフリカ大陸の3分の1と西アジア、中央アジアにまで及ぶ。障害物を透過して、状況観察をする事が出来る。
だが、いかんせん情報量が多い為、狙いを定めて必要な情報を得るしかない。アルマロスが有れば【天眼】の効果で、上空からも立体的な視点が確保できたのだが、ラナチュール宮の宝物殿の中でしか使う事を許されなかった。
帝国は造船技術の流出を恐れ、艦隊のほぼ半数が本国よりの回送で、後は帝国の統制下にあって従順な元トリーア地域アンダルス半島(=後のメノルカ)の東側、本国に近い場所に工廠を設けて製造した輸送船だ。軍人は本国より移動して来たが、兵士や漕手・使用人はトリーア地域からの徴兵が多い。
故にフリジアは、ウンディーヌとエアリアルで帆や舵を破壊し櫂を絡め取って足止めをして、アイテシア軍が小船を寄せ示威を行うだけで大抵の敵は投降すると踏んでいた。所が、彼女の理解と予想を超えた惨状が現出したのである。叫びが風の轟音でかき消え、全てを破壊し崩壊させて生きとし生ける物の五体を捻じり、船や物資の破片が衝突し突き刺さる。
"ギャアーーー!助けてくれーー!!"そうした断末魔の叫びが聞こえて来そうな地獄の光景を、フリジアは近い視点からまざまざと見せつけられた。帝国兵の恐怖と苦痛の絶叫は風に呑まれ、艦隊全ての命と共に海底深く沈められていく。
エルフというのは、種族的に生命に対して慈しみ深い。中でもフリジアは、王太女の立場が危ぶまれる程の優しさを持っている。8年前の事でさえ未だに引き摺り悪夢にウナされるというのに、今回は罪の無い人々まで巻き込んだのだ。その心中に荒れ狂う嵐は、目前の竜巻の比では無かった。
「は……はは、は………、」彼女は、泣けなくて力なく笑う。体中の力が抜け、両膝を突いて地面に崩折れた………。そこに集った人々は、この一大スペクタクルを見て呆然と立ち尽くす。前代未聞の竜巻が30分は荒れ狂い、やがて一つに纏まったかと思えば突然に消失してしまう………。
「フリジアさん!フリジアさーん!シッカリとして下さい。高波が、押し寄せて来ますよ!!」ボドワンは彼女の異変にいち早く気がついて、その体を支えると激しく揺さぶった。精霊術の効果で吸い上げられた海水は、竜巻が消滅すると共に高波となって襲いかかった。
ボドワンが、フリジアを守る様に海水で壁を作ると、周囲の者達も慌てて水、土、風の壁を作って、高波を受け流して防いだ。"ドドパーン!、ズゴゴゴ……"高波は、津波の様に一方的に水が押し寄せる訳ではないので十数分で大体落ちつく。これで戻らないのは、フリジアの正気だけになった様だ。
「ワ……、ワタシ、マタコロシタ……、コロス、ヒツヨウ……、ナイ、ヒトマデ……。」虚ろな目をしてブツブツと低く呟く彼女は、足取りも覚束かず動きも何だかギコチナイない。"パーン!" 平手打ちで彼女にショックを与えて、ボドワンは必死に正気に戻そうとする。
「シッカリしてくれ!俺達は、戦争をしているんだ。当然、巻き込まれる人も出てくる。近くには、帝国の砦があって守備隊がこちらに向かうかも知れないんだ。早く移動しないと、消耗戦になったら法術士ばかりとは言え危なくなる。」
「ヒュ〜……、愛しのフリジアちゃんにビンタとはまた、ボドワン君もスパルタだねぇ〜。」グザヴィエが口笛混じりに軽口を叩く。「なな……、彼女には婚約者がいます、揶揄わないでください。それに、今はそんな事を言っている場合ですか?」彼は、僅かに頬を染めて必死に気持ちを誤魔化そうとする。
「婚約者って、王族・貴族の婚約は気持ちの篭っていない政略なんじゃない?ボドワン君にその気が無いなら、僕が彼女のハートを奪っちゃうよ。」ボドワンはこの8年で少年から青年と言われる歳になり、一緒に行動している内に彼女の優しさ素晴らしさに心底惚れ込んでいた。彼はもう子供の憧れの延長ではなく、1人前の男としてフリジアを見る様に成っていた。
「ま、尤も。フリジアちゃんをお嫁さんにしたら、彼女が強過ぎて夫婦喧嘩にもならないね。」緊迫した場面でも笑顔で両手を上げるグザヴィエは、普段と変わらず状況を愉しんでいる様だ。場の空気が緩んで、周囲からも密かなクスクス笑いが漏れた。人間は緊張が過ぎると、キッカケさえ有れば自然に笑いが出る物らしい。
ブロンテ時代から、フリジアと知己を得ている人間なら彼女が如何に優しいかをよく知っている。所が、彼女をよく知らない新しいメンバーは彼女の精霊術を見て化け物と認識してしまう。グザヴィエは、遠回しに彼女も恋愛をする人間なのだと周囲に知らしめたのだ。
これが、彼の強みだ。どんな時でも慌てず騒がず春風駘蕩として、自分のペースを崩さず周囲を力付ける。この時、高波にも転覆せず、半リュー先に砦の警備隊の船が近づいて来た。フリジアはハッとして、「み……、みなさんに、こちらへ集まって貰える様に伝えて貰えますか?」と、ボドワンに声を掛けた。
高波を受け流す為に若干散開していたアイテシア軍は、リーダーの呼びかけによりフリジアの周りに集まる。【千里眼】で座標は固定していたので、1〜2秒の短詠唱で空間転移の術法を展開して結界の周辺に戻った。
「本当は、余勢を駆ってエヴルーの町を解放したい所なんだけど、肝心のフリジアちゃんがお疲れの様だから王の要塞に戻ろう。」「その方が良いよ?」「う……ん、ありがとう……。」普段の彼女なら無理をしてもここは強がる場面だが、強がれないほど憔悴をしていた。
フリジアの領地に建つ館は、今は瀟洒な建物であるが古くは王の要塞と言われた如何にも厳しい建物だった。彼女はキンバリーに帰ると、シャノンにお湯に入るとだけ伝えて自室に篭った。今日は朝から海峡の戦闘に出かけた為まだお昼に近い時間だったが、訓練はもちろん休みでお風呂に入る事に決めた。
その日の深夜、"コンコン…、コンコン………" ドアを軽くノックする音がして、「フリジアさん、ボドワンです。」彼女の私室前でボドワンが暫くたたずむと、静かに鍵が開いてフリジアが顔を出した。そのまま、彼を部屋へ招き入れる。
彼女が気さくに振舞ってもフリジアは王族だ、召使い以外の男性が私室と同じフロアに出入りする事も、下働き以外の女性に素肌を晒す事も許されてはいない。ボドワンは、そんな聖域に足を踏み入れている訳で、部屋の主も返事をする前に慌てて遮音の精霊術を展開した。
「どうしたの、こんな夜中に?見つかったら、ごめんなさいでは済まされないわよ。」「君こそ、夜中でも寝れて無いんじゃない?」「あんなに、念入りに制御法陣を描いたのに、なんの役に立たなかった……。悔しくて、悔しくて、寝むれる訳ないわ。また、沢山の人々を死なせてしまった……。」
「それでも、君は最善を尽くしたんでしょう?気に病む事はないよ。で、原因は?」フリジアは、答えの代わりに首を横に振った。「砂の上に描いたから、風や人が踏んで線が乱れたという事は無いの?」「それは、有り得ないわ。だってハイエルフの法陣は、空間に描いたという事実が聖樹に記録をされるんだよ?」
フリジアは虚空に向かって、歌う様に複雑な旋律を奏でながら指先で紋様を描くと、「ちょっと待って、1分後に発動する様に仕掛けたから。普通の法陣は、描いた物に体内マナを通すから即時発動が原則だけど、精霊にマナの供給を依存する精霊術では時間差発動が可能なんだ。」
彼女は、2人きりの時にだけ特別砕けた口調をする事がある。暫くすると、ランプの薄明かりの中で光精が7色にイルミネートをして風精が楽しげな音楽を奏で始める。「懐かしいわ。私が寝付けない時に、お祖母様が良くこうして子守をなすって下さったの。」
「は〜…、とても綺麗だ………。」ボドワンの溜め息混じりの感想は、イルミネーションへなのかフリジアを指して言ったのか判然としない。「話は逸れたけど、ハイエルフは聖樹と意識下でリンクしているそうなの。だから、虚空に法陣を描いても、描いた事実は記憶されるらしいのよ。」
「う〜ん、、、そうすると僕には難し過ぎて見当も着かないよ。君の心理状態が、詠唱に影響したとか?」「術者の感情の揺らぎが、精霊術に影響を与えない為の制御法陣でしょう?」「感情の揺らぎ、揺らぎね〜………。」「ハッ!まさか、精霊術ってマクリルがリルにお願いをするのが基本なのだけど、もしかして水や風のリルが何かの揺らぎでマギェ化したとか?」
「君が前に言っていたじゃない。ピコとピノは、君の食い気に反応して実体化したって、リルが他人の感情に左右されるのなら今回の計算外の反応も説明できると思う。」「確かに、闇の属性を持つリルが破壊と死を愉しむマギェ化はするけど、風と水だけの下位精霊しか呼んで無かったのよ。」
「属性の影響さえ超えて、法陣の制御を無視したとすれば可能性は大きいと思う。他人に感応するって事は、例えば闇地精ノームやその魔精ゴヴリンやシャポルーなどにも感化される可能性も有るし、大気にも水にも帝国が蒔いた怨恨の種が影響していても可笑しくは無い。」
「うん。私も生存者が居ないかリル達に問い合わせた時に、それとなく聞いてみたんだ。闇属性でも無い限り、人の感情に同調して魔精化をする事は無いそうよ。高位の闇水精が、感情を溜めていた可能性はあるわね。それに、下位のウンディーヌやエアリアルが感応した。シーサーペンテス辺りなら納得するわ。」
「あーあの、半女半蛇の精だね。嫉妬と情念の闇水精だし、竜巻を隠れ蓑に近づいた可能性が高い。マギェなら、リルに対する制御法陣は役に立たない。はぁ、これから精霊術に、マギェが干渉してくると考えた方が良いから、下手に大規模精霊術は使えないな。」
「精霊術が使えないとなると、私のマナ法術のみだね。攻撃に神器を使うの禁止されちゃったし、それでも大丈夫?」「心配しなくても、【天眼】と空間転移術だけでも大きな戦力になるよ。君に、マナの事で苦労を掛けるかもだけど………。」「私のマナプールは、桁外れらしいから大丈夫だと思う。それに、聖樹の側なら直ぐに回復するしね。」
「前から尋ねようと思っていたけど、黒エルフに闇系統の法術は使えないの?」「彼等は昔、反逆を犯した罪で法術全般に制御を受けていて、特に危険な闇の法術は厳しく制限をされているのよね。それに、空間転移術なんかで、多人数移動をする程のマナプールは無いし。」
「そこを、一時的にでも制限を外して貰えたら嬉しいのだけど。」「んー、無理。彼等は、魂の深奥に達するまでの刻印を受けているから、生まれ変わっても闇法術はロクな物が使えない。白エルフで唯一、闇属性は私だけだよ。私が頑張るから心配しないで。」
「前線に立てば、今日みたいな哀しい場面に度々出くわす事になるけど、本当に大丈夫なの?フリジアは無理をせず、今までみたいに皆んなの送迎以外の事は宝物殿で帝国の様子を探ってくれて居れば良いと思うんだ。」ボドワンは、フリジアの手をソッと握りしめた。
彼女は、頬を赤らめながら、「私これでも、最初のアイテシア国民よ。自分だけ、安全な所から皆んなの苦労を見るのは卑怯だと思うの。」「エヴルーの解放には、エルフの軍からも支援をお願いしようと思うのだけど。」「こうして、貴方が元気付けてくれるから少々は平気だよ。」
「……フリジア……」「……ボドワン……」お互いの体から石鹸の良い匂いが立ち上り。フリジアは、しどけない薄い寝巻き姿で、その嫋やかな体の線が薄明かりの中で艶かしく浮かんでみえた。ボドワンは23歳の青年で、フリジアはどう見ても17歳そこそこの少女に見える。
お互いの吐息が顔に掛かるほど近付いて、火の様に熱い彼の唇にフリジアの柔らかな指先が触れた。「もう、ヤメましょう。私達は、立場が違い過ぎるもの。」「……どうして君はエルフの王女に産まれてしまったのだろう………。」「私が王女で無ければ、貴方と出会う事も無かったでしょう……。私も、どうして貴方がエルフに産まれなかったのか知りたいわ………。」
「僕達はいつ、お互いの気持ちを知ったのか覚えている?」「知らない………、忘れたわ………。」ボドワンが困った様に眉根を寄せたのを見て、「嘘よ。本当は、いつもあの日の事を思い出すわ。特に、こんな夜は………。」
「あの夜も君は寝れなくて、いつまでも起きていたね。」「そう…、そんなレディーの部屋を夜中に訪ねて来たのは野蛮な貴方…。」
「あの頃は、君がいつも目の下にクマを作って居たから、少しでも君の力に成りたかった。」フリジアは、クルリと窓辺に向き直って背中越しに、「知ってる?エルフの女は、とっても執念深いの。だから、キスをすると一生付きまとっちゃうから。とても、とても、憎らしくて、とっても愛おしい野蛮人………。」
「………、いい…それでも良い、君が欲しい………。」ボドワンは、彼女を振り向かせるとその肩を優しく抱き締めた。逞しい腕、厚くて広い胸板。お互いの心臓が、早鐘の速度でリズムを刻んで、彼女は永遠に包まれて居たい気分に浸る。「もう、しょうがない人………。普段は、思慮深くて繊細なのに、こんな所で大胆に迫ってくるんだから………。」
2人は、永遠に続くかと思われる時間の中で温もりを確かめあう。それでも、互いに重い責任を背負って生きているのだと、それを忘れ得る性格には無い事を寸前で思い出した。だから見つめ合い、彼は自分の唇に触れた指先で彼女の唇に触れ、彼女は震える指先で自分の唇に触れ彼の唇にそれはそれは切ない間接キスをする。
フリジアの繊細なまつ毛が震えて、ボドワンの頬も言いたい事を我慢して震える。「エルフに産まれてゴメンナサイ……。」「ううん、僕の方こそ、人間に産まれてゴメン………。」「今夜は遅いから、早く寝ましょう。」「そうだね。おやすみ…。」「ボドワン、気遣ってくれて有難う。おやすみなさい。」
女王は、政略結婚ながら幸せな家庭を築いたから軽く見たのかも知れない。恋人同士は障害が大きければ大きいほど強く切なく燃え上がり、種族差も、立場の差も、婚約者がいると言う事実でさえ、2人の絆を熱く強い物に変えていく。これからどんな不幸が待ち受けているのだとしても、今の幸せに浸りたいと思うのが自然な心の動きだった。
…
………
………………
【翌日/エヴルーの町】
城壁の上に、トリコロールのアイテシア国旗がホンポンと翻る。その旗は、自由の白、平等の青、祖国の赤に染め上げられていた。そう、アイテシアとエルファーナの合同軍がアッと言う間に町を解放したのだ。
ボドワンが戦略を用いずとも簡単な話、正面に火力で圧倒的に勝る1000人のアイテシア軍と、後背に敵対するエヴルー住民、更にフリジアと空間転移した黒エルフ中心の500名の軍勢に囲まれれば、守備兵50人足らずではサッサと降伏の選択をするしかない。
エルファーナ総軍5000名の内、白エルフの指揮官が約500名。兵卒の黒エルフが4500名。今回の協力に議会が許可したのが、あくまでフリジアの指揮下での500という数だった。彼女の親衛兵としては、まあまあの数である。
ボドワンは、海峡の戦闘結果が行き渡るのをワザと見逃した。そうして、自軍からもエルファーナ軍からも土法術士を抽出してエヴルーの防備を強化した。身体能力に優れ、土マナ法使いの多い黒エルフは、堀を深くする事も城壁の強化も、農産物の増産でさえお手の物だ。土地への祝福により、種を植えたと思えば1カ月後には大概の作物が収穫できたのだ。
こうして、アイテシア建国と知将ダリオ・デガーニ軍が海峡で壊滅した事が伝われば、トリーア地域の反抗勢力を共合できる。「先ずは、北の島々遠征の後詰めで控えていたアミエンス3個軍5万と、西のロワール方面から2個軍3万と、フリジアの情報では本国から5個軍10万の計18万の鎮圧軍が動くだろうと予想される。」
3ヶ月が経過した今、エヴルーにはドルイド総勢3000のアイテシア軍と、フリジアのエルファーナ軍500に、民兵からの義勇軍2万が詰めている。この町は、人口3万ほどのソコソコの大きさが有るのだが、一挙に人口が倍に増えても黒エルフ達のお陰で寝る所や食べ物に困る事は無かった。
「引き返すで有ろう、バンベルグ遠征軍4個軍8万と本国鎮圧軍10万がロレーヌで合流するのは何としても避けたい。」軍議の長を努めるグザヴィエが、フリジアからの情報を元に戦況を分析するとボドワンが手を上げて、「既にフリジアの特殊部隊が、彼等の情報通信網の壊滅と補給線の分断に成功しております。
ティーフグルネ・グエンゼの奥深く分け入った遠征軍が、取って返して合流するには相当な時間が掛かります。それに、海峡の虐殺と言っても良い一方的な戦闘を宣伝しまくったお陰で、敵は戦力の集中に慎重な姿勢を示しております。」「ふふふ………、ここまで全て読み通りだなボドワン君。」彼は、ニヤリとして、
「エヴルーに本拠を構えるのは、味方の兵数を増やすと共に敵方の行動をコントロールするメリットが有ります。後は、戦力集中・連携をさせない為に、連絡網の寸断と大軍が動いた時に必要な補給線に対する圧迫が欠かせません。神器の【天眼】が有れば、向こうの行動は一目瞭然ですしね。」
バンベルグ遠征軍には、ダリオの息子エミリオス・デガーニが軍団長として従軍していた。彼は父の仇を討つ雪辱戦に燃えていたが、周囲は兵糧が尽きると逸るエミリオスに付いて行けない。森の奥深くから戻るのに、他の軍団と進軍速度に差が生じ始めた。
時は夏に差し掛かって暑く喉が渇くのに、エミリオスは休憩もソコソコに進軍を開始する。1週間は食べ物を食べず、水もロクロク飲めずでは指揮官の守りは疎かになる。そんな折、ロレーヌ地方と境を接するバンベルク西部辺境ロートリンゲンの端にやっとたどり着いた。そこには、エルラメイン支流メーン川の清流の畔に美酒と糧食が積まれていて、怪しくても誰がこれを我慢できよう。
しこたま酒と料理を喰らったエミリオス軍の首脳部は、僅か50名足らずのエルファーナ特殊部隊の夜襲を受けて壊滅した。夜でも昼の様に明々と見えるエルフには、夜襲は全く苦にはならない。先ず、索敵・連絡などの情報網にダメージを与え、補給路を断ち指揮官を屠るのは近代戦の常識なのだが、この時代ではここまでの意識を持って居ない。
戦さは、指揮官が力強ければ兵も勢いに乗って強く、指揮官が弱ければ兵も気弱になって負ける。まだまだ時代は、集団戦より1人の力ある強者の物だ。その世界に、ボドワンの知略戦は時代の流れから逸脱していたと言っても過言ではない。指揮官を欠いた軍の中には、正規兵以外に相当数の強制徴用者が混じっている。
それらは、指揮官が居なくなればサッサと逃散してしまう。残りの正規兵の中には、後続部隊と食糧を巡って同士討ちを始める者まで出る始末だった。帝国軍は、街道沿いの村々や町から徴発しながら進撃をする。補給路を確保する為に、ロートリンゲンに残して来た5000の兵員はフリジア特殊部隊の餌食となっていた。
フリジアは、闇法術の広範囲スリープを使って主だった者を寝かすと、黒エルフ兵が止めを刺していく。彼等は夜目が効き身体能力に優れるので、夜襲には打って付けなのだ。フリジアがスリープや遮音の法術を掛けるので、音もなく近付いて音もなく対象を始末してしまう。
海峡の戦いから半年が過ぎた頃、一つの戦場神話が真実しやかに流れ始める。深夜、ソレは黒い僕と共に現れ、眠っている内に生気を抜き取り二度と起きない安らぎを与えると……。その容姿は、この世の者とも思えない深淵を見通す紫瞳と、輝く銀髪で"死の大天使"と呼ばれた。
原因不明の"カンピエーニュの森の悲劇"も、"北の海峡の全滅"も、"バンベルグ遠征軍の不幸"も、全ては死の大天使の仕業だと、現在、死に直面しているのは帝国の悪業が天に届いた結果なんだと流言が飛び交った。もちろん、ボドワンの宣伝工作の成果であるが、フリジアがこの事に胸を傷めぬ筈はない。
帝国軍は、行きで徴発する位だから、帰りは飢えた飛蝗が通った後と同様に村々を根こそぎにしていった。これに、激しい怒りと哀しみを覚えたフリジアは、帝国兵達が暴虐を振るう前に、死の安らぎを運ぶ天使を演じる事にしたのだ。彼女は、心の奥底でどれほど傷付き痛みに悲鳴を上げ様と、戦争が終わるまで氷の仮面を被り続ける積りだ。
「ゴメンよ、フリジア。君の悪名を流してしまって…。」「ううん、いいの。全部事実だし、それに少しでも早くこの悲惨な戦争が終わるのなら、私は悪名など恐れないわ。貴方さえ、傍に居てくれたら何も要らない………。」彼女は、ボドワンの胸にソッと顔を埋める。
「そうだよ、敵兵に怖れの心を植え付けた上で、キッカケさえ与えれば軍は瓦解する。沢山の人が死なずに故国に帰れる。」意識の奥底で何者かが囁く、"………暴虐を行う人間は、それ以上の罪を犯す前に死の安らぎを与えるべきです………" と、何時もの夢で聞く口調だった。
"………もっと心のままに………、真実の恋人同士が、一つに成ろうとするのは自然な事ですよ………" それは、砂糖の様に心を蕩かす甘〜い囁き。フリジアの乾いた心を癒す干天の慈雨。いつまでも……、本当にいつまでも………、この心地良い言葉と熱い胸の中に浸っていたい………。
「フリジア、君が辛かったら言って、こんな僕の胸で癒されるなら何時でも貸すから………。」
見つめ合う瞳と瞳。
「ボドワン、もう私には貴方の温もり無しには生きてはいけない……。だから、私を貴方の物にして………。」
熱を帯びた吐息と吐息、やがて唇同士を重ねてお互いの心と心を一つに合わせて、恋人達にもう言葉は要らなかった………。
残り1000字かー、もう一つエピソードを挟むには短いと思いますので、以降は次の話に回します。
幾分趣向は変わりますが、『仁』という【村上もとか】さんの漫画を拙筆ながら意識して書いて居ります。筆者は、ラノベ以上に歴史ロマンが大好物なので、本作でその辺りを感じて頂ければ幸いです。
※副タイトルの『ラプソディ・イン・ブルー 』は、ガーシュウィンが1924年に公開した狂詩曲です。95年の著作権保護期間を経て、2020年1月に公共利用可能になりました。
次回リリースも、1週間〜10日を頂きたいと思います。早く皆様に読んで頂きたい気持ちはヤマヤマですが、心理描写などの文章表現力がなかなか追いついていきません。




